「本日の朝礼では、参謀総長並びに、第五師団長任命式を行う」


おろしたての制服に身を包んだは、ヴァンの言葉を聞きながらやる気なさ気にあくびをかみ殺した。
それを横目で見ていたジャンは呆れたようにため息をつく。



「来なさい」



ヴァンの言葉に、が舞台の袖から歩み出る。
任命されてしまえば、今よりももっと書類仕事は増えるし、今度は第五師団や各小部隊の訓練にも参加・指導しなければならなくなる。

の後ろにジャンが続いて、生徒たちがざわざわと声を漏らし始めた。



「おはようございます。本日から参謀総長、並びに第五師団長となりましたです。
あー、えっと隣は補佐役のジャンです。第五師団の方々は後で詳しく挨拶をすることになると思うんで、ここは軽く。


どーぞ、よろしく」



へらっと。なんともやる気のない挨拶に、彼女を知っている者は呆れ、知らないものは唖然とした。



「さ、参謀総長、決意などをお聞かせ願えたらと思います」



慌てて仲介に入った兵士に、彼女は一瞬きょとんとしたあと、めんどくさそうな顔をして眉間に皺を寄せる。
そしてしばらく宙を見上げて押し黙り、口を開いた。




「あたしはこの世界の事はいまだよくわからない。

でもこれだけは確実に知ってる。マルクトとキムラスカは今戦火の中にあり、
そしてダアトは唯一のオラクル騎士団という力を持った中立国であると云う事。


我々は命を持って生まれた限り、命を持って死を迎えなければならない。
ユリアの御加護を持って、今戦乱に無造作に捨てられようとする命たちを私たちの手で守らなければならない。

ユリアの予言を説き、彼らを戦火から救うことができるのは我々しかいない。


あたしに力を貸してほしい。以上。――この世界の全ての人に、ユリアの御加護があらんことを」




それだけ言うと、は踵を返して早々に舞台を去った。


「心にもない事を言ってのけるな、お前は」


舞台を降りたところで、後ろのジャンが抑揚のない声で言う。
は薄く笑うと、「見たでしょ、ヴァンの顔」と振り向きもせずに返した。



「統制がとれさえすればいいんだよ、あいつは。
あたしが言った後、みんな一気に真剣な顔して団結力が上がったのがわかったら、あいつ笑いやがった。

欺いている事になるかもしれないけど、生徒や団員たちは、彼らなりの正義をもっていて、あたしはあたしなりの正義を持っている。
あたしはあたしの正義を守るために彼らを欺くし、彼らは彼らの正義を守るために、あたしの言葉を無心になって信じる。


…ふん、予言なんて――クソ食らえ、だよ。
あたしはユリアの予言なんかがなくったって、戦争なんてものなくしてやる」



――明日がもしも見えてしまえば、人々は夢を描く事もなく生きる



「そんな幸せ、あたしは絶対いらない。いるやつだけ、違う星にでもいきゃいいのよ。
少なくとも、罪もない人たちが苦しむ事がないのなら、あたしは両手離しで賛成するけどね。――どうせきっと、後で後悔することになると思うけど」



それでも、モースみたいに最後まで気付かないやつもいる。
誰が悪いなんて言わないし、言えない。誰もが自分の事を正しいと思い、自分が信じる道を行く。それだけ。



だからね、シンク。
貴方は誰も恨まなくたっていいんだよ








vs.我らがハナタレ!






「ってーことでぇ、どうぞよろしくお願いします!」


えへ☆と付けんばかりのちゃめっけたっぷりなを目の前に、ディストは他所者を見る目で彼女から押し付けられたそばを受け取った。


「いっやー、もうあたしすんごくディストさんのファンで!
あたしアホッ子なんで譜業とか音機関とか全然わかんなくてー、天才ディストさんに教えて貰えたらなぁなんておもうんですけどー、

そんなずうずうしい事お願いできるような方じゃないですしー。だってディストさんは超頭の切れる天才秀才の偉大な科学者様ですもんね!



なんだ、その妙な間延びした言い方は。
そしてなんなんだ、その無理やり担ぎあげるようなごますりは。



隣から刺さるジャンの冷たいツッコミの視線は無視の方向で。

適当なごますりで大層機嫌を良くしたディストは、鼻息も荒く頬を紅潮させた様子でのけぞりかえった。



「あたり前でしょう!私は天才で秀才で偉大な科学者で超頭が切れるので、ジェイドなんかには絶対に負けません!
ふふふふふ、なかなか良い目をもっているじゃぁありませんか小娘。

――いいでしょう、貴方が望むのなら私の輝かしい頭脳を貴方にお分けして差し上げます!」



「絶対にいらねーy「うっわーい!本当ですかディスト様っ!」…お前、いい加減にしろ」

「貴方様のピッカピカでツッルツルな頭脳をわたくしなんぞに分けて貰えるなんてッ!
公営…あ、字間違えた、光栄以外のなにものでもありません!もうわたくしめは幸せにございますっ!」



こいつ、絶対ふざけてやがる…



「ふふふふ…はははははっ!
えぇえぇ。しょうがないので分け与えて差し上げましょう私のすんばらしい才能あふれる技術の数々をっ!」


「ええもうスンバらしい才能あふれる貴方様の技術の(以下省略)






数時間たって(ここ、重要だ。覚えておけby.ジャン)、やっとこさをひきつれジャンは部屋を出た。



「お前な、今でもスケジュール詰まりすぎてるぐらいなのに、あんなのに付き合ってたら埒が明かないぞ」

意外とズバッといくね、ジャン。

いいじゃん、ディスト。
かわいくね?あの馬鹿なところとか。


それにネビリム先生から教わってて、技術レベルは一応ジェイドと同じだからね。
信用は出来ると思うんだ。

この世界の事って難しくてよくわかんないことばっかりだし、知らなきゃいけない事って多いからね。


ジャンたちが教養として覚えて来た事をあたしは教わっていないんだから、
今からその分を取り戻すには、寝る間も惜しまないと追いつけないわけですよ。――それでも追い付けるかどうか…」



はぁ、とわざとらしくため息をついたは、困ったように肩をすくめて足を止めた。「あ、ここだよ、ラルゴのとこ」
説明し遅れたが、今現在二人は六神将の所にあいさつ回りに行っている。

手土産のそばはもちろんが提案したもので、鍛冶屋辰のおじちゃんに教えて貰ったダアトの老舗名店のそばだ。



「失礼しまーす」



コンコン、と扉を叩き、返事も聞かずに扉を開けようとするの頭を叩いて、慌ててその手をジャンが引っ込めさせた。
すると「入れ」という低い声が中から聞こえ、は「べぇ、」とジャンに向かって舌を出し、にこやかに扉を開ける。



「こんにちわー、っと、のあッ!」



ガッと何かにひっかかった彼女は、思い切り前方にバランスを崩した。
慌てて受けとめようとしたジャンの腕も間にあわず、後数センチでの顔と地面がご挨拶しそうになると、横からフッと手が伸びる。



「足元ぐらい見て歩け、子どもじゃあるまいし」

「うへい、すいません」
「すみません、こいつは子どもみたいなもので」



がっしりした腕に抱えられると、もすっかり子供のように見える。
ジャンの言葉にムッとしたは、ポケットに入っていた、先ほどディストに貰ったディスト君一号をジャンに向けて思いっきり投げた。



「んのやろっ子ども言うな!」

「っ!」
「あだっ」



シュン、と残影も見えないぐらいのスピードで投げつけられたディスト君一号をほぼ野生の勘でジャンはギリギリ避ける。
ゴツン、と壁に当たったディスト君一号は、またしても残影が見えない速さで元の軌道を走り、のオデコへダイブ。



「いったーッ!たんこぶ出来たーっ!
ジャンのせいでたんこぶ出来た―!!イオンに言いつけてやるーッ!!」

「それだけはやめろ」(切実)



アリエッタとの戦闘の一件で、イオンに殺されかけたのはまだ記憶に新しい。生爪はがされん勢いだった。目がマジだった。

ラルゴに抱きかかえられた状態(正確に言うと”たかいたかい”の状態)であることも忘れて、
デコを押さえたままが半泣きで叫ぶ。ディスト君一号はやはりというかなんというか、破壊力があったようだ。



「茶菓子を淹れてやる。泣きやめ」



を下ろしたラルゴは、ぽんと彼女の頭に大く骨ばった手を乗せ、奥の方へ消えてしまった。

「子ども扱いだな」と鼻で笑ったジャンに、またしてもはディスト君一号を構える。
ガラにもなく本気でジャンが臨戦態勢をとったとき、ラルゴが帰って来た。



「コレでデコを冷やせ。もうすぐ茶が入る。座っていろ」

「わーい」



帰って来たラルゴの手に会ったのは冷や水の入った袋で、どうやらの為に持って来たらしい。
過保護フラグがここにまで立つとは…とジャンはすでに遠い目だ。



「しかし、…我々はそんなにゆっくりする時間は」

「え、あるよ?」



きょとん、としたは、ソファの後ろに立っていたジャンを振り返り(もちろんは遠慮なく座っている)ポンポンと自分の隣を叩いた。
ここに座れ、と云いたいらしい。



「だってー、アッシュのところは昨日の訓練の後渡しに行ったし、リグレットも昨日の晩のうちに渡しちゃったでしょー?
そいから、イオンとアリエッタは一緒に朝ごはんで食べたからね。

ディストんとこは最後にしたらジャンの機嫌が悪くなりそうだから、ラルゴんとこ最後にしたんだー。偉いっしょ!」



ちゃんと考えているのだよ、チミ

と言いたげにふふん、と見下したような笑みをしたにデコピンをかましてやりたくなった。
無性にイラついた。



「あ、もしかしてジャンも食べたかった?今日一緒に食べる?うちくる?」

「それは導師イオンも一緒なのか」
「え、うんもち」

「遠慮させてもらおう」



コンマの速さで答えたジャンは、よっぽどイオンが怖かったんだろうなとは我らがナルシスト様を思い出した。
その後、ラルゴによってが餌付けされたのは言うまでもない。(ラルゴパパ最高っ!)







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