緊張した面持ちが目の前に並んでいる。 第五師団挨拶、という名目で、朝礼が終わり六神将への挨拶を終えた後、士官学校の訓練の前に集まってもらった。 「あたしはまだ、あなた方に団長と呼ばれるような身分ではないと思います」 これからあたしは、この人たちの命を背負っていかなければならない。 「まだ士官学校も卒業していないし、みなさんよりも経験した戦闘は圧倒的に少ない。 わからないことだらけだし、教えてもらわなきゃいけないことだってたくさんあると思います」 ごくり、と誰かが唾を飲んだ。 張り詰めた空気が漂う。 「それでも、出来るだけ早く、あなた達の命を背負える立派な人間になります。 だからあたしに、どうぞご指導よろしくお願いします」 誰も、こんな小娘が、とは云わなかった。 それというのも、リグレットが気遣って、第五師団の方々に本試験を見に来させてくれたらしい。 一番古株らしい人が立ち上がる。 その人は今までの空気が嘘みたいにニカッと笑って、こちらまで歩み寄り、あたしの肩に手を乗っける。 「ああ、よろしく頼む」 鳴り響く拍手に、思わず顔がほころんだ。 vs.日常 「うっわー、まさかこんなメンツになるとは…」 特別クラスに集まった者たちは、知らない人ばかりで個人個人がバラバラに居座っているようだった。 その中でも固まって話し込んでいるのは―― 「アリエッタ、と同じクラスになれて嬉しい」 「アニスちゃんもー!三位の力はすごいねっ」 きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ女子どもを、その隣で遠い目で見ているのはジャンだ。 教室のど真ん中で、四人は椅子を寄せ合って座っていた。 「あたしアニスって云うの。あなたは?」 「アリエッタと言うです。よろしく」 「うん!歳が近い同士、仲良くやろうね」 どうやら二人はまともに話すのは初めてらしく、和やかな雰囲気を作っている。 とてもゲーム中の雰囲気は想像がつかない。 「でもさー、まさかが参謀総長様だなんてまだ信じられないよぅ」 「ごめんねアニスにいえなくて。言っちゃダメって言われてたからさ」 「ううん。そんなんじゃしょうがないよ」 にこっと笑ったアニスがかわいくてしょうがなかったのでとりあえず抱きしめておいた。 「苦しいよ」といわれたけど無視だ、無視。 「でもよかったね、ジャン。第七譜術士になれそうで」 「ああ。兼任で出来る仕事でよかった」 「アリエッタも、六神将と導師護衛役頑張る、です!」 「ああもう、やばいわ鼻血が出る」と鼻元を押さえたに冷徹チョップをかましたのはもちろんジャンで、彼は相変わらず冷たい目だ。 酷い!乙女の敵だわッ 「ジャン、もっとがつがつ叩いていいからね♪ってば時々気持ち悪いときあるから」 「アニス!そこは笑顔で云うとこじゃないよね!?」 「アリエッタ気持ち悪いも好き」 「それフォローになってないよッ!」 「はいはい、席に座りなさい!」 やっとこさ万歳は教官が来たことで終了したのだった。 「へぇ。師匠(せんせい)ってば復習日記なるものをつけてるんですか?」 机の上においてあった禍々しいオーラを放つ分厚い日記帳を、はぱらぱらと興味なさ気に開いてみた。 慌てたディストはからそれを取り上げると、わざとらしくコホンと一つ席をする。 「こんなものは見てはいけませんよ、。 これは私がにっくきジェイドにいつか今までの恨み辛みを晴らすために長年つけているものですからね。 私の大事な弟子に気が当たってはいけません。ですから、読まないように!わかりましたか?」 「あーい」 返事をしたに、ディストは穏やかな目をしながら彼女の頭を撫でた。 思っていたよりもディストの授業はわかりやすく、まあ毎度毎度の絡みはうざったいことこの上ないが面倒見がいいことも確かだ。 時間さえ見つければディストのところにくるが彼自身もお気に入りらしく、のために毎回授業内容を考えていたりしてくれる。 元々人に寄り付かれる性格ではないせいか、自分のところに来てくれるを、今ではもうすっかり大事な弟子だと思ってくれている。 自分がかつてネビリムをそう呼んでいたように、は自分の事を師匠(せんせい)と呼ぶ。 彼自身、自分とネビリムを、と自分の幼い頃を重ねているのかもしれない。 「あ、そうだ師匠。また幼い頃の師匠とジェイドさんの話聞かせてくださいよ」 「ふふふふふ…いいでしょう、あれはそうですね――…ネビリム師匠が授業中のときでした、――」 「君さあ」 すでにショート寸前のは、思わぬ声にドアを振り返った。 なぜこんな時間に、イオンがここに居るのだろう。今はすでに深夜を回り、ダアトは夜に包まれている。 「無理しすぎなんじゃないの?」 朝は五時におきてアッシュの執務が始まる八時までアッシュの指導 その後第五師団や各小部隊との実演や演習 だいぶ団員や隊員もに慣れてきて、気さくに注意や指導をしてくれるようになった。他の団や隊もうらやましがるほどの仲のよさだ。 昼からは研修学校があり、夕方に終えるとリグレットから承った執務 その後ディストのところで譜業・音機関の勉強 もちろん朝・夜の食事は相変わらずイオンとアリエッタと取っている。 それが毎日続けば、イオンの仕事スケジュールよりもハードと言える。 「しょーがないでしょ? 今のうちに勉強できることしとかないと、やれることやれないかもしれないし。 それにあたしはこの世界来てまだわかんないことばっかりなんだから、早くイオンたちに追いつかないといけないの」 彼はドアを背もたれにしてよっかかり、腕を組み、落ち着いた様子でふぅと一つ息をついた。 「言っても聞かないってこと?」 「おう。心配してくれるのは嬉しいけどさ。 大丈夫。イオンはあたしが絶対助けられるようにするから」 へらっと笑ったに「ふぅん」とイオンは零すと、「じゃあね」とそれだけ言って部屋を出て行った。 「うん。ありがとう、イオン。――――――ジャン」 パタン、とイオンがドアを閉めた。薄暗い廊下には、見張りの兵士が一人。 そして、ジャンが廊下の壁にもたれかかっていた。 「やっぱりダメだよ。僕が言ったってききゃしない」 「…やはりそうですか。すみません、お願いを聞いてもらって」 「――いや。僕ももうそろそろ言わなくちゃいけないと思ってたからね」 ほぼ二人同時にため息をつく。 「僕はが幸せならそれでいいんだ。 が僕の事を助けると――僕の生きた証になると言ってくれたあの時から、もう僕は自分の死がどうでもよくなってしまった だから、無理なんてしなくていいのに」 云うと、イオンは「じゃあね」と言ってジャンに片手を挙げ、闇へと廊下を進んでいった。 ジャンは彼の背が見えなくなるまで腰を折っていたが、やがて頭を上げて一度団長室のドアを見やり、そして自分も廊下をもと来た道へ帰っていった。 イオンの死まで、あと二年 Home Next |