「ふっふっふ、ごめんねジャン君。
君よりも先に卒業しちゃってさー。いやーんあたしってばジャンの先輩になっちゃーう」



ぐふふ、と決して上品ではない笑い方をしながらそう言ったのは
オラクルの士官学校もついに卒業の日を迎え、学生たちは本日支給されたばかりの新しいそれぞれの制服に身を包んでいた。

アニス・アリエッタはピンク色の導師護衛所属、唱師
ジャンは濃い茶色をベースとした、黄色い線が入った制服。

残念ながらはいつも通り六神将の服である。
三人に対して導師護衛役・第七音譜術士になりたかったわけでもなく、その特別授業も受けていたわけでないからだ。



「俺が留年したような言い方をするな」



銀色の髪をステンドガラス越しの日光に照らしながらジャンが不機嫌に言う。



「でも、大変だねー。第七音譜術士だけはあと一年なんてさ」

「ジャン、頑張って!」



アニスとアリエッタが、他人事のように笑った。
数の割りに需要が高い第七音譜術士は、他の生徒と比べて一年長く学校に通わないといけないらしい。



「それにしても、一年がこんなに早いとは…」



姉ちゃん、どーしてるんだろ






vs.白衣美人






「それで、…って、聞いてますか?師匠」

「あーはいはい、聞いていますよ。もちろん。
の話を私が聞き流すとでも思っているのですか!?一語一句逃さず聞いていますとも!」


「それはそれでキモイけど」


卒業式を昼に終え、は現在ディストの部屋にいた。
の武術レベルも上達し、団長仕事にも慣れて来たため最近はめっきりアッシュにしごかれる事もなくなった。

少し寂しかったりするものの、たまに手合わせをすると自分が前よりも格段に強くなっているのが窺えて嬉しい。
今ではアッシュが譜術を使っても軽々相手に出来るほどだ。異世界人パワーってすげー!



「だからね。士官学校も卒業したし、今度は体術を習いたいなと思って」

「…体術、ですか?
貴方、やっとあいた時間をまた埋める気ですね。いつか本当に身体を壊しますよ」



しょうがありませんね、私のカイザーディスト君LLX号で…なんていう我が師の言葉は聞き流して、
は手元の音機関の制作に取り組んだ。どっかに体術の良い先生いないかなーと思いながら。

元々手先は器用だったため、譜業や音機関を作るのにも困ることなく、
一年もたてばディストから授業を受ける体制ではなく、一緒に物を作る、という形に変化した。


ねじをいじくりながら考えていると、「そういえば、」とディストが眼鏡を光らせながらこちらを向く。




「私の数少ない知りあいに、一人、体術に長けた者がいます。…彼女にかけあってみましょう」


本当ですか!?

さっすが師匠!頼りになります!あたし師匠の弟子でよかったって今心底思いましたよ!
もうホントこの素晴らしい英知も師匠から頂いたものだと思うと嬉しくて発狂しそうです!


「ふふふふふ。そうでしょうそうでしょう……発狂?」




首を傾げたディストの両手を自分の両手で包みこんで、はグイッと身を乗り出した。




「師匠!早めの対応を宜しくお願いします!」














「言っておきましたから、オラクルの医務室へ行きなさい」とディストに言われ、は胸を高鳴らせながら医務室の扉を叩いた。

「どうぞ」と少し低めの女性の声が聞こえる。
医務室で働いていると云う事は、オラクルのヒーラーなのだろうか?それとも、第七音譜術士からヒーラーに転任?

失礼します、と一言断ってから扉を開く。
そこには、白衣に身を包んだ長い黒髪の美人がいた。




「ディストさんから紹介されて来たものです」

「…ああ。あの物好きか。
はじめまして、私はここでヒーラーの仕事をしている、テラだ。よろしく」




優しく笑った彼女はまさに姉御―ッ!と呼びたくなるぐらいカッコよく、クールビューティーとかいう言葉が似合う。
とにかく、ちょっと低めの声だとか、着飾っていない感じだとかが、とんでもなくカッコイイ。



「体術が使えるようになりたいんだって?
私でよければ、教えよう。…といっても、私は結構暇なのでな。遊びに来る感覚で来るといい」



そう云って、ポケットから煙草のケースを取り出し、一本口にくわえてライターで火をつける。
うーん、カッコイイ。テラさんてらかっこよす…



「おっと、すまない」



火をつけようとしたすんでのところで、を見てから慌てて彼女は火を消した。
そして困ったように笑うと、「ヘビースモーカーというやつでね。困ったもんだ」と零す。



「女性と子供の前ではすわないようにしているんだ」



惚れたぜ姉さんッ




「も、申し遅れました!と言います。
先日士官学校を卒業したばかりで、まだまだ不届きな点もあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」

「…というと、あの参謀総長かい?」


「はい。たぶんその参謀総長だと思います」




ほぅ。と彼女は興味深そうに立っているを頭のてっぺんからつま先まで眺めた。
そしてうん、と一度頷くとスケジュール帳を取り出す。



「よし、気に入った。ディストからは自分の可愛い弟子なので出来れば断れと言われていてが、面白そうだ。
空いている日を言ってくれ。私が完璧なまでの体術使いにしてやろう」

「はい!お願いします!えっとあいてる日は…」



つーかディスト、なんてこと言ってやがるんだ

そんなんじゃお願いしたのかしてないのかわからないじゃないかっ

彼女とディストとの関係も非常に気になる所だが、どうしてヒーラーの彼女が体術を使えるのかも気になる。
打ち合わせも終わって、テラが閉じたスケジュール帳の表紙に、名前と思しき走り書きが一つ。




「…マリア・テラ?」

「?私の名前か?――…ああ、そうか。いつもファミリーネームを言ってしまうんだ。ファーストネーム、言っていなかったな。
改めて、私の名はマリア・テラだ。気軽にマリアと呼んでくれ。君とは今後長い付き合いをしていきたい」




「あの、」おずおずとが口を開いた。
もしや、もしや――




「もしかして、マルクトのとある超金持ち一家の第七音譜術士として働いていた事とか、ありませんか?」




彼女はキョトン、として、その後にっこり笑った。




「ああ。確かにあるな。
…どうしてそのことを知っているんだ?」


「その家の一人息子さんがあたしの友達でして。
あなたを追いかけて、今第七音譜術士を目指してますよ。

いつか、あなたを自分専属の第七音譜術士にするんだって」




マリアは目を丸くしてから、フッと笑みを作った。
その笑みは懐かしむというか、愛しいものを思うと云うか、そんな温かいものだった。




「そうか…あの悪がきは今も健在のようだな…

わかった。私は彼が今どこにいるのか聞かない。
だから、彼に今私がここで働いていることを言わないでくれないか。

もしあいつが自力で私の事を見つけることができたなら――あいつの下で働くのも、悪くはない人生かもしれない」




その言葉を聴いた瞬間、きっとジャンが果たしたがっている野望を掴み取るのもそう遠くない未来だと確信した。
同じダアト内の中なのだから、すぐに見つけられるだろう。




「了解しました。
ところでマリア、どうして第七音譜術士のあなたがディストと知り合いで、体術が出来て、今ダアトでヒーラーなんてしてるんですか?」


「知識が欲しいんだ。
私が生きる、限りある時間の中で出来るだけ多くの知識を得たい。

だから私はあの家に解雇されてから、元々興味があった科学の道に進むことにしてね。
そこでディストとは知り合ったんだ。

ずっと学者として研究するのにも限界があると思った矢先、この仕事をディストが紹介してくれた。


体術は、マルクトの士官学校のときに習っていたんだ。
基本的には第七音譜術士として働いていたんだが、たまに一般兵として借り出されることもあったな」




マリアは机の上に置いていた冷めたコーヒーをすすったあと、「そうだ」とぽんと手を叩く。
そして白衣を揺らしながら椅子から立ち上がると、瞬間悩殺ビューティースマイルを浮かべた。



「もし君がよければ、これから一緒に出かけないか?」








ほくほくと笑みを浮かべながらダアトへ帰ってきたが師団長室の扉を開くと、ジャンが資料を整理していた。


「あれ?お疲れ。ジャンも休みじゃなかったの?」

「明日締め切りの資料の確認をするのを忘れてな。
一応確認しに来たんだ。お前がするとも思えないから」


思えば、ジャンの喋り方はマリアに似ている気がする。
マリアの喋り方を、もっとそっけなく無愛想にした感じだろうか。


あの後、喫茶店に連れて行ってくれたマリアは小さい頃の悪がきジャンの話や、ピオニー陛下の話をしてくれた。
グランコクマへ使節団としていったことがあると話すと、懐かしそうに目を細めながらその話を聞いていた彼女。

だべっている間何度か彼女は無意識のうちにタバコのケースを取り出し、直した。
その様子を見て「これから長い付き合いになるだろうから、気にせず吸ってくれ」というと、彼女は申し訳なさそうに謝ってタバコを吸った。

その姿がまた様になっていたことは云うまでもないだろう。





「お前、タバコなんて吸わないだろう」




突然のジャンの言葉に、は頭上にクエスチョンを浮かべた。――「うん、吸わないよ」
ジャンはゆっくりに近寄ると、くんくんとの匂いをかいだ後、「なんでもない」といったかと思うと、部屋を去ろうとする。



「え、どったの!?なんかあった?」



ドアノブに手をかけたジャンに声をかけると、彼は振り返らず零した。



「マリアが吸っていたタバコと同じにおいがして…―――少し懐かしくなっただけだ。気にするな」



早く二人が一緒に居るところみたいな、と。
は出て行ったジャンの背中を見送った。



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