「なあ。ゲルタを知らないか?」 団員の呼び掛けに、「え?知らないけど?」と答える。 そう言えば、あの真面目な彼が今日は団員会議に出席していない。 「あいつ、何だか朝から思いつめた顔をしていたから…何もないといいんだがな」 なぜか嫌な予感が走った。 「誰か、ゲルタから相談された人、いない?」 「あのっ!俺…」 が団員達の顔を見渡すと、一人、この間団に入ったばかりの新入団員がためらいがちに手をあげた。 彼は数秒悩んでいたが、意を決したように口を開く。 「ゲルタさん、死の預言がどうのって言ってました。 一ヶ月後に娘の結婚式があってどうしてもそれにでたいんだって。 導師がどうとかっておっしゃってたんですけど、オレよく意味がわかんなくて…曖昧に返事してたから」 そこまで彼が言い終えると、は一目散に部屋を飛び出した。 嫌な汗が背を伝う。ダアト教会内を走り回っていると、見慣れた若草色の髪の少年と、土下座をしている。 「お願いです!一カ月で良いっ!一ヶ月で良いんです! 今度の戦いで私は死ぬんでしょう?それならば、どうか私をその戦いのメンバーから外してもらえませんかッ!」 聞こえるゲルタの悲痛な訴え。その言葉に返事を返す事もなく、イオンはゆっくりと右手をあげた。 ゆっくりとその手の先に音素が集まって行く。それが分かったゲルタは、目を見開いて悲鳴を零した。 「っ!」 「やめなさいイオン」 「やめるのはお前だ、」 イオンの首に自分の剣を突きつけたの首元に当てられる、ナイフ。 それはジャンのもので、彼は部屋を飛び出したを追って来たようだった。 「いくらお前が導師イオンと親しい仲とはいえ、神託の盾騎士団の象徴である導師に刀を向けるのならばただでは済まされないぞ。 その剣を――――どけろ」 ゆっくりとイオンがこちらを向く。と目があった彼の瞳は、いつだったか見たことのあるぬくもりのないものだった。 「嫌だね。イオンがその手を下ろしたら、あたしもこの剣をどける」 「!」 ジャンの声が廊下に響き渡る。 それでも一向には剣を下ろそうとせず、その瞳はまっすぐイオンを見つめていた。 「どうせ死ぬなら、今ここで死んだって変わりはないじゃないか。 それに一般人で死の預言を知ってしまった者は万死に値する。――そういう決まりだろう 今さら何を止めるわけ?僕はこの手でたくさんの人間を殺して来たよ。 こうやって何人も死にたくないと僕にすがりついてね。助かるわけないじゃないか。 うざったいんだよッ!僕に助けろと言ったって、助けられるわけないだろう! 今まで預言にすがりついていた人間が、いまさらになってどうやって預言から逃げようって云うのさ!自業自得ってやつだね!」 イオンの嘲笑いが耳に残る。 ゲルタが、悔しそうに唇を噛み、拳を握った。 「ま、そりゃそうかもしれないね。 預言にすがりついてた人間が今さら逃げようったってそうはいかない、ってーのは正論だよ」 は剣を下ろすと、ゲルタを立ち上がらせてポンと一度肩を叩き、イオンに向き直る。 「イオンがそういう人間を嫌いな事も、知ってる。死の預言を知ってしまった一般人が刑を与えられる事も知ってる。 でもさ、あたしはゲルタがどうして死の預言を知ってしまったのかしらないけど、 ゲルタがただ単に死から逃げたいわけじゃなくて、一ヶ月後の娘さんの花嫁姿がみたいんだっていう気持ち、すごくよくわかるんだ」 困ったように眉尻を下げて笑ったにイオンは一度大きく目を見開き、そして悔しそうな顔を作った。 「君とはやっぱり、本当の家族になれない 結局君は、預言にすがる屑どもに付くんだろう。僕じゃ、なくて」 踵を返したイオンは、ジャンの横を通り過ぎて長い長い廊下を去って行った。 左手で前髪をかきあげたは、「あれ?」と零す。 ジャンはそんな彼女を見て、驚きで頭が真っ白になった。 「あたし、言い方間違えたかな」 そう言ったの顔は、今まで一度も見たことのない、今にも泣きそうな――崩れ落ちてしまいそうな表情を作っていた。 18:vs.突然の 「リグレット総長付副官」 呼ばれて、の団長室のドアに背を預けてうつむいていたリグレットは顔をあげた。 「ジャン第五師団長補佐官。――見舞いか?」 彼女は弱弱しく笑みを作った。きっと今の様子を見て来たところなのだろう。 リグレットは額を押さえながら「困ったな」と自嘲気味に零す。 「あれだけいつも笑顔をくれるがきちんと笑えなくなってしまった時に、どうしてやればいいのかわからない。 情けない事この上ない。私は本当に、に何もしてやる事が出来ないんだ」 「私もです。たくさんの方が見舞いに来てくださっているんですが、みなさん総長付副官と同じような表情でここを去られます」 ラルゴもディストもアッシュもアニスもここに来た。一通、差出人Mと書かれた手紙も届いた。 団員たちもここに来たが、全員が重たい表情をしていた。――アッシュだけは、「あいつが元気ねェとムカつくんだよ」と悪態をついていたが。 ゲルタに言い渡された刑は一週間自宅謹慎で、結局次の戦いのメンバーを外される事はなかった。 には刑を言い渡されることもなく、何の音信もないまま、あれだけ毎日一緒に食事をしていたのにイオンとアリエッタと一度も顔を合わすことがなくなった。 ましてや部屋に籠って出ることもなくなり、職務だけはこなしているようだがディストの授業も突然行方をくらます事もなくなった次第だ。 「明日も、来る。では失礼する」 背を向けたリグレットに敬礼をしてから、ドア近くの壁に寄りかかった。 実のところを云うと、ジャンもあれから一度もと顔を合わせていない。 あの時何も言えなかった自分が、あの時何の迷いもなくにナイフを向けてしまった自分が、彼女に会わせる顔がない、と。 こうやって団長室の前にたっているものの、一度もこの分厚いドアを開けることができずにいるのだ。 先ほどリグレットがしていたように額を押さえ、一つため息をつく。 すると、パタパタとこちらを駆けてくる足音が聞こえた。そちらを向くと、その持ち主はアリエッタだった。 彼女は一度ジャンに気付いて、立ち止り俯いたが、顔をあげてすっとその横を通り過ぎ、ドアをノックして部屋に入る。 『!』 ドア越しにその声が聞こえる。 それに耳を傾けるようにして、ジャンは目を閉じた。 「!――アリエッタ、久しぶり」 「あのね!イオン様と仲直り、して!」 ぎゅぅっとぬいぐるみを抱きしめたアリエッタは、つらそうに眉をひそめてをまっすぐ見据える。 「アリエッタ、イオン様もも大好き!だから、…だから、イオン様と、仲良くしてほしい」 泣きだしそうになって俯くアリエッタ。 は椅子から立ち上がると彼女の前まで言ってしゃがみ、頭を撫でた。 「どうしてっ!どうしてはイオン様の事裏切ったの!?」 耐えられなくなったようにしてそう切り出したアリエッタに一度は顔を歪めたが、ゆっくりと――へたくそな――笑みを作った。 「言葉って、難しくて。ちゃんと伝えないと、わかってもらえないことがあるっていうのは知ってたはずなんだけど。 面と向かって言うのは何となく気恥かしくて言えなかった。 大事な家族であるイオンに、その手で人を殺してほしくなかったんだ。 今までがどうだったかなんてどうでもいい。お願いだから、あたしが今いるこの環境で、イオンの手を血で汚して貰いたくない。 イオンなら、――家族なんだから、わかってくれるなんて甘えてたあたしが悪かったんだ。 ―――あたしは、卑怯だから だから勇気を出してイオンに謝りにも行けないし、こうやって部屋にこもってみんなを困らせることしかできない でも、絶対いつか謝りに行くから。あの時ちゃんと言葉にできなくてごめんねって、イオンに言いに行くから。 アリエッタには申し訳ないけど、その時まで――あたしが、きちんと勇気を持てるまで、待っててくれないかな」 「、イオン様を裏切ったんじゃなかった! それがわかったから、アリエッタ我慢できるよ。が来てくれるまで、待つ」 アリエッタは「大好きだよ」と告げて、それから団長室を出て行った。 ――「君とはやっぱり、本当の家族になれない」 アリエッタにはああいったはずなのに、イオンのあの言葉が耳に付いて離れなかった。 は一人になった部屋で唇を噛むと、その言葉を振り払うようにして首を振る。 今度の戦いには自分が絶対に参加しなければいけない。その時までには、いつも通りの自分に戻らなくては。 「たとえもう家族にもどれないとしても、あたしが絶対イオンの生きた証になる」 +++++++ うーん、暗い。けどこの道は通らなければならない。うん、頑張る。もうちょっとでまた楽しくなる、…はず! Home Next |