「さあ、団会議を始めようか」



一週間経ち、初めて部屋から一歩踏み出したの笑顔は今までとなんら変わりのないものだった。
彼女は手元に持っていた白い通達書と思われる書類をぐしゃりと丸めてポケットに突っ込む。

ジャンは頷き、歩きだしたの後を付いて行く。――これでいい、これでいいはずだ。

今さらどうのこうの言ってしまえば、せっかく苦しさを押し込めたにまた同じ気持ちを思い出させてしまう事になる。
――そんな言い訳をしてどうにか逃れようとする自分に思わず眉を寄せて。



第三師団会議室を開いたは、いつも通り「やっほー」と片手をあげてから、真ん中にある長机に地図を貼り出した。



「今度の戦いはマルクトの端の方でおこっている地域紛争の抑圧を図るため、マルクト軍に協力すること。
この戦いはあたしが団長になって初めての人間を相手にする戦いだからね。いい?みんな、気合入れて行こう。

今日の午後、――正確に言うと昼過ぎの二時にダアトを出発してグランコクマの港に到着し、五時にはマルクト軍本部に入軍するつもり。
明日の早朝五時にマルクト軍本部を出発し、六時半から紛争抑圧に入る。抑圧の作戦や位置については今日の夜マルクト軍で説明がある。

――以上、何か質問のある人」



静まり返った団員たちに、「では解散!」と号令をかけた。
しかし誰も席を立とうとはせず、首を傾げたにゲルタが歩み寄る。




、この間は本当にすまなかった。
俺の我がままで、お前は大事な家族を失った。

思い出させてしまうかもしれないが、これだけは言っておきたかったんだ。

娘の花嫁姿は見れないかもしれないが、それも運命だ。預言にあるものだからしょうがない。
お前が就任してまだ一年ぐらいしか経っていないが、今までお前についていくことができて――「黙れ」――っ!」




途中でゲルタの言葉を遮ったは、右手を大きく振りかぶって彼を平手打ちした。
団員たちが驚きに目を丸くさせていると、は震えた声で「うるさい、黙れよ」と繰り返す。




「何が預言にあるものだからしょうがないだ!ふざけるな!預言が何だ、運命がなんだっ!

娘の花嫁姿みたいんだろ!?生きたいんだろうッ!?
諦めるな、例え無理だと分かっていても、しょうがないと死にゆくよりも娘のために生きたいと思いながら死ねよ!

お願いだからっ!」




ゲルタの胸倉を掴んで彼を揺らしながら、彼女は零れる涙をぬぐおうともせずに叫ぶ。




「お願いだから、誰もっ――――誰も、死なないでくれッ」




のポケットからはみ出た白い紙が見えた。それは先ほどが握りしめていたものだ。
なんとなくピンと来た。きっとあの紙には――――師団長だけに事前に知らされる、死亡者名が書かれているのだろう。

ゲルタだけじゃない。この団の中に、まだ多くの死亡者がでるのだ。
それはもうすでに預言でわかっていて。それなのに、――それなのに、上層部は簡単にそれを突きつけてくる。




「ごめん。…あたしたちは騎士団だもんね。
地域紛争に行くんだし、こんな心構えじゃダメだ。――頭冷やしてくる。二時に教会前に集合。それじゃ」




頼りなく笑って部屋を出て行った
団員たちは唖然として見ていたが、やがてそれぞれが頭を抱えた。




「なあ、誰が生き残るかわかんねーからさ。
生き残ったやつは、精一杯を支えてやることにしようぜ」

「そーだな。これだけは誰が何人死ぬかなんてわかんねーしなぁ」


「ここに誓おう。
こんなに楽しく団員生活が送れるのは、どこの軍のどこの隊を探したって俺らだけのもんだ。

そうしてくれたのはだろ。
死ぬななんて言っちまうまだまだダメなうちの隊長を、しっかり俺らが助けて行こう」

「ああ。――この団に入れてよかった。死ぬなと言ってくれる、団長がいてよかった」




今までの隊や団では、誰かが死んだとしても泣いてくれる長はいなかった。
絶対に死ぬとわかっているからこそ、誰も心から接してくれる人間はいなかった。




「ゲルタ、ジャン。お前たちもこい」




長机の真ん中に団全員の手が重なり合って集まる。




「約束だ」

「ユリアと、ローレライの名のもとに」








19:vs.感じることを諦めるなんて、絶対に誰もできやしないから









「ジャン。――少し、いいですか?」


扉をノックする音と同時にかけられる声。それはジェイドのものだった。
作戦会議も終え、夜も更けて明日からの戦いに備え準備をしていた時のこと。



「どうぞ」

「失礼」



入って来たジェイドは眼鏡のつるをあげ、何の挨拶もないまま本題を切り出す。




のことですが。彼女、何かありましたか?
こちらに来てからというもの、いつもと違うと云うか、…違和感があると云うか」


「ええ、少し。
…というのは嘘で、少しなんてもんじゃありません」




言い直したジャンに「そのようですねぇ」とジェイドは軽く返した。
事の次第を言っていいものか悪いものか、と考えたが、心配をしてくれているジェイドをむげにすることはできない。

話し終えると、ジェイドは「そうですか」と先ほどと打って変わって真剣な面持ちでそう答えた。




「死の預言、ね。……誰しも、――というより、誰ひとり勝てる者はいないでしょう。
自分にしろ誰か知っている人にしろ、死というのは恐怖以外の何物でもない。

もまた然り、ということですね。

…いや、ある意味安心しましたよ。
あのど根性と適当さと天真爛漫さを上手い具合に混ぜ合わせてできたようなでも、やはり人間であるということが分かって」


「そう、ですね」




さて、と椅子に座っていたジェイドは立ち上がり、「話も聞けたことですし、明日に備え私も部屋に戻ります」と言って部屋を出て行く。
ジェイドの団もまた、明日の地域紛争抑圧に出陣する。



「負けるな。お前の野望は、そんなところで止まっていても叶いはしない」



隣の部屋に居るはずの彼女に向けて呟いたが、やはり返事はなかった。















何の因果かジェイドの団との団はすぐ隣に配置されていた。
朝、日が昇る前のまだ暗い中、あと五分で出陣時間というところ。

は風に髪をさらさせながら、団の戦闘に立って遠くを目を凝らすようにして見ていた。
その目に何が映っているのかはわからない。


「出陣時間まで、5 4 3 2」


後ろで団員がカウントを始める。
砂が舞い上がる。奥の方で現在も戦っているものたちが舞いあげた砂なのだろう。



「 1 」



出陣ッ!と、誰かが遠くで叫ぶ。
次の瞬間二つの団の団員たちがあげた雄叫びが辺り一面に響き渡った。

は一つも声を漏らすことなく、先陣を切ってものすごいスピードで走りだす。



!」



あのスピードでは確実に孤立してしまう。
団長は団員たちをきちんと作戦通りに動くよう指示する仕事があるはずなのに、彼女は一目散に戦場へ飛び込んだ。

隣から見ていたジェイドも、目を丸くしての名前を呼んだ。
しかし団員達の雄叫びで聞こえるはずもなく、黒色のワイシャツは段々と点になって行った。






合図と共に駆けだした。こんなところで悠長に指示なんてしている暇はない。
指示通りやっていれば、確実に預言は変えられない。

いや、預言は変えられないのだ。そんなことはわかっている。
それでも。そうだとしても


「くあぁああッ」

「ひッ!うわぁあああ」



地域紛争の抑圧、といっても双方の総大将を捕らえるまではどちらも敵とみなし、切り進めと指示されている。
は鮮やかに散る赤色を身に浴びながら、一心不乱に付き進んだ。



この手で誰かを護りたい。この手で誰かを幸せにしたい。

だから、







この手で、誰かの幸せを奪わなければならない



そう何度も心の中で繰り返しながら、目の前の敵に剣を突き刺す。
双方の敵が一気にこちらへと刃を向ける。ネガティブゲイトを食らわせ、その間に剣を抜いてまた斬りかかった。




何十分たっただろうか。


やっと追いついた団員を含める味方たちが、目を丸くした。
自分たちが与えられていた位置には、すでに立っている者がいなかったからだ。


数十メートル先に、たくさんの敵に囲まれた黒いワイシャツが見えた。
しかしそれはもう黒いというよりも、赤い血に染まっていた。



「ッ!」



斬っては譜術を食らわし、群がった敵を一掃してはまた斬り進む。
それは恐怖と言うよりも、鬼神のようにも見えた。



全員が唖然としていると、誰かが彼女に向かって走り出した。
それを合図に団員達が一斉に加勢に入る。


敵も味方も入り混じった群衆の中、誰のものかもわからない悲鳴がそこここであがる。


――「こちら、今回の戦での死亡者名簿になります」


死なないで


――「死亡者、名簿?」



それが甘えだってことぐらい分かってる。人はいつか必ず死ぬんだもの

それでも


――「はい。事前に葬儀の準備や家族への知らせの手紙を書いておくと良いと思われます」

――「ッ!ふざけるな!出て行けッ!」







ユリアなんて、――ローレライなんて、もうどうだっていいから


お願い、





「進めぇえええええッ」





死なないで













ドン!という音と共に赤い色の煙が空に舞い上った。
勝利の合図だ。双方の総大将を捕らえることができたのだろう。


その場にいた全員が動きを止め、その赤い煙を見上げた。
そしてマルクト軍が「貴様らの総大将を捕獲した」と叫びまわり、紛争をしていた者たちは悲しそうに地に崩れ落ちる。



「っ!」



地面に倒れていた人々の中に、一人、団員を見つけた。
「レイ!」と名前を呼んで駆け寄り、その身体を抱き起こす。



「目を開けろ!大丈夫、傷は浅い!
アンタもうすぐ三人目の子供が生まれるって言ってたじゃん!死ぬな、死ぬなよ!」



ヒールをかけようとした手を、彼の手が止めた。



「いいか、。人は、誰もがいつかは死ぬ」



彼は、の第五師団挨拶の時に「よろしく」と笑いかけてくれた、団の一番の古株と言われる人だった。
レイは痛みを堪えるように途切れ途切れの言葉で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「子どもが生まれたら、お前が名前をつけてくれないか。
大丈夫だ、女房も子供も、誰もお前を恨んだりしない。お前は立派に戦っただけだ。

そして俺も精一杯戦っただけだろう。そして死ぬ。ユリアと、ローレライに叶った、ッ、立派な死を遂げる。
周りをみるんだ。お前の周りにはたくさんの支えてくれる人間がいるはずだ。お前がそいつらを支えるように、そいつらもお前を支える。

ッ、



嗚咽と悔しさで頭がぐちゃぐちゃになって、「喋らないで良いから」という言葉も喉を通って出てこない。
ぎゅっと、レイはの手を力強く握った。



「ぃや、…いやだッ」



やっと出て来た言葉は子供みたいに駄々をこねるものだった。
そんなに優しい笑みを浮かべ、彼はゆっくりと、預言の反射する透き通った空を見上げた。




「お前の団員になることができて、オレは幸せだった」




――「お、なんだ?団長様は肉一枚もないのか?」

   「うるせー!みんなにとられちまったんだよ!くっそー!今度焼肉屋行った時は勝ってやる!」


――「昨日の休みは、子どもたちと女房と一緒にダアト遊園地に行って来たんだ!
   子どものはしゃぎっぷりが半端じゃなくてよぅ、ああもうまじ可愛いんだ!今度お前にも会わせてーな!」


――「安心しろ。落ち込んだって良いんだ。俺たちはまたお前が笑ってくれるのを、ずっと待ってるから」




どうして、最後に彼に笑いかけられなかった

どうして、もっといっぱい話さなかったんだ

どうして、あんなに家族想いで優しいレイが死ななきゃいけないんだ


どうして、どうして







「団長、」


後ろで集まっていた団員の中の一人が、声をかける。
その声に振り返る事もなく、まだあたたかいレイの身体を抱き寄せた。






あたしがもっと強ければ、

あたしがもっとたくさんの敵を倒していれば、

あたしが、もっともっともっともっともっともっともと、強くあれば






「ぃやだ、いやだッ!
どうして、なんで、レイ、レイッ」






こんなじゃダメだもっと強く誰にも負けないどんな敵も一瞬で倒せる大切な人をきちんと守れる強さがあれば
あたしに勇気と強さがあればあの時きっと彼に笑いかけることができたのに元気づけるために部屋を訪れてくれた彼に笑いかけることが
どうしてあたしは最後に笑いかけられなかったどうして強くないんだどうしてレイが死ななきゃいけないどうしてどうしてどうしてどうして


「レイ、」









死なないで









プツン、と
現実を拒否するかのように、意識がそこで途切れた














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