「導師イオン、先日のマルクト地域紛争抑圧の戦の報告をします」


入って来た兵士に挨拶をすることもなく、彼はデスクの書類から目を離さずに耳だけ傾けていた。



「死亡者526名、重傷者831名、負傷者3094.名

そのうち、神託の盾騎士団から協力に参加した第五師団の死亡者は一名、重傷者は一名」


「死亡者が、―――――一人、だって?」
「はっ!」


「そ、それから、重傷者は、第五師団長であります。
現在意識不明の重体で、今朝かたダアトに帰って来ていらっしゃいますが、任務完了から今まで一度も目を覚ましていないとのことであります」



がっ!といきなり立ち上がったイオンにびくりと肩を浮かせる兵士。
「どこ?」と聞いてきたイオンに、「は、はい?」と怯えながら返事を返す。



がいるのはどこって聞いてるんだよこの役立たず!」

「は、はっ!オラクル第二医務室でありますッ」



敬礼をした兵士に見向きもせず、イオンは部屋を駆けだした。



――「あのね、イオン様!イオン様を裏切ったんじゃないんだよ!
   イオン様に、人を殺してほしくないって、恥ずかしくて言えなかっただけって、言ってた!

   絶対にね、今度イオン様に謝りに来るからって!」



嬉しそうに話すアリエッタ。
本当はわかってた。が自分を裏切るなんてことをするはずはないと、わかっていたのだ。

それでも、剣を向けられた悲しみがいつの間にか自分にあんな言葉を言わせていた。
それから一度も食事に顔を出さないに、どうして来ないんだと心の中で悪態をついていた。


謝るのは自分の方だ。
あんな心にもない言葉を云って悲しませたのに、意地を張って話に行かなかった自分が悪いのだ。




「勝手に死ぬなんて、許さないから」




走りながら呟いた台詞は、誰の耳にも届いていなかった。









20:vs.だから私たちは、それを背負って歩いて行こう









目を覚ますと、見慣れない真っ白な天井が目に映った。


「あれ、」


右手をかざすと、痛みと共に包帯でぐるぐる巻きにされた自分の手が視界に入る。
ああ、自分は




――「レイ、レイッ!」





「起きたか」



声を掛けられて首だけそちらを向くと、ジャンがパイプいすに座ってリンゴを向いていた。
完全に見舞いに来た人間の図だ。



「あれから5日が経つ。
うちの団は、死亡者はレイ一名、重傷者がお前一名だ。


この死亡者名簿の八名は、生き残った事になる」



ジャンはぐしゃぐしゃになっていた紙をまっすぐ伸ばして、に見せた。




「どうして、命令を聞かずに一人で飛びこんで行った」




その言葉は怒りを押し殺したような、地を這うような声で発せられた。
はぎしぎしと軋む身体を痛みにこらえながらゆっくり起こすと、額を押さえる。




「あたしは預言に刻まれていない人間だから、あたしがいっぱい敵を倒せば、もしかしたらみんなが助かるかもって、――ッ!」




そこまで言いかけて、はジャンに胸倉を掴まれてベットに倒された。顔の真横で果物ナイフがベットを突き刺し、白い羽毛が宙を舞う。




「お前が預言に刻まれていない人間ならば死なないのか?
異世界人だから神にここへ連れてこられた人間だからお前はしなないのか!?

違うだろうッ!お前も死ぬ!お前も心臓を突き刺されれば一瞬の意識もなく死ぬんだよ!
どうしてそれがわからないんだ!

お前のおかげでたくさんの命が助けられたとしても、お前が助からなかったら誰一人幸せに何かなれないんだ!
どれだけの人間がここに見舞いに来たと思う!?


この花の数を見ろ!まだこちらについて一日も経っていないのに、何十人もここに人間が来たんだ!
お前が死なないように、お前が目を覚ますように!」




――「周りをみるんだ。お前の周りにはたくさんの支えてくれる人間がいるはずだ。お前がそいつらを支えるように、そいつらもお前を支える。」





「でもレイは死んだ!次の子どもの顔も見れないまま死んだんだッ!」





――「いいか、。人は、誰もがいつかは死ぬ」





「あたしがもっと強ければ!もっともっと力があれば!」

「レイはお前を攻めたのか!?お前が強ければオレは死ななかった何て、あいつが言うと思ってるのかッ!」






――「大丈夫だ、女房も子供も、誰もお前を恨んだりしない。お前は立派に戦っただけだ。

   そして俺も精一杯戦っただけだろう。そして死ぬ。ユリアと、ローレライに叶った、ッ、立派な死を遂げる」





「っ!」

「違うだろ!?あいつなら、絶対にお前のせいになんかしない!
むしろ八人の命を救ってくれてありがとうと絶対に言う!」






――「








「どうした死んでしまった人間を数えて、お前が預言をそむいてまで救った人間の数を数えられないんだッ!」






――「お前の団員になることができて、オレは幸せだった」






両手で目元を覆ったに、ジャンはベットからどいてポケットから一通の手紙をベッドの上に置いた。
そしてに背を向ける。




「温かい紅茶を淹れてこよう。
その手紙はカーティス大佐から預かったものだ。が目覚めたら、渡してくれと」




部屋を出たところで、白衣の女性がドアの横の壁にもたれかかっていた。
彼女はゆっくりこちらに視線を移動すると、「久しぶりだな、ジャン」と片手をあげる。




「お前ッ!……マリア、なのか?」

「人の顔も覚えられないくらい馬鹿になったんじゃないだろうな?
先ほどの説教は見事だった。もあれで少しはわかっただろう。

いろいろと第二医務室の医師に聞いてな。私も見舞いがてら説教をしようかと思っていたんだが…必要なくなったようだ。
紅茶なら、私が淹れよう。――積もる話は、が落ちついてからにしようか」




最後に会った時となんら変わりのない喋り方、笑い方、接し方。
何故マリアとに接点があるのか、などいろいろと聞きたいことは山積みだったが、今は部屋にいるに紅茶を持って行くのが先だとジャンも頷いた。










紅茶を淹れてくるとジャンが出て行って数分経った時、すごい音を立てて扉が開いた。
両手をどけてそちらを見ると、肩で息をするイオンの姿があった。



「……イオン?」



彼は俯いたまま返事もせずにかつかつとこちらへ歩み寄ると、上半身を起こしたの頬を思いっきり引っぱたく。




「ッ!…何か今日叩かれたりナイフむけられたり…あたしついてないかも」


「そうさせるようなことしたのはどこのどいつなわけ?

どうしてくれるんだよ、君のせいで八人もの人間が預言に反して生き残ってしまったんだ。
一人二人なら抹殺して済む話だけど八人もいたんじゃどうにもならないじゃないか。






――って、僕はそんなことを云いたいんじゃないんだ」




イオンは一度きゅっと唇を結んでから、意を決したようにに視線を合わせた。
その目は、いつも通りの優しい目。





「君が僕を裏切ったりしないって、本当はわかってたんだ。
でも、首に剣を当てられて、すごく悔しくて。


意地を張ってあの言葉は本心じゃないっていいに行かなかった僕が悪かった。



いくらだって約束する。僕はもう人を殺さない。
絶対に誓うと約束する。大嫌いなユリアとローレライに誓ってでも、約束する。

だから、だからっ





絶対に死なないと約束して」






――「お願いだから、誰もっ――――誰も、死なないでくれッ」






立ち尽くしていたイオンの手を引っ張って、抱き寄せた。
彼は戸惑ったようだったが、やがての背中に手を回す。





「うん、約束するよ、イオン」





ごめんね、ジャン。
本当はジャンが言いたい事わかってたんだよ。

ジャンが本当に心配してた事もわかってたんだよ。
あたしが団員たちに向けた想いと同じように、今こうやってイオンが言ってくれように、ジャンも何度もあたしに「死ぬな」と言ってくれてたんだよね。





「うん、ッ、約束するから」




ごめんね、




「ごめんね、イオン」








「ありがとう」



















前略


貴方がグランコクマに居さえすれば引っぱたいて実験台にでもしてあげられましたが、残念ながらそれは叶わないようです。
手紙の中で説教でもしてやりたいところですが、どうせハリス氏あたりにでもさんざん怒られていそうですから、それもやめておきます。


貴方が何を護ろうとしたのかは知りませんが、人間は護りたくても護れないものがあるということは、きちんと知っておきなさい。
どんなに辛くても受け止めなければならない現実というものは、誰しもあるものです。

そしてそれごと受け止めて、また歩きださなければならない。


貴方ならわかっているでしょうから、似合わないクサイ台詞はここら辺にしておきましょう。
またグランコクマへ遊びに来なさい。陛下も貴方を心配していますから、起きたら手紙でも出してあげてください。


追伸、これだけは釘を刺しておきますが、もう二度とあのような無謀な行動はしないように。
    貴方が護った人々を思う人々がいるように、貴方を思う人々がいるということを決して忘れないでください。


敬具






「と、大佐はどうやらあたしのことがとっても大好きなようです。
陛下から、もうあたしはとっても元気ですと大佐に伝えておいてください。っと。

よーし、陛下へのお手紙ってこんな感じでいいのかなぁ?
ま、いっか。陛下ってあんま堅苦しい事きにしないだろうし」


筆を止めたは、一度窓から差し込む太陽の光に便せんをかざしてうんうん、と頷いてから、丁寧に折畳んで封筒に入れた。
あれから三か月、ケガは完治して、つい二日前にレイの葬儀が行われた。


ゲルタは娘さんの花嫁姿に池が出来そうなぐらい涙と鼻水を垂らしていて、その様子をは車椅子の上で大爆笑しながら見ていた。

ゲルタを含め預言をそむいて生き残った人々は、教会から特別手当を頂いて受け入れ先のマルクトのそれぞれの町に移住することとなった。
預言をそむいた人間が実際にいるということも恐怖なのに、その存在がダアトにいるというのも教会にとっては不都合なのだ。


八人の家族はに涙を流しながらお礼を述べ、そして幸せそうな顔でダアトを出て行った。
八人はというと、「団長の団員でよかったです」と告げて、彼らは名残惜しそうだったが。



「もう怖い物は何もない。俺たちは一度死んでいた身なんだ。
これからもっともっと幸せになるよ、

お前のおかげでまだこの世界の空気を吸う事が出来る。俺たちにとっては、お前がユリアであり、ローレライだ。

また同じことを繰り返すのは辛いかもしれないが、俺たちに今までしてきたように、新しい団員たちと心から接してやってくれ。

またいつか必ず会おう。
お前の心からの祝福を願う」



そう言って、ゲルタは娘さん家族を連れてこのダアトを去った。


その時のことを思い出しながら、は手紙に切手を張って、部屋を出る。


「マリア、身体に悪いからたばこはやめろと言っているだろう」

「うるさいぞジャン。私と煙草は切っても切り離せない仲なんだ。
お前が例えなんといおうと、私は絶対に煙草はやめないぞ。煙草だけが唯一の至福なんだ!」


「何?俺といるときは至福じゃないのか?」

「…あのなぁ…」


「おーいそこのデレデレ族!
デレデレしなくていいから、一緒にダアト郵便局行った帰りにカフェ寄ってダアトクッキー買おうよ!

今日の夕食後のおやつにするんだー!イオンとアリエッタ、喜ぶかなぁ
あ、アニスも誘って行かない?」


レイの三人目の子供、次女は、「メリル」という、古代イスパニア語で”辛苦を包み込む優しき光”という意味の名前をつけさせてもらった。
「レイから貴方の話をいっぱい聞いていたのよ。本当に、彼を今までありがとう」と、レイの奥さんは彼の葬儀の時優しくに話した。


きっとレイの命は新しい命へ繋がった。
だから、またどこかで彼に出逢えたときには、何も言えなかったあの時の返事を返そう。







「あたしも、レイが団員でよかった。いっぱい助けて貰った。いっぱい笑顔を貰った。
今まであたしを支えてくれて、ありがとう、レイ」









+++++++++


本当に大切な護りたい人を亡くした時の辛さは計り知れなくて何度も手が止まりました。

この後も、団員達と飲み屋に行ったり焼肉屋に行ったりしてはしゃいで、彼らはきっと居なくなった八人とレイの分も約束を守ってくれたらいいと思う。

これを含めるイオンとの決別のシーンからの三話は書いててとても辛かったけど、これからの妹さんに絶対必要な話だと思ってかきました。
よーし、次はキムラスカ編ではめはずすぞー








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