やばい、あと十分で授業開始のチャイムがなってしまう。
適当に放り込んでいた教科書を机の上にポンポンと置いていく。

「ない・・・ない!?」
、先行くからね」
「えっ、ちょっと待ってよ!」
「だってチャイム鳴るもん」

裏切り者!と心の中で叫ぶが後が恐いので口には出さない。
奥の方にぐちゃぐちゃになっていたプリントをやっとのこと見つけると慌ててドアに向かう。

「くっそ!なんで開かないんだよ!!」

ドアを乱暴に蹴ってこじ開ける。あと二分!!
そう思って廊下に踏み出した時だった。












第一話:Wトリップ











夕日がを照らした。
そこは教室だが、自分たちが使っている教室ではない。第一廊下に出たはずだぞ?

「なんか様子が違う?」

目線を下げれば長い三つ編み、目元を触れば眼鏡をかけている。
そして制服がまったく違う。
うちの制服はセーラー服。それに対してこれはつなぎの制服だ。

「ちょっとまて。」

これはもしや立海の制服ではないかい?コスプレ?コスプレなのか!?
ふと持っていた鞄に目が移る。

「サイフ、教科書に・・・ノート」

少し厚めの表紙が苺タルトという可愛い感じのノート。
鍵がかかっていていかにも重要なノートに見える。交換ノートか、日記か。
ポケットを探れば携帯と二つの鍵が出てきた。
一つは家の鍵っぽいやつで、二つ目は小さな――このノートの鍵と思われし物。

「うし、開けてみるか」















内容は日記だった。しかも一日も忘れずに書いてある。
わかったこと
・ 名前(切原) ・切原赤也の双子の妹 
・ 立海生徒   ・クラスで浮いてる←それを家族に隠してる

なるほど、それでこんな真面目ちゃんな格好なんだと一人納得。
だからといって私はどうしたらいいんだと眉間に眉を寄せた。
どうやって家に帰ればいいのかもわからないし、それに学校が終わったのかさえわからない。

「あー、どうしよ・・・」
!!」

いきなり教室のドアが開く。
は肩を浮かせて振り向けば――

「ごめん、待たせた!真田副部長ってば説教が長くてよ〜」
「赤也・・・」

帰ろうぜ、と差し出された手に戸惑ったものの自分の手をのせれば赤也が満足した顔をした。
どうやらすでに学校は終わっていたようだ。

これはトリップ?それとも夢?
ただ、いきなり妹のキャラが変わったら赤也や他の人たちは驚くだろうか。
それなら自分ができるのは一つだとは頷いた。












確かにあたしは元の世界にいたとき常日頃から口を開けば
「赤也の妹になりたい」と言ってたけどまさか本当にそうなるとは夢にも思っていなかった訳で。
なったらなったでどうすればいいのか全くわからなくて。

まずは無難に本当の“切原”を演じていれば何か策が見つかるんじゃないかと、
帰りなんか四苦八苦しながら一生懸命赤也にボロを出さないように頑張った。
確かにあたしの知らない“切原”を演じるのは辛いけどどこかで思っていたんだと思う。
「このままずっと赤也の妹でいたい」って。



家に帰ればすごい量の晩ご飯達がと赤也を待っていた。
そういえば、鍵を探したとき一緒に携帯を見つけたことを忘れていた。
なるべく喋らないように食べ物をいっぱい口に含んですぐに食事をすませ
――赤也と赤也姉の争いで殆ど食べる物などなかったが――急いで自分の部屋に戻った。

「これってあたしの携帯だよね。」

機種がトリップ前と同じに見える。
問題はアドレス帳に姉ちゃんのメモリが入っているかどうかなのだが。
アドレス帳に登録してないはずのメモリが結構ある。

赤也のメモリがあった。赤也携帯持ってるんだな・・・当たり前か。
『お姉ちゃん』 これは赤也姉のことだろう。電話番号が違う。

』の電話番号発見!
父や母の連絡先は赤也の両親のに変わっていたが姉のだけはあった。
通話ボタンに親指を置いて――


「はいっ!なんですか?!」

あまりの驚きに声が裏返った。
ドアの向こうから赤也が自分の名前を呼んだ。
携帯を座布団の下に隠してドアに駆け寄る――気分は慌ててエロ本を隠す中学生。

「風呂空いたぜ」
「教えてくれてありがとう。」
「そういえば今日は飯あんま食ってなかったけど体調悪いのか?」
「うん。大丈夫だよ」
「そっか」
「おやすみ」
「おやすみ」

ドアを閉めて一息。もしかしたら自分は演技の才能があるのかもしれない。
もう一度携帯を手にとって通話ボタンを押す。

『もしもし』
「姉ちゃん、やばいよ。何がやばいって全部」
『意味わかんないけどわかった。』
「実は今赤也の家にいてさ」
『偶然だねぇ。私もリョーマの家にいてさ』

「『どうなってんのコレ』」

「・・・ねぇトリップ?やっぱトリップなの!?」
『二人で夢見てないならそういうことだね。ってなんでやねん!』
「えぇ?!姉ちゃんそんなキャラだった?」
『ん、いやちょっとビックリしてキャラ変わっちゃったよ』
「そういうこともあるよね。」
『うん、あるよね。』

「『・・・・・・・・・・・・・・・。』」

『ちなみに、痩せちゃったうえに顔まで変わっちゃって、
うるわしの皆川さんボイスで“姉”って呼ばれたんだけど。』
「あたしもつかめる程度の胸があったよ。
プラス森久保さんボイスで呼び捨てで呼ばれたし赤也と手も繋いじゃったよ」
『私も負けてないぞ、裸みられた・・・変身後だけど』
「つか見られるより見たいぞ」
『それは同感。携帯見てみたんだけど、
百歩譲って仮にこれが現実なら前の世界の電話番号はあんた以外消えてたよ。そっちは?』
「同じデス。」

『とりあえず、現状確認として私は中3。は?』
「そのまんま中2だよ。クラスで浮いてるみたいだけど」
『ってことは赤也と双子?』
「うん、妹」
『クラスで浮いてるっていうのはどうやって知ったの?』
「日記だよ。今はその子のキャラ演じてるけどいつボロが出るか・・・」
『クラスで浮くなんて正反対のキャラだからね。』
「YESボス。姉ちゃんはなにかわかった?」
『私はついさっきまで南次郎氏に捕まってたからね。今から何かわかりそうなもの探してみる。
とりあえずあんたはそのキャラでいて、明日十二時東京駅で落ち合って作戦会議ね。
もっともこれが夢じゃなかったらだけど』
「夢じゃないことを神に願うよ。・・・どうやって見つけるの?あたしも顔変わってるよ」
『写メがあるでしょ。多分アドレスも変わってないから、送ってきて』
「OK。じゃあロータリーにいるからあたしを見つけて」
『わかった。くれぐれもボロをださないようにね』
「おやすみ」
『おやすみ』







どうやらそこまで目は悪くないらしく眼鏡を外してもそれなりに見えた。
服も意外と可愛いのを持っていたし髪を下ろせば昨日のとは思えないくらいだった。

「東京駅ってどこかな?」
東京行くのか?」
「うん。そうだけど」
「じゃあ駅まで俺が連れて行ってやるよ」
「ホント?ありがとう、赤也」
「いいって!」

少し照れたようにそっぽを向いた赤也を見ては必死ににやける口元を隠していた。
ま、まさかここでツンデレがくるとは思わなかった・・・
赤也といえばヤンデレかと思っていたのに、と残念そうに心の中で呟いたがそれもアリか、と持ち直す。

「なんで東京まで行くんだ?」
「友達に会いに行くの」
「お前東京に友達いたのか」
「うん。ちょっと前に知り合って」

の嘘に赤也はすっかり騙されている。
こうして二人で神奈川駅まで行くことになった。















「なんかあったらすぐ連絡しろよ。」
「わかった」
「電車の中でセクハラされたら蹴り飛ばせ」
「えっと・・・うん。頑張る」
「知らない奴にはついていくなよ。」
「わかってるよ」
「あと、あんまり金は使いすぎるな」
「赤也お母さんみたい」

駅についてから始まった赤也の注意もだんだんくどくなってきてそう言えば、
困ったような顔をしてを見送った。