「…姉ちゃん、随分見た目が変わったね」
「それを言うならお互い様でしょ。写メ見てても一瞬誰だかわからなかったわよ」





【思わぬ遭遇】




取り合えず近辺の喫茶店にでも入りましょう、とが言って、二人はすぐ近くにあった喫茶店に入った。
愛想の言い店員さんに案内されて、窓側の席に腰掛ける。

は窓に背を向けた状態。
その席に向かいあって窓が見える場所に座ったは、紅茶を二つ注文すると、改まったようにため息を零した。

「あんまり期待はしてなかったけど、朝起きたら夢でしたって事はなかったわね」
「え〜?あたしは夢じゃないほうが嬉しいけど。どうせなら赤也だけじゃなくて、真田とか他のメンバーにも会いたいし」


限りなくマイペースな所と、萌えを追求する辺りは相変わらずのようで、
姿形は違っても中身はやっぱりなんだなぁとは頬杖をつきながら思う。



「まぁせっかくだから他のキャラにも会いたいとは思うけどさ、
私達がこっちの世界に来たってことは、向こうの世界での私達はどうなったのかなぁとか考えない?」

「だって考えても仕方ないじゃん。
夢小説みたいに神様が出てきて説明してくれたわけでもないし、知る術がないんだもん。
それよりもこっちの世界でどう過ごすか考えたほうがよっぽど前向きだよ」

確かに、の言う事は的を射ている。
元の世界に居る時から、基本後ろ向き、流されやすいとは対照的だった

だからこそ相性があったのかは分からないが、とにかく二人で居る事が何より楽しかった。
特に私生活では腐女子と言う事を隠してきたにとって、萌えを共有できる数少ない人間の一人だったのもある。


「それに一人でトリップした訳じゃないし、姉ちゃんと一緒なら楽しめるかなぁって」
「そうだよね、一人じゃないものね…」


一緒にトリップしたいね!と何度も笑いあったけど、ホントに実現するとは思わなかった。
しかもはリョーマの姉、は赤也の妹としてトリップするなんて、
にわかには信じがたい話だが、どうやら現実らしい。

「姉ちゃんは、何か分かった?」

そう問われて、は持ってきた鞄の中から日記帳とおぼしきものと、
携帯と、ipod、ipodの充電器、最後に写真を一枚を取り出す。

「ipodは机の上にあったの。聞いてみたんだけど、私が入れてたデータは消えてなかった」
「って事は、テニプリのキャラソンも入ってる訳?」

キラキラとした眼で見つめられ、がおずおずと頷くと、はやったぁと両手を伸ばす。
「あたし学校の途中でトリップしたから、MP3置いてきちゃってて、
かろうじて楽譜は持ってたんだけど…テニプリの世界に来たからって大好きなキャラソンが聞けなくなるなんて嫌だもん」

ちなみに楽譜は家に置いてきたけどね、とは言って、ほっと胸を撫で下ろす仕草をする。
将来ピアノ関係の職につきたいと言っている彼女にとって、いわずもがな楽譜は大切なものなのだろう。


「私もipodは肌身離さず持ってないと落ち着かないからね。一緒にトリップしてくれて嬉しいよ。後、コレ」

写真を見せると、前向きな態を見せていたも、さすが一瞬顔を曇らせた。
家族で撮った写真。

こちらの世界に来る前の自分達が、あどけない笑顔でカメラに向かって微笑みかけている。

なんだかいたたまれない空気になって、は写真をに押し戻すと、「それ、姉ちゃんがもってなよ」と言った。

「うん」と言って受け取ったは、写真をぼうと見つめると、独り言のように呟く。

「コレってさ、もし仮に私達を連れてきたのが神様だったとしたらさ、昔の自分を忘れるなってことかな?
もしくはいずれ私達は連れ戻される…とか」


は「そうだねぇ」と言って視線を天井に向けたものの、「あー」と言って髪をかきむしった。

「連れ戻されるんだとしても、今あたし達はここに居る。
さっきも言ったけど、過去の事とか未来の事を憂う暇があったら、
今この現状をどう乗り越えるかを考えたほうがいいって」

言葉ではそう言ったものの、お互い割り切れない表情のまま、
は「そうだね」とうわ言のように言うと、写真をなおす。
気まずくなった空気を取り成すようにはへらりと笑うと、ひらひらと片手を振った。


「大丈夫、大丈夫。あたしら二人なら何とかなるって!せっかく来たんだから楽しまなくちゃそんだよ。
あ――!立海はなんで神奈川なのかなぁ…、東京とかだったら青学、氷帝、山吹にルドルフに…」

「はいはい。あんたの萌えに対する情熱は分かったから、んで、こっからは現状理解に関することなんだけど」

ずいずいと日記帳をテーブルの真ん中に持ってくると、はぺらぺらとページをめくる。
が、眉根に皺を寄せると、ポツリと呟いた。

「何か人の日記帳読むのって片身狭いよね、申し訳ないって言うか」
「確かにね。でもしょうがないでしょ」

二人して日記帳を覗き込むと、一日づつ豆に書いていたらしいと言うこの世界の“”とは違い、
の日記帳は日付は飛ばし飛ばしで、内容が短い日や長い日などまとまりがない。


「うわー、日記続かない辺りとか姉ちゃんそっくりじゃん」
「…一言多いっつーの。一応一通り目は通したんだけど、リョーマ繋がりでレギュラーメンバーとそこそこ親しいってのと、
どうやら生徒会の役員やってるってのと、
後週に二日日吉のところで古武術を習ってるらしい事ぐらいしか書いてなかった」

どうりで携帯に日吉のアドレスが入ってた訳だよね、と言うと、は「うっわ羨ましい!」と自分の携帯を取り出した。

「あたしのは赤也と赤也の家族のと、後姉ちゃんのしか入ってなかったよ」

の携帯も、元の世界の時のままで、
行き成り変わられるよりも使い勝手がいいし、助かるというものだ。

「って事は、立海レギュラー陣とはそこまで仲良くないって事か」
「どうやらこっちの世界のさんはかなり内気で暗いみたいだったからね。
クラスでも浮いてるみたいだし、そこまで積極的じゃないんじゃない?」

それって家族知ってるの?と言うと、丁度紅茶が運ばれてきて、会話は一時止まる。
店員さんが去ってはカップを持つと、「うんにゃ」と言って一口飲んだ――が、すぐに熱いと言って舌を出す。

「どうも知らないらしい。かなり悩んでたみたいだったよ」
「だろうね。しかし、アンタ大丈夫なの?そんな子の代わりで」

「大丈夫。出来る限り我慢はするつもりだよ…まぁ、我慢が出来なかったらその時にならないと分からないけど」


ニヤリ、と意味ありげに頬を持ち上げたを見て、
は呆れたようにため息をつくと「程ほどにしなさいよ」と釘を刺す。
しかしは分かってるってぇと、いともたやすく返事を返す辺り、かなり不安だ。

ふと何気なく窓の外を歩いてる青年に目が向いたは、
たまたま風に流れる銀髪を瞳に移すと、がちゃんとカップを落とした。

幸い零れなかったものの、は「何?どうしたの?」と尋ねてくる。

ぱかりと口を開いていると、青年もこちらに気付き、目があった。
すると彼は、前を向いて歩いていた少し背の低い青年の肩を叩いて、こちらを示す。

青い帽子を被った青年もこちらを向き、目と目があうと、彼らは踵を返して来た方向に向かって歩き出した。

「あのさぁ…私ってピヨシと友達なんだよね。ってことは、氷帝メンバーと面識あったりするのかなぁ」

なんだかとっても嫌な予感がして、がひくひくと口端を引きつらせていると、その様子を見て、
現状に気付いていないは「だからどうしたのさ」と言って瞬いた――「あたし達が知るわけないじゃん」

「ですよねー」と言ったの耳に届く、喫茶店のドアにつけられたベルの音。
恐る恐るそちらへ目を向けると、背の高い青年が――すごーく見た事のある気がする青年が笑顔で手を挙げる。


「いい、。念のためもう一度言っておくけど、出来る限り我慢するのよ」
「は?だから何が――「先輩!」」


キタ――((゜∀゜;;))――ッ!!


カクカクと震えながら右手を挙げて苦笑いを零すと、
は「浪川さんボイス!」とピクリと身体を浮かし、後ろを振り返る。
爽やかな笑顔で手を振る長太郎。
その横で無愛想に立っている青年を見た途端、両手をわなわなと震わせると椅子を倒して立ち上がった。


鎌苅く「バカヤロ―――!!」ぐっはっ」


両手をもろに挙げて抱きつこうと駆け寄るの頭は日記帳でスパンと叩かれ、
ははっと目を開けると、コホンと咳払いをして椅子を戻し席につき、小さな声で呟いた。

「ごめん、我慢の限界だった」
嫌、リミッター低すぎるから

突っ込みをいれたは、日記帳を置いて空笑いを浮かべると「こんにちわ」とぎこちない笑みを浮かべ、
まるで先ほどの出来事をなかったかのようにも立ち上がると、負けず劣らずにこりと引きつった笑いを作る。


「はじめまして、ちゃんの友達で、立海大2年の、切原です」
「こんちわ、俺、氷帝学園二年の鳳長太郎。で、こっちが先輩の宍戸さん…その、鎌苅って人じゃないよ」

うわー真っ直ぐに返されたー

嫌、知らないから当然なんだけどね、とは怪訝な顔をしてこちらを見ている宍戸を見て、取り繕う。
「すみません。知り合いによく似てたものですから」

間違ってもミュージカルで貴方の役をやってました人なんですなんて言える訳がない。
しかもそれの大ファンだなんて!!


白々しくおほほと笑う最中、くっと幸せを噛み締めるような表情を浮かべるを横目で見たは、
大体考えている内容に察しがつくと、肩をすぼめる。

このままこちらに話題がこずに去ってくれるといいんだけど、と淡い期待を抱いたのだが、
それはものの数秒で打ち砕かれた。


「珍しいですね、先輩とこんな所で会うなんて」

うん、そうだねと当たり障りのない返事を返してみたものの、そこで会話が途切れて行き詰る。
やはりここは「部活だったの?」とでも聞くべきだろうか。


それ以前に、こちらのは長太郎の事なんて呼んでたんだろうか。
長太郎は知り合いっぽいけど、宍戸の事も知ってるのかな?

しばらく無言の状態が続くと、「あ」と長太郎が声をあげて、はびくりと肩を浮かせた。

「そっか。先輩にはまだ紹介してなかったですよね。
俺の先輩の宍戸さんです。ダブルスパートナーなんですよ、あ、話した事ありましたよね?」

どうやら宍戸とは直接の知り合いではないらしい。
は日記帳をさりげなく鞄の中に直すと、「うん」と言って笑った。


「凄く尊敬してる先輩なんだよね、えっと、その、鳳君が」

長太郎は白い頬をさっと朱に染めると、「はい、凄く尊敬しています」とそれはそれは眩しい笑顔で言う。

こんなこっ恥ずかしい台詞を頬を染めるのみで飄々と言い返せる辺り、ある意味度胸があると言うか。

もそれに答えるように微笑んだものの、
が小さな声で「チョタ宍フラグ…」と呟いているのが聞こえると、表情を凍らせた。

幸い長太郎たちには何を言ってるか聞こえなかったらしく、
「え?」と尋ね返されは「なんでもないです」とにこやかに言う。


この子は一体どこまで地雷を踏めば気がすむのだろうか…っ!


もう一発ぐらい殴っておけばよかったと思っただが、
ふと喫茶店の客の注目を集めている事に気付くと、冷や汗を流す。
立ち話は目立つのだろう。店の店員さんもどうしたらいいか分からないようにきょろきょろしていた。

宍戸もそれに気付いているらしく、居心地悪そうに眉根を寄せていて、
どうやら気付いてないのは尻尾をパタパタと振っている(ように見える)長太郎と、だ。

は内心重いため息を吐きつつも、仕方なく自分達の隣の空いた席を促した。
「せっかくだから、少し座って話さない?」

は一瞬ぽかんとしたものの、状況を理解すると、自分の横の椅子を引く――「どうぞ、宍戸先輩」
さり気なく名指しするあたりさすがと言うか、宍戸は戸惑う様子を見せたものの、仕方ないといわんばかりに座った。


それを見た長太郎が、「隣に座っていいですか?」とに尋ねて来たので、「もちろん」と笑うと、彼も腰掛ける。


ほんわかした空気を漂わせている長太郎に、どぎまぎしている
ピンク色のオーラを出して宍戸を見ているに、居心地の悪そうな宍戸。

何とも言えない空気の中で、は覚悟を決めると、話題を切り出した。

「今日は二人とも部活だったの?」
「はい!」

「今日のサーブは調子よかった?」
「はい!」


か、会話が続かない…
げんなりとした表情で頭を抱えただったが、隣の長太郎と目が合うと、
花が咲くような笑顔で微笑まれて、う、と心なしか後ろにのけぞる。

笑顔が眩しすぎるぞ!少年!

笑顔の安売りと言うかこれはもう叩き売り状態だ
あまりの眩しさにが目を細めていると、両手を膝に乗せて、
キラキラとした眼でに見られている宍戸がむすっとした表情で口を開いた。

「切原っつーと、立海大の切原の妹か?」
「はい!双子の妹です!」


憧れの先輩に言葉を返すように背筋を伸ばして返事をする
さしずめ長太郎2と言ったところか

「切原って二人居てややこしいと思うので、よければって下の名前で呼んでください」

このちゃっかり加減はしかないだろうがな、と言葉に詰まっている宍戸を見ては苦笑を零す。
そんな事言ったってこの純情ボーイが呼べるわけがないだろう。

なんてったってアレだ。


何度も一人の夜を呆れるほど重ね 今頃気がつけばまだ恋した事がないぃ♪

と言う名フレーズを残したほどである(他のメンバーも居るが、アレは宍戸の歌詞としか思えない)。

「そのうちな…」と言葉を濁した宍戸に、笑顔で返事を返す
恐らく本人も呼んで貰えると思っていった訳ではあるまい。

さしずめ名前で呼んでくださいと言われて戸惑う宍戸が見たいと言ったところか。

ふ、と一瞬ほくそ笑んだの姿を目ざとく見たは、頼むからボロを出してくれるなよ、と切に願うばかりだ。


あんまり熱心に願っていたあまり、長太郎が話しかけてきたことにも気付かず、
「先輩?」と言われてははっと長太郎に首を巡らせた。

「何?」

「古武術の方は楽しいですか?」

痛いところを突かれた、とは一瞬顔を曇らせたが、当たり障りのない返答を返す――「うん、楽しいよ」
それだけじゃ足りないかなと思ったので、「日吉君もよくしてくれるし」と言うと、長太郎は肩を揺らして笑う。


「日吉も凄く楽しいみたいですよ。
古武術の鍛錬の日は、部活終わって着替えたと思ったらさっさと帰るんですから。
あ、俺が言ったって内緒にしてくださいね?」

前から練習には熱心だったんですけど、それに輪をかけた感じで、と言う長太郎の言葉に、は内心驚いた。

あの下克上男、もといピヨシとそんなに仲がいいのか。
一体こちらの“”さんはどんな人だったのだろう

日記だけでは掴めず、四苦八苦するであろう古武術の日を思うと、今からでも気が重たくなってくる。
って言うか古武術なんて出来ないし…突然出来なくなったら凄く怪しいよな…でも止めるのも変だし

「俺、応援してますから」
と、満面の笑みで言ってくれた長太郎の言葉に、は「ありがとう」と言うと、目を細めて笑った。


「私も、鳳君のテニス、応援してるから」


そんなこんなで最初のギスギスした空気もじょじょにとけていき、は長太郎と他愛ない事で笑い、
で、そこそこ宍戸との会話を成立させている。

所々地が出ている部分には目を瞑る事にしよう。


そろそろ夕暮れが近づいて来た時、鞄の中の携帯が鳴って、ディスプレイを見ると、どうやら倫子さんからの電話らしく、
は「ちょっとごめんね」と長太郎に断りを入れてから電話に出ると、
電話の内容は突然南次郎と一緒に出かける予定が出来た、と言う事だった。

菜々子も大学の都合で遅くなるらしいので、リョーマと二人で夕ご飯を食べて欲しいらしい。

『ごめんなさいね。急用だからご飯の準備も出来なくて。
リョーマ君も部活の先輩と出かけて家に居ないし、帰りがけにお弁当でも買って帰って貰えるかしら?』

「あ、はい。分かりました。帰りに買って帰りますね」


そう言って電話を切り、時計を見るともう六時を回っている。
長太郎たちも部活の帰りだろうし、これ以上長話をするのも気が引けて、は紅茶を飲むと、鞄を机の上に置いた。

「そろそろ解散しない?もう夕暮れだし。鳳君たちも部活で疲れてるでしょ?」


それもそうですね、と長太郎が言い、帰りましょうか宍戸さんと席を立つ。
は至極残念そうだが、渋々と言った形で立ち上がった。

結局お互いの現状は把握できたものの、対策と言う対策がたてられなかった。

お金を払って店を出て、宍戸たちと別れると、は駅の方向を指差して「あたしこっちだから」と言う。

なんだか姉妹なのに別々の家に帰る、と言うのはかなり違和感がある。
しかもこちらの世界では赤の他人なのだ。


、もう一度言っとくけど、くれぐれも「ボロは出すな、でしょ。分かってるって」」

んじゃぁねぇと軽い足取りで帰っていく
はもう一度時計で時刻を確認すると、鞄から財布を取り出して中身を確認した。


お弁当で済ますのもいいけれど、せっかくだから手料理でも振舞ってみようかな。
もしかしたらリョーマ喜んでくれるかもしれないし…

和食中心を頑張って作ってみよう。
卵焼きも好きみたいだったし、ダシ巻き卵でも焼いてみるか!

そうと決まったらスーパーに行って帰らなきゃ、とは夕暮れの中家路についた。



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