「、何食べてんの?」
夕食が終わり、ぼうとテレビを見つつ、
ソファに座ってクッキーを食べていると、後ろからにょきっと風呂上りのリョーマが顔を出した。
突然の登場に、が「うぉう!」と言って肩を震わせると、リョーマは呆れたような声でため息をつく。
「もうちょい女らしい悲鳴あげなよ」
「…不意打ちの行動にいちいち文句をつけないでくれたまえ――手作りクッキーなんだ。クラスの子に貰ったの。食べる?」
今日学校へ行くと、昨日はありがとうございましたと掃除当番を代わってあげた女の子がくれたのだ。
山田花子ちゃんと言うらしい。
「これ手作りじゃん!」と言うと、恥ずかしそうに「せめてものお礼にと思って」と笑ってくれて、
行き成りべったりと言う訳にはいかなかったが、
お互いクラスで浮いてる者同士、そこそこ会話を交わして今日一日を過ごす事が出来た。
おかげで昨日よりは幾分楽しい学校生活を楽しめて、充実した一日だったと思う。
おかげで機嫌のいいがほれとリョーマにクッキーを渡し、
「それ甘さ控えめだからリョーマにも食べれると思うよ」と言うと、リョーマはクッキーを口に含んだ。
「ん、美味い」
「でしょ?」
返事を返したものの、一瞬視線を向けたのみで、それ以降は一向にリョーマの方を見らず、テレビから視線を外さない。
とりたてて面白い番組があってるわけでもないのに、とリョーマは小首を傾げたものの、の方は気が気でなかった。
え、何リョーマの風呂上りって!色気、色気が凄いんですけど!
炎天下でテニスをしているとは思えない程白い頬が少し朱に染まって、濡れた髪にかけられたタオルが揺れる。
パジャマも二番目のボタンからとめられてあるので、ちらちらと覗く鎖骨とかが妙に色っぽい。
――って、これって男の人が女の人を形容するときに使う表現ばっかりだよね…嫌でもリョーマが色っぽいのが悪い訳で、
私がいやらしいという訳ではない、絶対違う!
が頭を抱えて必死に自分を正当化していると、
一方のリョーマはちらりと時計を見て、何やら考え込んでいるらしいを見た。
「、そろそろ準備しなくていいの?八時からでしょ?古武術」
リョーマの言葉を聞いた途端、は頭から手を離すと「え?」と言って時計を見上げる。
古武術、八時から――今日だったんだ!って言うかもう七時過ぎてるんですけど!
とりあえず「忘れてた!」と言ってごまかすと、クッキーを慌てて包みに戻し、大急ぎで階段を駆け上る。
タンスの中から練習着を取り出すと(前もって探しておいてよかったぁ)、
机にかけてある大きめのバッグをひったくるように取って、
練習着を突っ込み、そして再び階段を降り風呂場に駆け込むと、タオルを入れた。
後は飲み物位かなぁ…冷蔵庫になおしてあるお茶をとりに行こうと風呂場を出たとき、はたと瞬く
――今更ですけど私、日吉の家知らないんです
そう思い立って、一人で後頭部に手を添えて「あはははぁ」なんて笑って現実逃避したものの、数秒で我に返った。
(どうするよ、私!?)
リョーマに夜だから怖いの!とか言って送ってって貰うか?
嫌、リョーマが日吉の家を知らなかった場合説明がつかない。返って家を知らない事で怪しまれる原因を作る事になる。
だからと言って突然休む訳にもいかないし
わたわたと百面相をしていると、ピンポーンとチャイムが鳴って、
一番玄関に近い所に居たは一旦考えるのを止めて「はぁい」と言い、ドアに駆け寄った。
玄関を開けると、瞳に映った見た事のあるきのこカットに瞬き二回。
どうやら部活帰りらしい青年は、大きなテニスバッグを背中に、「何間抜け面してるんですか」と眉根を寄せる。
ようやく現状に理解が追いついたは、パカリと口を開くと「日吉?」と尋ねた。
「他に誰が居るんです。用意は終わったんですか?行きましょう」
この口調は、今日たまたま迎えに来たんですと言う感じではない。どちらかと言うと、いつも来ている感じだ。
――古武術の鍛錬の日は、部活終わって着替えたと思ったらさっさと帰るんですから
その時ふと長太郎の言葉を思い出して、は噴出しそうになる口元を手で覆った。
もしかして、さっさと帰って行くのはを迎えに来る為なのだろうか
突然口を押さえたを、怪訝な顔で日吉は見る。
その視線に耐えかねては白々しく「あ」と言うと、「ちょっと待って。後お茶入れるだけだから」とリビングに走った。
律儀なところは日吉らしいけど、なんか似合わない…!
ニヤニヤしながらリビングに戻ったため、
髪を拭いていたリョーマが「何気持ち悪い笑み浮かべてんのさ」と随分失礼な物言いをしたものの、
は「嫌、なんでもないの」と表情を引き締めて(努力の結果は報われず、頬が引きつって返って怪しい)
冷蔵庫からお茶を取り出し、手近なペットボトルに注いだ。
【日吉君との対面】
「…」
はぎゅっと眉間に皺を寄せて、目の前に立っている自分よりでかい男を見る。
ちらりと横を見ると、仁王立ちした日吉父と目があって(目つきが悪いのは親譲りらしい)
はへらりと微笑んだ後、どうしたものかと必死に頭を働かせた。
ここまで至る経緯はいたって簡単である。
余裕を持って日吉宅に着いた日吉は、まずに着替えるように言い、その後自分が着替えた。
二人でしばらく待っていると、他の生徒と思われるガタイのでかい男がぞろぞろと集まりだし、
爽やかに見えた道場は、一変してむさくるしい場所となったのである。
八時きっかりに入って来た日吉父は、まず軽くストレッチをさせると、行き成り練習試合だと言いだした。
全力で拒否したいのはだけで、当然言えるはずもなく、今ここで対戦相手の男と向き合っている訳なのだが。
ここで聞きたい。古武術って何ですか?
以前日吉の夢を書きたくて調べた事があるのだけれど、結局よくは分からなかった。
つまり、平たく言うとポツダム宣言によってマッカーサーが武道禁止を出した後に、
現代で復活した武術との区別のために古武術と言うらしい…。
中国拳法とかも古武術に入るらしいし、太極拳も古武術。更に言うと、八種の武器を使う琉球古武術と言うのもあるらしい。
(比嘉中の沖縄武術とは違うのかしら?)
そこまで考えて、めまいがしそうになった。だから結局のところ一体何なんだ。
結局は身の危険しか感じない――生きて帰れるんだろうか私。こんな事ならもっとリョーマの色っぽい姿見とくんだった…っ!
「初め!」
「ぅわっ!?」
突然開始が告げられ、が男と距離を取ると、男は下に置かれていた木刀を手に取った。
え、待ってそれってあり!?
木刀の切っ先を突きつけられて、はびくりと体を揺らす。
自分の足元にも確かにあるが、生憎剣道をやった覚えなどないので、握ったところでどうしようもない。
つまりこれって何でもありって事?丸腰に剣道もあり!?
振り上げられた木刀が、一気に下ろされて目の前に来る。
恐怖に目を見開いただったが、きょとんと瞬く――あれ?なんかゆっくり見えるぞ
確かに木刀は空を切っているのだが、の目にはスローモーションのようにしか映らず、
は木刀を避けて右手で払うと、片足を軸にして足をあげ、勢いをつけてしならせた。
バァンと乾いた音が鳴り響き、の足は見事男の顔面にヒット。
「あ」とが声をあげた時には、男は床に沈んでいた。
「勝者、越前!」
日吉父は爽やかにまで聞こえる声で言うものの、男は一向に起きない。しゃがみこんで人差し指で突きたい気分だ。
しかしおずおずと皆が座っている列に戻って座ると、隣に座っていた日吉が聞こえるように小さく口を開く。
「手加減しろよ…」
「あ、うん」
そうだったみたいね、とは言えず口篭ると、日吉はため息を一つ零した。
「まぁ、向こうも先輩が苦手な剣術で来たんだから、お互い様って所でしょうけど」
下克上上等の日吉の口から「お互い様」なんて言葉が出ると驚きを通り越してなんか可愛い…
思わず我を忘れてみてたら、日吉はきまづそうな顔をして、ふいと顔を逸らした。
ぞわぞわと感情が渦巻くように入り乱れる。
何だろうこの胸に湧き上がってくる感情は、そう、これを名づけるとするのなら――萌えだ!
ちくしょうに見せてやりたいぜ、とは幸せを噛み締める。
そうこうしているうちに日吉が練習試合に呼ばれ、さすが師範の息子と言うべきか、模範的演技を見せて、練習試合は終了した。
その後型と思われるものを一通りこなして、日吉父の掛け声で解散する。
むさい男集が先に部屋を使うらしく、が一人で道場の片隅で正座していると(何か居心地が悪くて)
日吉が首にかけたタオルで額の汗を拭きながらこちらに歩いて来た。
「あれ?日吉着替えなくていいの?」
「ええ。俺はいつでも着替えられますから。それより、少し練習に付き合ってくれませんか」
ご遠慮したいんですが、と口に出かけた。何分力加減がいまいちよく分からない。
恐らく、体が覚えていると言うのはこう言う事なのだろうとは思う。
自体はまったく武術の経験などないが、彼女の体に条件反射のような感じで染み付いているに違いない。
しかし、立ち上がったに日吉は向かい合う訳でもなく、隣に並ぶと、「さっきの型をしてみて下さい」と口を開いた。
見よう見まねで覚えた構えをとると、日吉は眉間に皺を寄せて「今日の先輩、変ですよ」と横目で見てくる。
が「え?」と言うと、「構えが全然なっていない」と日吉はの肘を持ち上げた。
「ただでさえ空手をやってきた時の癖が残ってるんです。
古武術の型が苦手なのは分かりますけど、いつにも増して出来てない――むしろ、素人みたいだ」
なるほど、反射神経は空手の賜物だったのか、とは零さないように記憶にインプットしていく。
一瞬それた神経を呼び戻すように脇閉めて、と言われて、は「ハイ」と言われた通りに構えをとると、
同時にいやな汗が背筋を伝う――不二に続いて日吉にバレたりしたら、もうに説教する立場がない。
下手ないい訳は身を滅ぼす、と思ったが「うん、ごめん」と素直に謝ると、
日吉はそれ以上追求できなくなったように視線を泳がせた。
「具合が悪いなら、無理しないで下さい。型が苦手なら、いつでも練習に付き合ういます。連絡して下さい」
詰まったように途切れた言葉に、が顔を上げると、うっすらと頬を朱に染めた日吉が、あさっての方向を向いている。
これはその、照れ隠し、だろうか
ああそうか――もしかしたら、日吉も越前さんの事、好きなのかもしれない
ぎゅ、と心臓が縮まって、は表情を曇らせた。
不二の時と同じ罪悪感が胸にこみ上げてくる――私は、この人の好きな越前さんじゃない。
いっそ言ってしまえば楽になるのに、そう言った時に態度が変わられるのが怖かった。
自分は、彼女が作り上げてきたぬるま湯の世界に浸ってるだけなんだ。私が、彼らと過ごしてきた時間があるわけじゃない。
そう思うと、無償に悲しくなってくる
日吉は、テニスバッグを抱えて、氷帝を中心として正反対の距離にある越前家まで迎えに来たのだ。
日吉家に向かう最中、さりげなくどうして迎えに来たのか尋ねると、彼は夜道を見据えたまま、淡々と答えた。
――夜道は危ないでしょう
って言ってもまだ八時なのに、とが苦笑すると、
日吉は何も返してこなくて、きっとこの様子じゃ帰りも送ってくれてるんじゃないかなと思ったのは、ほんの数時間前の事。
あの時、どうして気付かなかったんだろう。
好きでもない女の子を、わざわざ危ないからと迎えに来るはずがない。
やばい、泣く
はピシっと背筋を伸ばして時計を見ると、わざとらしく「ああ!」と声をあげた。
不意を突かれたのか、びくりと日吉が肩を揺らして「何ですか」と尋ねてくる。
「私、帰ってまだ宿題が残ってるんだよね!もう帰らなきゃ!」
「じゃぁ送って――」
「大丈夫!リョーマが迎えに来てくれるって言ってたから!」
当然そんな事言われてない。第一、リョーマは風呂にも入ってくつろぎモードだった。
今頃カルピンと戯れている事だろう。
「だったら、越前のヤツが来るまで俺も一緒に待ってます」
「…ないで…」
「え?」
「こないで、いい」
お願いだから一人にして。
これ以上、彼女と言う現実を突きつけないで
顔をあげたの表情を見て、日吉が柄にもなく目を見開く。
きっと、今にも泣きそうな顔をしてるからだろう
「越前先輩…?」
「、帰るよ」
突然割って入った第三者の声に、日吉とが首を巡らせると、そこに居たのはリョーマだった。
どうして、とかすれた声で呟いた言葉は誰にも聞こえていないようで、
リョーマは靴を脱いで道場に入ると、端の方に置いてあるの荷物を取る。
凍ったような時の中、リョーマは我が物顔での手を取ると、「行くよ」と言って引っ張った。
まだ着替えてない――だけど、この空気から抜け出せるなら、練習着で外を歩いても構わない。
は「うん」と言うと、手を引かれたまま、精一杯の笑顔で日吉を振り返る。
「じゃぁ、また今度。練習付き合ってね」
が見せた泣きそうな顔がよっぽど効いたのか、半ば呆然としていた日吉が、己を取り戻して「ああ」とかろうじて返事を返した。
ずるずると日吉家を後にして、は前を歩く小さな背中を見ている。
お風呂入った後なのに、風邪引いちゃうよリョーマ。
どうして来てくれたんだろうか、いつから居たのだろうか
聞きたいことはたくさんあるのに、どれ一つ言葉にならなくて
はひぅっと息をのむと、声を殺して涙を流した。
リョーマが迎えに来てくれてうれしい。でも、好きになってしまうような優しさを見せないでほしい。
はリョーマの姉を演じなければならないのだ、リョーマを好きになるなんて言語道断だから。
私はリョーマを、皆を、だましてるんだから
なのになんで
「何で、優しくするの…」
小さく、小さく呟いた声は、恐らくリョーマには届いてないだろう。嗚咽にのまれて、消えていく。
泣きじゃくるに理由を聞くわけもなく、それでもが泣き止むまで、リョーマの足取りは遅かった。
まるで、家に帰るまでには泣き止めと言ってるように
ああ
は涙で滲んだ視界に、リョーマの背中を映す。
この手を手繰り寄せたいほど、君が愛おしい

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