「アンタ、誰だ」

怪しんでいる目。そんな目であたしを見ないで欲しい。あたしはあなたのことがこんなにも好きなのに
二度目の失敗とブン太の目で、はどうしようかとうなだれた。もうこれは説明する以外ほかにないだろう。

「あの、丸井先輩。とりあえず屋上行きませんか」

へにゃりと笑えば、無言で歩き出したブン太。三人もばれてしまったことを、きっと姉は鬼のように怒るだろう。

ま、やっちゃったもんはしゃーないね



















座って、と隣を叩かれて静かにそこに座る。座った地面がやけに冷たく感じたのは緊張しているからだろうか。
口を開いたのはだった。


「あたしの元の世界に、貴方たちテニス部レギュラーが出てくるマンガがあったんです。
だから、あたしは貴方や・・・他のレギュラーの方たちの性格や好みまで把握してます。

暇だったんです。そして愛しかったんです。

あたしの世界は“楽しい”と思えることがまるでありませんでした。
貴方達のいる世界は、きっと今とは違って楽しいんだって。

みんなで楽しそうにしている、真剣にテニスボールを打っている貴方達がすごく好きで、愛しかった。

いつもあたしは赤也の妹になりたい、って思ってました。
赤也のそばで、赤也が笑って、他の人たちとバカやってるところを見たかったんです。

そして、来ました。
やっと来たのに、実はあたし赤也の妹じゃないんです、なんて言えなくて。

こっちの“さん”の事情も考えなくちゃいけなくて。
多分こっちの“さん”はあたしの身体にいると思うんですけど・・・」


自分が言いたいことが全くまとまっていない事に気付いて、慌ててブン太の方を見る。

わかってくれただろうか。意味が通じただろうか。


「他に誰かばれた奴いんのか?」
「真田先輩と柳先輩に」


ふぅん。とそれだけ言って黙り込んでしまった。
怒ってる?怒ってる?!

「ま、なんかあったときは俺を頼ってくれていいからさ。
身内少ねーから寂しいだろうし、相談ぐらいならのってやるよ。」

にかっという効果音が似合いそうな笑顔で、頭を撫でてくれる。
高橋さん・・・いやブンちゃん!!

「ブンちゃん大好きー!!」

飛びつけば、「うぉっ!」と小さく雄叫びをあげて、恥ずかしそうに離れろと何度も叫んだ。
きっと彼が怖いのは赤也だと思う。赤也がシスコンなのは誰がどうみてもわかることだからしょうがない。

「しっかし、さっき女子達にさんざん言ってたの、カッコ良かったなぁ。
女とは思えなかったぜぃ」
「いっやぁ。仁さん直伝だからですよ」

面食らった顔をしたブン太は一瞬誰かを想い浮かべたのか、宙に視線をやって慌てて首を振る。
そして気を取り直してに聞いた。

「仁さん?」
「山吹中の亜久津くんです」
「やっぱ…そんなとことも繋がってんのかよ」

どうせさぼっちゃったから、という理由で、五時間目は屋上で過ごした。
ブン太=火原(コルダネタッ)が兄貴分になった感じ という図が出来たのは言うまでもない。





「あと、赤也には今の言わないで下さいね。」
「おぉ、そうだった。黙っとくんだったな。」

今この人「そうだった」って言わなかった?言った?言ったよね?
確かにブン太なら忘れて言っちゃいました、という可能性が高いと思う。つーか忘れんなよ、普通

「ブン太先輩、もし言っちゃったら」

一週間、“お菓子”の“お”の字も拝めなくなりますよ

ブン太の中で、 =幸村二号 という図ができたという。











は生まれて一度も、こんな大きな病院に来たことがない・・・と思う。

どこもかしこもピカピカに磨かれていて、いたるところに花や絵が飾ってある。ロビーは広いし看護婦の数は半端ない。
病室がたくさんあって、絶対地図がないと覚えられないくらいだ。こんなところに魔王様は潜んでいらっしゃるわけですな?

「ここだ」

柳が指したのは、これまた立派な個室だった。このやろー金持ちのボンボンめっ!
真田がスライド式のドアを開けると、そこにはなんと――というかやっぱり、


「やぁ」


魔王がいた
・・・訂正。立海テニス部部長、幸村精市がいた。

「その女の子が、“赤也の妹”かい?」

低いようで高い、中3とは思えない、今にも消え入りそうな声。ああ萌える、その声だけで悶え死にしそうですよ奥さん。
さらさらで少し癖っ毛のある髪、広いデコ(ここ重要)、微笑む姿は魔王に似合わずまるで天使(失礼)

「あぁ。そうだ」
「今日はごめんね。俺が会いたいってだだこねて来てもらって」

その柔らかい口調は、その一言でテニス部員が怯えて悲鳴も出せなくなるとは思えないほど。
その細い腕はリンゴが握りつぶせるとは思えないほど。(バキッといっちゃったよね、つかりんごじゅーすできるよね)
ふるふると、身体が震え出す。

「いえ!お会い出来て光栄です!!もうメッチャファンです、ハグしてください!!」
「うん、いいよ」
「ちょっと待て!!」

まるで初めてディズニーランドでミッキーを見た子供のように。目はきらきら、身体はふるふる、と言った感じである。

、まず落ち着け。幸村は即答で了承するな」

慌てて制止に入ったのは真田で、少し溜息混じりに言ったのは柳だ。

「いいじゃないか。この子犬みたいで可愛いよ」
「ホントですか!?すっごい嬉しいです!!」

、気付け。今お前は貶されたんだ。
幸村の元に駆け寄るを、哀れな目で見つめるが、本人は全く気付いていない。












「じゃぁ、聞かせてくれるかな。君の話」

真田と柳から殆どの事は聞いているだろうから、赤也の妹になったことは話さなくていいだろう。
今までの成り行きとかでいいのだろうか。


「こっちに来る寸前、あたしは普通に廊下に出たんです。
授業に遅れる、と思って急いで廊下に出たら、いつの間にかこっちの世界に来てました。

教室にいて、意味がわからずに立ち尽くしてると、赤也が来て帰ろう、って言ったんです。
その日はしどろもどろしながら帰りました。

次の日に、一緒にこっちに来たらしい姉と落ち合って、作戦会議を立てて・・・
とりあえず、完璧に状況がつかめるまで、あたしはこっちの“さん”を演じることになったんです。

それで、また別の日に姉を訪ねる事にしたんですが、不良に絡まれて乱闘してたところに、山吹中の亜久津が出現。
一緒に滅多打ちにしました。

亜久津に懐いたあたしは、次の日の夕方、学校が終わってから自己紹介しに亜久津の所に行って
そのときにまたまた不良さんに絡まれまして、喧嘩してたところを真田先輩と柳先輩に見つかってしまいまして。

で、昨日はクラスの女の子達に喧嘩売られたんで買ってやったら、そこをちょうどブンちゃん・・・じゃない、ブン太先輩に見られて事情説明?」


つまり、と柳が繰り返し、付け足しをしたのは真田。

「お前には姉がいて、昨日は丸井にばれた、と。」

あれ、お姉ちゃんがいること言ってませんでいた?

おかしいな、と小首を傾げるだが、言ってないぞ、とはっきり言われてしまう。
「すいません」
えへ、と付け足しながら言えば、柳は二度目の溜息を吐く。

「ところで、君のお姉さんは今どこにいるんだい?」
「姉は、越前君のお姉ちゃんと変わってます。」

「青学の?」
「はい」

しばしの沈黙。
幸村は顎に手をそえて、考えるポーズをしている。

「うん。やっぱり君のお姉さんに会いたいな」

また、お前は・・・
疲れたように頭を押さえる真田を見て、が一人萌えていたのは秘密である。




















幸村さん、結構胸板厚かった。
やっちゃったよ、幸村さんとハグっちゃったぜコノヤロー。

「そう言えば携帯のメモリ増えたな」

真田は、何かあったときに、と教えてくれて
柳は「いつでも連絡してきていいぞ」と連絡先を教えてくれた。

ブン太は、困ったことがあったら連絡しろぃ、と赤外線で連絡先を交換して、
今日は幸村が「暇だったらいつでも。」と綺麗な字でメアドと電話番号を書いた紙を渡してくれた。

亜久津にはお好み焼き屋で、無理矢理携帯を奪って登録したし、
千石さんは、いつの間にか制服に紙が挟まっていた。


「でもこれで満足しちゃダメだよね。」


せっかく来たんだもん。したいことはいっぱいしなきゃ。

遙遠くの両親には申し訳ないけど、きっとしたいことをし終われば帰ってくるから、
それまで待ってて。

決心のついた顔で、携帯を握りしめた。