――もしよかったら、今度漫画貸しますね
花子の言葉に感激を覚えたは、何度も頷くと、キラキラと瞳を輝かせた――やったぁ!漫画が読める!
今まで考える余裕もなかった本の事を一度考え出すと、止まらなくなって、
は大急ぎで学校から家に帰ると、服を着替えて財布を持ち、商店街の本屋へ早速出発した。
越前さんはどうやらあまりお金を使わないらしく、財布の中には結構な金額が残っていて(何せ娯楽に興味はなさそうだ)、
は財布の中身を確認すると、軽い足取りで商店街へと向かう。本一冊位買ってもバチは当たらないよね。
商店街の大体の場所は地図で確認したので、よっぽど変な道に入らなければ迷う事もないだろう。
あまり方向感覚は当てにならない(ようするに迷子になりやすい)ので、目的地だけを目指して歩いていたは、
探検よろしくきょろきょろと辺りを見渡していると、見慣れた階段に足を止めた。
ここって、よく漫画で出てきたストリートテニス場だよね。
確かダブルス専門のコートで、桃城と杏ちゃんが打ってた時に、
何様俺様どちら様?…じゃなかった、跡部様が出てきて、リョーマがサル山の大将呼ばわりした所。
正直跡部って苦手なんだよね、とは随分高い所まで続いている階段を見上げる。
嫌、キャラとしては好きなのだが(あの声は最高だ)、実際に会うとなるとかなり濃すぎて、萌える所かひいてしまいそうだ。
だって素で自分の事「俺様」なんて言えるのは、跡部か某アンパンがヒーローなアニメのバイキン様くらいなものだろう。
氷帝は遠くで見守る位の距離を保っておきたい――がっくんやジローとは是非ともお近づきになりたいが。
間違っても跡部や、ダテメガネーゼの変態さんとは関わりあいになりたくないので、そこの所よろしく、
と誰に言う訳でもなくは思う。
でも、そんなこんなを置いておいたとしても、こっちとしてはちょっとした観光名所のように思えて、
まぁ俗に言う「冬ソナ」ブームの時に韓国旅行で観光地に殺到するおばさんみたいな気分だ(微妙な例えだな)
「…ちょっと位、寄り道してもいいよね」
さっさと本を買って家に帰って、久しぶりに読書に打ち込みたい所だが、萌えと言う探究心は収まらず、
はウズウズとした気持ちを抑える事が出来ずに、階段に足をかけた。
最初は勢いに任せて上っていたものの、半分くらいで息が切れ始める。
この階段、見掛け倒しじゃなくてマジ高いんですけど…っ!
結局肩で息をしながら上り終わると、は目の前に広がったテニスコートに「わぁ!」と歓喜の声をあげた。
凄い!漫画とアニメ通りじゃん!もしかしたら不動峰が居たりして…!
基本テニプリの女の子キャラってあまり興味がないなのだが、杏はどちらかと言うと好きな方に入るかもしれない。
桜乃とか朋ちゃんはリョーマの傍に居ると言う事だけで嫉妬の対象だったのよね、とは苦笑い。
実際まだこの二人と面識はないのだが、同じ校舎内に居て、
越前姉と言う称号を持っている以上、いずれ関わりがあるかも知れないな、と思うのだが。
さて、杏と言えば、カップリング的には色々ある。神杏とか桃杏とか切杏とか。あ、跡杏もありだよね。
と、以前杏関係のカップリングについてと語り合っていた時、切杏の話題に触れた途端、がぶち切れた。
赤也はあたしのものだ――!
それを傍で聞いていた母は、「至らん所(意味:良くない所)がアンタに似て…」と、
に対してぷりぷり怒っていたのだが、不可抗力と言うものに気付いてほしい。
はただ己が信じる腐女子道をまっしぐらに進んできただけであって、それを他人に押し付けた覚えなどない。
まぁあえて言うのだったら、小さい頃から萌えを言うものを叩き込んできたくらいだ
(それを押し付けと言うのかも知れないが)
とにもかくにも、結論的には神杏派らしく、は桃杏←神かな、
と言う結論に至ったのだが、生で見るとなるとこの際どちらでもいい。
あの神尾が哀れになってくる程の甘酸っぱい青春と言うか、そう言うなまめかしい(表現が怪しい)世界を是非とも堪能したい。
よし、不動峰を探すぞ!
オーと一人で気合を入れたがコートに向かって歩き出した途端、何やら不穏な空気がどこからともなく漂ってきた。
「生意気なんだよ!」
ドンっと何かにぶつかる音がして、「う」とくぐもった声が聞こえてくる。
花子の時は自分のせいだったからよかったにしても、今日はどうしてこう厄介ごとに出くわすのだろうか、
とはコートの端で一人相手に三人が詰め寄っているのを見た。
しかもそれを無視できるならまだしも、こちらに来てからと言うもの、生憎は放っておけないタイプのようで。
はため息をつくと、ツカツカとそちらの方に向かって歩いていく。
近づいていくと、どうやら絡まれているのは氷帝の男の子らしい(テニス部のジャージを着ていた)し、
絡んでいるのは他校のテニス部のようだ(見た事もないジャージだが、ラケットを持っている事で判別)
が近づいている事にも気付かないのか、青年は氷帝のジャージの胸倉を掴むと、ガンを飛ばす。
「ちょっとテニスで強いからっていい気になってんじゃねぇぞ、コラ」
あまり氷帝とは関わり合いになりたくないんだけどなーと思っただったが、
別にレギュラーって訳でもないみたいだしいっかと思うと、青年の手を掴んだ。
「やめなよ。みっともない事」
「あぁん!?」
突然割り込んできたを、腕を掴まれた青年が横目で睨む。
「関係ないヤツは引っ込んでろ」と怒鳴られたものの、は静かな声でもう一度言った――「やめなよ」
青年達は顔を見合わせたものの、「は」っと鼻で笑うと、氷帝の子を揶揄するように笑う。
「みっともねぇのはどっちだよ。女に守られるなんざ、超ダセェっつーの」
「ま、テニスで強いって言っても、さんざんもてはやされて、結局青学に負けたんだからよ」
「ホント、マジかっこわりぃ」
氷帝の子の顔が、どんどん曇っていく。
レギュラーじゃないとは言え、同じ部活の先輩達がここまで言われていい気分な訳がないだろう。
は眉根を寄せると「かっこ悪いのはどっちよ」と啖呵を切った。
「確かに氷帝は派手だし、下手すりゃホスト集団だし、何か赤い髪の子は軽く雑技団みたいで色物ばっかりだけど、
実力があるから注目を集めるんだし、もてはやされるのよ!
他人の目から見たら、一見派手なところしか見えない。だけど、実力の裏に努力があるから強いんだわ!」
青年達の目元がぴくりと浮く。どうやらかなり逆鱗に触れたようだが、は構わず言葉を続けた。
「少なくとも、努力もしないでこんな所で油売ってる君達が氷帝の事とやかく言うのは間違ってる。
スポーツマンならスポーツマンらしく、テニスで勝負しなよ!
正々堂々と勝負もしないで一方的に喧嘩売るなんて、かっこ悪いにも程があるわ!みっともないよ!」
その時、氷帝の子の胸倉から青年の手が離れたと思うと、バシンと乾いた音が響き、遅れての頬に痛みが走った。
「うるせぇよ、ゴチャゴチャ。女は黙ってろ」
「黙らない。女だとか、男だとか関係ないもの。
一方的な仕打ちに耐えてるこの子の方がよっぽどスポーツマンだし、かっこいい」
が恐らく腫れてきたのだろう、熱を持ち出した頬に手を添えて言うと、
男は「ち」と舌打ちをして、表情を歪めたものの、何を思いついたのか突然にやにやと笑い出した。
「だったら姉ちゃん、アンタの言う“氷帝の努力”って言うの見せて貰おうじゃねぇか。
ワンセットマッチだ。俺が勝ったら、姉ちゃんは俺達についてきて貰うぜ」
俺達についてきてもらう――その言葉が暗に意味する事には気付いたものの、
「構わないわ」と言うと、氷帝の子を振り返った。
「君は構わない?」
氷帝の子は当然だが驚いているようで、目を見開いたものの、ぎゅっと拳を握ると「はい」と力強く頷く。
男達はレギュラーじゃない彼になど余裕に勝てると思っているのだろう。わいわい騒ぎながらテニスコートへ向かっていき、
彼持っていたテニスバッグを地面におろすと、中からラケットを取り出して、を見た。
「スイマセン、俺のせいで…」
「いいのよ。君が勝ってくれれば全然問題ないんだし。
あ、別にプレッシャーかけてる訳じゃないんだよ。でも、自分の力を信じて戦えば、あんな卑怯な奴らに負けないって!」
だからファイト!と背中を叩くと、彼は「ありがとうございます」と言ってコートに入って行く。
青年の友達が審判を勤め、試合が始まったものの、青年はそれこそ「あ」と言う間もなくゲームを取られた。
「1−0」
二セット目、三セット目と試合は続いていくが、氷帝の子の圧倒的な強さに、
けしかけたですら舌を巻くほど、試合は流れるように進んでいく。
「し、6−0」
結局一セットも取られないまま氷帝の子が勝ち、青年達はこれでもかと言う程を睨むと、
「覚えてろよ」と悪役お決まりの台詞を口にしてテニスコートから去って行った。
は「凄いじゃん!」と両手を叩くと、氷帝の子に駆け寄る――「強いね!」
青年はくすぐったそうに「ありがとうございます」と笑うと、「でも」と影を落とした。
「跡部先輩達の方が全然強いんです。俺、まだレギュラーにもなれないから」
「それはレギュラーの方がまだまだ努力して経験を積んでるって言うそれだけの事だよ。
この一勝も経験の一つだし、君はまだまだ強くなるんだから。
君の勝利のおかげで、私は助かったんだよ」
ニコニコとして言うと、氷帝の子は「そんな事ありません!」との肩を掴んだ。
「俺こそ助けて貰ったんです。本当にありがとうございます」
うわー、背高いな。とは改めて氷帝の子を見る。
跡部の事を先輩と呼ぶくらいだから、恐らく二年か一年なのだろうけど、
一体この世界の中学生はどれだけ常識を逸脱すれば気が済むのだろうか。
いずれリョーマもコレくらい大きくなるのかな、きっと凄くカッコイイだろうな、とか思っていると、
青年はの頬にそっと手を滑らせて、赤くなった頬をさすった。顔が近い。
「スイマセン、俺のせいで…」
なんだこの空気は――その時は氷帝の子と自分を取り巻く空気が異様なことに気付くと、慌てて青年を引き離した。
なまめかしい(まだ言うか)空気を見てみたいとは思ったけれど、自分がその渦中には入りたくない。
は「お互い無事でよかったね!」と言うと、さっと片手を挙げた。
「それじゃぁ私はこの辺で!」
「あ、ちょっと」
呼び止められる声を聞こえない振りして、は駆け足でその場を去っていく。
レギュラーだけでなく部員までナチュラルホストだなんて…一体アンタの影響力はどれだけ凄いんだ跡部さんよ!
恨めしいと言う表情をありありと出しながらその場を去ったは気がつかなかった。
その影響力のある人間が、ダテメガネーゼの変態と一緒に少し離れた場所で事の一部始終を見ていたなんて。
変態、もとい忍足は「はぁん」と無駄にため息をつくと、眉間に皺を寄せて立っている男を見た。
「なんや、俺らの出番なかったなぁ、跡部」
買出しに行かせた部員が中々帰って来ないという事で、部長自ら探しに来た跡部と、気がつけばいた忍足。
ストテニ場に立ち寄ると、絡まれている部員を発見し、助けようとした瞬間、その少女は現れた。
――実力の裏に努力があるから強いんだわ!
派手なパフォーマンスが売り(?)の氷帝には、事あるごとにこのような因縁をつけられる事が多い。
跡部は気にしてないし、むしろそれを誇りに思っているのだが、一般部員は違う。
跡部曰く、俺様のようにカリスマ性のあるヤツだからこそ、周りは嫉妬するんだよ。だそうだが。
大して気にしてないと言えど、実力の裏に努力がある、と言う言葉に正直我を忘れてしまった。
今までそんな事を言ってくれた人等いない。むしろ、女は跡部の魅力と権力にすがるばかりだったと跡部は思っている。
まるで彗星のように現れた彼女は、
見た感じ自分より年下、もしくは同学年のような感じがしたが、生憎制服を着てないのでどこの学校かは分からない。
面白いじゃねぇか、と跡部は口元に笑みを浮かべる。
運命なんてロマンチックな言葉を信じた事はないが、彼女にはまた、会える気がした。
【派手と努力】
「これ下さい」
艶やかな表情でカウンタに本を出したは、至福の時を迎えていた。
まさかこっちに図書館戦争があるなんて…!
(図書館戦争とは、暴力や事件に繋がる本やテレビ。
いわゆるメディアが社会に対して適切ではないと思われるものを異常なまでに取り締まるメディア良化委員会と対峙する、
図書館独自の自衛隊、図書特別部隊を舞台とする話しである。
基本はラブコメだが、内容的に奥が深いので、興味が沸いた方は書店か図書館にて読んでみてね☆)
「千六百円ね」
「はい」
財布からお金を出したは、本をほくほくとした表情で受け取ると、レシートを貰った。
「御嬢ちゃん、よかったらこの先のふれあい所でやってる抽選会に行ってみな。千円以上で一回出来るからさ」
レシートを見せればいいよ、と店のおじさんに言われて、せっかくだから引いて見ようかなとは思う。
「はい」と頷いたに、おじさんはにかっと笑った。
「一等賞は家族で行けるハワイ旅行、狙ってみるといいよ」
「またおいで」と言われて本屋を後にすると、は言われた場所に足を運び、
商店街の一角にあるふれあい所まで来ると、抽選ボードを見る。
一位:家族で行けるハワイ旅行
二位:ハイビジョンテレビ
三位:大阪旅行ペアチケット
四位:DS
五位:ビール一か月分
参加賞
クジ運のなさは折り紙つきなので、はなからハワイ旅行なんて狙えるはずもない。
五位でも苦しいから、やっぱり参加賞が妥当なところだろうが、やってみてそんはないと思い、
は担当のおばさんにレシートを見せると、腕をまくって取手に手をかけた。
ガラガラガラガラ
出てきた玉は黄色。
黄色――がボードを見上げる前に、おばさんはシャンシャンと鈴を振ると、商店街全体に響き渡りそうな声で叫んだ。
「大当たり!大阪旅行ペアチケットだよ!」
「嘘ぉ!?」
ぎょっと目を見開いたは、賞品のペアチケットを貰うと、我が目を疑うようにまじまじと見る。
生まれてこの方クジでいい思いをしたことがない――これは先ほど人助けをしたご褒美だろうか。
やったーと賞品を掲げたは、幸せを噛み締めてぎゅぅっと賞品を抱きしめた。
丁度夏休みも近づいて来たことだし、リョーマと一緒に行けたら嬉しいなぁ…!
って、兄弟二人で大阪旅行なんて変だって。と、は己の考えを打ち消すように首を振る。
続けて大体二人で旅行できる年齢じゃないしね、とため息をついた。
しょうがない、日ごろのお礼と言う事で南次郎氏にでもあげるかな
何はともあれ小説をゲットしたは、帰った途端に物語を読みふけり、
賞品を机になおした事すら忘れたてしまったのだった。
南次郎が、頬の腫れを見た途端、家族を巻き込んだ大騒ぎになったのはまた別の話し。

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