「おい、すげぇぞ。あの跡部会長に向かって啖呵切ってやがる」

セレブにもやはり野次馬根性はあるようで、
跡部とを中心にどんどん人が集まってきているのを見て、は軽く眩暈を覚えた――私、帰っていいですか?


そんなとは対照的に、揉め事の当人と言うべき渦中の中に居るは、
人ごみに目もくれずに跡部に人差し指を向ける。


「美形で成績優秀、テニス部の部長に加えて生徒会長…何ソレ、俺は凄いんだぞって言う自慢か、あぁん?
お前みたいなヤツをな、世間ではこう言うんだよ――器用貧乏!」


得意気に鼻で笑ってみせたの言葉に、は頭を抱える。
確かに跡部を器用だと表現するのは正しいが、生憎貧乏に値する部分が見当たらない。使い方間違ってるよ…。

それでも忍足のツボをつくには十分だったようで、ひぃひぃ言いながら笑って居る彼を見た日吉は、
背中が小刻みに震え、怒りが手に取るように分かる跡部と、笑い転げる忍足に交互に視線をやり、ため息をついた。

「何か面白そ〜う、ねぇねぇ日吉、俺も行っちゃダメかなぁ?」
「止めてください。話が余計ややこしくなります」

かわいらしく小首を傾げて尋ねたジローの言葉も一刀両断して、日吉は青い顔をして立っているに首を巡らせる。
「まさかとは思いますけど、知り合いじゃありませんよね?」


淡白に投げかけられた質問だが、この場合、二つの意味合いが想像出来た。
クールな越前さんにあんな知り合いが居るのか言う事を認めたくない日吉の心情か、
知ってるならどうにかしろと言う暗黙の脅しか――この場合後者だろう、とは苦笑いを零す。



「止めれるものなら止めたいけどね、この場に向日君が居ないだけマシだよ。居たら事態はもっとややこしい事に――」
なるよ、と言おうとしたの目に、人ごみの中を掻き分けてくる赤い頭が見えた。

時々ぴょこぴょこと跳ねているような動きは、氷帝唯一の雑技団(?)にしか出来まい。
やがて事の中心に辿り着いた岳人は、跡部と忍足、
それから傍で見物に入って居る(間違っても巻き込まれたくない)他のレギュラーを見て、忍足に駆け寄った。


「何々侑士、何の騒ぎ?」


ややこしい所にアンタはもう…ッ!
の心の叫びが届くはずもなく、岳人の声に過剰反応したの耳がぴくりと動くのを見ると、
もうどうしようもないと言わんばかりの顔をして事態を投げたは、隣に立っている日吉の肩に手を乗せる。

「あのさ、日吉。私用事思い出したか「この事態に収集つけてから帰ってください」」

ですよねー、とは高速の速さで背後を振り返るの姿に視線を戻した。
と目があったのだろう。パチパチと岳人が瞬きをすると、
感動が有り余ったのか、はフルフルと震えて、スタートダッシュで駆け寄る。


「始めまして!あたし立海大二年の切原と申します!」
「お、おう。俺は氷帝三年の向日岳人」

「その相方の忍足「がっくんって呼んでもいいですか!?」…全然聞いとらんで、この嬢ちゃん


普通はここで相方は漫才やろ!的な突っ込みが大事やのに、と言う忍足の言葉を完全にスルーして、
は岳人の両手を掴むと、期待をありありと示した瞳で見つめている。


仮にも先輩後輩なのに、行き成り「がっくん」はフレンドリー過ぎだろうとは思うが、
完璧に勢いに流されている岳人は、「べ、別にいいけどよ…」と言葉を濁すと、忍足に耳打ちした。

「侑士、マジで誰だよこの子」
「何や知らへんけど、俺が来た時には跡部と言いあいしよってん。面白いから見物しとったんやけど…。
立海の切原言うたら、あのエースやろ?双子やなんて初耳やなぁ」


「あの、もしよければ――」
「おい」


散々好き勝手言われた挙句、岳人が出てきた辺りから存在を忘れられていた跡部がを呼ぶと、
が「今良い所なのに…」と舌打ちしながら、物凄く迷惑そうな顔で振り返るのを見、は口端を引きつらせた。

もしよければ、の先はなんて言うつもりだったんだろうか
…何だか微妙に引っかかった所で終わって気にかかるが、まぁどうせろくな事じゃないだろう


中途半端とは言え、言葉を遮ってくれてよかったとはまず一安心。
遠くで感謝されてるとも知らない跡部が肩に置いてる手を、にさり気なく振り払らわれ、
跡部はぴくりと目元を引きつらせた。


露骨過ぎる拒否はやめなさい、


「俺様を無視しようなんざいい度胸だな、あぁん?」
「アンタが考えてる程自分が目立ってると思うなよ。がっくんの前じゃアンタなんて霞んで見えないっつーの

これっぽっちもね、とは片手を離して、
人差し指と親指で度合いを示すが、その距離は一センチにも満たない


取り乱す程じゃないとは言え、言うまでもなく激怒している跡部に八つ当たりよろしく睨まれたことで、
岳人はやっとその身に起きてる危機感を感じる事が出来たようだ。


が、手が握られているので今更逃げようもない。


助けてくれ、と言わんばかりの岳人の目から、宍戸達はふいと視線を逸らす――ちくしょうお前ら覚えてろよ、くそくそ!


「止めなくていいんですか」と言う日吉に、が「もうなるようになれ」とサジを投げると、
跡部は地を這うような低い声で「俺のどこが岳人の野郎に劣るって言うんだ?あぁん!?」とブチギレた。

ガン垂れる姿は、もはやチンピラ以外の何者でもない。

はふぅとため息をついて、「仕方ないなぁ」と言うと、青空に視線を持ち上げて語り始める。
「あれは、私が宇宙空間をさまよってる時だったわ…」















と岳人の出会い(談)

あたしはあの日、追悼の儀式のために宇宙の一角にある、ユニウスセブンと言うデブリに向かってたの。

ユニウスセブンって言うのは、2月14日――後に血のバレンタインと呼ばれる事になるのだけれど、
地球軍とザフト軍の戦争の引き金になったとも言える、
地球軍の核兵器によって何十万人の人が殺されたプラントの成れの果てだった。

あたしはザフト軍の軍艦で、亡くなった何十万人の人のために、プラントの代表として歌を歌いに行くところだったの。

だけど、その途中地球軍の戦艦に見つかってしまって
こちらには敵意がない事を示したのだけれど、彼らは納得してくれず、船内は酷くもめてしまった。


あたしは脱出ポットで避難させられたから、
それからどうなったかは分からないけど、とにかくあたしは宇宙空間をさまよう事になってしまって、
そんな時助けてくれたのが地球軍のキラ…じゃなかった、がっくんだったの…。

助けられてハッチを開けた時、周りに居たのが地球軍であたしは凄く驚いたけど、
宇宙空間の慣性でそのまま漂いそうになったあたしの手を、がっくんは握ってくれた

あったかい、大きな手だった

あたしはザフト軍ではないけれど、プラントの人間だったから、地球軍にはあまりいい歓迎を受けなかったけど、
それでもがっくんはあたしの為にご飯を持ってきてくれたり、時間が空いた時には、話しに来てくれて…。


しばらくしてザフト軍と地球軍の戦闘になった時、人質として扱われたあたしの事で、がっくんは凄く怒ってくれた。
自分はそんなつもりで助けたんじゃない、人質にするなんて卑怯だって。


上官は逃げるためには仕方のない事だって言ったの。
こちらの手の内にある以上、利用しないでどうするんだって
…それを聞いた時、がっくん自分の立場を挺してはあたしを逃がしてくれた

ザフト軍に引き渡してくれた時の顔、今でもよく覚えてる。
淋しそうで、でも安心したような顔――それが、あたしとがっくんの出会いだった…。



















ふ、と淋しげに瞳を揺らしたの言葉に、誰もが皆言葉をなくして彼女を見ている。

って、何35行も使って豪華な嘘ついてるんだよお前は!
あんたと岳人の出会いは上から51行目だろうが!


ダメだ、ここで突っ込みを入れたら私の負けだ…ッ!と、は下唇を噛み締める。
ああ、今ココで駆け出しあの背中にドロップキックを入れられたらどんなに清清しいことだろう。



つーか声ネタですか!?分かりづらいネタ止めようよ!
(ようするに、がついた大々的な嘘は、ガンダムSEEDの主人公キラ(声:保志○一郎さん)と、
ヒロインラクスの出会いである。ちなみにご存知の通り岳人の声優は保志○一郎さんなのだ!

うっわ分かりにくいギャグ!SEED知らない方ホントすんません!へぇこんなあらすじなんだ、程度に受け止めて下さい)






何か今にも「そうだったのか…」と誰かが言いそうな空気。
ちらりと見ると、宍戸まで不憫そうな顔でを見ている――ダメだ、完全に哀れむ空気になっている!


跡部なんて放心状態だよ!


横に居る日吉はどちらかと言うと展開についていけていないようで(これが普通の反応だ)
ジローにいたっては、「あの子すっげぇ面白い!ねぇねぇ、俺に紹介してよ!」と、テンション最高潮で騒いでいる。


ここで正体を明かす事になったとしても、私はこの子の姉だなんて言いたくない


もう付き合いきれないから帰ろうと踵を返したの耳に、忍足が「何や…」と呟く声が聞こえて、
その場で去ってしまえばよかったものの、律儀に立ち止まってしまったは、首を巡らせて視線を戻した。

「何や!俺の方ががっくんとは運命的な出会いしとんねんで!」

何かもう連ドラの修羅場みたいな雰囲気で忍足が噛み付く。
いや、彼の場合ラブロマンスの登場キャラクターにでもなったつもりなのだろう。

さしずめ岳人が主人公で、忍足が相手役――は元カノ辺りか――とにかく、異様なテンションで忍足は語り始めた。
















■岳人と忍足の出会い(忍足談)

氷帝学園は幼稚園から大学まであるねんけど、俺は中学校からの編入で、友達も中々できへんかったんや。
なんやもうチームワークが出来上がってるって言うんやろか、入っていく勇気がなかってん。

同じクラスになった岳人は俺と違って性格も明るいさかい、
部活でもクラスでもいつも賑やかで、ホンマ羨ましかったんやけどな、
俺は話しかける勇気もなかってん…情けないって笑ってくれてもかまへんで(ふ、と自嘲気味に笑ってみせる)。

やけど、俺と岳人は出会うべくして出会った。そう――あの日は今日と違って雨がふっとったんや。


天気予報のお姉さんが嘘ついたゆうて朝から大騒ぎでな。
晴れや言うてたから誰も傘持ってきてなかってん。


せやけど俺はたまたま鞄の中に折りたたみ傘入れっぱなしでな、ラッキーはラッキーやったんやけど、
また皆に話しかける話題逃してもうて、落ち込んでたんや。

雨やさかい部活もない。

靴履き替えて外でたら、ホンマ土砂降りでな、天気予報のお姉さん嘘どころか大嘘やん?
当てになれへんなぁ思うて、玄関出て傘差したとき、たまたま隣にたっとった岳人と目があったんや

その時岳人、何て言ったと思う?


「しょうがないから入ってやる」って笑ってん
















きゅんって、

恋に落ちる音がしたんや…「って何でやねん!!!!!」










思わず全力で突っ込みを入れたの声に、その時全員(跡部以外)正気に戻った
忍足はそんな空気にも気付かず、一人で悦に入ってはぁはぁ言ってる――「岳人、意外と積極的やってん

「何がだよ!」と岳人が悲鳴に近い声で叫び、
思わず上を行かれたが呆然としている間に手を振りほどくと、掴みかからん勢いで詰め寄った。
「俺と侑士、三年で初めてクラス一緒になったじゃんか!」


積極的だって、え、意外だね――周りから聞こえる小声に、岳人は弾けるように振り返って釘を刺す。
「だから違うっつってんだろ!侑士、お前も否定しやがれ!」

「何やつまらん。もうちょい引っ張ってもええやん。別にホンマの事とちゃうねんし…」
嘘でも言って言い事と悪い事があるんだよ


岳人の目はマジだ。
忍足はぶぅぶぅと口先を尖らせると「せやかて最近ハマってんねん」とふてくされたように言う。





「初音ミクのメルト」
やっぱり“メルト”だったか…ッ!






薄々気付いていたがため息をつくと、ジローがの袖を引っ張る。
「初音ミクって誰?」

「あー、架空の人物なんだけどね。
発売されたソフトウェアで、音階と歌詞を入力する事でボーカルやバックコーラスを作成する事が出来るのよ。

いわゆるバーチャルアイドルってヤツなの」

「へぇ…さすが忍足だねぇ。マニアック
「でも可愛い曲なんだよ、メルト。今度芥川君も聞いてみなよ」


さりげなくお勧めしてみると(のipodにも入ってる)ジローは「うん」と頷いた。
ちゃんがそう言うなら、聞いてみる」

かーわーいーいーなぁ、もう!

抱きしめてぐりぐりしたくなるぜ、とは手をわきわきさせていたものの、ふと視線を感じてまわりを見た。
何か、メチャメチャ注目浴びてるんですけど――居心地が悪くて、は原因を思い出してみる。


あ、さっき思わず突っ込みいれたんだっけ、
は四方八方から向けられる尊敬の眼差しに苦笑いで答えて、日吉の背中に隠れた。
確かにあの時正気でいたのはだけだ。


もようやくが近くに居た事に気付いたようで、「あ、姉ちゃ…」と言いかけて、慌てて訂正する。
ちゃん、そんな所に居たんだ」



声かけてくれればいいのに、と言うは、先ほどもう置いて帰ろうと思われた事など知る由もない



「まぁね…」と言葉を濁したを見た忍足の視線に、は視線を逸らした。
「ええツッコミやな、嬢ちゃん!」とか言って懐かれた日には、そのめがねを叩き割ってやりたい

しかし忍足は何言う訳でもなくよくよくを見ると、未だ一人だけ放心状態だった跡部の肩を叩く。


「なぁなぁ跡部、あの子この間の子とちゃう?」

この間?小首を傾げたに、
眉根を寄せると「何時の間に先輩達に会ったんですか」ととがめるような口調で言った日吉。

が「知らない」と言うと、振り返った跡部は少し目を見開いて――かすかに笑った。


「ああ、頬はもう大丈夫か?」



何でアンタがその事知ってるの




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こんにちわ、ゆでたまごです。見に来て下さってありがとうございます。
「メルト」に興味を持った方はようつべで検索かけると出てきます。
歌詞だけでも興味があるって方は下を反転すると、忍足が語った部分の歌詞だけ出てきます。



天気予報が ウソをついた
土砂降りの雨が降る
カバンに入れたままの オリタタミ傘 うれしくない
ためいきをついた そんなとき

「しょうがないから入ってやる」なんて
隣にいる きみが笑う
恋に落ちる音がした