もうすぐ期末テストが始まる。

前の“さん”はとっても頭がよかったらしくて、柳と幸村と真田の猛特訓で
なんとか幸村に「ま、このぐらいだったら80点代とれるんじゃないかな?」と言われた。

家に帰れば猛勉強、学校に行けば部活。
あたしの楽で萌えに満ちた楽しいマイライフを返せ!


「いよーぉ、じゃん」


その声に、遠くに行っていた魂が身体に引き戻された。

屋上で生温い風と、無駄に熱い太陽にさらされながら弁当を食べていたことを思い出す。
何処まで遠くに行っていたんだ、自分・・・


「ブンちゃ・・・ブン太先輩、どうかなさったんですか」
「なんでそこで言い換えるんだよー」


しかも敬語だし。

唇を突きだして、頬を膨らますブン太に萌を感じる自分。ああなんて彼は萌え要素を数多くもっているんだろう。
こんな時ぐらい乙女らしくときめいてみろよ、なんて自分を責めてみる。まあそんなこと確実にありえないわけだが。

「いや〜、赤也の前で出ちゃったらヤバイし」
「どうせ二人なんだから気にすんなって。・・・それより菓子あるけど食う?」
「食べる!」

食べ終わった弁当箱をかたづけて、早速ブン太の隣に座り直す。
板チョコレート、飴(見るからに甘そう)、ポテトチップス、クッキー・・・

「どれだけ買ったんですか」
「こんなもん買ったうちに入ンねーよ」

自分とブン太の周りを囲んでいくお菓子達を見ながら、ブン太は舌なめずりをしている。エロいというより面白い。

「好きなヤツ取れぃ。俺は・・・」

遠慮なしにクッキーの袋を取れば、「あ、それはっ!」とブン太が叫んで手を伸ばしたが、
すぐにその手を収める。渋々という感じでほかのに手を伸ばすと、ぼそっと一言。

「俺にも後で食わせろよ」

自分は最初にポテトチップスの袋取ったくせに・・・
内心毒づいたが、このお菓子は全部ブン太が買ってきた物なので文句は言えない。


「そういえばお前、俺らに会いたかった、って言ってたけど一番会いたかった奴は誰かいんのか?」





瞬間浮かんだ人物は、ただ一度会ったきりの彼。
女の子大好きで、お調子者で、オレンジ頭でヘタレな人。

『俺もごめんね。いきなり押しかけちゃって。また来るよ』

声を思い出すだけで苦しくなって、あぁ本当に自分は彼が好きなんだ、と情けなさそうに笑う。
きっともう、面と向かって彼と話すことはないだろうけど。


「いるよ。大好きな人が」


いつも思ってた。彼のところに行けたら。彼と会えたら、と。


「でもあの人、女の子大好きだし、あたしのことまともに見ちゃくれないから」


恋愛ゲームみたいに、最後は絶対くっつくなんてあり得ないし、
ましてや付き合いだしても一生続くなんてもっとあり得ない。


「こっちの世界に来たって、みんながみんな、あたしのこと好きなってなんかくれないよ。」


どうしてこう、あたしは自分を追い込むようなことしか言えないんだ。
目頭が熱くなって、今にも泣き出しそうになる。


「愛してくれたとしても、それはこっちの“さん”であって、あたしじゃないんだし」


ずっとずっと来たかったこの世界。
今さら来たくなかったなんて言えないし、自分も簡単に帰るつもりはない。


「本当のあたしの姿何て、誰も知らないわけだし。まああたしはあんまり気にしないけど、結構重要なんじゃない?そこらへんって」


誰にも言えなかった。こんな事をに言えば、だって悲しくなる。二人して悲しくなる必要なんてどこにもないんだから。
真田や柳に言ったって、同情なんて欲しくない。同情が欲しくて言ってるわけじゃない。少しでも彼らと共にいたい。それだけ。


「だからあたしは、」


足元に小さな小さな水溜まりができる。別に泣きたいわけじゃないのに、なんで泣けて来るんだろうか。なんか悔しい。
こんな事を今、ブン太に言うつもりはなかったのに。悔しい悔しい。なんで泣くんだよ自分。

崩れ落ちそうな身体を支えようとするのに、腕がうまく動かない。こんなに自分は弱かっただろうか。

「泣くな」

抱きしめたブン太は、お世辞でも優しくとは言えなくて。
まるで押しつけるようだったが、それでも心が暖かくて、嬉しかった。














ブン太の中で、は結構強いヤツ、という認識があった。
たとえ赤也が自分の事を見てなくても、それすらも楽しんでいるように見えていたから。

真田や柳といる時でも、訳わからないことを言いながらも、いつも楽しそうに笑っていた。
こいつ、悩み事なんてあるのかよ、と思うほど。

だから

「愛してくれたとしても、それはこっちの“さん”であって、あたしじゃないんだし」

自分を嘲笑うように微笑したは、恐怖に怯えていた。
申し訳なく思う反面、こいつを護らないと、と感じた。

「だからあたしは、」


何て続けるかはわからなくて、その先を知りたかったけど。


「泣くな」


いつの間にか紡いでいた自分の言葉に、自分でも驚く。

でも、泣いて欲しくないのは本心だった。
これ以上が苦しんでいるところを見ることは出来なかった。


俺が護るから。