「…遅い…」 駅の時計を見上げると、集合時間を軽く十五分程過ぎている事に、ため息を一つ零す。 余裕を持って到着どころか、 こっちは緊張と嬉しさが先走って二十分以上前に着いたと言うのに、肝心の本人が来ないなんて一体どう言う了見か。 早く来いと催促のメールはもう随分前に送ったし、やることもないので行きかう人々を横目で追っていたは、 思い出したようにふと自分の格好を見ると、苦虫を噛んだような表情をした――やっぱ気合入ってるように見えるかな、コレ。 普通の女の子達からしてみれば地味な格好なのかもしれないが、 これでも朝からタンスの中をひっくり返して、一時間かけてコーディネートをしたのである。 特に現世では格好に頓着がなかったを知っている分、他の人にはバレなくてもの目はごまかせないだろう。 とは言え某魔法少女に出て来る、ビデオカメラで主人公を取るのが大好きな (原作ではちょっと百合っぽい発言をかましてたのでインパクトが強い)かの女の子は名言を残した ――「特別な日には、特別なお洋服を着るものですわ」と その後に「そしてそんなさくらちゃんを記念撮影…ッ!」と悦に入った台詞が続くのだが、生憎私を撮りたい人は居ない とは言えそんな彼女の台詞をバネに、なけなしの勇気を振り絞ったは、緊張の面持ちで前髪を横に流した。 そう、今日は特別な日。 立海の魔王こと幸村精市との初対面なのだ。 →回想 「ユッキーが私に会いたい?」 『うん。前会った時チラッと姉ちゃんの話題が出てね、会いたいなって言ってたから。 丁度今週の日曜真田と柳がユッキーのお見舞いに行くらしいのね、 んで、誘ったらどうだって言われたんだけどどうす「行く」…返事早ッ!?氷帝の時とえらい違いだなぁオイ!』 「だってホラね、妹がいつもお世話になってる訳だし、ここは一応姉の身として挨拶しとかなければいけないなと思った訳でして」 『はっきりと妹をダシにしてユッキーに会いたいって言えばいいじゃない』 「んじゃ遠慮なく。妹ダシにして会いたいです」 『…今まで一緒に過ごしてきた中で一番姉妹愛を疑いたくなったんだけど』 回想終了。 もしかしてあの電話を根に持ってるんじゃないだろうか、そしてバックれるつもりだったりして…ッ!と、 は携帯電話を手に取ると、の電話番号をアドレス帳から引っ張り出す。 謝るよ、土下座してでも謝るし、大好きって言うからお願い、ユッキーに会わせて!(果たしてそこに愛はあるのか) 必死の形相で今にも通話ボタンを押しそうだったその時(傍から見れば般若だったかもしれない)、 「姉ちゃん!」とこちらの世界に来てから聞きなれた声が聞こえると、が片手を挙げて駆け寄って来た。 ほんの数分前までは「来たらどうしてくれようか」と怒りが沸々と煮えたぎっていたと言うのに、 今では見捨てられてなかったと内心小躍りしながら「全然いいよ」と笑顔で返している辺り結構白状だと自分でも思う。 思うがユッキーに会えるのなら、例え火の中、水の中、 あの子のスカートの中だって入ってやろうではありませんか(ホントに必死) 恐らく本人も怒られると思っていたのだろう。 予想に反して笑顔で迎えられた事に一瞬怪訝な表情をしたものの、は一応事情を説明した。 「出かけ際に赤也にどこに行くか聞かれてさ、 ユッキーのお見舞いに行くって言ったら自分も行くって騒ぎ出して…」 どうやら向こうにもちゃんとした理由があるらしいく、 申し訳なさそうな表情で言ったに、は「どうやって丸め込んだのさ」と尋ねた。 傍から聞いていても重度なシスコン野郎の赤也が、ちょっとやそっとで諦めるとは思わない。 もしかして影から着いて来てるんじゃないの、と辺りを見渡したに、はあっけらかんと笑う。 「大丈夫、真田と柳が一緒だっつったら“休みまであの人たちと一緒に居たくない”ってあっさり引いたから」 それは理由としてどうだろうか と言うか、真田の立場って…うわー、何かかわいそう…と、が言うと、「まあ気持ちは分からなくもない」とが言葉を濁す。 赤也と同じ位アンタも問題児だろうしね、と言う言葉は機嫌を損ねるといけないので寸での所で飲み込み、 「んじゃ行こうか」と病院の方を指差して歩き出したが、思い出したように振り替えると、の服を見た。 「姉ちゃん、それ気合入りすぎ」 やっぱり来た言葉に、いたたまれない表情では視線を逸らす。 「特別な日にはさ、やっぱ特別な格好を…ね…」 苦し紛れの言葉と、頼むからこれ以上突っ込まないでくれ、と言わんばかりのの表情に、 は「姉ちゃんもやっぱ女の子だったんだ」と、これ以上ない程失礼な言葉を言ったのだった。 【立海三人衆】 に案内された病室に入ると、ベッドで寝ている幸村はもちろん、真田と柳もそろっており、 真田が険しい顔をして口を開く前に、は「遅れてごめんなさい」と早々に謝る。 恐らく「時間に遅れるなんてけしからん!」とでも説教するつもりだったのだろう真田は、 まず謝られた事に毒気を抜かれたようにしばし躊躇すると、「次からは気を付けろ」と顔を逸らした。 さすが、真田の扱いが慣れている――妙に関心していたは、はっと己を取り戻すと、慌てて頭を下げる。 「いつも妹がお世話になっております。姉のです」 何だか品定めされているような視線は正直居心地が悪いが、 いくらが赤也の妹さんとタイプが違うと言えど、別世界の人間だなんて信じられない事を信じてくれているのである。 姉の立場からしてみれば、クラスでいじめられている少女の後釜として妹が生活する、と言うのはかなり不安だったのだけれど、 の言う事を信じてくれた上で、このように対等に扱って貰えているのには本当にいくら感謝してもしたりない位だ。 この世界では赤の他人の体を借りているとは言え、たった一人の肉親。出来れば(限度はあるが)楽しく過ごして欲しい。 マネージャーになったと聞いた時はいろんな意味で心配で仕方がなかったが、 真田と柳の表情を見る限りちゃんと受け入れられてるのだろう――羨ましい、と少し心が痛むのには目を瞑る。 「副部長の真田弦一郎だ」 「柳連二だ――はデータ以上の事をしでかしてくれるのでな、こちらも結構楽しませてもらっている」 の視線に、は「あはは」と笑ってごまかすと、ずいずいっと幸村の挨拶を促した。 漫画の中では漠然としか分からなかったのだが、少し開いた窓から吹き込む風が白いカーテンを揺らして、 パジャマから覗く白い肌は、彼の病院生活の長さを物語っていて、儚い、と言う単語が頭の中に浮かぶ。 「俺は部長の幸村精市。もっとも、今は真田に任しっぱなしだから、部長なんて肩書きだけだけど」 くすっと声を出さずに笑うその姿も、今にも消え入ってしまいそうで、 は真田の「何を言ってるんだ、精市!」と言う大きな声で現実に引き戻された。 やっぱり真田の幸村に対する忠誠心は、何と言うか戦国時代の武将を彷彿とさせる。 さしずめ真田は現代に生きるラスト・サムライと言った所か。 「ごめんごめん」と幸村は笑うと、「ある程度の話しは切原から聞いたけど、詳しい話を聞かせて貰っていいかな?」とに向き直った。 淡い微笑みに、心臓がこれでもかと言うほど大きく鳴る――黙れ心臓!落ち着け私! 「あくまで私の考察なんですけど、それでいいでしょうか?」 「うん、構わないよ」 長話になる事は想定のうちなのだろう。真田、椅子を二脚出して貰えるかな、と言う幸村の言葉に、 真田は病室の隅に立てかけられていた椅子を取ると、とに座るよう促した。 その椅子に腰掛けて、何から話そうかと考えたは、隣に座っているに首を巡らせる。 「はどこまで話したの?」 「えっとね、トリップした時の状況と、 “さん”を演じる事になった姉ちゃんとのいきさつに、亜久津と仲良くなって真田先輩達に見つかった時の事かな。 あ。後、ブン太先輩に見つかった時の事」 二人の時は呼びなれた名前で呼んでいるが、一応先輩、と本人達の前では呼んでいるらしい。 は「だったら、ここから先は尚更私の憶測ばかりになります」と言うと、言葉を続けた。 「まず、私達がこちらに来たのは、 私達がこちらに来たいと言う意思と、彼女達がこの世界から逃げ出したいと思っていた事が原因だと思います」 「…逃げ出したい?」 「はい。赤也君の妹――切原さんは、クラスでいじめにあってたことを、実の兄である赤也君にはもちろん、誰にも言えずに悩んでいたようです」 想像していなかった事なのだろう。 幸村と柳の表情が僅かに驚きを示し、真田は低い声で「何?」と尋ね返してきた。 「これはこちらに来てすぐ、が切原さんの日記帳で確認しています。間違いありません」 に視線が集まり、言いにくそうな表情をしたものの「書いてありました」と言うと、 真田は「いじめ等と幼稚な事を…けしからん」と眉根を寄せる。 「越前さんの場合は――」 言っていいのだろうか、と戸惑った。 切原さんがいじめられていた事に関しては、本人だけでは解決出来ないだろうと言う事と、 本人が言えないなら他人が言った方がいいと思ったので喋ったのだが、越前さんの事に関しては違う。 実の弟が好きで、そんな気持ちから逃げ出したかったようです、等とは口が裂けても言えない。 「すみません、越前さんの事に関しては、私の口から言える度合いを超えていますから言えません。 ただ、とにかくお二人には逃げたい理由があって、私達と入れ替わったと私は思っています。 そして、恐らくそれは期限付きです。私達は元の世界に戻り、彼女達も戻ってくると思います」 だから心配しないで下さい、なんていえる立場ではないが、は苦笑いを零してそう言った。 「私達の両親も、友達も、良い人だから。 きっと向こうの世界で苦しい思いをしてると言う事はないと思います。当然、戸惑いはあるでしょうけど」 そこで一旦言葉を区切ったを見て、幸村は静かに訪ねる。 「切原――ややこしいから、って呼ぶけど。 真田達から聞いた話だと、赤也の妹になりたかったんだろ?君も、越前の姉になりたかったのかい?」 幸村の問いに、あからさまに曇った表情を見せたが、俯いた。 日吉の家に迎えに来てくれた時、夜食を持ってきてくれた時、 僅かに口元を緩ませる笑い方、生意気な口調でもどこか優しさを含んだ言葉。 それは、“”でなく“越前さん”に向けられたものだから喜んじゃいけないと思うけど、心のどこかは嬉しくて そんな自分が醜くて、悲しい 「ごめんなさい。 リョーマも、皆さんにとって大事な赤也も、彼女達を好きだった人達も、私達は騙しています」 でも、それでも、傍にいさせてくれませんか 大好きな貴方達を、見ている事だけでも許してくれませんか いつか元の世界に戻った時に後悔しないように 少しでも、時間を共有させてはくれませんか 思わず泣きそうになったの手を、が握る。 昔から、落ち込みやすいが泣きそうになった時、は黙って手を握ってくれる事が多い。 それでなくても、一緒に喋る二人の姿を見たのクラスメイトは「どっちが姉か分かんないね」なんて言った位だ。 状況が状況なのでも表情を歪め、そんな二人の姿を見た幸村は「ごめん」と言うと、言葉を続ける。 「別に責めるつもりはないんだ。 君達がそれぞれの立場を演じなければならないのは当然だし、言えないのは当たり前だ。 いくら君達がこちらに来たいと願っていたとしても、来てしまったのは不可抗力で、帰りたいと願ったって帰れない。 彼女達をこちらに連れ戻してあげたいと思っても出来ない、そうだろ? ごめん、俺の聞き方が悪かったね」 謝られると、逆に泣きたくなって、胸がぎゅっと痛くなる。 唯一越前さんと別人だと知っている不二にも、言えるはずがなかった。 彼は越前さんが好きで、その気持ちを知っているからこそ、 うかつに何か言える立場ではない――越前さんの立場を奪って、皆を騙して、ごめんなさい。だなんて 何も言えずに黙ったを見た幸村は、真田と柳に首を巡らせると、口を開く。 「真田、柳。ジュースを買ってきてくれないか?」 突然そう言った幸村に、真田が「む?」と怪訝な顔をしたものの、 柳はその中に組み込まれた意を理解し「分かった」と言うと、の肩を叩いた。 「行くぞ。お前が来ないと、越…の好きな飲み物が分からない」 柳がそう言うと、は心配そうにを見たが、幸村に視線を移すと頭を下げる。 幸村がそれに暖かな笑みで返事を返すと、「え」と戸惑っているを残して三人は出て行った。 ![]() |