コーラにしようかメロンソーダにしようか迷った物の、ここは無難にも好きな爽健美茶を買った。
姉妹揃って爽健美茶が好きって、なに。でもこの爽健美茶の謙虚な感じがなんともたまらん。茶に謙虚って、なに。
「お前は買わなくていいのか」
「あたし喉渇いてないからいい。姉ちゃんの分だけ」
柳が微笑して、椅子に座った。ふぅと息を吐いて一息つき、買った緑茶のキャップを開く。
も習って柳の隣に腰掛けると、真田が眉を寄せる。これでもかと言うくらい眉と眉をひっ付けて言った言葉は。
「なにをしている、帰るぞ」
「・・・は?」
こいつ、本当に場の空気が読めてないな。世間で言うKYってやつですか。まあ真田はどう見てもKYって感じだけどな。
柳もでこに手をあてて溜息を吐く。よくわからないとさらに不機嫌そうに眉を寄せる真田はある意味面白い。
「あのね、幸村は・・・幸村先輩は、姉ちゃんと二人になりたいって言ったの!」
「何故今言い直した」
「いや、幸村は俺と柳にジュースを買ってきてくれと・・・」
「イコール(=)、二人きりにしてくれ、って言う意味なの!このKY野郎!」
柳のツッコミは無視。つい癖でまた呼び捨てにしてしまった。いかんな、できるだけ不自然にしないようにしないといけないのに。
説教された当人真田は、「女が野郎などと汚い言葉を使うな!」と逆に叫びだす。このやろー意味分からないぞ?
「三十分ぐらい経ったら、病室に戻ろうね」
のために買った爽健美茶を開けて、一口飲んだ。
病室に戻れば、二人は楽しそうに話をしていた。なにこのムード、いやにさわやか純情な感じ。うっわーありえない。
出ていったときと空気が違うのはきっと気のせいじゃない。え、いちゃいちゃでもしてたんですかコノヤロー
「姉ちゃん、そろそろ帰ろうか」
またいつでも遊びにおいでよ、。
幸村が何故指名したのかはわからなかったが、やっぱり二人の間に何かあるみたい。
の野次馬根性がそう告げている。最初から幸村はこっちに落ちるだろうと思っていたけれども。
柳と真田はまだ幸村と話しがあるらしいので、二人だけで病室を出た。
帰りながらを観察していると、にやにやと頬を緩めて忙しなく周りを見回していた。
こんなのが姉でいいのか、と思ったが少し安心する。
よかった、元気になって
【兄・妹】
マネージャーの仕事をしていると、赤也が歩み寄ってくる。ドスドスとわざとらしく大きな音を立てて。どうかしたのだろうか。
俯いていて顔が見えないが、いつもと違うのは一瞬でわかった。ああ、もしかして
「お前」
上げられた赤也の顔は、怪訝な顔をしている。やめて、それ以上言わないで。お願いだから
「お前、誰だ」
全身の血の気が引いて、顔が引きつっていくのがわかった。夢だ、ゆめだゆめだゆめだ。なんで…
まるで世界中の時が止まって、あたしと赤也だけが動いているよう。やめて、止まって今からでも遅くないから。お願い止まって
「何で・・・」
いつかはバレる。わかってた。わかってたはずなのに。
でも、せめてあたしが帰る寸前まで、知られたくは無かった。ただのわがままでもいい。それでもばれてほしくなかった。赤也にだけは
どうして?何で?
なにかが崩れ去る音が、どこからか聞こえてきた。
最近、の様子がおかしい。
丸井先輩とも仲良いみたいだし、柳先輩や真田副部長と一緒にいるところをよく見かける。変だ。
昨日だって夏休みなのに、しかも部活が休みの日なのに真田と柳と一緒に幸村部長のとこに行ってたみたいだし。
「おかしい」
気になって気になって、部活に集中できない。
おかげで、眉の間には皺ができるし、ずっと黙っているから仁王先輩と丸井先輩にからかわれた。
「丸井先輩、真田副部長どこにいるか知りません?」
「あぁ、真田なら柳と一緒に部室いるぜ」
真田ならすぐにボロを出してくれそうだ。それは後から思えば間違った選択ではなかった。
早速部室に走っていく赤也の背中を、ブン太は何事だと、眺めていた。
部室の前で、足を止める。
中から二人の会話が聞こえてきて、反射神経でドアに耳をあてた。
「まだ赤也にはばれてないのか」
「あぁ。も上手く隠しているようだ」
隠している?なにを。しかもその対象は・・・俺?誰が何を隠してる?…
「まさか赤也も、自分の妹が他人だとは思うまい」
「当たり前だろう。普通じゃありえるはずがないからな」
が、他人?やっべー、ついに二人とも頭おかしくなっちゃったのかよ?熱いからかな。
だってあいつは、俺の妹で。外見も同じで――ありえないだろ、ふつう。あり得ないって誰か言ってくれよ
「中身が入れ替わるなど、現実ではありえん」
「しかし現実に起こっているのだから、ありえんとも言えんだろう」
中身が、入れ替わる?ああもうどっからそんな素晴らしい妄想が出てくるんスか。
ようするに、の中身は別人で、その“”は俺にそれを、隠して――?いやいや、ありえないって。ふつう…普通?
いや、待て。そんなはずない。
真田副部長だって言ってる。「現実ではありえん」って。
でも、柳先輩は――「現実に起こってる」って言ってる。
訳がわからない。上手く思考が回らない。ちょっと待て、待ってくれ。無理だって思考回路がちょっと脱輪してるから。待って、
“あいつ”は俺の妹じゃ――“”じゃ、ない?
カタン、と落ちたラケットが音をたてた。それは一瞬なのに永久に続く鐘のようにも思えた。電光石火が永遠になる。
やばい、先輩達にバレる。逃げろ、動け、動け足!必死に逃げる。逃げなきゃいけないような気がした。
「?誰かいるのか」
こつ、こつと足音が近寄ってくる。
ガクガクと震える足を必死に動かしながら、偽りの“”の元へと走った。
“”の顔が、悲しそうに眉を下げる。そんな仕草はふつうにあいつなのに、どこが違うって言うんだよ。
“”じゃないくせに、“”の顔で悲しそうにするな。 何信じてんだよ自分、あれはちょっとしたドッキリかもしれねーじゃん。
お前は誰だ、“”を何処にやったんだ。 ひっかかるなんて馬鹿な真似やめろよ、また仁王先輩とかに馬鹿にされるぞ。
「何で、わかったの」
苦しそうに、必死に笑顔を作るこいつ。俺は悪くないのに 待て、待てちょっとまて。こいつ今なんて言った?肯定したのかよ?
「真田副部長と柳先輩が話してるのを、」
聞いた。 ドッキリにひっかかって何してんだよ自分、また笑われるだけだぞ。
絶対にこいつから目を離しちゃいけない。目をそらすと負け。 信じるな、信じちゃだめだ。そんなことあるわけねーじゃん。
「どういうことなんだよ」
お前は本当に“”じゃないのか?嘘だろ、本当は“”なんだろ?
ドッキリとか、そんな感じで。ほら早くホントのこと言えよ。ドッキリでしたーってみんなで出てこいよ。
そしたら俺だって、「疑ってゴメン。のこと信じられなくてゴメン」って言えるだろ。笑って終われるだろ?
「公園に、行こう。二人だけになれるとこ」
何でお前は、「何言ってるの、赤也」って言ってくれないんだよ
都内の公園にしては子供は一人もおらず、二人で並んでベンチに座る。は静けさが身にしみて思わず自分の腕を抱く。
「赤也の妹になりたい、って思ったの」
あぁ、自分は赤也に嫌われるかもしれない――いや、嫌われる。嫌わないでなんていえない。自分が隠していたんだから。
でもここで嘘もつけない。ここで嘘をついてしまえばあたしの負けのような気がする。別に勝負なんてしているわけじゃないけれど。
「気が付いたらそこにいた、っていうのかな。
赤也と二人で帰った日があったでしょ?“さん”が赤也を待ってた日。
ホントは、あの日からあたしだったの…でも」
あえて“さん”と言う。
上手に赤也に伝えることができるだろうか、伝わるだろうか。伝わってほしい。伝わってくれ。
「赤也に言う自信が無くて、伝えられなかった。
そうしてるうちに、ブンちゃんと真田と柳にばれちゃって」
もう紡げる言葉がない。
何て言えば赤也を怒らせずにすむ?――赤也が怒らないはずはないのに。
「結局アンタは」
きっともう、彼はあたしの事を呼んでくれない。は二人もいらなくて、あたしは偽物の方だから。
名前も同じで、年も同じで。今は入れ替わってるから声も見かけも中身以外はすべて一緒で。
まるで自分を呼んでくれているようだと思っていた名前も、彼は呼んでくれない。
「俺を、騙してたんだろ」
過ぎた時間を元に戻せるのなら、あたしは赤也に真実を伝えるのだろうか。
