「姉ちゃんさ、もっと計画的になった方がいいって」
「返す言葉もございません」
大阪旅行パックには行き帰りの飛行機代、そしてホテルもついており、
一昨日連絡を入れておいたのでしっかり予約も取ってあるのだが――ここで一つ問題が出てきた。
「ご飯の事考えてなかったなんて…」
「妹の心配で目先の事しか見えてなかったのよ。愛が分からないっての!?」
呆れて頭を抱えると涙目ながらに必死に言い訳をしているは、
いくら人の多いホームと言えど目立っており、二人は他人の目に気付くと、そろって肩をすくめてため息を零した。
旅行と言えど中学生。
持っているお金に限度があるのは当たり前で、幾ら越前さんの財布にゆとりがあると言えど、
と合わせてもせいぜい質素な店の料理と言った所か
「どうせ大阪に来るなら、食い倒れしたかった…」
わがまま言うな、とがの頭を叩く。
はぶぅぶぅと口先を尖らせると、「四天宝寺を見に行くまでに餓死しちゃうよー」と文句を垂れた。
いくら一日抜いたとは言え餓死する事はない
がビシッと突っ込むと「気分だよ、気分」とはきょろきょろと辺りを見渡して、何気なく町内掲示板を見る。
そう、大阪に来て四天宝寺を見に行かずに何をするのか、何に萌えるのか!(力説)
「とりあえず今日はもう部活終わってるだろうし、明日見に行く?――何見てんの?」
まじまじと掲示板の一角に張ってあるチラシに近づいて凝視しているは、
「いける…」と言うと、輝いた目でを振り返った。
「町内喉自慢!飛び入り大歓迎!カラオケもあり、バンドのセットもあり、優勝すれば賞金十万円!今夜七時から!」
「はぁ?」
「十万あれば、好きなだけ食べれるよ!」
優勝なんて出来る訳ないじゃん――と言おうとしたが、ぐっと言葉に詰まると、恐る恐るといった態で尋ねる。
「好きなだけ…食べれる…?
リョーマも居ないし、ハメ外して思いっきり食べてもいいって事!?」
「一応好きな人の前では小食で居たいなんて言う女の子らしい所は残ってたのね、姉ちゃん」
が驚くのも無理はない。
は向こうに居た時は「え?彼氏?それって食べれるの?」的に食生活が中心だったのだ。
こちらに来てもう一ヶ月弱たつが、太らないなぁ〜と思っていたのは、リョーマが原因だったのか
あの姉ちゃんが食より色気を取るなんて…驚きを通り越して恐ろしい!とはに見えない所で体を震わせる。
(見られていたら確実にドロップキックかエルボードロップが決まっていただろう)
しみじみと頷くを横目で見て、ちょっとムッとしたした表情をしたものの、
はだってさぁと言うと、横からチラシを覗き込んだ。
「仮にも越前さんの体な訳だし、太ったら申し訳ないなぁとかも思う訳ですよ。(言い訳)
まぁでも今日はせっかく大阪に来たんだしぃ?
リョーマも居ない事だしぃ?(これが理由の大半)無礼講じゃ――ッ!」
突然ニ゛ャ――ッと奇声を上げそうなに(久しぶりの無礼講に正気を失いかけている)、
は一応「その前に10万取らなくちゃ」と言おうかと思ったのだが、これだけテンションを上げてるのだ。
持続させないと緊張で歌えないだろうと優勝なんて無理だと思うと、オ――ッ!と片手の拳を空に突きつけた。
□
夏祭りのイベントらしく、町内広場は思った以上に人で溢れかえっていた。
出場手続きをしたのが一番最後だったので、トリの二人はステージ袖で他の出演者の歌を聞いているのだが、
誰も皆自分の歌に自信があるらしく、中々の盛り上がりを見せてイベントは進んでいる。
カラオケの人は一曲バンドは二曲で、二人はバンド枠なので二曲の持ち時間があり、今歌っている人が終われば自分達の番。
今更ながら緊張し始めた小心者のに、は「大丈夫だよ」と言うと、大阪旅行にまで持ってきた楽譜に目を走らせていた。
こんな時まで楽譜を持って来てるとは、準備がいいと言うか何と言うか
余裕の表情を見せているに、は関心するしかない。
ピアノがないので今回キーボードと言う事なのだが、あっけらかんと「出来るんじゃない」で済ませたはある意味大物だ。
と言う事はの歌が鍵を握るというわけで
元々歌う事は大好きで、カラオケに行けばフリータイム。
七時間盛り上がりっぱなしなのだが、こんな大舞台(緊張のため大げさ)で人様に歌を披露するなんて言う事は初めてだ。
「さて、次は東京からの挑戦者です!どんな歌を披露してくれるのでしょうか。どうぞ――!」
ま、まだ心の準備が…ッ!
おろおろと袖を歩き回るの腕を引っ張って、「はぁい」と返事をしたがステージに向かって歩いていく。
「わー」と騒ぐをは横目で睨み「食い倒れするんでしょ!」と渇をいれ、
その勢いに流されたは「お、おう」と生返事を返すと、なけなしの勇気を振り絞りステージのスポットを浴びた。
アレはかぼちゃ!アレは大根!アレはピーマン…ッ!
心の眼で見るんだ!と、訳の分からない事を心のうちで叫びながら、は大きく深呼吸をする。
不意に、選曲していた時の会話が浮かんだ。
「やっぱさ、この世界の人達に、
テニスのキャラソンの素晴らしさを教えるべきだと思うのよ。特にリョーマの(ここ重要)」
「ハイハイ。んじゃこの曲とこの曲ね」
「でもさぁ〜、今更だけどやっぱ優勝狙うっつーのは志が高いっつーか。歌上手い人ばっかりだろうし」
「大丈夫。ウチら他の人に持ってないものを二つ持ってるわ」
「と、言いますと?」
「チームワークと、テニスのキャラソンへの溢れても止まらない愛」
そうだ。私はもちろん他の歌も好きだけど、リョーマの歌が大好き
リズムに乗って届いてくるあの少しハスキーで色気のある声と、真っ直ぐ伝わってくる歌詞にいつも励まされて生きてきたんだ
悲しい時も、嬉しい時も、いつも傍らにはリョーマの歌があって
いつも貴方に会う事を願いながら曲を聴いていた
今傍には夢にまで見た貴方が居て、繋がってるこの空の下で私は歌う――大好きな、貴方の歌を
すっと緊張が解けて、は「聞いて下さい」と言うと、精一杯の笑顔で微笑む。
「thank you for…」
【目指せ食い倒れ!】
「金太郎、なんや偉い楽しそうやんか」
「当たり前やろ!明日は練習試合やで!あ――もうッ、ゴツイやつ仰山おったらええなぁ!」
持ち前のバネでピョコピョコ飛び回る金太郎を見て、
白石は「金太郎はぐれんと居てや」と言うと、夏祭りにしても多い人ごみに髪をかきあげる。
「せやかて、いくら夏祭り言うても、人多すぎやろ」
夏祭りとはどこでも人が集まるものだが、この一箇所に人が密集しているようだ。
現にこの通りに差し掛かってから格段に人の人数が増えており、
浮き足だってるような気がして小首を傾げた白石の腕を、金太郎は引っ張る。
「白石、見てみぃ!あそこ人ごみ凄いで!何やおもろいイベントでもあっとんのかいな」
「ホンマや。せやけど、もう今日はさっさと帰って――金太郎!」
まったく人の話しを聞く気がない上に、足が速い。
みるみるうちに人波に消えていく金太郎の背を追って駆け出した白石は、
人ごみを掻き分けて金太郎の豹柄のランニングを掴むと、ため息を零した。
「金太郎、明日は練習試合やで、もう今日は帰って休まんと…」
ふと聞こえた歌は、どことなく何か惹かれるものがあって、
顔を上げた白石が金太郎の視線の先を追ってステージを見ると、さして歳の変わらない少女が二人居るのを瞳に映す。
歌っている彼女の表情は暖かくて、優しくて、幸せそうで、特別歌が上手いという訳でもないのに、何かが心を惹きつける
それを上手く引き立てているのは、流れるように耳に入ってくる綺麗なキーボードの旋律で
まるでそこだけ世界が違うかのように、白石と金太郎はその光景に瞳を奪われた。
曲の余韻に浸るように、会場内は一瞬沈黙が走ったものの、弾けるような拍手が鳴り響く。
歌っている方の少女がペコリと頭を下げると、
「もう一曲、風に乗っかってを聞いて下さい」と言い、再びメロディーが流れ出した。
つい数分前まで早く帰りたいと思ってたのに、明日の試合の事で頭が一杯だったのに、
まるでその場に縫い付けられたように足が動かなくて、彼女達の歌が純粋に聞きたいと思う気持ちはおさまらなかった。
「何やろ…」
ポツリ、と柄にもなく金太郎が呟いて、眼を細める。
「メッチャ幸せそうやからやろか、何やこっちまで幸せな気分になってまうな」
言葉では言い表せないと思っていたのだが、単純な金太郎の言葉は、確かに白石を納得させた。
とても幸せそうに歌う彼女、柔らかにピアノを弾く彼女――まるで、歌全体で嬉しさを表現しているようで
やがて曲が終わると、再び会場は拍手喝采で溢れ帰り、
白石たちは他の参加者の歌は聞いていないが、優勝は言うまでもなくあの二人のものとなるまでを見届ける。
現金十万を受け取った彼女達は「ありがとうございます」と頭を下げて、
「それで何をしたいですか?」と言った司会者の問いに、眩しい程の笑顔で答えた。
「「食い倒れします!!」」
それまで暖かな眼で彼女達を見ていた司会者と出演者、それに観客が噴出したのは、言うまでもない。
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似非関西弁でスイマセン…勉強して書き直します…多分…

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