ジュ――ッっと言って鉄板の上に乗せられたお好み焼きから、良い匂いが漂ってくる。
少し古めかしい店の割りに中は綺麗に掃除されていて、価格も安く、見る感じボリュームもあるようだ。

お好み焼きは大好物なので、焼けるのを今か今かと楽しみにしてるのだが

何故私は白石蔵ノ介と
お好み焼きをつつかないかんのだろうか…?





【お好み焼きロマン】




そうだ、事の原因はアイツだ…ッ!と、は金太郎と共に笑顔で去って行った白状な妹の姿を恨めし気に思い出す。
きっと今頃こっちの気持ち等露とも知らずに、金太郎と財前と謙也に囲まれて幸せモードになっているに違いない。


そしてそれは彼らを連れ回しているとでも言えるだろう


財前と金太郎は自業自得とは言え(自ら食い歩きを選んだのだ)、半ば押し付けられたように同行させられた謙也が哀れで、
それと同時に今ここで白石と向き合っている私はもっと哀れだ――と、は店主と親し気に会話を交わしている白石を見る。

包帯を巻いてある左手をテーブルについて、話の途中で失笑するように笑う白石は、
恐ろしい程絵になっていて、とてもじゃないが自分と一緒に並んで歩けるような人種ではない。


とは言えは越前さんの体なので、元の自分の姿で一緒に居る訳ではないと言うのが唯一の救いなのだが、
コチラの世界に来る前まではろくに男の子と口を利いた事もないのだ。



短剣と傷だらけの盾しか装備していない勇者見習いが、
行き成りラスボスのステージに引っ張り上げられた状態である。


一撃食らえば瀕死――いわゆるゲームオーバーだ。


まさにコレはバグとしか表現出来ない。
そうなればまずリセットボタンに手が伸びるのだが、どうして人生にはリセットボタンがないのだろう?(哲学)

お好み焼きに視線を落として悶々と意味の分からない事を考えていたは、
「越前さんと切原さんはどう言う関係なん?」と聞かれて、弾けたように面を上げた。


「お友達なのです」
「せやけど、切原さん姉ちゃんって呼びよったやろ?」

「姉妹のように仲がいいのです」


反射的にピシャリと背筋を伸ばして言葉を返すに、
白石は糸が切れたように口元を手で覆うと、笑いを噛み殺しているようなのだが、あいにく思い切り身体が震えてる。

「その喋り方、素なん?メッチャおもろいわ」
んな訳あるか、とこれがなら飛び蹴りをオマケに付け加える所なのだが、生憎相手はイケメンだ。
自分との相性が一番悪い相手なのである。
懇親の一撃を食らわしても通常の攻撃の二分の一位しかダメージがないのだ(まだゲームネタを引きずる)



こう言う相手には早々に戦線離脱をし、十分にレベルを上げてからまた挑むのが筋と言うもの。




後十年待ってくれませんか」(長い)
何をや


つい自分の考えていた事が口に出たは、はっと目を開くと「いえ、今のは独り言です」と首を横に振った。

そう、ヤツは忍足(ダテメガネーゼの変態さんの方)の化身だと思えばいい。さしずめ忍足EX(改良版)。
相手の声は全て木内さんの声に変換し、無駄にため息を混ぜれば――無理だ!




こんな普通な忍足私は認めない…ッ!
(注:サイト傾向的にも認められません)




忍足変換作戦が早くも失敗に終わったは、次なる手に必死で頭を働かせていた為、白石の言葉を聞き損ねた。
「…るん?」
「はい?」

「せやから、越前さんは誰の事思うて歌っとるん?」


質問の意味が分からず瞬くに、白石は相変わらず手に顎を乗せたまま口端だけ持ち上げて、もう一度噛み砕いて問う。
「えらい幸せそうに歌っとるやろ?誰の事思うて歌っとるんかなーって」







歌ってる時
不二の越前さんに対する気持ちとか、天使みたいなんていわれたの初めてって微笑む眩しい位なジローの笑顔
忍足の奇行と、それらに巻き込まれる岳人とか、長太郎の捨てられた子犬みたいな目
漫画やゲーム、アニメじゃ絶対に見られなかった跡部の爆笑した顔
初めてユッキーと会って、自分を見て欲しいと泣きじゃくった時に抱きしめられた感触とか



でも一番胸の奥底にあるのは
リョーマの仕草の一つ、一つ、まだ少ない日数の中で交わした会話の内容とか表情に、胸がぎゅっとなる幸せと切なさ
少し低めの綺麗な声

ああ、この人たちはホントに生きてるんだって、私の前に居るんだって
この世界に来て本当に嬉しいなと思うことを、歌に乗せて伝えれたらいいなと言う気持ちが溢れる







思い出したら胸が焦がれて、白石相手に緊張していた事等すっかり頭から離れたは微笑した。
「色々かな。ここに居れて嬉しいって気持ちとか、出会った人たちの事とか。でも、誰の事って言われると…弟の、事」
「弟?彼氏ちゃうの?」


白石の言葉に、は苦笑いを零す。
「彼氏は居ませんよ。出来るとも思ってませんけど、それ以前に作るつもりないですから」
「何で?」




何故って、私はこの世界の人間じゃない
今ここに居られる事、皆の姿が見れる事、それだけでどんなに救われたか分からないから

だからこそ多くを望むのはよくないし、自分がその時何を願うかなんて予想がつきすぎる
それはあまりにもわがままだ。リョーマの姉になりたいと思ったのは自分なのに、今更リョーマの特別な人になりたい、だなんて

もし仮にリョーマじゃない誰かが好きになって、その人も自分を好きになってくれたとしても
いつ連れ戻されるかも分からない状況で、特別な人が出来たら苦しいのは目に見えている

別世界の人を好きなだけでもあんなに辛いのに、気持ちが通じ合ってなお会えないなんて、織姫と彦星じゃあるまいし
第一一年に一度天の川が流れて会える二人と違って、永遠に会えない人を想い続ける強さなんて私にはない

それに、とは瞳を揺らして、瞼を閉じた。
彼らが今見ているのは越前さんの身体の中に居るだ。

本物の自分は、太っていて可愛くもない――そんな自分を見ても、好きだと言ってくれる人なんて居ないだろう






「そんな事より白石さん、お好み焼き良い感じじゃないですか?」
あからさまに話題を避けたに、白石は一瞬驚いた顔をしたものの「ホンマや」と言うと、割り箸を二つ取って片一方をくれた。
どうやら聞かれたくないと言うの気持ちを暗にくんでくれたらしい。

この世界の子達は本当に年齢の割りに大人だと改めては心の中で感謝した。

「越前さんは、お好み焼きソースでええ?」
「あー…そうですねぇ…」


実は言うと、お好み焼きにお好み焼きソースをかけて食べる事はあまりない。
ソースをつけると、ソースの味しかしないのが嫌で、
いつも食べる時はポン酢にからしと言う他人から見れば少々奇抜なアイデアで食べているのだ。

とは言え、家では別に気を使わなくていいから好きなように食べれるけど、
お店の人にポン酢下さいなんて言うと、思い切り変人だしなぁ…


越前さん“は”と言った白石の言葉が引っかかったは、ソースに手をつけようとしない白石に尋ねてみた。
「白石君は、どうやって食べるんですか?」
「俺?俺はポン酢やねん。おっちゃん、いつものセットくれ!」


へいへい、と店主がポン酢とからし、それに小皿を持ってきて、
は思わぬ同士の存在に嬉しさで顔を輝かせると、「私も小皿貰っていいですか?」と店主に首を巡らせる。
「実は私もポン酢とからしなんです。
だけど店で頼むのはやっぱまずいかなぁ…と思ってたんですけど」


そう言って言葉を濁したに、白石は理解不可能と言わんばかりに綺麗な顔で眉根を寄せた。


「なんでや。どんな時でも自分が好きなように食べるのが一番やろ」

小皿にポン酢を入れてからしを添えた白石は、お好み焼きを切り分けて、端のを取る。

「この前な、テレビでおばあちゃんも言うててん
“いつ死ぬか分からんから、毎日後悔せんように腹いっぱい好きなもの食べるのが一番”やて。

どんな事になっても後悔せぇへんように、毎日一杯食べて、好きなテニスが出来たら俺は幸せや。
せやから、俺はそうやって生きるし、自分に嘘つくのは一番よくないと思う。

同じお好み焼き一枚でも、せっかく美味いもん食うなら自分がいっちゃん好きな食べ方で食べんとお好み焼きに失礼やろ」


お好み焼きを口に入れた白石は「おっちゃん、相変わらず絶品やな!」と言うと、
に小皿を持ってきてくれていた店主がにかっと笑う。
「せやせや、俺もせっかく作ったお好み焼きは、一番好きな方法で食べて欲しいわ」


何と言うか、言葉が出なかった。
人に合わせる事しかしなかったは、自分の考えてる事を口に出すのが苦手で、いつも相槌ばかり打ってきたから。

こんな風に物事を考える事が出来る人が世の中にはいるんだ、とおいしそうに食べる白石を見つめる。


「お好み焼きロマンですね」
「ん?」

「何か、お好み焼き一つでそこまで人生観を語れる事に感動したと言うか、新鮮だったと言うか…ロマンだなぁと思って」


白石のようにカッコイイ人とは相容れない存在だと思って来た。

手が届かない者を理解しようなんて思わないし

ついでに言うと、チャラチャラしてる人も苦手だからいつも避けて生きてきた。
学校生活の中で最低限付き合いがないといけないから、いつも上辺だけで接して、自分も向こうもそれ以上は干渉しない。

だけどもしかしたらその人たちはに見えないものを見てるから別の価値観を持ってるだけで、
ホントは自分にないものを持ってるかも知れないのに


至極真面目に言っただったのだが、次の瞬間店主と白石はそろって噴出すと、腹を抱えて笑い出した。
「お、お好み焼きロマンって…ッ!」
「お嬢ちゃん、詩人やな…ッ!」

何だか今まで感動した流れを全て無視したコメディーチックな展開に、は割り箸を割ると、無言でお好み焼きを食べだす。
もうヤダ。関西に来てから食い倒れした事ぐらいしかいい事ない

「おっちゃん、この子ホンマおもろいねん。
妹みたいな友達がおるんやけどだ、その子に向かって怒った時“そんなに私をハゲさせたいかッ!”ってキレてん

どんなキレかたやねん!って感じやろ?」
もうその話は忘れて下さい!


ぎゃはははと店主が爆笑して、
完璧に機嫌を損ねた挙句、さっさとお好み焼きを食べて帰ったは、その話題をおじさんが客に話し、
笑いの種となってその区域一体に語り継がれた事は知らない(知ってたら卒倒しただろう)。世の中には知らなくていい事もある。


ちなみに付け加えるようだが、確かにあの店のお好み焼きは絶品だった。
これで平穏に食べれたらどれだけ幸せだったろうか


白石に気に入られたのだろうか、帰りがけに携帯番号とアドレスを交換させられ

ホテルに帰った後鳴った携帯電話を開くと、記念すべき(?)白石からの一通目
Form:白石君

件名:お好み焼きやのおっちゃん
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店の宣伝文句「お好み焼きロマン」
にする言うてたで。商売の女神やから、
次からお好み焼き半額でええって。
また行こ


誰が行くか…ッ!と、携帯が折れんばかりの力で軋み、


の傷を癒す旅どころか、が新たな傷を負った事は言うまでもない。


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似非白石!もう知らん!(涙)やっと、やっと東京に帰れる!
こんなん白石じゃない、と言う苦情は、そっと貴方の胸の中に留めておいてやってください