朝起きて食卓についても、の姿が見えなかった。
なのに母さん達は平然としていて、何事もなかったように食事をしている。
「お袋、・・・は?」
「あら、旅行に行くって言ってたけど、赤也きいてなかった?」
そんな事一言もきいてねぇよ。
不機嫌そうに眉を寄せて、ごはんを一口ほおばる。
――まぁ、喋ってなかったからしゃーねーか。
食べ終わって席を立ったのと同時に、家の電話が鳴った。
お袋がパタパタと駆け寄って出れば、「赤也」と名前を呼ばれて電話が差し出される。
「はい、俺ですけど」
『赤也か。』
「・・・真田先輩?」
『一昨日赤也のラケットをお姉さんに言付けたんだが、もらったか』
「あ、はい。まぁ・・・」
この人は、昨日俺がラケット持ってたの見なかったのかよ。
「えっと、用件それだけッスか」
『いや、そうではない。
赤也、今日はお前に精市のところに行ってもらう。部活は来なくていい』
何で俺が。
いい加減話の内容がつかめなくてイライラしてくる。
『のことで話があるそうだ』
思わぬ言葉に、目を見開く。
下唇を強く噛んでから、「分かりました」と小さく返答した。
「やぁ、赤也。久しぶりだね」
幸村はいつものように爽やかに片手をあげる。
しかし赤也の方は、目尻を上げて何か決心しているようにも見えた。
「幸村部長、“”について教えて下さい」
幸村のベットの横にあった椅子に腰掛ける。
少し考え込んで、幸村は赤也を見据えて質問を返した。
「それは、君の妹についてかな。それとも・・・“”について?」
思わぬ質問で、赤也は俯く――「両方ッス」
落ちついた感じで窓の外に目をやった幸村は「そう」と呟く。
「まず、君の妹さん。
クラスの中で浮いて、いじめられてたんだ」
聞いたこともない真実に、赤也は幸村を怪訝な目で睨む。
その視線を感じた幸村は「嘘じゃないよ」と微笑した。
「彼女は、この世界から逃げ出したかったんだろうね。
実際に、そう書いてあったらしい。彼女の日記に。
――家族にも言えない、友達なんかいない。
この世界から逃げ出せればいいのに
って。日記自体は“”が読んだらしいんだけど、そんなことが明記されてたみたい。」
確かに、アイツはよく一人でいたし、勉強ばっかしてるし、地味な格好してたけど・・・
俺は、アイツの一番近くに居るつもりなのに、全然気がつかなかった
俺は本当に、アイツの本音を聞いた事があったか?
アイツは、それが全部嫌だったのか、本当は気付いて欲しくて・・・?
「今度は“”の話だけど。
は、ずっとこっちの世界に来たかったみたいなんだ。
がどうしてこっちの世界に来たかったのかは、誰も聞いてないみたいだね。
・・・のお姉さんもこっちに来てるんだけど、の理由聞いたけど、
だけは詳しくは誰にも話してないみたいなんだよね。
だた、赤也の妹になりたかった、って弦一郎には言ったらしい。
もし自分のことを赤也に話せば、赤也は話してくれなくなる。
だから、できれば自分が帰るまで赤也のそばにいたい。
そう弦一郎達に言ってたみたいだよ。
丸井にもばれたみたいだけど、どんな話しをしたかは知らない。
でも、多分俺や弦一郎達より、一番君のことを考えてたのは、じゃないかな」
静かに淡々と話す幸村に、赤也は何も言えずに病室を出ていった。
そんな背中を見送って、情けなさそうに眉を下げる幸村。
「これで少しは力になれたかな、」
インターホンが鳴って、重い腰を上げた。
今日は姉ちゃんも友達(多分彼氏)のところに泊まりにいってるし、両親も帰りが遅い。
「はーい」
ボサボサの頭を掻きながらドアを開ければ、ケーキの箱(と思われる物)を片手にブン太が立っている。
都合よく赤也が出てきたので、にかっと笑ってケーキ箱を差し出す。
「いよぉ、赤也。お前んちでケーキ食わせろぃ」
赤也の部屋の小さな机に、遠慮なくモンブランとチョコケーキを並べる。
おいしそうにテカるケーキを見ながら舌なめずりするブン太。
「これよ、がモンブランがうまい店教えてくれっていったとこのヤツ。
あの日らへんから入れ替わってたみたいだぜ」
赤也の方にチョコレートケーキを差し出して、自分はモンブランを頬ばった。
「みんなで楽しそうにしている、真剣にテニスボールを打っている貴方達がすごく好きで、愛しかった。」
「いつもあたしは赤也の妹になりたい、って思ってました。
赤也のそばで、赤也が笑って、他の人たちとバカやってるところを見たかったんです。」
「でも、こっちの“さん”の事情も考えなくちゃいけなくて。」
「愛してくれたとしても、それはこっちの“さん”であって、あたしじゃない」
それは以前、が自分に伝えた言葉達。
彼女はいつも、自分の事を言ってるように見えて、赤也のことと“さん”の事しか話していなかった。
「それで、アイツはこうも言ってた。
“本当のあたしを、誰も知らない”
それってよ、結構悲しくねぇか?
自分が好きでこっちに来たのに、誰も自分に気付いてくれなくて。
妹になりたいと思ってた赤也にも気付かせる訳にもいかなくて。
あいつは結局、俺らはみんなお前の妹しか見てないと思ってたんだよ。」
俺も真田も柳も、幸村も。ちゃんとお前のこと見てたのによぉ。
寂しそうにモンブランをつつくブン太は、との約束を果たそうとしていた。
『俺がお前の力になる。
お前が悲しいときとか、お前が苦しいときとか、話聞く。
の力になれること、するからよ。』
きちんとの力になれたろうか。
自分に言っていたことを赤也に伝えることしかできなかったが、それでも力になれただろうか。
「俺は、赤也の味方だけどよ。の力にもなりてーんだ。
あいつは、そう思わせるぐらいのことを俺らのことをずっと想ってたんだ。」
“みんなで楽しそうにしている、真剣にテニスボールを打っている貴方達がすごく好きで、愛しかった。”
“あたしは貴方や・・・他のレギュラーの方たちの性格や好みまで把握してます。”
「それが俺には伝わった。そんだけ。お前にも多分、理解できるんじゃねぇ?」
俺には無理だ、と思っていた。
幸村部長みたいに、ブン他先輩みたいにアイツを理解すること。
でも、先輩達の話を聞いてると、俺にもわかれるかな、って不意に思う。
否定するだけじゃなくて、認めないとだめだ、って中学生にもなればわかってくる。
けどそれがうまくいかないのも事実。
俺にはちゃんと、アイツを理解してやれるかな。
――妹の“”のことも、もう一人の“”のことも。
「丸井先輩、ってどんなヤツですか」
聞いたブン太は、数秒驚いた顔をしていたが、やがて笑う。
そうだなぁ。と食べ終わったモンブランの皿にフォークを置く。
「オタク」
「・・・は?」
「喧嘩っ早くて女に見えねぇし、いつでもどこでもテンション高い。
よく人に懐いてくる――下手して目離したら知らないヤツに付いていくかも、アイツ」
ちょっとまて、想像と全然違う。
ベンチで二人で話してたときも、大人しめな感じだったし。
もともと“”を演じていたんだから、本人自体も静かな少女かと・・・
「真田のことよくいじめてるし、柳と幸村に懐いてるだろ。
山吹中の亜久津ってやつともつるんでるみたいだし・・・」
「それから、俺の声きいて前、高橋さぁぁあああん!!とか意味わかんないこと叫ぶだろ、
真田が言ってたけど、幸村にあってまず第一声が
お会い出来て光栄です!!もうメッチャファンです、ハグしてください!!
だったらしい。たまに、萌!とか言ってるから、あいつ完全オタクだよ、多分。
あ、でも本人の前でオタクって言ったらぶちきれるからやめとけ。」
赤也の中の想像図がガラガラと音をたてて崩れ去る。
それを知ってか知らずか、「まぁでも」とブン太が苦笑いした。
「泣いてるときは、いっちょ前に女なんだけどな」
苦しそうに見えた笑いは、どこか愛おしそうにも見える。
「ま、帰ってきたら、話てやれよ」
それが大したことじゃなくてもよ、と続けて、ブン太は帰っていった。
