『ま、帰ってきたら、話てやれよ』
アイツは、帰ってくるだろうか。
一昨日も昨日も、結局なにも話さずに目も合わさずに、お互い無視していたのに。
『結局アンタは、俺を騙してたんだろ』
あんな酷いことを言った自分に彼女は言葉を交わしてくれるだろうか。
自分とも、ブン太や幸村や――あの四人のように素を見せてくれるだろうか。
『一番君のことを考えていたのは、じゃないかな』
向かえに行かなければ、アイツを。
もし自分を避けていたら、一生懸命謝ろう。
知りたい。
”本当のあたしを、誰も知らない”
”どうしてこっちの世界に来たかったのかは、誰も詳しくは聞いてないみたい”
妹の姿で話をされて、混乱するかもしれない。
それでも、アイツの気持ちを一番に理解したい。
妹の立場に気づけなかったぶん、と入れ替わっていたことに気づけなかったぶん、
それを取り戻すためにアイツ自身の気持ちを理解してやりたい。
グッと拳を握って、ベットから起きあがった。
リビングの机にはたくさんの料理が並んでいて、いつもなら急いで席に座るが今日はしない。
「お袋、どこ行ったんだよ」
「友達の親戚の家に行くって言ってたけど・・・それ以上なにも言わなかったわね。」
聞いてなかったの、ときかれて言葉に詰まる。
いつもはのスケジュールを把握している赤也なので、不審に思われるのは当たり前だった。
「それ、どこか知らねぇ?」
「全然。・・・それより、がピアノ弾けたの知ってた?」
え、と再び言葉に詰まってしまう。
「お母さんビックリしちゃった。
本人は下手だって言ってたけど、最近勉強ばっかりしてたから、
何か趣味とか見つけられたらな、って思ってたから嬉しかったわ。」
初心者とは思えないぐらい上手だったわ、と微笑する。
部屋にいる時は、常に大音量で音楽をきいているから、全く気付かなかった。
「だから、今度久しぶりに調律師さんをよぼうかと思って」
嬉しそうに口元を隠しながら笑う母は、がでないことを知らない。
母と対面したとき、はどんな反応したんだろう。
「は何て言ってた?」
「何・・・っていうか、何も言わなかったわね。
泊まりに行っていいか、って聞かれたとき、いいわよって答えたら
すごく悲しそうな顔してたけど。どうしたのかしら」
きっとは、お袋も騙してる、って思ったんだろう。
『結局アンタは、俺を騙してたんだろ』
そう言ったときのの顔がを思い出す。
「赤也、のこと気遣ってあげてね」
耳をすまさなければ聞こえないほどの小さな声で母は呟く。
赤也の方を見ずに、眉を下げる。
「情けないけど、お母さんにはわからないことがあるから。
赤也は小さい頃から、の異変に一番に気付いてたからね。」
違う、俺は気づけなかったんだ。
がいじめられてたことも、が入れ替わってたことも。
「当然だろ」
それは、自分への戒めとして。
母への約束として。
聞いた母は、微笑した――「そうね。当然のことよね」
*
一昨日ぶりの部活は、仁王と柳生に詰め寄られて質問攻めだった。
双子共に休んでいたので、さぼりだと思われたらしい。
「さんはどうされたんですか?」
柳生の質問に答えを返せない自分がくやしい。
「俺、ちょっと真田副部長に用があるんで!」
まとわりつく二人を振り払い、真田の所へ駆けた。
「真田副部長!!」
呼ぶ声に、真田が振り向く。
赤也と気付くと、ばつが悪そうに目を泳がせた。
「の・・・の居場所、知りませんか」
隣に居た柳と二人で顔を見合わせ、嬉しそうに微笑する。
「何スか」
「・・・いや、幸村に”赤也が聞いてくるまで言うな”って言われていたからな」
柳の言葉に、照れたように唇を突き出す――「べ、別にッ・・・」
「は、大阪に居る」
「・・・大阪?一人で?」
「と一緒だと言っていたぞ」
「って、幸村部長が言ってた人ッスか?」
「あぁ。今は越前リョーマの姉と入れ替わってるようだが・・・」
頷く真田を確認してから、大きく右手を挙げ、にかっと笑う。
「真田副部長、今日俺体調悪いんで部活早退しますッ!んじゃ!」
まさかそうなるとは思っていなかった真田は、遠ざかっていく赤也を唖然と見ている。
なんとなく予想はついていた柳は、哀れそうに真田の肩に手を置いた。
*
東京駅に着いてから、青学の場所まで走る。
何度か来たことがあったので、案外簡単にいくことができた。
「越前ッ、越前リョーマ、いまスか」
息が乱れて、言葉が途切れ途切れになってしまう。
青学の母こと大石は、また来た、という顔で赤也に歩み寄る。
「部外者は立ち入り禁止だって、いつも言ってるだろう」
「今はそれどころじゃないんスよ!越前、出てこい!」
大石が止めるのも聞かずに大声で叫ぶ。
「ねぇ、うるさいんだけど」
聞き覚えのある声がきこえ、そこにはすました顔でリョーマが立っていた。
大石は出てきて欲しくなかったらしく、困ったようにリョーマを見る。
「俺の妹が、お前の姉ちゃんと大阪にいったって、しってるか」
「・・・大阪に行ったのは知ってるけど、アンタの妹は知らない」
朝起きると居なくなっていたを不審に思い、南次郎に詰め寄ったのは何時間か前の話だ。
『がいないんだけど。どこ行ったか知ってるよね』
『あぁ。友達が家にいられなくなったらしくて、一緒に大阪行ったぜ。二泊三日』
『ふぅん』
会話の内容を思い出して、赤也を見上げる。
「もしかして、”家にいられなくなった友達”ってアンタの妹?」
思いもよらない単語が、赤也の心を刺す。
――家にいられなくなった友達
それは間違いなくを示すものだった。
もちろんいられなくなった理由は自分にあって、言われても仕方がないことだと唇を噛む。
『アンタの妹?』
は自分の妹なのだろうか。
身体はであって、中身は違う。
それは、自分の妹だと言えるのか。言えないのか。
この越前はどうだ。
コイツも、自分の姉の中身が違う、なんて知ったらどう言うだろう。
「おい、越前。お前・・・」
完璧に妹だと答えることが出来ずに、その日は帰ることになった。
*
『昨日から二泊三日だから、明日には帰ってくるんじゃない?
午後六時にこっちに着く便に乗るって言ってたから、心配なら向かえに行けば』
もちろん向かえに行くつもりで赤也はリョーマのところに聞きに行った。
部活も明日は夕方五時までだから、ちょうどいい。
顔を合わせたら、まずなんと言おうか。
「ごめん」
・・・逆に気を使わせるかもしれない。
「ありがと」
・・・何が?!
まぁ、明日になって考えよう、と赤也は眠りの世界に落ちていった。
