「…疲れた…」 げっそりとした表情でがそう言うと、 やっと帰り着いた東京の空港で、は荷物を取りながら「そう?」と対した事もなさ気に返事を返した――「あたしは楽しかったよ」 そりゃそうでしょうよ、とはあからさまにため息をつく。 何だかもう精神的に限界だったがホテルのベッドに沈没していると、帰ってきたのテンションはもう尋常じゃなかった。 聞いて、聞いて!謙也君と財前君と手繋いだのッ!メアドも交換したんだ! ああそう、そりゃよかったねと心底どうでもよさ気にが相槌を打つと、 「姉ちゃんはどうだった?白石と手繋いだ?」と何を期待しているか分からないが、興味津々な顔で尋ねる始末。 「手繋ぐ所か傷口に塩ぬられた気分だよ」 と、毒づくとは哀れむように優しい笑顔を浮かべての頭を撫でる――「一杯生えて来ますように…」 まだハゲてない!お前まで言うかッ!ああもう塩ぬられる所かフォークでえぐられてるようだ…ッ! と涙目でが枕を叩いたのはつい昨日の事で、当然ながら一日で癒えるような生半可な傷じゃない。 「でも白石結構姉ちゃんの事気にいってたみたいじゃん。 今日も“また会おうや”って言ってたし、姉ちゃん聞いてない振りしてたけど」 そう。飛行機の時間をが教えたらしく、空港には何故か白石を初めとする四人が見送りに来ていた。 お前ら部活しろよ…ッ!と心底言ってやりたがったが、 まるで一生の別れのように涙ながらに見送ってくれる金太郎のノリについていけず、言うタイミングを完璧に逃す始末。 なんかこの大げさな所は氷帝の大型犬を彷彿とさせて、さしずめ 岳人+長太郎=金太郎だろうか、とどうでもいい事を考えて一切話題に加わらなかったのだ。 とは言え仮にもお見送りしに来てくれた訳だし、最後は笑顔で別れたのだが、絶対笑顔は引きつっていたと思う。 グッバイ関西。“ハゲさせたいか”発言のお陰で、もう二度と来たくない土地No.1となってしまった。 まぁ幸村から来たメールでは(この前の見舞いの際交換していた)、赤也は少なくともを理解しようとしてくれているようだし、 すれ違いを埋める期間の間、の気を紛らわすいい旅になったのだろうが、 一方はそんなポジティブになれないほどの傷を受けるハメになったのである。 それでも現実と言うのはいずれ向き合わなければならないもので、 ゲートを出ると、は夢から覚めたように憂鬱な表情で、首をうなだれた。 「…帰りたくない。ってか、帰れない…」 「この期間に冷静になって、案外認めてくれてるかもよ?」 が少し先を見ながらそう言うと、は「んな訳ないじゃん」と首を横に振る。 「“結局アンタは俺を騙してたんだろ?”だよ。 天地がひっくり返ってもこの事実は変わらない訳だし、“あたし”自身の言葉を聞いてくれる事もないよ」 「…だってよ、赤也君」 何気ないの言葉に、は弾けたように顔を上げると、眉間に皺を寄せて険しい表情をしている赤也の顔を瞳に映した。 「ぎゃ」っと悲鳴を上げたが、反射的にの背中の影に隠れる――「な、何で…ッ!?」 「越前リョーマに聞いた。お前が帰って来る時間」 てっきり幸村に聞いたもんだと思っていたもちょっと驚いた顔をしたものの、「ホラ」と背中の影から出て来ないに首を巡らせた。 幸村は、事情は説明したけど、赤也が聞いてくるまでは旅行先も言わないと言ってた事だし、 大方真田に居場所を聞いた赤也がが一緒だと言う事を聞いて、先走って青学へ向かったに違いない。 リョーマに余計な事言ってないといいけど。 おずおずと出てきたが、下を向いての腕を握ったのを見て、 赤也が複雑な顔をする――妹さんと重ねてしまうのはしょうがないだろう が「ねえ赤也君」と言うと、赤也はから目を離して、に視線を向けた。 「赤也君は、妹さんが大事?」 なんの脈略もない問いに、赤也は怪訝な顔をしたものの「当然ッス」と言葉を返す。 はの頭をぽんぽんと叩くと、「私も妹が大事なの」と瞳を伏せ、瞼を開けると、力強い瞳で赤也を射抜いた。 「私達は今、赤の他人の体に入ってて、血もつながってない。 だけど、気持ちは私達自身のものだし、はかけがえのない妹だよ。 君がを理解してくれようとしているのは、幸村君から聞いて知ってるし、私はの居場所が無くならない事に安心してる。 だけど、君が私の妹を傷つけたのは別の話し。正直、私は君を許せない…だから――お願い、を泣かせないで」 搾り出すように言ったの言葉に、俯いていたが顔を上げる。 「私達がこっちの世界に来たいって願ってこっちに来て、 入れ替わって君を騙していた事は謝るし、それでも許される事じゃないって分かってる。 だけど、君の妹さんもこの世界から逃げ出したいって思ってた事を忘れないで欲しいの。 君とが和解するのに時間がかかったように、傷を癒すには切原さんにも、越前さんにも時間は必要で、私達にも必要だと思う。 そのために、今があると私は思ってるから。 だから君がいくら切原さんを返して欲しいと思ったって、いくら私達が彼女達を連れ戻そうと思ったって、何も出来ない。 騙してた事は謝ります。だけど、の存在は否定しないで下さい」 ――だけは詳しくは誰にも話してないみたいなんだよね ――愛してくれたとしても、それはこっちの“ さん”であって、あたしじゃない ――本当のあたしを、誰も知らない 「帰るぞ。俺の家、お前の居場所だろ」 はっと目を見開いたが、の手を離して「うん」と小さな声で返事を返した。 「赤也君、をお願いね」 【兄妹】 “あたし”自身の言葉を聞いてくれる事もないよ 電車の中はまだ良かった。 人もたくさん居たし、コレと言って会話がなくても周りの音で気が紛れる。 だけど、駅についてから家に帰るまでの時間はいつもの倍位長く感じてしまい、 も赤也も足元ばかりを見て歩いていた――何から切り出そう、どう切り出せばいいのかが分からない 「ごめんなさい」 まず口を開いたのは。 沈黙の空気に耐え切れなかったのと、赤也の台詞が脳裏に焼きついて離れないのだ――結局アンタは俺を騙してたんだろ 赤也は顔を上げると「謝るな!」と思わず怒鳴ってしまい、びくりとは身体を震わせて、 傷ついた顔をしたのを見た赤也は、自分が傷ついたような顔をすると、くしゃりとくせっ毛の髪をかきむしった。 「違う。俺は怒ってるんじゃなくて、謝るのは俺もっつーか、とにかく…悪かった」 吐き出すように言った赤也は、遠くに沈む夕焼けを見て瞳を揺らす。 不意に「俺、の事は何でも分かってたつもりだったんだ」と、ポツリと零した。 「アイツ、俺の妹って思えない程真面目で、洒落っ気もなくて、一人で居たけど。 それでも俺が話せば笑ってくれたし、悪戯すると怒って――けど、泣いたトコ見た事ねぇって、部長の話しを聞いて思った。 何でも分かってたら、泣き顔だって当然浮かんでくるはずなのに、俺、知らないんだ」 そしたら、笑った顔も、怒った顔も、思い出せなくなっちまって。と、赤也は痛みを噛み締める。 「普通は入れ替わってるなんて思わねェけどさ、様子が変だなって思った時にちゃんと話しするべきだったんだよな。 俺がの事をちゃんと理解してやってたらすぐ気付いてやれたのにって思ったら、俺人の事言えねェなって気付いた。 大切な妹さんと入れ替わってます、なんて普通言えねェし。俺が気付くべきだったんだ――アイツの兄として。 だから、俺がアンタを責める義理はない。ホントに、悪かった。 アンタの事、まず教えてくれないか?」 え、と驚いたが、二三秒押し黙って、おずおずと赤也を見上げて、赤也は妹じゃないとバレてから初めての笑顔を見せた。 「丸井先輩からはオタクって聞いたんだけど。 すぐ人に懐いて、目が離せなくて、萌えって発言が多いって」 「え゛…ブンちゃんってば余計な事を…」 ふと視線を逸らして低い声で呟いたの声を聞いて、赤也は瞬く――確かに、こうやって見ればまったくの別人だ。 「赤也の声が好き」 「は?」 「あとね、赤也のそのくせっ毛も、変な喋り方も好き」 「…アンタ何の話してんだよ」 何の脈略もなしに好きなものを言っていくに、赤也はついていけず何度も瞬きを繰り返す。 「でもね、ブンちゃんも好きだよ。余計なことは言うけどね 真田も好きだし、柳さんも幸村先輩もみんな好き。 だからあたしは、この世界にこれてすっごい幸せなの。 あたしを知りたいなら、これからあたしの言動とか行動とか見てればだんだんわかるんじゃない? あたしも赤也の前ではもう猫被らないし」 ――だけど、の存在は否定しないで下さい 「俺の第一印象。アンタ、すっげぇ変なヤツ」 「ま、それも一つの解釈だね」 「でも、すっげぇ面白そう」 赤也の脳裏に、リョーマが浮かんだ。 おい、越前。お前… お前、もしお前の姉ちゃんがある日まったく別人になってたらどうする? ――俺だったら ラケットを脇に抱えて、帽子のつばを持つとリョーマは赤也に向かって大きな猫目を細めた 『俺だったら、 』 ムカツクけど、アンタの言う通りだよ。クソ生意気な一年坊主 ![]() |