「ただいまー」
玄関のドアを閉めては鞄を下ろすと、
重たい荷物のせいで凝った肩をほぐすように腕を回して、久々の家の匂いに心が落ち着き、背伸びをした。


19年間過ごして来て、ここに住んでいるのはほんの一ヶ月ほどなのに、
旅して(予想以上に疲れたが)帰って来ると、我が家のように恋しいなんて――人間の慣れって凄い。

「おかえり」
声が聞こえたのだろうか、恐らく部屋に居たんであろうリョーマが二階から降りてきて、
部活がなかったのだろうTシャツにハーフパンツでカルピンを抱ているリョーマを見ると、瞬いた。

たった二日会えなかっただけで、こんなにトキメクものなのか、とドキドキする心臓をごまかすようにが「ただいま」と微笑むと、
リョーマの手から飛び降りたカルピンがリビングに向かって歩いていき、二人きりの状況に尚更胸が高鳴る。


「あ、あの…お父さんとお母さんと、菜々子さんは?」
「菜々子さんは大学の集まりで、母さんは買い物、親父は…どっか居るんじゃない?」

相変わらず父親の事に関しては淡白な反応を示すリョーマは(南次郎氏もそうなのでお互い様)、「あ、そう言えば」と言うと言葉を続けた。
「明日、大石先輩が話があるから部活終わった位に顔出しに来て欲しいって」
「話し?」


こちらに来てから、大石と言葉を交わした事がないだけに、呼び出される覚えはない。
怪訝そうな顔をしたが「何だろう」と言うと、リョーマはの荷物を抱える。

「なんか、来週の関東地区の選手が集まる合宿があって、それに手伝いに来て欲しいみたいな事言ってた」

「これ二階?」と聞かれて「うん」と返事をしたものの、
リョーマが踵を返して階段に足をかけたので、は慌てて靴を脱いでその背を追った――「自分で持って上がるよ」

「疲れてるんでしょ?」
「ま、まぁ…」

「もう一つ」


突然リョーマが首を巡らせたので、びくぅっと肩を浮かしたは、何を考えたのか突然小指を差し出されて小首を傾げる。
「今度からは、親父達だけじゃなくて俺にもちゃんと相談する事。約束」

「…心配、してくれたの?」

驚いて思わず尋ねたの問いに、リョーマは事のなさ気に「だったら何」と言うと、
荷物を降ろしての手を取って小指を伸ばし、自分の小指に絡めた――え、ちょ…ッ!

ふ、っと口端を緩めるように笑うリョーマの笑顔に、かぁっと頬が熱くなるのを感じて、
小指が離れていった後もの小指には残ったぬくもりを噛み締めると、スタスタと階段を上っていくリョーマの背中に声をあげる。


「ねぇリョーマ。立海の切原君が来たでしょ?何か言ってた?」
「何かって?」

「あ――、ホラ。何て言うか…」


私について何か言ってませんでしたか、とはさすがに聞けなくて言葉を探していると、
リョーマは「別に」と言って再び階段を上しだした。
「ただ、“俺の妹がお前の姉ちゃんと大阪にいったって、知ってるか”って言われただけ」

「そっか」と安堵の息を吐いたに背中を向けて、リョーマは瞳を伏せて笑う。
背中が見えなくなるまで目で追って、はとりあえず南次郎氏にお礼を言いに行くか、と広い家を探しに回る事にした。




【青学レギュラー】




「あ、越前さん」
「どうも、こんにちわ」

学校も夏休みだし一応制服は着ているのだが、越前家からここまでの距離はなかなか長い為、
愛用のIpotに繋がっているイヤホンを首にかけると、不二に言われた通り出来るだけそっけなく見えるように挨拶をした。


リョーマに終わる時間をあらかじめ聞いておいたので、
丁度部活が終わった時間についたらしく、大石は肩で息をしながら額に浮かぶ汗をタオルで拭っている。

大石の声って好きなんだよね。
歌も上手いし、声が透き通ってると言うかリョーマとまた違う味があるって言うか。

初めて聞いた生声に動揺を感じつつ、悟られないように用件を切り出す。ボロを出さないうちに帰らねば。


「それで、話って――うわッ!」
「越前じゃん!何々、練習ならもう終わっちゃったよー」

この声は…菊丸さんじゃないですかッ!
振り返ろうにも背中にかかる菊丸の全体重に、
だんだん身体が前のめりになって来て、足がプルプルしだすのを感じるとは抗議の声をあげた。


「ちょ、重い…マジで重いからッ!」
「こら英二、せめて服着替えてからにしないと。汗の臭いが越前さんに移るぞ」

「ムムゥ――ッ!大石、俺の汗は臭くないぞ!フローラルな香りなんだかんね!」

菊丸、それはさすがに無理があると思うんだけど…
それ以前に上に乗るのを注意してくれ、微妙に注意ポイントがずれてるから、
と何とかふんばって身体を持ち上げると、ラケットを脇に抱えた不二がとても練習後とは思えない爽やかな顔で歩いてくる。


「あ、周「あれぇ?これイヤホンじゃない?越前って確か音楽嫌いだったよね?」」


の首にかかったイヤホンを持ち上げて菊丸が首を傾げて尋ね、
そんな話聞いてないんですけど…そっけない口調で話する以前に、気を配らねばならなかった事に、はあからさまに動揺した。

「あの、それは…」
「僕がにお勧めの曲を教えたら、気に入ったんだよね?」



周助君…ッ!やっぱり君は神様だ!(人はそれをご都合主義と言う)

不二の優しさに感動しながら「そうなの。おかげで最近音楽に興味が出だして」と言うと、
菊丸はやっとこさ背中から離れて満面の笑みを浮かべた。



「じゃあさ!俺のお気に入りの曲も教えるから、今度聞いてよ!」
「うん、是非」

こっちの音楽には疎いので(もっとも向こうに居た時もJPは差し障りない程度にしか知らなかったが)、
機会があるなら聞いてみたいと思っていたにはありがたい申し入れだ。

が頷くと、英二は頬を膨らます。


「最近越前ウチのクラスに来ても不二の所ばっか行くしさぁ〜。いつの間にかお互い名前呼びになってんだもん。
俺が名前で呼んでって言っても絶対呼んでくれなかったのにさ!もう、不二ズッコイぞ!」

ぶぅぶぅと可愛く唇を尖らせて怒る菊丸に、申し訳なさで顔を逸らす

バレる事を恐れて、同学年では花子と不二、それに生徒会のメンバー以外最低限の人としか接触していない。
特にレギュラー陣は不二とリョーマを除いて一度も会話を交わした事がない為、菊丸から見ると不満だったのかも知れない。

菊丸のそんな気持ちを知ってか、不二は「だったら」と言うと、に首を巡らせた。

「英二の事も名前で呼んであげればいいよ。ねえ
「あ、うん…」

別に構わないけど、と言おうとすると、
菊丸はニャーッ!と言わんばかりに両手をあげて行き成り抱きついて来、嫌々と首を横に振った。


「おチビ以外では俺が一番がよかったの!」


とは言っても、もうすでに一番に不二の事を名前を呼んでいるからしてみれば、今更どうしろと言うのだろうか。
完璧に駄々っ子になってる菊丸の姿を見て、は一瞬呆けたものの、小さく噴出すと笑う。
「英二君、子どもみたい」

がそう言った途端、瞳が零れるほど大きく目を見開いた菊丸と大石の姿に、
は動きを止めて、呆れたように肩をすくめる不二に視線を向けた。


また何かしでかしましたか、私は


「越前が、笑った…ねぇ大石!今の見た!?越前が笑った!」

クララが立った!と言わんばかりのテンションに、大石も「あ、ああ」と言うと、よっぽど信じられない光景らしく何度も瞬く。
助けてと言う視線を不二に送ると、にこりと笑顔が返って来た。さしずめ僕にどうしろと?とでも言うべきだろうか。

確かに今ここで不二が口を出したら、おかしいよな。何ていい訳しようと戸惑っていると、
「あれぇ?先輩じゃないッスか」と能天気な声が後ろからかかる。


振り返るれば桃城とリョーマが居て、話を逸らす絶好のチャンスには内心小躍りするほど喜ぶと、白々しく声を上げた。
「久しぶりだね、桃城君」

「ウイッス!」

片手を挙げてにかりと笑った桃城とは対照的に、リョーマは気分を害したように眉根を寄せる。
「…英二先輩、何してるんスか」

「何してるって…越前をギューッ」

“ギューッ”の辺りで一際力強く抱きしめられたせいで身体の間の距離がぎゅっと縮まり、
さすがにスキンシップを越してるように思えたが「ちょ、英二君」と言うと、動きかけたリョーマより先に
ニコニコと笑ったまま不二が歩いてきたかと思った途端、ベリッと言う音が聞こえそうな程強く引き剥がされた。

「わわ!何すんだよー、不二ぃ」
「ごめんごめん。が苦しそうだったから」

助かった、と言おうとしたの耳に不二が顔を寄せて、小さく呟く。
「中身が違うって言っても、越前の身体なんだから気をつけてよ」


あ、そっちですか…
「じゃぁ僕先に部室に戻るから」と何事もなかったかのように去っていく不二の後ろ姿に、は恨めしげな視線を送った。

どうせ私は越前さんじゃありませんよ――っだ


あったかいだろ?君は確かにここに居て、俺は確かに、ここに生きてる…ッ!


きっと幸村に会う前のなら、きっとこんな些細な事でも傷ついていただろうけど、
君は確かにここに居ると言う言葉が、こんなにも心の支えになるとは思わなかった。

ふわふわと揺れる蒼い髪、優しい微笑み、怖さを共有した人

ちゃんと私を見てくれてる人も居るんだから、笑顔で居れる


はどこか吹っ切れた顔でリョーマに首を巡らせると、
菊丸が抱きついたり何だりで付け心地が微妙になったイヤホンをなおしながら声をかける。


「せっかく来たからさ、リョーマ一緒に帰ろうよ」
「別にいいけど…」

「私大石君と話してるからさ、その間に着替えて来たら?」
「ん。そうする」


リョーマと桃城が去っていくのを確認したは、
大石に向き直ると「一つ聞きたい事があるんだけどさ」と言うと、顔を渋めた。
「アシストで参加するのって、一年トリオと女の子二人?」

「あ、ああ。竜崎先生のお孫さんと、その子の友達が手伝いに来てくれる事になってるけど」
ごめん、無理


大石の言葉が終わった途端きっぱりと断ったの速さに、大石が「ええ!?」と数秒送れて反応する。
「え、何々、越前合宿手伝いに来んの?」
「嫌、たった今それを断った所だから。大体、五人も居るなら十分じゃん」


この世界に来て出来るならいろいろなキャラを見たいし、知り合いになりたいが、あの二人とは出来る事なら関わりたくない。
ただでさえテレビを見ていた時「リョーマ様ぁ!」や「リョーマ君…」とアピール出来る彼女達を見て苦渋を飲んだのだ。

誰が好き好んで目の前で見たいか

大石は「しかしだな」と言うと、指折り数えて参加校を上げる。
「青学、氷帝、立海、山吹、聖ルドルフ、不動峰、六角…出来る事ならアシストは多い方が助かるし…。
不動峰からは橘の妹、後は立海からマネージャーが一人来るらしいんだが、全員一年、二年だし。

一人でも三年が居てくれると正直助かるんだ」

「ちょっと待った。今何て言った?」

「一人でも三年が居てくれると――「その前!」不動峰から橘の妹、後は立海からマネージャー…」


途端に顔面を蒼白したを見て、菊丸と大石は顔を見合わせると首を傾げた。
「その立海のマネージャーってさ、切原だったりする?」

「ああ。確かそんな名前だった気がするけど…」
「………行きます…」


かなりの間を置いて返事を返したは、諦めたようにがくりと項垂れる。
そうだ、ヤツは仮にも立海マネージャー――参加しない訳がない。

そしてヤツが参加する以上、ちらから頼んででも合宿に参加させて貰わないといけない訳だ


の複雑な心情を露とも知らない大石は「ホントかい!?」と言うと、
安堵したようにほっと胸を撫で、菊丸は「やっほーい」と万歳するが、依然の表情は浮かない(当然だ)。

「とりあえず、行き成り合宿から参加しても仕事分からないだろうから、明日から部活に来るよ。
出来るだけ頑張るけど…あんまり期待はしないでね」


私越前さんと違って出来る子じゃないから、とは言えるはずもなく、
着替えて来たリョーマと桃城、不二に菊丸は大手を振った。

「合宿、越前も参加してくれるってさー!しかも明日から練習マネしてくれるんだって!」
「マジッスか!?大石先輩頑張ったッスね、あの先輩を落とすなんて、歴史変わるッスよ」


そこまで頑固者だったのか…と、は苦笑いを零し、大石は「落としたって何か嫌な言い方だな」と言うと、
「俺の説得と言うよりも、立海のマネージャーのおかげみたいなんだけど…」と言葉を続ける。

「立海のマネージャーって?」

桃城がリョーマを見て尋ねると、リョーマは「切原さんの妹だって」と答えた。
「切原の妹ぉ〜!?アイツ、妹なんて居たのかよ。何か末っ子って感じだよなぁ」


うん、でもかなりシスコンなんだよ、と言おうと思ったのだが、
余計な事だと思って口をつぐんだ――どうせ合宿に行けばバレることだ。

「にしても腹減ったなぁ〜」
「あ、マックぐらいなら奢るよ」

あっさりと言ったに、マジッスか!?と桃城が食いつき、
菊丸は「げ―」と言って顔を歪めると、止めといた方がいいってと止めにかかる。
「桃のヤツ、こっちの懐なんて気にしないかんな!搾り取られるぞ〜」

「大丈夫、今私の懐結構余裕があるから」

実は喉自慢の時のお金が余っていたりするのだ。
いくら無礼講をしたと言えさすがに全てを叩ききる事も出来ず、
残ったお金は半分ずつの儲けとなった訳で、がそう言うと、桃城は「ヨッシャー!」とガッツポーズをする。

おなか減ってる割りには元気だな

しかしリョーマが「でも姉、今日部活終わったら真っ直ぐ帰って来いって親父に言われてたじゃん」と言い、
は「え、そうだっけ?」と首を傾げた。


そんな事言われてたっけ?まぁ、でもリョーマが言うのならそうかも(あんま記憶力に自信がない)。

「ゴメン桃城君。またお金に余裕が出来たら奢るね」
「ウイッス!楽しみにさせてもらいまス!」

「んじゃまた明日」
「お疲れ様ッス」


浅く頭を下げたリョーマに続いて歩き出すと、
門を出ていつものように左に曲がろうとしたにリョーマは「こっち」と反対側を指差す。

「何で?家コッチじゃん」
「マックはこっち」

「は?だって南次郎さんが早く帰って来いって…」
「そんな事言われてない」


おいおいリョーマさん、言ってる事がめちゃくちゃなんですけど
そう思ったのが思い切り顔に出てたのだろう

リョーマは「桃先輩ガッツクから一緒に食べると落ち着かないんだよね」と言って勝手に右に曲がっていき、
何だかいい訳っぽくも聞こえる理由に
その背中を追って隣に並んだが「二人で行きたいならそう言えばいいじゃん」と冗談でカラカラと笑うと、しばらくの間が空く。

がリョーマを見ると、リョーマは視線を合わせたものの呆れるようにため息をついて、テニスバッグをかるいなおした。
「ま、そう言う事にしてもいいけど」


唖然としたが、リョーマの言葉を理解して真っ赤になるまで後三秒


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乾と海堂…忘れてた訳じゃないんです。ただ、これ以上キャラが出たら恐ろしく長くなるなと思って…。
合宿編で出します