は携帯の液晶画面を見つめたまま動けなかった。
ぼさぼさの髪のまま、抱えていたマクラを放り投げて大慌てで部屋を飛び出す。
「赤也!赤也起きて!!」
向かいの部屋を殴りつけて、双子の兄に起きるように訴える。すごく大きい音で叩いているのに、全く起きようとしない。
「んぁ?・・・まだ間に合うだろうが」
「そ、そうじゃなくて」
嫌々ながらも部屋から出てくれば、が必死に何かを伝えようとしていた。髪はぼさぼさ、よれたパジャマに片手に携帯。
顔が真っ青で、落ち着きがない。どうしたんだ?
「あたしがいなくなったら、お墓にポッキー三箱お供えして!極細しか許さないから!」
嫌待て。
お前がいなくなっても墓はないぞ、とはさすがに言うことが出来なかった。(きゃー赤也現実的☆by.)
『今日の放課後、立海に行くね』
朝一の千石からのメールを思い出して、もう一度溜息を吐いた。――もう何度目だろう。
「おいおい、朝からどうしたんだよ」
近い、近いよブンちゃん。そしておいしいよこのチョコレート。ありがとうブンちゃん。ありがとうチョコレート。
何のためらいもなく接近するブン太に、いつもなら文句を言うが今日は言えなかった。
が大阪にいる間、ブン太と幸村が赤也を説得してくれていたようで、
そのおかげで赤也と打ち解ける(?)ことができた。
たまにと妹さんを重ねてしまうようだが、それ以外は友達のように接している。
「ブンちゃん、ヤバイ。
あたしがもし、帰りたい、とかいったら殴って」
女殴れるわけねえだろぃ。
眉を顰めるブン太に「それは言わないお約束でしょ」とこちらも眉を顰め返す。
「まさか、”お前の一番好きな奴”が来るのか?」
鈍そうに見えて、実は立海メンバーで一番勘が鋭いのがこの男。なんてたちが悪いんだコノヤロー!
先程洗濯し終えたタオルをたたみ、微妙に苦笑いしながらは返した。
「その”まさか”なのだよ、ブン太君」
の詳しい話によれば、そいつは今日の放課後テニス部にくるらしい。聞いた、というよりは聞きだしたと言う方が正しい。
アイツは俺らがマンガに出ていたと言っていたから、そいつもテニス部なのだろう。
「誰だ」
女好き・・・のことをまともに見てない・・・
「誰だ」
昼休みの中庭。ブン太は購買で買ったパンを片手に、顎に手をあて脳をフル回転させる。
今日来るってくらいだから、神奈川・東京らへんだな。地方なことはまずない…はず。
強豪と言ったら・・・氷帝、青学ぐらいしか思いつかない。でもそれは関東・全国での話だから、地区ではよくわからない。
「誰なんだよ、あぁもう!」
ピンポイントで思い当たる人物もいなければ、ピンポイントに絞り出せる程ヒントもない。
ダークホースで山吹・ルドルフ・不動峰らへんか?
・・・ちょいまち。なんで俺はこんなに真剣に考えてるんだ。
「俺が、を・・・好き?とか…?はは、おもしろいこと考えるな―俺。…ってマジ!?」
確かに護りたいとかちゃんと見ててやんないとなーとか思った。思ったけど、…
必死に否定しようと理由を探す自分が見苦しい。
逆に、どうしてそれを否定しようとしてるんだ、自分は。
「好き、なのか?いやいや、マジかよ…」
――愛してくれたとしても、それはこっちの“さん”であって、あたしじゃないじゃん?
――俺は赤也の妹じゃなくて、“”に言ってんだ
の言葉をきいた瞬間、胸が潰れるんじゃないかと思うほど苦しかった。なんでかは今でもわからない。
自分は確かにあの時から、のことを意識していた。最初の接触のはずなのに、はじめてじゃないようなあの親近感。
「好きなんだ」
顔が赤くなっていくのがわかり、片手で顔を覆う。
「もしかして、俺って気付くの遅すぎ?」
もっと早く気付いていれば、敵がいることを知らずにアピールできたかもしれない。
それに、敵がいることを知って何らかの対処が取れたかもしれない。
「出遅れた・・・」
悔しさのあまり、いつもは甘く感じるジャムパンも、今日は苦く感じた。
なるほど、と夕方来た千石を目にしてブン太は思った。
もう少し落ちついて考えればわかったことだ。女好きで有名なのはこいつしかいない。
「今日は見学も兼ねて、合宿の資料届けに来たんだ」
資料を手渡している千石の手と、それをおずおずと受け取るの手。ムカツク、なんかすんげームカツク。
先程は、とりあえず出張らないことを心に誓って、早々に中庭を去った。
しかし実際に見ると、どうも感情を抑えられそうにない。心臓らへんが握りつぶされる感覚と、イライラと焦る感覚が混じり合う。
「、受け取ったらさっさと部室行け」
言おうとしていたセリフが他人の口から出て、そちらを振り向く。誰かわかってちょっと笑ってしまった。この間までなら想像がつかない。
自分と同じように、不機嫌そうにそこに立っている者がいた。
「赤也、その言い方はないだろう」
柳に口を挟まれ、拗ねてそっぽを向く。あいつはいいな、思った通りに言えて。
「ほら、置いてきたら」
手助けするように言うと、大人しく従っては部室へ向かう。「じゃー言ってくるねー」なんてヘラヘラ笑いながら。
赤也がにんまりと笑ってこちらを見るので、呆れたように溜息を吐いてやる。
「なんだよ。丸井先輩だって・・・」
小さく呟いたつもりなのだろうが、聞こえてる。聞こえてるから
ま、赤也はまだ子供だからな。しょうがない、とか思いながらちょっと悔しい自分。だせー
資料を置いてこい、と言われ、そのまま部室に隠れていた。なんか恥ずかしいわけでも嫌なわけでもないのに。
「・・・いいのかなぁ」
事情はあるにしろ、それは私事情であって、部活に持ち込むべき問題ではない。というか私事情って言うか事情って言うほどでもないって言うか。
それに、千石と話したいのもある。あるけど…あるんだけどなー。
「大丈夫。大丈夫」
なだめるように、自分の胸に手をあてた。ほーらアンパンマンだって味方だぞー。愛と勇気だけが友達なアンパンマンが味方になって…何考えてんだ自分。
きっと、元の世界で好きな人と会うのとは心情がまったく違う。彼は憧れであってあたしのすべてであって。
「ブンちゃんも、赤也も柳も・・・頼りないけど真田もいるしね」
誰に呟いたわけでもなく、最後の方は苦笑いして部室を出た。
フェンスの周りに集まる女子達を見て、いつもながらに呆れてしまう。すごい数。すごい悲鳴。毎度毎度なんであんなにはしゃげるのか。
想像はしていたが、間近で見るとやはり威圧感があるというかなんというか。みんなの汗があなた方の癒しですかーコノヤロー
それを何事もないように部活しているテニス部もすごい。ある意味尊敬するぜ
そして、女の子達を見ながら鼻の下を伸ばしている千石も千石である。ちょっと殴りたくなったのは内緒の話。
「千石さーん、鼻の下伸びてますよー」
わざとらしく呼んでやると、慌ててこちらを向くのが面白い。楽しいというかムカツクと言うか悔しいというかなんというか。
・・・女の子を見ていたことにはあえてタッチしないでおこう。
「ど、どうしたの?ちゃん」
「いえ、別に。千石さん暇だろうと思って――ま、いらないみたいでしたけど」
これぐらいの嫌味を言うのは許して欲しい。でもお陰で少し緊張はとれたかも。ラッキー
わかってはいたが、いざ千石のばつの悪そうな顔を見ると申し訳なくなってしまう。
「あの、この間はあんまりお話できなくてすいませんでした」
「こっちこそ!いきなり押しかけちゃってメンゴ」
生メンゴですかいコノヤロー
――おぉ!だいぶテンションが戻ってきた。
これじゃないとあたしじゃないよ。乙女なんて気色悪い!
「仁さん元気ですか?最近会う機会が無くて」
「うん、ピンピンしてる。いつも部活見ながら鼻で笑って文句つけてるよ」
元気が有り余ってるみたいですね
微笑してみせると「そうだね」と千石も笑った。
「それでさ、ちゃん」
「・・・はい?」
「今度の「ドリンク!!!」・・・」
綺麗に千石の言葉と赤也の声がかぶる。
「はぁい!すぐ持ってくね!」
ごめんなさい、と立ち上がって、コートの方へ駆けていく。ああ、緊張した。何言おうとしてたんだろ?
「ちゃんの笑ったトコ、見れた」
嬉しさと歓喜が今さら込み上げてきて、千石は声にならない叫びになる。
これは、大収穫である。
ラケットをベンチに置いて、コートを出ようとすると、真田に呼び止められた。
「丸井、どこに行くんだ?」
「ああ・・・部室に忘れ物」
そうか。と返事が返ったのを確認し、コートを抜ける。よっしゃ、難関クリア!
自分は赤也のように表沙汰に嫌そうな反応をできない。できないからこそ、できることだってあろうだろう?
それに、千石が来たときの雰囲気からして、二人は両想いであることがわかった。勘だけど。
一瞬にしてそこの空気が替わったことにブン太は気付いていた。気付いたというよりも気付かされたと言う方が正しい。
そんな二人に水を差すようなことはできない。
自分は身を引いて、を応援してやるべきだと考えが至る。
他人からは根性なしと言われるかもしれないが、実際にそうだと自分でも思う。
は千石の事が好きだ、と言っていた。いつもならヒトのこと呼び捨てなんかにしないのに、何でか千石だけはムカツク。これは嫉妬というやつか。
きっと、千石への好きと俺への好きは違うから、俺の入る好きはない。わかってる。わかってるさ
だから、身を引く。
”相手の事を思って”なんてきれいごとは言わない。
ただ、もし。
もし千石がを傷つけ、泣かせるような事があれば俺は許さない。許すとか許さないの権利は俺にないかもしれないけど。それでも
何が何でもを千石から遠ざけ、
会いたいと言っても会わせない。
それはもちろん千石だって同じで、会いたいなんて言わせない。
そんなことはないように、と願う反面、どこかまだ踏ん切りがつかないところもある。
はっきりしない自分にも腹が立った。
資料も渡したし、の笑ったところを見れたという大収穫もあり、千石は大満足で立海を去ろうとしていた。
門を踏み出そうとしたとき、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえる。振り向けば、が千石を追って走ってきていた。
「どうしたの?」
「いや、さっきの言葉の続きをきこうと思って」
――今度の日曜日、デートしない?
何故かわからないが、それを言ってしまえばが悲しむような気がした。
「今度の・・・今度の合宿、ちゃんもくるんでしょ?」
「たぶん。真田の、っと。真田副部長のことだから、行くことになると思います。」
言い終わり、あっ、と声をあげる。
「そう言えば、タオル洗濯してたんだった!それじゃぁ!」
片手を挙げ去るの背中を見つめた。
この間よりたくさん話せたこと、彼女の笑顔を見れたこと。
今日はラッキーデイだ、と上機嫌に門を出た瞬間だった。
「待てよ、千石」
追いかけてくれるのは二人目だな、なんて微笑する。門に背中を預け、もたれかかった体勢のままでブン太は横目で千石を見た。
「もし・・・もし、の話だけどよ」
あえて例え話だと主張し、そこで一度間を空ける。きっと千石はこの話し方だったらわかるだろうな、と思いながらブン太は話を切り出す。
「もし、お前のことが好きなヤツがいて。
そいつはお前が女好きだから、お前と距離おいてるとしたら
・・・お前はどうする」
核心をつくようでつかない質問をあえてしているのだと、そう解釈した。
質問された瞬間、思い浮かんだのは。
以前会ったとき、「話したかった」と言った瞬間彼女は顔を歪めた。自分はなぜかそれが拒否だとは少しも思わなかった。
今思えばそれはきっと、自分を他の女の子と一緒にされたくなかった、という意味だったんだろう。
――はい、待ってます
彼女はそう言って苦しそうに微笑んだ。
だから、彼女に笑って欲しくて、俺は待ち続けるって決めた。
――千石さーん、鼻の下伸びてますよー
軽く笑って、わざとらしく俺を呼んだとき、彼女は辛かったのだろうか。
ばつの悪そうに笑えば、彼女はまた悲しそうに瞳を揺らした。
すべての行動の説明がついた。なんとなくわかった彼女の気持ち。それだけで嬉しい。
自分がが女の子にでれでれしてたから、彼女は辛そうだったんだ。なんて少し考えればわかったことなのに。
「・・・」
何て言えばいい。何て言えば、彼女は。丸井くんは――
「俺は・・・」
