真田の言葉を聞いて、は口を開けたままファイルを落とした。バサ、と下の方で音がした。
「い、今何と」
「合宿参加者にの名前を入れておいた、と言ったんだ」
これで三度目だ、と嫌そうに眉間に皺をつくる。三度も聞くなんてこいつは病院に行った方がいいんじゃないだろうか。
しかし当人は何も聞いていないようで、ぶつぶつと独り言を言っていた。
「杏ちゃんと会える・・・いや、でも竜崎孫とその友達には会いたくない・・・」
はっと我に帰り、真田に向き直る。
「行くなんて誰も言ってないでしょうが!!」
「お前は立海大テニス部のマネージャーだろう」
さも当然のように答える真田。
当然なのはわかっているが、納得できない、とは顔を顰めた。
「どうかしたんか」
二人きりだった部室に仁王が加わる。今思えばにやにやしていたことに気付くべきだったんだ。
しかしは全く気付かず味方が来た!といわんばかりに仁王に飛びついた。
「仁王先輩も言ってやってくださいよ!あたし合宿行くとか言ってないのに勝手に参加になってるんですよ!」
「行きたくないんか?」
「…え?」
ま、まさか真田の味方に付くわけ!?
一歩、また一歩と仁王から遠ざかっていると、部室のドアが開いた。
「参謀、ブン太、柳生。こいつは俺らと一緒に合宿に行くのが嫌らしい」
三人共がまぬけな顔をしたかと思えば、に詰め寄る。
「なんだよ!俺らがなんかした!?」
「落ちついてブンちゃん!あたしはそんなこと一言も言ってない!!
ただ、合宿には行きたくないって・・・」
「マネージャー依頼が来たときも貴方は嫌そうにしていましたし・・・
本当は、私達が苦手なんですか?
そうなんですか?はっきり言いなさい!そうなんですか?!」
「お前も落ち着け!!あたしは面倒くさいことと根気がいることは大嫌いなの!
なんかだんだんあたしが悪いみたいになってきてるんだけど!?」
「が来ないと言うならレギュラー全員が引きずってでも・・・」
「わかった!わかったよ!!行くから!・・・もぉ嫌」
半分涙目になりながら、投げやりに行くと言ってしまった自分が悔しい。
最悪だ、また問題おこしたらに怒られる!
「あっれ、どうかしたんスか?」
「今が人生最大の間違いを犯したところじゃ」
「・・・なんスかそれ」
してやったり顔の仁王と、頭を抱えて悩み込むを交互に見やる。
部室の端の方で、誰にも聞かれないように呟いた。
「さよなら、あたしの夏休み・・・」
コンコン、と部屋のドアが叩かれた。赤也はドアの方を振り向いて誰か確認しようと思ったがその必要もなかった。
足音がしなかったから、きっとだろう。
「どーぞ」
入ってきた途端、が顔を顰め、かと思えばキッと眉の端を上げる。
「赤也!あんたどんな本読んでるわけ!?部屋で読むもんじゃないでしょ!誰に見られるかわからないんだから!!」
「読者様に誤解されるようなこというんじゃねぇええ!!!」
赤也はベットに横になって、雑誌を広げていた――もちろん、エロ本などではない。
「だって・・・だって赤也が仔猫の写真集なんて読むとか誰も思わないでじゃん!?」
赤也はエロ本読んでて慌てて隠すようなキャラでしょうが!
人差し指を赤也にさして散々訳のわからない説教をしたあげく、溜息を吐く。
吐きたいのは赤也の方である――なんでこんなヤツをと思ってたんだ、俺・・・
「そうそう、あたしが言いたかったのは・・・」
思い出したかのように、一人頷きながら赤也に向かって「先生!」と大きく手を挙げる。
「おやつは何円までですか?」
「小学生じゃねぇんだから、いくらでもいいだろ」
「お小遣い何円まで持っていっていいですか?」
「有り金全部持ってけ」
「ていうか合宿いつからですか?」
「お前何も知らねぇのかよ!!明日からだろうが!!」
「えぇ?!そうなの?!」
し、知らなかった。と漏らすに溜息も出てこない。
これがうちのマネージャーでいいのかよ、真田副部長・幸村部長・・・
「んじゃ。失礼しやしたぁ」
嵐のように現れて嵐のように去る。
まさにコイツは嵐だ、と思いながら写真集に再び目を通し始めた。
それでも嫌にならないのは、の特殊能力か何かだろうか。
グラウンド近くにある駐車場に、小型のバスが着いた。
ブン太と赤也はテンションが最高潮に上がっていて、二人だけでも騒がしい。
バスに乗り込むと、席順について口げんかを始める。
「何言ってんだよ、赤也。は俺の隣だろぃ」
「なぁに言ってんスか。丸井先輩にはジャッカル先輩がいるじゃないッスか!」
の事で揉めているのだが、まだバスに乗っていない。荷物の詰め込みの手伝いをしてやっとのことでバスに乗る。
乗ったかと思えば、二人が詰め寄っていって逆にドアまで押し返されてしまった。
「、隣は俺だろぃ?」
「嫌だよ。ブンちゃんが隣だったらくちゃくちゃうるさいもん」
「ほーらみろ!やっぱは俺のとなりだろ?きょーだい!なんだしな!」
「赤也が隣だったらいびきうるさい」
見事に一刀両断し、二人は「じゃぁ誰がいいんだよ」とうなだれた。
「やっぱりここは俺じゃろ」
「仁王先輩には騙されるから絶対嫌」
「それでは私が・・・「変態お断り」・・・」
言いながら座席の上のネットに荷物を載せる。
窓側に座ったかと思えば、隣の席をある人物に向けて座れと指示した。
「あい、ジャッカル先輩」
「はぁ!?」
柳・真田を抜ける、そこにいた全員が声をあげ、ジャッカルに視線を向ける。
「なんでだよ」
「え、だってジャッカル先輩だったら安心して眠れるし」
それはジャッカルを男として見ていない、ということだろうか。
ジャッカルを威嚇している者もいれば、哀れな目で見ている者もいた。
「では寝るので!着くまでに起こす人、ミンチになる覚悟しておいてね」
笑顔で言うことで恐怖が増す、ということを知ってか知らずか、満面の笑みで言う。
いつもは騒がしい二人は、恐怖で眠ることもできなかったそうな。
バスを降りて、大きく伸びをした。狭い所にしばらくいると、心地いいがちょっと身体が固まってしまうから嫌だ。
固まっていた身体は、パキパキと音をたてた。
「一番乗りじゃん」
建物内には誰もおらず、地面と擦れる靴の音が響く。
真田達は荷物を置いてこなければならないとかで先程別れてしまった。
一人は寂しい、と思いながら玄関に向かう。
なんでも、マネージャーと助っ人は各校をお出迎えしなきゃいけないそうだ。
「ひっまーい」
玄関においてあった椅子に腰掛け、足をブラブラさせているとバスが着く。
気付いたは、どこが来たのかとワクワクしながら覗き込んだ。
「が・・・がっくん!!」
出てきた赤髪おかっぱを見て、ついそう零せば、岳人もこちらを向いた。
「がっくん、元気だった?ケガとかない?アホベにいじめられてない!?」
「え、あ・・・おぅ」
相変わらずのテンションの高さに圧倒され、ひきめに頷けば「よかった」と笑顔が返ってくる。
まだ、は気が付いていない。岳人の後ろにいる――
「そのアホベっつうのは誰だ、アーン?」
跡部に。久しぶりに聞いた「アーン?」に萌える暇もなく、
は跡部にわかるように、思い切り眉を顰める。
「あら、どこぞの俺様泣きボクロのことですが、何か?」
打って変わって、ふわりと笑ってみせる。――もちろん笑顔さえも嫌味の一部。
それをわかったのか、跡部の片眉がぴくりと動く。むしろぴくぴくと痙攣しだしたと言う感じだ。
「相変わらずいい度胸してんじゃねーか」
「へぇ。あたしにそんなこと言っていいんだ?」
――また部活見に来い。お前なら歓迎してやる
――ちゃんが好きなら、あたしに優しくしなきゃダメだよ
――何言ってやがるッ!
「っ!」
思い出したのか、悔しそうに顔を歪める跡部。その顔を満足そうににやにやして見ながらはへへんと鼻で笑ってやった。
その姿はまるで猛犬に喧嘩を売る子どものようだと岳人はため息をつきたくなる。
「あたしのどこが”いい度胸してる”のよ」
「普通の女子はな、まず俺に反応するだろう。岳人じゃなく、”俺に”だ。
そこらへんからしてお前は変だ。そして俺に反抗するだろうが。だいたい俺様に反抗するっつーのは跡部財閥に対する冒涜であって…」
「は?反抗?あたしは素直にがっくんの心配しただけよ。つか跡部財閥に興味なんかないっつーの!冒涜だろうがなんだろうががっくんが大事なの!
第一、跡部よりがっくんの方が百万・・・いや、千万倍はかっこかわいいんだよーだ!!」
「なッ!俺のどこが岳人に劣ってる!あんなのただのガキだろーが」
「が・・・ガキですってぇ!?」
先程まで座っていた椅子を、軽く蹴飛ばす。じりじりと二人の間で火花が飛び散るのを垣間見た岳人は逃げ出したくなって一歩後ろへさがった。
――軽くのつもりだったのだが、思いの外遠くまで飛んでいってしまった。
「ふっざけんじゃないわよ!こんの泣きボクロ!アホベ!!片眉ピクピク野郎!」
啖呵切ったに、岳人が「いや、俺気にしてねぇよ」と言うがまったく届いていない。
忍足も喧嘩再来に喜んでいるのか、面白そうに見物しており、腹を抱えて笑っている。
降りてきた宍戸は、自分が先に降りなくてよかった、と安堵の溜息を零す。
長太郎は、慌てふためくだけで、何も出来ない。
ジローは「ちゃんだぁ!」と喜んでいるだけで何もしないし、
樺地は何を考えているのか、いつもどおりの無表情でただ立っている。
日吉は、何事もなかったように二人を無視し、部屋へと先に行ってしまった。
「てめぇ!もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってやるわよ!この泣きボクロ!アホベ!セレブ!
悔しかったら一日樺地無しで生活して見せろ!」
言い返していると、長太郎の声で「先輩!」と言ったのが聞こえた。
それは跡部にも聞こえたのか、笑顔で――本人はそう思ってる――「よお」と首を巡らせる。――が、がそれを見事に邪魔して見せた。
「聞いてよ、コイツがっくんの事ガキって言った!あたしの事ならともかく、がっくんの事までガキって…ッ!
こんなガキのどこが俺より勝ってるのかって、全部に決まってるでしょ――が!」
当たり前の如く言い張るに、
岳人が告げる――「嫌、俺別に気にしてねーし…(と言うよりもう放っておいて欲しい)」
「がっくんが気にしなくてもあたしが気にするの!」
地団駄を踏むを、なだめるようにが仲裁に入る。
「ホラ、中二も中三も皆ガキなんだし、別に跡部君がガキ大将気取ってても本人が満足ならいいじゃん。
それに、元々跡部君は樺地君が居なくちゃ何も出来ない訳だし、今更それを指摘してもしょうがないって言うか」
「ちょっと待て」
姉ちゃん、それでも仲裁に入ったつもりなのかい?
完全に怒りを含めている跡部の言葉に、はおかしくて、見つからないように笑う。
一方忍足の方はすでに爆笑で、「火に油やん!」とツッコミ(なのか?)を入れる。
「てめぇの考えている事は十分に分かった。やってやろうじゃねぇか…明日一日俺は樺地を頼らねぇ!」
言い切った跡部を見た後を見れば、目を剥いていた。
恋の力はすごいというか、恋は盲目(あれ、関係ない?)というか・・・
「跡部君、出来ない事をしようとしなくてもいいって!
売り言葉に買い言葉で自分の凄い所アピールしなくても、きっと分かってくれてる人は居ると思うし…」
ね?と続けたは、自分が連続で地雷を踏んでいっているのを気付いていない。
「せやな。俺らは跡部が例えガキ大将気取っとってもええねんで?跡部は部長なんやし、俺らはそれ認めとるからな。
やけどもし跡部が一日樺地を呼ばんで過ごしたら、ちゃん驚くやろ?凄いなーって思うんとちゃう?」
な、ちゃん。
笑って見せた忍足を、確信犯であるとは気付いてか否か、は「ま、まぁ・・・」と返す。
を、自分の事を言えないぐらいトラブルメーカーだ、と思いながらも
はの言動と、忍足のその後押しにとても喜んでいた。
「いいか樺地。明日俺の世話は一切するな」
「…ウス」
思った通りに動いてくれた跡部もまた、を楽しませるものの一つである。
跡部達が去っていく背中を見て、は我に返り、青学メンバーに詫びを入れだす。
は断固として「あたし悪くない」と言い張ったが無理矢理一緒に頭を下げさせられた。
アシスタントが玄関の前に残って、は一年トリオ、そして桜乃と朋香を見ると複雑そうな顔でを見る。
その視線は、大丈夫なのか、と言う事を暗に告げていて、は「大丈夫」と苦笑を零した。
