バスから降りた亜久津は、を見た途端あからさまに顔をしかめた。
一方はそんな彼の表情もテンションを上げる材料にしかならないようで、喜びのあまり亜久津に飛びつく。

「仁さん!お久しぶりです!!
元気でしたか?あたしはすごく元気でした!

…じゃなかったときもあったけど」

矛盾を吐きながらも、勢いあまって亜久津に抱きつこうとするは必死で止めにかかった。

「あんた何してんの!」
「抱きつこうとしてますね、はい」

挙げた両手を下ろそうとしないを怒るが、当人はまったく気にしていない。

それもそのはず、は何度も会っているから全然違和感はないようだが、には大有り。
元の世界にいる時も、亜久津にあまり興味のない
(実際会ったとしても私は怖いから関わらないと断言していた)に、力説していたものだ。



『なんかもうツンデレの神っていうか?亜久津ならヤンデレでもいいっていうか?』
『不良で怖いし、私に亜久津の魅力は分からない。実際会っても絶対近づきたくないキャラ上位を占めるよ』

『わかってないなぁ、姉ちゃんは、もぅ。
亜久津は、ぐれちゃってるように見えて、実はすごく優しいんだよ!?

実は心配で、毎日隠れてテニス部見てるんだよ!?(妄想です)
その心配してる人物とは!誰でしょう!』

『…壇ちゃん?』

『ぶっぶぅ!実は南だったりしちゃったりしちゃうんだなぁ、コレが!(もう一度言うが妄想です)
あたし南石愛してるけど、結構仁健(亜久津×南)の応援もしちゃってるんだ』

『南と千石だと私は主張する』
『いやだから。主は千石だけど、亜久津の事も見捨てれないと言うか』



今思えば、80%がの妄想でできていた、とは思う(だけどそれは腐女子のご飯だとは主張)。
つまり言うところ、の萌追求愛は今に始まったことではなかった訳で。

「仁さんも合宿参加するんですか?」
「じじぃに騙されたんだよ。来たくて来た訳じゃねぇ」

心底嫌そうにしている亜久津に「嫌なのに来るなんて、仁さん優しいんですね!」と言うは、大物(悪く言えば考え無し)である。







南と一緒に、携帯電話で合宿所に着いたことを伴爺に伝えバスを降りると、亜久津とが話していて、
後からおりてきた壇が羨ましそうにを見ていることに千石は気付くと、苦笑を零した。

「壇君、バスに乗ってる間亜久津にとことん煙たがられてたもんね」
「あ、千石先輩・・・」

も壇も亜久津に対する憧れのような気持ちは似ているのだろうが、
精一杯感情を表現する壇と、押しながらも引き際をわきまえている(ある意味ずる賢い)では、やはりの方が上を行くのか。

何だか少しだけ悲しそうな顔をした壇を見て、
千石は自分が他の子を見ている時の彼女の表情と重なって、ぎゅっと胸が狭くなる。


――俺は・・・

――俺は、その子の事が好きだから。
   その子が喜ぶんだったら・・・笑顔になるなら、なんでもできるよ



「やっほー、ちゃん」
「お久しぶりです、千石さん」

何気なく声をかけたものの、軽く手を挙げてこたえたに言葉を返すことを躊躇してしまい、
不意にあの時の事を思い出すと、不安に胸を駆られる。

自分は本当に彼女のことならばなんでもできるのだろうか。


合宿までの間、ずっと考えていた。
俺はなんでそんなに、ちゃんの笑顔が見たいのか、そもそもどうして亜久津に嫉妬したのか。


「千石さん、合宿頑張って下さいね!もち、仁さんもですよ?」


俺は彼女が――

何時の間に知り合ったのかは知らないが
女の子なら見境なくテンションが上がるはずの千石と、元の世界に居た時から千石が大好きなとの微妙な空気を肌で感じたは、
そ知らぬふりして眉を潜めると、こつんとの頭を小突いた――「、あんたさっきから私のこと無視してるでしょ」


それに気付いているのかいないのかは分からないが、はへらりと笑う。
「なぁにひがんでんの、ちゃん。気にしない、気にしない。それより仁さん!この前のケーキ屋――」


好きなキャラは色々居れど、一番のキャラに対する想いはお互いが一番分かっていると思う――どれだけ会いたいと願っていたかも




こちらに来れた今でも、の一番であるリョーマは、兄弟と言う枷に捕らわれる以上叶うことがないのは歴然で、
一方の好きな相手は、女の子なら大好きと言う悪癖を持つ相手、自分だけを見てくれる事など万に一もないだろう。


お互い、望みの薄い相手を好きになったということか
笑顔を見せてはいるけれど、心の中は切なさで一杯な気持ちはよく分かる、とは瞳を伏せる。


目を開けてキラキラと瞳を輝かせて亜久津に話しかけるを見ると、
好きな人を横に置いておいたとして今この状況をどうしたものかとは思考を張り巡らせた。

とにもかくにも亜久津に会った事でテンションが上がったをどう落ち着けて、
尚且つ山吹に引き上げて貰わなければ他の学校が来た時にまた玄関がごった返してしまう。


そろそろ中に入ったらどうですかと促そうとしたとき、「こらお前ら」と言う声が聞こえ、はぴくりと体を浮かした。


「いつまでもそこに居たら他校の邪魔になるだろ」
「誰に指図してんだテメー」
「いいじゃん、別に今居る訳じゃないんだし」


南さんじゃないですか…ッ!
うわー、本物だぁとはまじまじと南を見ると、なけなしの勇気を振り絞って口を開く。
「あ。あの!」


千石と亜久津を見ていた彼の眼が、を映して、緊張のあまりぎゅっと手を握ると勇気を出して一歩前に進んだ。
「私、南君のファンです!」

顔を上げたの瞳に映ったのはとても驚いた南の顔で、
彼は何かを言おうと口を開きかけたものの、の隣に居た千石が「え――ッ!」と大声をあげて南を指差し、その言葉をかき消す。


「南のファン!?うわー、貴重な存在だよ南ぃ。ねぇねぇ、南のどこがいいの?」
「どこって…そうですね、基礎を徹底的にやるのってとっても素敵ですよ」


ニコニコと笑って答えたに、先ほどまで浮かない顔をしていた千石がオモチャを見つけたように顔を輝かせ、
は小さな声で「千石さん、あんまり南さんをバカにしないほうが…」と言いかけたものの、事もあろうに千石は一番デカイ地雷を踏んだ。
「それって言いようによっては地味って…「噛み殺すぞ!」

笑顔一変、キッと千石を睨んで叫んだの言葉に、全員が息を呑み、後退さる。

((((そ、それは無理…でもこの目はマジだ…))))



「南君が地味なんて誰がどうしていつ決めた!?アンタみたいに頭オレンジにして目立つより、よっぽどマシじゃ!」


びしっと千石を指差したに対して反論が上がったのは、当人の千石ではなくで、は「な」と言うと、噛み付くように言い返す。
「ちょ、それは聞き捨てならないんですけど!ライオンヘアーよりマシだって!」


「ライオンヘアーの何処が悪いのよ!あれは南君なりの目立つ方法なのよ!?
「嫌、俺のは地毛がこんなんで別に立ててる訳じゃ…」

「千石さんのオレンジの何が悪いのさ!あの顔で黒だったらマジ引くんですけど!!
「あの、ちゃん。引くって言われるとさすがに傷つくって言うか…一応俺も日本人…」


が南を庇いながら、何気に貶し。
が千石を庇いながら、何気に貶し。当本人の二人の声はもはや聞こえていないようで、状況は悪化するばかりだ。

ここで立海や氷帝、青学が居れば、お互いキャラを思い出すのだろうが、生憎出会い頭の山吹に正気を取り戻せる人間は居ない。
(亜久津にいたってはもうどこかへ消えている)

誰かこの二人の攻防戦を止めてくれる人はいないのだろうか。

山吹中全員が切実に思っていると、不動峰のバスが着きメンバーが降りてきた。

「何々?何の騒ぎ?」
その先頭を歩いていたのか、山吹の人波からひょこりと顔を出した女の子が声を上げた途端、
獲物を見つけたようにキラリとの眼が光ると、は弾けるようにそちらを向く。


「あ、杏ちゃんだ…」
「?、どうして私の名前知ってるの?」

杏が首を傾げた途端、正気に戻ったはポツリと零したの頭を引っぱたき、
は遅れて己を取り戻すと「あはは」と笑って後頭部に手を添えた。


「あの、あたし立海のマネージャーやってて、不動峰の試合が凄く気に入ったから、先輩のデータマンに聞いたんだよね」


なんかとっさの嘘がどんどん上手くなっていってる気がする、とは内心苦笑しながら「改めまして」と杏に手を伸ばす。

「あたし、立海大二年の切原。よろしく」
「不動峰二年の橘杏よ、よろしくね。うちの学校が立海に認めて貰えてるなんて、嬉しいわ」

言い繕いとは言え、積極的に交流する
こうやっての人脈は日に日に太くなっているわけか、と間近で見たは関心するしかない。


元々人見知りの上に、最近では人間が怖い為、あまり自分から人と接しようとしないの違いはここにあるのか、
とぼーっと事の成り行きを見ていたは、自分にも手を差し出された事に気付くと、慌てて握って頭を下げた。

「私は青学三年の越前です。よろしくお願いします、あ、敬語は使わなくていいので」
「そう?ありがとう。アシスタントは一年二年ばかりだと思ってたから、三年生が居てくれると安心するわ、ね、兄さん」

杏が首を巡らせる先を見ると、そこには橘と神尾、それに伊武を初めとする不動峰メンバーがそろっていて、
は顔を見合わせると、ぐっと幸せを噛み締めた――不動峰萌え!

「ああ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」


が頭を下げると、橘は後ろのメンバーへ首を巡らせる。
「開会式は各学校が始まり次第開始される。各自部屋に荷物を置き集合しろ!」

「「「はい、橘さん!」」」

山吹もこの機に乗じて逃げるように建物の中へ入って行き、アシスタントの杏が二人の横に立つと、神尾は杏の前で立ち止まった。
「あ、杏ちゃん。色々大変だと思うけど、頑張って」
「うん。神尾君もね」

ジ――ンと杏の言葉が染みていくように言葉を噛み締める神尾を見て、は隠れて小さく噴出す。
((杏←神最高ッ!))


そんな二人をよそに不動峰と山吹が玄関から去ると、違うバスが入って来、降りてきたのは六角だった。
剣太郎は玄関の前で出迎えているアシスタントの女子を見ると、「よっしゃぁ」と気合を入れるように両頬を叩いて頭を下げる。

「六角中四名、ただいま到着致しました!」

剣太郎の九十度に折り曲げられた腰を見た佐伯が、苦笑しながら「はりきってるなぁ剣太郎」と零し、
「当然だよサエさん!」と剣太郎は興奮するように身体を震わせると瞳を輝かせた。
「この合宿で負けナシなら僕はここの女の子にモテモテ…」


想像したのだろうか、デレデレとした笑みを浮かべる剣太郎を見て、黒羽は呆れたような顔をすると、さっさと行くぞと剣太郎の頭を叩く。
「ただでさえ渋滞で予定時刻より遅くなったんだ。とっとと準備して――どうした、ダビデ」

「モテモテ…モテモテ、バネさん、いい駄洒落が浮かばない…」
浮かばなくていい!

剣太郎と落ち込む天根の襟元を掴んで半ば引きずるように去っていく三人の後を、
佐伯がアシスタントに「騒がしくてごめんね」と爽やかな風を残しながら去っていき、その姿をほぅと見たは「よかった」と安堵の息を吐いた。

「もし佐伯君の髪がアニメ版だったらどうしようかと思ったよ…」
「あー、姉ちゃんゲームとか原作の方の髪の色が好きって言ってたもんね。牛は嫌…ッ!ってアニメ見て泣いてたし」

「凛々の髪もね、アニメより私はゲーム派なんですよ。まぁ比嘉はゲームから入ったのもあるけど…」
「結局あたしら原作では関東大会まで、アニメで四天宝寺の途中までしか見てなくて、連載終わる前にこっちに来ちゃったしね」

「どーなるんだろーね」

適当に返したとしか思えないはむっとするが、は駐車場を見て新たに入って来たバスに顔を輝かせる。

「を!車が来た!最後だから…裕太か!!」

嬉々とした顔でバスの方向を見つめ、「裕太ゆうた」と連呼するを見、もそちらを向くと表情を明るくした――観月さん!
その視線がわかったのか、車から降りた裕太がこちらを見る。

「聖ルドルフ学院中着きました」
「は、はい!了解しますた!

噛んだ…
確かに裕太と会えたのは超嬉しいけど、噛むなよ自分。

裕太は後ろを向いて、を見ながら噴出した。
隣に並んでいる他のアシスタント達も笑っているのに気付き、恥ずかしくて顔が上がらない。

「俺ルドルフの二年、不二裕太。おっもしろいなぁ、お前」
「立海大二年の切原です」

「なんだ、同い年かよ。小さいからてっきり一年かと思ったぜ」

は自分の身の安全を確保するため、二人と距離を取る――に「小さい」は禁句だよ、裕太!
ひやひやしながら観察していると、「顔上げろよ、もう笑わねぇから」と裕太がの頭に手を置いた。

「どうかしたんですか、裕太君」

丁度いいのか悪いのか、運転手と話していたのだろう観月が顔を出し、声が聞こえた途端、がバスの入り口に、ゆっくりと目をやる。

まさか、まさか!このうるわしい石田さんヴォイスは…ッ!


「観月さん。いや、笑える…面白いヤツがいて」


あからさまに言い直した裕太に、が顔を上げた。
は観月を見たまま動かず、観月はその視線に気付いていない。

「僕達が最後みたいですからね、早く入りましょ「侑士のクソクソ!」…」

二つの声が重なり、あることに気がついたは顔を見合わせ、お互いにやける顔を必死に隠そうとして顔が引きつる。

「がっくん、ちょっとおいで」

が廊下から現れた岳人を静かに呼べば、顔を青くした岳人がこちらに歩み寄り、「なんだよ」と一定の距離を保ち言う。
黙ったまま手招きして、有無を言わさずこちらに来るよう指示した。

怪訝な顔をしながら、一歩、また一歩と少しずつ近寄って、距離が縮まると岳人の肩をが掴み、
何が起こっているのか全くわかってない観月の肩をが掴む。

二人を向き合わせ――

「「二人とも、世間話をされてください!」」

「え、」
「は?」

さっぱり意味が分かっていない二人は言葉に困るばかりで、
一向に会話が始まらないもどかしさを感じたが、単刀直入に岳人を指差した。

「じゃあ、がっくんがキラで、観月さんがアスランと言う設定でお互いを呼び合ってください」

ガン○ムSEEDを知らない岳人と観月は固まったまま動かない。
(キラの声優は保志○一郎さん、アスランの声優は石田○さんなのだ!)
やっと魂が戻って来た岳人が赤いおかっぱを揺らしながらを向いて口を開く。

「いや、意味わかんねーし!お前ら何言って「いいから言えって言ってんだろーが」…」
「とにかく、説明をして「観月さん、呼び合うだけでいいんです。お願いします」…」

後に続いた観月の言葉も、が言葉をかぶせて消してうっ、と言葉に詰まり、何を言ってもダメだと気付いたのか、二人が俯いた。

「き、キラ
「あ、あ…アスラン

「聞こえん!」
「はっきりと喋れ!」

裕太は、気まずそうにしている二人を見て、押し殺しながら――実際押し殺しきれていない――笑っていた。
(観月さんがいい様にされてる…ッ!)

女王様気質とでも言うべきか、観月は他人をいいように使う術には長けていても、いいように使われた姿を見た事がない。
そんな観月の姿を見るのが新鮮な裕太には、これ以上ない程の笑いの種になっているのである。

も必死で怒鳴っているし、岳人と観月は既に涙目になっていて、もうどうにでもなれと言わんばかりに投げやりと口を開いた。

「キラ!」
「…アスラン!」

も…萌えぇええええ!!

姉妹二人してガクガクと腕を震わせ、お互い肩をつかみ合う。


「あたし、なんかもう死んでもいいかもしれない…」
「まさかテニスの世界でSEEDネタが聞けるなんて」


行きたい世界の一番がテニスの世界だとしたら、二番は言うまでもなくSEEDだったのだが、
SEEDの世界では一般人の自分達が行った所でキラや赤服たちと関われるとは思えなくて、よくて通行人A。

更に言うなら、あの世界で生き抜いていくのは至難の業と言う事で、二人はテニスの世界を第一志望にしてた訳なのだ。
一粒で二度美味しいというのはまさにこの事…ッ!


言葉も出らず感動している二人を横目に、岳人は意味が分からないものの何となく恥ずかしくて頬を染めると、
駆け足で忍足の方へ向かい、首だけで振り返ると噛み付くように自分達の世界に居る二人に向かって叫んだ。

「俺もう行くからな!…うぅ、恥ずかしい!」

逃げるように去っていった岳人の背中を目で追って、観月も己の羞恥に戸惑いながら未だ小刻みに震えている裕太の肩を叩く。

「ゆ、裕太君…僕達も行きましょう。開会式に間に合いません」
「はい。あ、また後でな」

動揺しているのがまる分かりの態度で、その場を去っていく観月の姿に、やっとは己を取り戻したものの、
はさり気なく呼び捨てにされたことにも気付かず、の肩を掴んだまま動かない。

、感動するのもそこらへんにして、私らも行かないと遅れるよ」

裕太に呼び捨てにされてたよ、とはあえて言わない。
これ以上のテンションを上げてはならない、自分のように押さえが利かないのがコイツだと、そうを解釈している。
(先ほどの声ネタでは思わず我を忘れてしまったが)

「そうだね。行こうか」

しかし一瞬で熱が冷めるのもまたで、
異様なテンションだった二人を残して他のアシスタントが開会式に向かっている姿に二人はスタコラサッサと玄関を後にしたのだった。



この様子でこれから先、合宿を乗り越えることが出来るのだろうか、先の見えない二人は何が待ち受けているか当然知るよしもない。