「あーだのこうだの言われてぇ一から全部話して〜、これ以上何が欲しい♪」
個人的にあの歌の日吉の声は好きだ、と朝から無意味な事を考えながら干してあった洗濯物を取り込み、
まだ皆が寝ているであろう朝方にはパタパタと合宿所のいたる所を早足で歩いていた。
合宿を手伝いに来たのに、一日目からダウンしたのは情けない。
と、言う事で朝早く起きて仕事を片付けておくのはせめてもの礼儀かなと思い、
寝ているを起こさないよう部屋を抜け出して仕事に勤しんでいる訳である。
洗濯物を建物の中に持っていこうとして中庭を横切った時、木陰の下で眠る誰かの足が見えて、は足を止めた。
こんな朝早くに誰が居るんだろ?
両手に余る程の洗濯物を早く持って行ってしまいたい気持ちもあったが、好奇心には勝てず、
はおぼつかない足取りで木の近くまで歩み寄ると、足元からじょじょに見上げていって「あれ?」と声を上げる。
他のメンバーより小さめなジャージ、顔を隠すようにかぶせられた愛用の白い帽子――リョーマだ。
何でこんな所で寝てるんだろ、と思ったの眼に、木の幹に立てかけられたラケットと、芝生に転がっているボールが目に入った。
「朝練かぁ。ホント、羨ましくなる位テニスバカだなぁ…」
起こさないように静かに笑って、そうだ、とは洗濯物を落とさないように駆け足で建物に戻って洗濯物を置き、
自動販売機でポンタのグレープ味を買うと、大急ぎで先ほどの場所まで戻った。よかった、まだ寝てる。
ホントは帽子取って寝てる顔を見たいけど、苦笑を零しながらしゃがみ込み、そっとポンタを頭の傍に置いた。
「お疲れ様。頑張ってね、リョーマ」
【鬼の目にも涙】
薄暗かった朝の太陽も大分高い位置まで昇ってきて、合宿所は選手達の活気で溢れていた。
はそろそろ立海と青学がドリンクが欲しくなる時間かな、と時計で確認し、建物へと足を向けた時、
いつもより幾分か低めのの声が聞こえ、影から顔を覗かせる。
「兄弟愛って、人が思ってるより大きいんだよ。
あんたらが何考えて”ちゃんがリョーマ君のこと好きなのは下心見え見え”とか言ったのか知らないけど、
姉が弟に触れることの何が悪いの?姉が弟を大切に・・・好きだと思うことの何が悪いの?
ねぇ、説明してみせてくれる?」
そこには咲乃と朋香、それに何故か手を繋いだ赤也とが居て、
こちらからは表情が見えないが声から推察するに随分と怒っているのであろうの声が聞こえて来た。
「んじゃ。ちゃんはあたしの大切な――友達、だから。
苦しませるようなこと、しないで?あたしも無駄なことで怒りたくないし」
はに朋香達の会話を聞いた事すら言ってないから、きっと跡部から聞いたのだろう。
赤也と一緒にこっちへ歩いて来るのが見えたは、わたわたと辺りを見渡すと、
丈の高いひまわりの花壇の裏へ隠れて、歩いていくと赤也の姿を見送った。
あの子はめったな事がない限り、無邪気に笑ったり、ましてや他人に怒ったりする事はない。
それはなりの他人との距離の取り方で、必要以上に干渉されたくないから他人に干渉しない、と言う彼女の理論に基づいている。
昔から、他人にする事は自分に帰って来るよ、と口が酸っぱくなる程言い聞かせてきた事も関係しているだろう。
そのが怒りを見せたのは、言うまでもなくの為だ。
あの子が真っ直ぐに向き合ってるのに、私だけ逃げるのはズルイよね、とは立ち上がって覚悟を決めるように両頬を叩いた。
が来た道を進むと、咲乃と朋香が複雑な顔でお互いを見ていて、足音でこちらに気がつくと、気まずそうに眉尻を下げる。
覚悟を決めたと言えど、やっぱり躊躇して視線を泳がせたは、「あの」と勇気を出して口を開いた。
「ごめんなさい。あの夜、自販機の前で貴方達が話してたの、跡部君と一緒に聞いちゃったの。
は多分、跡部君から聞いたんだと思うんだけど…ごめんなさい」
つい謝ってしまう癖がついている事に気付いて、慌てて両手を挙げる。
「ごめんなさいって言うのは、立ち聞きしてた事を謝ってるんだけど…その、一つだけ、言わせて欲しいの。
私がリョーマの事好きって言うの、小坂田さんの勘、多分当たってる」
咲乃がはっと顔を見て、ふいっと視線を逸らした。
「でもね、ちゃんと分かってるの。リョーマの事、好きで居ちゃいけないんだって事」
それは兄弟の振りをしている事ももちろんあるけど、越前さんの気持ちを汲んでが第一だ。
彼女は実の弟が好きで、その気持ちから逃げるために自分と入れ替わった――そんな立場上、リョーマを好きで居る事は出来ない。
そう言う意味合いもあったのだが、朋香達は単純に「兄弟だから」だと思っただろう。
それでいい、この気持ちは後にも先にも、幸村に言ったので最後にしたいと思っているから。
「でもね、好きって気持ちって簡単に消えてくれないんだよね。
一生懸命諦めようとするんだけどさ、ホラ、リョーマのちょっとした仕草とか、言葉とかでどんどん好きになっていっちゃって…
だけどずるずる引きずってても、いつか、一緒に居られなくなる人だから。
好きになって貰いたいとか、そんな事全然…って言ったら嘘だけど、期待はしてないよ
だから、私がリョーマへの気持ちをなくすまでは、傍に居たいの。
貴方達に何て言われようと、何て思われようと、傍に…居たい」
精一杯の笑顔で微笑んでみたけど、きっと上手くは笑えていない。
「正直、貴方達が羨ましい。
リョーマに恋する権利があって、異性として傍に居る権利があって、想いあう権利もある…羨ましい、よ」
ヒロインって、ズルイ
「でも、ないもの欲しがってもしょうがないものね、私は私なりにリョーマの傍に居て、応援してくつもりだから。
言いたかったのはそれだけ!昨日はアシスト出来なくてごめんね、今日は頑張るから!んじゃ!」
言うだけ言って逃げるのは卑怯なような気がしたけど、朋香達が口を開く前にすたこらさっさとトンズラする。
「あ」と咲乃の声が聞こえた気がしたけど、立ち止まる度胸があるはずもなく、
は立海と青学にドリンクを作って気でも紛らわそうと建物の中に駆け込んだ。
食堂とは違い、簡易に作られたキッチンに辿り着くと、誰も居ない事をいい事にひぅっと息をのむ。
ホントに羨ましい気持ちと、リョーマを好きで居てはいけない事を再確認して、ただでさえ緩い涙腺が熱くなってきた。
泣いちゃダメだ、慌ててドリンクの粉末と入れ物、水を冷蔵庫から取り出すと、手早くドリンクを作って行く。
この作業は青学でのマネの練習の賜物か、最近は随分手早く出来るようになってきていて、
全学校に配るにしろ、とりあえず立海と青学が先だなと思ったは、下に置いてあるかごに二校分のドリンクを詰めて持ち上げた。
「…重…ッ」
半分の量にして二回行き来するかな、とも思ったけど、めんどくさがりな性分が勝って無理やり足を進める。
必死に歩いていると泣きそうだったのも忘れていて、ひぃひぃ言いながらなんとか玄関まで辿り着き、左右を見渡した。
青学のコート、ここから右の一番端
立海のコート、ここから左の一番端
いじめか?(被害妄想)
コートの位置関係にしばらく途方にくれたもの、立ち止まっていてもドリンクは届かない。
まず立海から行くか、とかごを再び持ち上げようとした時、脇から伸びてきた筋肉質な腕がひょいと簡単にかごを持ち上げて、
きょとんとした顔をしたは、腕が伸びてきた方向に顔を見上る。
「…海堂君」
「この量、一人で運ぶつもりだったんスか?」
漫画やアニメ、ゲームでお馴染みのふしゅぅと言う声が聞こえて来て、
は思わず笑いそうになりながらも「まぁね」と言って付け加えた。
「ホントは二回に分けて運ぼうかと思ったんだけどね、めんどくさいのが勝っちゃって」
「いくらなんでも、女の力じゃ無理ッスよ」
どこに持って行くんスか?と聞かれて、「立海と青学」と答えると、海堂は眉間に皺を寄せる。
「間逆じゃないッスか」
「うん。でもホラ、やれば出来る子だといいなぁ〜なんて」
あはは、と笑うと、海堂は僅かに口元を緩めるように笑った――へぇ、海堂ってこんな笑い方するんだ。結構可愛いかも
のおちゃらけた言葉に、「それ使い方間違ってるッス」と言って、海堂はかごを持って歩き出す。
「あ、いいよ。海堂君ロードワーク中でしょ?無理なら二回に分けて運ぶし、練習に戻って」
「腕、鍛えると思ったら練習の一つッスから」
まぁ確かにこの重さのかごを端から端のコートに持っていけば筋肉を十分に鍛えられると思うが、何だか申し訳ない。
有無を言わさずスタスタ歩き出した海堂の後ろを追いかけて、
隣に並んで「海堂君って優しいね」と笑いかけた途端、海堂はぎょっと目を見開いた。
何、また何かまずい事言った?
思わずも驚いた顔をしてしまうと、海堂が僅かに頬を朱に染めてつんと明後日を向く姿に、は気を悪くしたかなと思い謝る。
「あ、ゴメン。こう言う事言われるのあまり好きじゃない?」
「い、いえ…言われなれないもんだから、つい…」
ああ、海堂っていつも仏頂面だもんね、手塚の次位に、
と思ったは肩を揺らして笑って「昨日ね、言われたの」と唐突に話題を切り出した。
「どんな姿になっても、私は私だって。
私がどう言う人間なのか決めるのは、私じゃなくてその人だって言われたの。
私、見かけに捕らわれてばかりだったから、そう言われたのがもの凄く意外でね、凄く驚いた。
海堂君もいつもこうやって眉間に皺寄せてるから、誤解されやすいかも知れないけど、海堂君は海堂君だよ。
他の誰がどう思っても、私の中の海堂君は、優しい海堂君なの。私が決めた!」
こうやって、の所で人差し指で眉を寄せると、海堂は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
は更に笑みを深くして一足先に立海のコートまで走ると「ドリンク出来ましたぁ」と言ってフェンスのドアを開けた。
「お、やっと来たぜぇ。喉渇いて練習に身が入んねぇよ」
「…お前は大抵身が入ってないだろ」
「うるせぇ、ジャッカルの分際で俺に意見してんじゃねぇ!噛み殺すぞ!」
噛み殺すぞにブームが来ているのかは置いておいたとしても、練習に身が入ってないのは確かなようで、
は口端を引きつらせるように笑うと、遅れて入って来た海堂のかごから人数分のドリンクを取り出し、ベンチに置く。
だけどブン太になら噛み殺せそうだな、と思うのは何故だろう。日頃のガムの賜物か
タオルで汗を拭いながら歩いてきた赤也に、「知らない?」と言うと、赤也はドリンクを選びながら答えた。
「アイツなら、買出しに行くっつってましたよ。何か召集かけられて、そんな中から不二連れて行ったッス」
先輩、がつかないと言う事は恐らく裕太の方だろう、と言うのは簡単に想像出来るが、
一体誰に召集をかけたのかと言う疑問を素直に尋ねると、赤也は指を立てながら宙を仰ぐ。
「俺に、丸井先輩、不二に――後、氷帝の宍戸さんと向日さん。山吹の千石さんでしたっけ」
モロ好みの面子に、は「そ、そう」と言って視線を逸らした。
「それがどうかしたんスか?」とドリンクを飲みながら尋ねて来た赤也の返答に困っていると、
向こうのコートから歩いて来た真田が「」と呼んだので、首を巡らせる。
「あ、真田君。お疲れ様」
「ああ…ところで、最近幸村に連絡は取っているか?」
「うんうん、合宿前に何回か会いに行ったけど、こっちに着いてからは色々バタバタしてて、メールも送ってないかな。何で?」
首を傾げたを見て、真田は眉根を寄せると「む。たいした事ではないんだが…」と言いかけた言葉を、柳が遮った。
「たいした事だ。時間が空いたらで構わない。精市にメールをしてやってくれないか」
「それは全然構わないけど…幸村君がどうかしたの?」
「お前からの連絡が来ないとチクチク棘のあるメールを送ってくるんだ。
合宿とは言え一緒に居られる俺達が羨ましいらしい――放っておいたら病室から這ってでも来そうだからな。早い所メールしてくれ」
柳の言葉に、は「またそう言う冗談を言うんだから、幸村君」と苦笑を零すと、
柳はしばらく黙ってポツリと呟いたものの風が丁度吹いてきて柳の言葉をかき消す。
「冗談でこちらが死活問題になるのはたまったものじゃないな」
「え?何か言った?」
「嫌、とにかく精市にメールしてやってくれ」
うん分かった、と頷いて、海堂が入り口で待っているのを思い出したは「ゴメン」と海堂に言って、立海の面々に片手を挙げた。
「んじゃ、この後確か山吹との合同練習だよね?頑張ってね」
パタパタと去っていったと海堂の背中を見ながら苦虫を噛むような表情をしている真田と、
清清しく見えるものの、どこかいつもと違う柳の表情を知ってか知らずか、ラケットを脇に歩いて来た仁王が口を開く。
「越前の姉だったかの?今日は朝早くから洗濯物や何やらで合宿所を駆け回ってたぜよ」
「今時あまり見ないタイプの少女ですね…か、可憐だ…」
逆光でめがねを光らせながら言った柳生に、ブン太が「お前が言うと変態チックになるだろぃ」と言うと、
ムッキーと言う効果音が付きそうな程地団太を踏んで、柳生は「失敬な!」と言い返した――嫌、可愛くはないから
メンバーのほとんどが切実にそう思った中で、柳だけは淡々と忠告する。
「悪い事は言わない。アイツには手を出さない方が身のためだ」
「最近幸村の機嫌が偉くよかったのは、あの子が原因と言う事じゃの?」
勘の鋭い仁王の言葉に、鈍感チーム(赤也、ブン太/メールの被害者の為真田は除外)はドリンクを片手にパカリと口を開いた。
「そ、それって…幸村部長が先輩の事好きって事ッスか?」
「嘘だろぃ。幸村が…恋…」
わなわなと身体を震るわせたブン太と赤也は、お互いの顔を見合わせると、そろってぶっと噴出して転げまわる。
「「に、似合わねぇ――ッ!」」
ぎゃはははと笑いながら肩を叩きあったり、腹を抱えて笑ってみたり、
また転げまわってみたり、とにかく全身全霊で驚きと笑いを表現した二人は、バンバンとコートを叩いた。
「お、鬼の目にも涙…」
「ある意味立海テニス部を救う勇者かも知れねぇな、越前の姉貴。魔王討伐の命を受けて召還されたんじゃね!?」
お前ら言い過ぎだぞ、とジャッカルが言おうとした時、柳の手に携帯が握られている事に気付くと、
「どうした参謀?」と尋ね、柳は「嫌…」と答えると、たいした事もなさ気に言葉を返す。
「電話口で幸村がどんな表情をしてるかと思ってな」
「電話口って、別に幸村は聞いちゃいねぇだろぃ」
「聞こえてるぞ」
ひぃひぃ言いながら爆笑していた赤也とブン太の動きが止まり、
錆びたロボットのようにギギギと音がしてきそうな程ゆっくりと振り返った二人は、へらっと笑った。
「どう言う事ッスか?」
「精市が久しぶりにの声が聞きたいと言ったのでな、電話を繋いでおいたんだ」
ホレ、と言わんばかりに柳が携帯電話を持っている手を伸ばすと、
ぴたりと笑いが止まったため静かになったコートに「ふふふふふ」ととても穏やかとは思えない笑い声が電話口から響き渡る。
((腐腐腐腐腐腐…ッ!?))←脳内変換
「あ、固まった」
「自業自得じゃの」
さ、練習に戻るかと仁王と柳生が去っていき、付き合ってられんと真田も離れ、ジャッカルもこっそりその場を後にした。
残されたブン太と赤也、そして柳は携帯電話を耳に当てると「分かった、伝えておく」と言って電話を切り、ポケットの中にしまう。
「赤也、丸井。今日中に腕立て腹筋背筋各100回を50セットだそうだ」
「む、無理ムリむり無理ッスよ――ッ!」
「だから言っただろう。彼女にとっては冗談でも立海テニス部にとっては死活問題だ、と」
「嫌な確認のさせ方すんじゃねぇ――ッ!」
その後赤也とブン太の断末魔がコートに響き渡ったような、その前に力尽きたような、そんな午後の話しでした(投げやり)
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word by→氷帝エタニティー 不条理

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