横から一列、千石・裕太・赤也・宍戸・岳人・ブン太。わーなんて素敵なメンツなのでしょう!
うへ、と笑えばぼそっと赤也が「キモ」というのが聞こえたのでとりあえず近くにあった小石を赤也のおなかに向けて投げる。
「なんで俺ら集められたんだ?」
岳人が小首を傾げるが、無視して一列を往復して流し見る。
うぅん・・・
たびたび漏らす唸りの声は、何を検討しているのかわからない。
「やっぱここは裕太でしょ!」
うっし!と裕太の腕を掴み、「んじゃ買い出し行ってくるわ!」と片手を挙げて去っていく。
いきなり走り出したので、裕太は転びそうになりながらも必死に付いて行っていた。
嵐のように現れて、いきなり一列に並ばされ。
何も言わずに勝手に自己完結して、また嵐のように去っていく。
皆がある種の関心をしている中、前にも同じような体験をしたことがあった赤也は、平然とコートへ戻ってき、
他の五人も、の性格を知っているせいか、何事も無かったようにラケットを持ち直したのだった。これはマジックと呼ぶべきかもしれない。
に付いていくので必死だった裕太は、買い出しに行くという言葉が聴き取れなかったようで、
ある程度の説明を終わらせた頃に、ちょうどスポーツ店に着いた。
「じゃぁ分担しようか。裕太はボールとドリンク材の買い出しで、あたしが・・・」
スポーツ店は二階建ての広いところで、しかも一つの商品にいくつもの種類があるから面倒だ。
分担が終了したところで、二手に分かれた。
千石清純の携帯は、連続して何度も鳴っていた。
それを目ざとくすべて確認していたのは、ブン太だった。女々しいなんて自分で思いながらも確認してしまう自分が笑えてしょうがない。
そして、ほとんどが――
「あ、もう練習始まるからさぁ。ごめんね、ゆりこちゃん」
女だった。
どう聞いても遊びの誘いで、確かに千石は気軽に話せそうだし、女の子達にとっては”話しやすい男子”の中に入っているのだろう。
夏休みだし、三年で中学最後の夏。遊びたい気持ちもわかるが、なぜこの男はそんなに誘われるのか。
そして、なぜそれが殆ど女子なのか。
それがまだ、女子六割、男子四割くらいならわかる。けれど。
けれど、どう聞いても女子九割、男子一割だ。
コイツには男友達がいないのか?・・・いや、それは合宿で見ていて、ないとわかる。
「え、あ、うん。俺も大好きだよぉ」
普通なんとも思わない女の子達にそんなことを言って回るだろうか。九割中五割は、言い回っている。
それをきちんと聞いていた自分は、よくよく考えると気持ち悪い。
――俺は、その子の事が好きだから。
その子が喜ぶんだったら・・・笑顔になるなら、なんでもできるよ
お前は、そう言ったんじゃなかったのか。
それが、お前の精一杯なのか。
「おい、千石」
「ちょっと待ってね。どうしたの、丸井く・・・」
生憎、この部屋には二人以外誰も休憩している者がいなかった。
それはよかったのか、悪かったのか。
こちらを向いた千石の携帯を取り上げ、通話終了ボタンを押す。
「あっ」とあげた千石の声が、またブン太の神経を逆撫でる。くそ、携帯へし折ってやればよかった。
「それが、お前の精一杯なのかよ」
数秒間、何が言いたいのかわからない、という顔をしていた。
主語を言わなかったのは、わざとだ。
わかってから、居心地の悪そうな、ばつの悪そうな顔をブン太に見せ、「ごめん」と呟く。その言葉さえも、苛つきの原因である。
怒りが込み上げてきて、今にも爆発しそうで、必死に声を荒気ないように押さえ込む。
「お前ら、どっからどう見ても両思いなんだよ。
だから、俺は身を引くことにした。お前はアイツのこと”好きだ”って言ったからな」
「うん」
「けど、もう無理だ。我慢の限界。お前、精一杯の器が小さ過ぎなんだよ」
――俺はを振り向かせる。お前にアイツを渡したら、アイツが傷つくのが目に見えてるんだよ。
もうアイツが傷つく顔は、見たくない
揺るがない瞳が、千石には強すぎたのか、俯いて何も言わない。
おいていたペットボトルとタオルを持って、ブン太も黙ってその場を立ち去った。
寄り道でもしてきたのか、買い出し組が帰ってきたのは夕方過ぎで、辺りは暗くなっていた。
男の気遣いなのだろう、裕太の方が荷物を多く持っているが、も負けてはいない。
「だーもう!小さい禁止!面白い禁止!」
「お前が背が小さくて面白いから悪いんだろ。ちょっとは大きくなって見せろよ」
「んがぁあああ!!大きくなれも禁止ぃいい!」
だいたい、背なんて男の子は大きいもんで、女の子は小さくて当たり前でしょ。
ぶぅぶぅと文句を垂れながら廊下を歩いていると、廊下の端に千石が立って、窓の外を見ていた。
「あれ、千石さん。どうかしたんですか?」
二人に気付いていなかったようで、二人――を見た瞬間、一瞬顔が歪んだ。
はそれを見逃さず、「荷物、持つよ」と笑って見せた千石が、とても苦しそうにも見えた。
「裕太、裕太のはスポーツ用品ばっかりだから、第二応接間の方に持っていってくれる?」
「おぅ」
きっとわかっていないだろう裕太は、微笑して返事を返し、別方向へ足を進める。
「お言葉に甘えて」
持っていた袋を二、三個千石に渡せば、にとって重かったそれを、軽々と担ぐ。
前を歩く千石の背中は、大きくて、広くて、でもどこか頼りなくて。
それが、が好きな千石だった――とても強いのに、どこか自分に自信がない、千石だった。
が持っていたのは、主に食材で、調味料やラップばかりだった。
確かに、こんな大人数で合宿は、かなり買い込んでおかないとすぐになくなってしまうだろうな、と片づけながら思う。
「ちゃんはさ、自分の事好き?」
「いいえ。大嫌いです。でも大好きです」
即答で返されるとは思っていなかったのか、の方を見て――笑った。しかもよく言っている意味はわからない。
「そっか」
「みんなそうです。嫌いで好きで嫌いなんです。まあみんなって括りつけちゃうのはどうかと思いますけど」
「どんなとこが嫌い?あ、言いたくなかったらいいんだけど・・・」
引目がちに、語尾がだんだん消えていくセリフを、は黙って聞いていた。
やっと口を開いて、
「始めて会った人を、どうしても敵視して、でもそのくせ嫌われるんじゃないか、って怯えて。
ホントはすごい人に対して冷たくて、無関心で。
どっか繕おうとしてて、いっつもうわべだけで笑ってごまかして・・・けど、それがちゃんとできてない。
そんな中途半端な自分、かな」
昔から、自分なりの正論を言えば、みんなに嫌な顔をされた。
大人達からすれば、「ちゃんがあまりに正当な事をいうから、みんな悔しかった」んだそうだ。
自分の感じたことを言ったり書いたりすれば、友達は「ちゃんってみんなと違うね」と言われることもたびたびあった。
からすれば、「は感受性がつよい」そうだ。
我が強くて、よく目立つ作業を立候補したり、頼まれたりすれば、またみんなは顔をしかめ、
「ちゃんって目立ちたがり屋だよね」と言われた。
それらは子供だった”あたし”を隠す、立派な理由の一つだった。
だから距離を置くように、線を引くようにしているのに、いつだって”あたし”が出てきてしまう。
のように、人が恐いわけではない。ただ、人が嫌いで、人を信じられない、それだけ。
なのに、人に嫌われることに怯えていて、いつの間にか我が強い”あたし”が出てきてしまう。
そんな自分が、大嫌いだ。
「自分が大好き、っていう人は、自分の悪いところに気が付けない単なる子供だよ。
確かに、それで伸びる人もいるかもしれないけど、悪いところにはちゃんと気付かないと、ずっとそのまんまだしね」
それは自身にも言える言葉で、紡いでいく言葉は、ちくりちくりと自分の心を刺す。
黙り込んでいた千石は、「うん」と自身で何かに括りをつけたのか、納得した爽やかな顔になっていた。
「俺、ちゃんと話せてよかったよ」
部屋まで送るね。
行こう、と差し出された手を戸惑いがちに握ると、ぎゅっと握られた。
ごめんね、丸井君。
俺が優柔不断で、”精一杯”がなってなかったから、丸井君を傷つけてしまった。
多分、丸井君が言ってくれなかったら、俺はきっとちゃんをも傷つけてた。だから、ごめん。
けどやっぱり、俺はちゃんが好きみたいなんだ。だから、諦めない。
たとえちゃんが丸井君を好きになっても、俺はもう一度振り向いてもらえるように頑張る。
それは、丸井君じゃなくても、他の男だったらみんな。
――もうアイツが傷つく顔は、見たくない
君はそう言った。っていうことは、君はちゃんが傷ついた顔を見たっていうことだよね。
俺が知らない顔を、君は知ってる。俺が知らない顔を、ちゃんはまだたくさんもってる。
俺はもっとたくさんの、ちゃんの顔を見たいんだ。
できるなら、それが悲しむ顔じゃなければ、もっといいんだけど。
そういうことで丸井君。
俺、君には負けないから
