朝・昼・夕食はすべて食堂で。
ご飯は栄養士さんが何人かで作ってくれて、それを配るのがアシスタント達になっている。

さすが育ち盛りの男の子が大人数いるだけあって、その量は半端ない。
最初見たときは、料理の数と量とに圧倒されたが、今となればこれが普通に思えてきた。

「切原、俺のメチャクチャ多くしてくれ」
「じゃあ俺その倍で」
「んじゃぁ俺は、その四倍」
「その五倍」
「その・・・「はい、普通の量ね」・・・」


多分これでは少ないのではないか、と思われる量をついで、桃城とリョーマのおぼんにのせる。
おかわりもできるし、問題はない。

二人がその場でいがみ合っているので、列が止まっていた。
「はいはい、どいてねぇ」とカウンター越しに二人の肩を押せば、やっとまた動き出す。

!俺の大盛りな!」
「俺も大盛りがええな」

岳人が小さく飛び跳ね(お前食堂で飛び跳ねるなよ)、侑士が苦笑しながら続ける。

「俺様には合わねぇ食事だが・・・まぁ食べてやるか」
あ、食べなくていいですよ、アホベさん。はい、次の人ぉ」
「ちょっとまて、もらう。もらうから早くつぎやがれ!」

ご飯欲しいなら文句言うなよ、と眉をひそめて乱暴におぼんにのせた。
ちっ、と舌打ちをしてご飯を持っていく跡部の背中に、「べーだ!」と舌を出す。

「ご苦労だな」

真田とは違う低い声に、思わず顔をあげれば、ダークホース不動峰部長・橘がたっている。

「い、いえ!そんな!橘さんも大盛りがいいですか?」
「いや、他の奴等が多く食べたいだろうから、俺は・・・」

量を心配しているのか。きっと橘さんだって、練習後の夕飯は多く食べたいはずなのに!
なんて健気なんだコノヤロー!!

「あたし、橘さんなら大盛りにでも特盛りにでも・・・残ってるご飯全部差し上げれます!!」
「さすがに俺もそこまで食べれないが・・・それなら、お言葉に甘えて多くついでもらおうか」


困ったように笑う橘さん・・・これこそ萌の宝庫ってやつでしょ!?
くぅっと一人幸せと萌を噛みしめながら、皿から溢れるぐらいに大盛りつぐ。
他のヤツの飯が無くなろうが知ったこっちゃない!橘さんのためなら!!!


「お前、それ飯全部無くなるんじゃないか?」
「裕太。いいんだよ、だって橘さんのためだもん。みんなのご飯が無くなったって知るもんか

「お前なぁ・・・そんなに橘さん尊敬してんのかよ」
「え、尊敬?違うよ、萌えて・・・げふん、ごほん、がはっ・・・えっと、なんかLOVE?」
「なっ」

LOVE?の部分をきいた瞬間、裕太が耳まで赤くして、口をぱくぱくと動かす。

「でも、裕太のことも(キャラとして)好きだからね」
「何言ってんだ、このばか!!俺はっ」

「を?俺は?実はちゃん狙いなの?杏ちゃんとか!?
橘さんはきっと恐いぞぉ。っていうかショック!裕太、あたしとは遊びだったのね!!

「馬鹿なこと連発してんな!!お前と何したって言うんだよ!!」
「あんなこととかこんなこととか」
「してねぇえええ!!!!」

思い切り面白がっている口調で、ポンポンと思いつくからかい言葉を出していく。
「違う!」と半ば叫び声で、しかも赤い顔で言えば、それはの思うつぼでしかない。

そういえば、周りのうるさい声がきこえないな、とまだ否定している裕太を尻目に周りを見渡す。


みんな、こっちを向いて固まっている。
あれ?なんか爆弾発言でもしたかな、あたし。・・・いやぁ、してないと思うんだけど・・・



裕太の後ろに立っていた佐伯が意識を取り戻したようで、頭を抱えながら溜息を零した。

「切原さん、冗談なら冗談、ってちゃんとわかるようにしとかないと、公衆面前で告白してるようにしか見えないよ」
「あ、そっか。それでみんな固まってたんだ」
「・・・わかってなかったんだ」



















部屋の隅っこに座って食べていたが、の声ははっきり聞こえていた。

「でも、裕太のことも好きだからね」

周りは驚いた顔でカウンターの方を向いたが、赤也はそちらを見ることさえも忘れて、動けない。
目の前に座っているブン太も同様で、俯いたまま。

その後の二人の会話も聴き取れない。


――だけは詳しくは誰にも話してないみたいなんだよね

――愛してくれたとしても、それはこっちの“ さん”であって、あたしじゃないじゃん?

――本当のあたしの姿なんて、誰も知らないわけだし。



は、どんな気持ちであいつに”好きだ”と言ったのか。
俺は、なんでこんなに苦しくて、胸が痛いのか。

また周りが騒ぎ出したのと同時に、止まっていた手を動かして、気持ちを抑えるようにご飯を口にかき込んだ。
















じゃんけんに負けてしまった。
いつもは八割方が勝つのに、今日だけは飲み物を買いに行くじゃんけんで、負けてしまった。にまけるなんて超不覚!
薄暗い廊下に、自分の靴音だけが響く。

「やぁっとついた」

自動販売機の灯りがを照らし、爽健美茶を買う。
ひた、ひたと歩いてくる音がして、はビクリと肩を浮かした。

まさか、いや。そんなはずは。幽霊なんているはずないし・・・


?」

聞き慣れた――合宿に来て急激に会うことが少なくなった――赤也の声が聞こえる。
安堵の溜息を吐いてそちらを見れば、赤也が苦しそうに顔をしかめていることに気付く。

「おいで」と自分の隣を叩けば、なんのためらいもなく赤也はそこへ座る。
赤也が口を開くのを待っていると、赤也は爽健美茶を一本とって、口につけた。


「本当のお前は、どんなやつなんだよ」


時が止まったように、は少しだけ目を見開いたまま、止まっていた。
やがて苦い顔を見せ、赤也に「どういう意味?」と聞く。

「昨日のお前、俺らといるときとはまったくの別人に見えた。
お前の話きいてて、俺が思ってるとは、違うように聞こえたからよ、どっちがホンモノなのか、
って思って、ずっと考えてた。」


話すのか、赤也に。
自分の気持ちを、”自分”を、自分がどうしてここに来たかったのか、を。

他人に干渉されることは絶対的に拒み、そのため人に干渉することも遠ざけてきた。
『人とは距離を取る。人と自分の間に線を引く』
それはが、今までほぼ習慣としておこなっていたこと。

いくら赤也だからといっても、その”習慣”を崩してもいいのだろうか。



「あたしね、人に近寄るのが嫌いなんだよね。人と、接することが、あんまり好きじゃないんだ。
人は信用しない――信用、できない。その人は、あたしを裏切るかもしれないから。あたしを拒むかもしれないから。

拒まれたとき、あたしはひどく傷つく。
裏切られたとき、あたしはその人を憎む。

だから、人を信用しない。あたしを護るために。

人に干渉されることを嫌ってた。無意味に近寄ってきて、無意識に人を傷つけるそいつらが嫌いだった。
だから、干渉しないで、っていう証しに、他人に干渉しなかった。


へらへら笑って、話合わせて、馬鹿なふりしてれば、大抵誰もあたしに干渉しようとしてこない。
自分より格下だってみなして、躊躇せずにあたしを輪の中に入れる。

輪の中に入ればそれで終わり。
深入りせずに、その子達の近くにいつもいれば、困ることなんてほとんどない。

人間は信用できない、人間なんて大ッ嫌い。


けどね、あたしもその”人間”の一人だから。
人に嫌われることに怯えていて、いつの間にか我が強い”あたし”が出てきちゃう。

そんな自分も、大ッ嫌い。



でも、みんなといる時のあたしが偽物、って訳でもない。
みんなといると楽しいし、自分が出せる――っていうか、出ちゃう?から。

それは多分、アニメで見てみんなの性格を知ってるから、安心してるんだと思う。
ほら、だから今日だって平気で裕太に”好き”なんて言えたしね。

だけどみんなのこと、信用してない。
んぅ、信用してない、っていうか・・・やっぱりどこか疑ってるって言うか・・・線を引こうとしてるっていうか。

ま、結果的に、どっちのあたしも”あたし”なんだと思うよ?」


他人事のように、最後は疑問系で終わる。
また、いつものようにへらっと笑って、赤也の持っていたペットボトルを取り上げ、席を立つ。

「姉ちゃん待ってるから。あたし戻るわ」

おやすみ、と言い残して、部屋に戻っていった。
















が去って、誰もいなくなると、赤也はベンチに横たわった。


――人間は信用できない、人間なんて大ッ嫌い。

――だけどみんなのこと、信用してない。
  んぅ、信用してない、っていうか・・・やっぱりどこか疑ってるって言うか・・・線を引こうとしてるっていうか。

――ま、結果的に、どっちのあたしも”あたし”なんだと思うよ?



アイツの言った言葉たちが、頭の中で駆け回っている。
言いたいことだけぱっぱと言って、さっさと自分の部屋へ戻っていったを想い、胸が苦しい。

は、俺の妹の””じゃない。
それがわかっていても、接するときに、どこか躊躇してしまっていた。

けど、は””じゃなかった。
アイツの紡ぐ言葉たちは、いちいち俺の心の奥まで入ってきて、引っかき回して逃げていく。

――兄弟愛って、人が思ってるより大きいんだよ。

やっと、踏ん切りがついた気がする。
と””の、境界線を――今までおぼろにしか見えていなかった境界線が、今はっきりと見えた。


の言葉に胸が苦しくなるのも、今日アイツが不二に”好きだ”って言ったとき、苦しかったのも





きっと俺が、に”恋”してるから