次の日になれば普通に話が出来るかなと思ったのだが、日が昇っても依然リョーマの態度は変わらず、
桃城たちと居る時は普通なのに、意識していて目があうと、まるで何も見えなかったように視線は通り過ぎてしまう。
その現実は否応なしにの心を傷つけたが、
何と声をかけていいのかも分からず、結局何事もなかったかのようにお互い過ごしていた。
ようするに、弟って言われたのが嫌だったんだろ
跡部の言葉は未だに理解が出来ないくて、色々思考を張り巡らせてみたは重いため息を吐いたものの、
気を取り直すようにボールのかごを持って不動峰とルドルフが練習しているコートの前を通り、何気なくコートに視線を向ける。
丁度橘と観月が練習試合をしていて、他の選手はそれぞれの陣営で観戦モードに入っていた。
たまたま通りかかったのが不動峰サイドだったので、ボールを下ろして歩み寄ると、
足音で気付いた神尾と伊武が首を巡らせて「越前先輩」と言うのに「お疲れ様」と答えて試合に目を向ける。
「今どっちが勝ってるの?」
「観月さんッス」
顔を渋めた神尾の傍で、伊武は無表情にコートを見ると淡々と言葉を並べた。
「あの人の攻撃って何かいやらしいんだよなぁ…誠意がないってああいう事言うんだろうな。
大体データテニスって言うのが気に入らないんだよ。世の中シナリオ通りになるなんて甘すぎる考えだよなぁ」
うわー観月さん全否定しちゃったよこの人
なんだか観月さんが可哀想だな、と思ったは、
「でも観月さんの声ってカッコイイよね」と思いつくままフォローを入れたのだが、ものの数秒で神尾に突っ込まれた。
「嫌、先輩フォローになってないッスよ」
「え。私にとっては最高の褒め言葉なんだけどなぁ…あ、でもホラ、橘さん巻き返してきたよ。さすが九州二翼だよね」
さり気なく話題を逸らしたに釣られて、神尾と伊武の視線が試合に戻る。
観月のシナリオ通りに行ってたのが、思わぬ橘の反撃で狂ったのだろう、観月の動きが途端に鈍くなった。
ちらりと横を見ると、感激に打ち震えている神尾と、表情には出てないが何となく嬉しそうに見えなくもない伊武が居て、
はもしかしてもしかするかも知れない、と思うと、橘がスマッシュを決めた途端キラリと瞳を輝かせる――今だ
「「「た、橘さぁ――ん!」」」
出来た…ッ!夢にまで見た橘さんコール!
が両手離しで喜んで居る間に、あれよあれよと試合が終わり、観月は精悍な顔を歪めて吐き出すように言い捨てた。
「どうして僕のシナリオ通りにならないんだ…ッ!」
ゲームでは、観月は選手の今しか見てなくて、これから先を見据えていないのが欠点だと跡部に指摘される部分があったが、
シナリオが全てじゃないと言うような表面も垣間見えてたけど、きっと今はまだデータが全てなんだろう。
「次!神尾と不二!」
橘の声に神尾が「ウッシ」と声を上げて、準備運動がてら腕を回しながらコートの中に入っていく。
「あれ?不動峰は三人で、ルドルフは二人だよね?伊武君の試合は?」
「俺は橘さんたちが試合する前に不二としました。一応言っときますけど、俺が勝ちましたよ」
きっとこれ言わないと負けたから言えないんだとか勝手に勘違いされちゃうからね、ホントめんどくさいよ
とブツブツ伊武が呟く傍で、が苦笑をもらしていると試合は始まった。
さすが中学生と言う若さの賜物か、観月達の前に試合をしてるとは思えない程裕太は動きがいい。
それでも速さとテンポはやはり神尾の方が上で、「リズムに乗るぜ!」「リズムを上げるぜ!」と言う言葉が飛び交う中、
裕太は裕太なりのペースで試合を運んで行き、五分五分の試合が続いている。
「あれ、ちゃん。こんな所でサボってたの?」
どっちが勝つか検討もつかない試合を見物していたが、後ろから聞こえた声に振り返ると、
恐らく先ほどのと一緒で通りすがったのだろう、がテクテクとこちらに歩み寄って来た。
「裕太と神尾が試合してんの?」
「うん。どっちもどっちで互角でね。楽しいよ」
「じゃぁあたしも少し見物していこう。それにしてもリズムリズムうるさいなぁ…」
たった今来たでさえそう思う程神尾の「リズム」発言は多くて、
最初から試合を見ているにしてみれば両手で数えられるかもしれない。
よく授業中に先生の「あのぉ」とか「と言う事から」とか先生の口癖を数えてノートに書き留めてた事があったけど、
今考えるとなんて無駄な事をしていたのだろうか、と恥ずかしくてたまらないよねとどうでもいい事を頭の端で考えてたに、
は「ねぇねぇ」と言うと、首を巡らせた。
「これ聞いてると思い出さない?ラジプリ」
「ああ、あれね。あれは最高にウケたよ」
「神尾が口走ってくれたら便乗できるんだけどなぁ」
いつもは止めに入るなのだが、事この件に関してはの悪巧みに期待してしまう。
ちょっとドキドキしながら試合を見ていると、神尾のソニックブリットを返した裕太に、
神尾はボールが来る場所に向かって足の速度を速めた。
「俺のスピードはこんなもんじゃないぜ!リズムに…ッHIG「「はーい」」…」
呆気に取られて思わず振り返った神尾の横をボールが通り過ぎて、とんとんとんと転げていく。
(((((へ、返事した――ッ!?誰に!?)))))
ちゃんと背筋を伸ばして片手を挙げる姿は、どこからどう見ても、先生の点呼に答える生徒A、Bだ。
(観月と裕太も含め)ぽかんとした選手の注目を浴びたとは、ぷっと小さく吹き出すと、口端を引きつらせて笑う。
「ホラ、神尾のリズムもマンネリ化して来たから、これを新しいレパートリーに加えたらどうかなと思う訳ですよ。
ちゃんと手も挙げて返事したらね、相手も拍子抜けして今みたいにボールが転がると思うんだ」
「…そんなみっともない勝ち方、俺したくねぇよ」
「俺も神尾に同感だな」
の言葉に、対戦相手の裕太までが異論を唱えると、は「ふざけるな!」と無意味にキレた。
「どんな手段でも勝ちは勝ち…ッ!勝ちにこだわるのがスポーツマンと言うものでしょ!」
「知ってるか?世の中にはスポーツマンシップって言う言葉があるんだよ」
先生、僕達選手一同はぁスポーツマンシップに乗っ取り、正々堂々戦う事を誓いまぁす(うろ覚え)
「つまんない裕太なんか嫌いだ」
「昨日の夜と言い今と言い、お前俺に何もとめてるんだ…?」
「新たな萌と言う名の欲求を満たすもの」
そろそろの言葉の風向きが怪しくなってきたのを感じたは、「さぁそろそろ仕事に戻ろうか」と腕を引いた。
【好みのタイプ】
「今なんと仰いました?」
「だから、ちゃんの好みのタイプ教えて?」
実はちゃんと聞こえていたのだが、あまりにも衝撃的な質問の為あえて聞こえてない振りをしたのに、
ジローは小さく首を傾げると、可愛さを武器にもう一度尋ねて来た。
「何、突然…って言うかTPOをわきまえようよ」
ここが修学旅行の夜で、部屋で枕を抱えながら話しているならあまんじて答えよう。
だがここは真昼間な上に全校の選手一同が集まってランニングや柔軟をしようと言う雰囲気である。
何に血迷ってそんな事に答えなければならないのか、
と言う意味合いも含めてが言うと、ジローは「んー?」と考える仕草をした。
「TPOって、何?」
「TはTime、つまり時間。PはPlace、場所。OはOccasion、場合。ようするに時と場所と場合をわきまえて発言してくださいという事」
「だって俺気になるもん」
もんってアンタ、いい年した男がかわいこぶるな(中学生です)、
と言いたい所だが、ジローの可愛さはそんな突っ込みすら入れさせてくれないものがあって、彼の勢いにはたじろぐ。
「昨日の夜、ちゃんが食堂で不二君の弟に好きって言ってたでしょ?
だから、ちゃんの好きな人はどんな人なのかなぁ〜、って思って」
ちくしょう、の無責任な発言のせいで、何で私が火の粉を被らねばならんと眉根を寄せたは、
「黙秘権」と言うとつんとそっぽを向いて、そして固まった。
何ゆえ皆さんこちらを見てらっしゃるのでしょうか?
見ると、全校の生徒の注目を何故か一身に集めていて、その状態にが表情を凍らせると、すっと視線が逸れ、練習が再開される。
とは言っても先ほどとは違い明らかにこちらを意識していて、がますます困ると、
が「それぐらい答えればいいじゃん」と他人事のように横茶々を入れた。
この状況はアンタが招いたんでしょうが…ッ!
下唇を噛み切らん勢いで噛み締めていると、畳み掛けるようにジローが「それで?」と尋ねてくる。
は大きくため息を吐くと「そうだねぇ」と言って宙を仰いだ。
→回想(友人Aとの会話)
「お互い彼氏出来ないよねぇ」
「ちゃんは、理想が高すぎるのも原因の一つだよ」
「そうかなぁ…」
「んじゃあえて聞くけど、理想の男性は?「リョーマ」…それ人じゃないし」
回想終了
ここでリョーマの名前を挙げるのも無用心だよねぇとは考える。
第一姉が好みのタイプを聞かれて弟の名前を挙げるのはいくらなんでもナシだろう。
と、言うことは
「あえて言うなら、立海の幸村君と、氷帝の鳳君、山吹の南君に、六角の佐伯君かな」
「えー、俺じゃなくて鳳なのぉ?」
ブーと可愛らしくふてくされたジローに「ジローちゃんも好きだよ」と言うと、嬉しさの勢い余って、
やったーと飛び跳ねて抱きついてこようとしたジローを、どこからともなく現れた跡部が引き剥がして、これ以上ない程眉を潜めた。
「おい待ててめぇ、何で俺様の名前が挙がってこない」
「え…」
あからさまに困った顔をしたを見て、跡部のこめかみに青筋が浮かび、事もあろう事にはしれっと地雷を踏んだ。
「今上がった人は少なくともアンタとは間逆のタイプですよ、アホベ様」
「…氷帝…グラウンド五十周、その後鳳…俺様がじきじきに相手をしてやろう」
とんだとばっちりに長太郎が「え!?」と言って助けを求めるように宍戸を見たが、宍戸は諦めろと言わんばかりに首を横に振る。
「その後南、佐伯…全員俺様がぶっ倒してやる…フッ、幸村の野郎、入院していて正解だったな」
「跡部!例えこの場に不調の精市が居たとしても、精市は貴様等には負けん!」(それは無茶だが、忠誠心は天晴れだ)
噛み付くように言い返した真田とは対照的に、南は明らかに逃げ腰で居た。
「俺、体調悪くなってきたから休んで「逃げたら地の果てまで追いかけて引きずり出してやる」…千石、アップに付き合ってくれ」
「俺は全然構わないよ。跡部君と試合なんて中々出来るもんじゃないしね。それにしても、俺が候補にあがってくれるなんて嬉しいな」
爽やかに微笑む佐伯を睨みつける跡部は、どこからどう見ても好青年とチンピラだ。
その時点で候補から外れてることに何故気付かん、とが頬を引きつらせた横で、
はの袖を引くと「何であんなに跡部君怒ってるの?」と尋ねて来た。
は「あー」と言ってしばしの間時間を置くと、にっこりと笑って嘘八百を述べる。
「きっと世の中の女の子のタイプに、
自分が入ってないと言うことが信じられないんじゃないかな?」
「そっかぁ。何か千石君がたち悪くなった感じだね」
さらっと流したは、試合するならスコア表取ってくるとベンチを立ち上がって、
そんな会話が行われているとは知る由もない跡部は、ひぃひぃ言う部員に八つ当たりしながらグラウンドを走り始めていた。
□
跡部対の好みのタイプ候補達の試合は白熱を極めて、さすがに五十周走った後に三試合はきつかったのだろうか、
跡部は中々しんどそうにしていたがこそ知らないものの自業自得と言うものだ。
あてられた空き時間の時、がアシスタントを会議室に収集をかけたと聞いて、の胸を打っていた嫌な予感は見事に的中した。
「明日の夜、バーベキューと花火の前に肝試しをします。費用は問題ありません」
「は?」
それを聞いた途端固まったのはだけで、咲乃は「面白そう」と瞳を輝かせている朋香に流されてしまっているし、
一年トリオははなから戦力として期待していない上に、頼りになる杏ちゃんは「ナイスアイデアだわ!」と意気投合している。
「ちょっと待って、先生達の許可はとったの?」
「バッチリ」
「…跡部君は、何で許可したの?」
恨めし気な視線で見られた跡部は、まさかと肝試し出来るかも知れないと言う事に釣られたとは言えず、無言で視線を逸らした。
「真田君は!?何で自分所のマネージャー放し飼いにしてんのよ…ッ!
しっかり首輪繋いどけ――!」
居もしない真田に罵声を浴びせる程混乱しているに、
が「もう決まった事だもん」と言うと、は胸の前で両手をクロスして×を作る。
「嫌!絶対嫌!」
断固拒否することは、想定内だったが、さすがの
もここまで嫌がるとは思わなかったようで、
溜息を吐くと、「なんで嫌なの」と問うて来た。
とりあえず何かにつけて拒否しようと、は両手を叩いて声をあげる。
「費用がかさばるでしょ!」
「費用の問題はない、ってさっき説明したよね」
一瞬の間もなく返された返答にくっと言葉に詰まり、
必死に他の反対意見を押し通す理由を考えているに、は分かっている癖に尋ねて来た。
「 ちゃん、そんなに肝試し嫌?本物じゃないんだから、幽霊とか出てこないって」
「そう言う問題じゃなくて!」
思わず「そう言う問題じゃない」と言ってしまったが、「そう言う問題」なのだ。
いっそ潔く認めれば自分だけでも回避できたのに、の罠にまんまとはまってしまったに、は悲しそうに眉尻を下げる。
「じゃあ、みんなとの思い出作りが嫌なわけ?」
来た。
ヤツの本当の目的はこの問いに導く為だったのだ!
今更気付いてももう遅い――は諦め半分に肩を落とすと、小さな声でごにょごにょと呟く。
「うっ・・・それは違うけど・・・」
「じゃ、決定ね」
有無を言わさず決定されて、頭を抱えてしゃがみ込んだをよそに、
はクリスマスとお正月が一度に来たように顔を輝かせると、軽い足取りで会議室を後にした。
恐怖の肝試しまで、あと一日

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