「えっと、この箱の中に選手分のクジが入って居るらしいので順番に並んで引いて行って下さい。
ちなみに箱に入れる前にシャッフルしてあるので、他校の人ともペアを組む事になります」
「てめぇ、もうちょい笑顔で配れねぇのか。愛想もクソもねぇぞ」
「跡部君の顔でクソとか言わないで。これでも逃げないだけ偉いと思ってよ、ギリギリまで逃亡計画立ててたんだから」
ほれ、さっさと引け!と言わんばかりに箱を突き出すと、跡部は仏頂面のまま箱の中に手を突っ込んだ。
の指示で、アシスタント+リョーマが何故かクジの箱を持つはめになり、氷帝の横に並んでいる山吹にリョーマは箱を差し出している。
相変わらず視線も合わせてくれないのには、もう大分慣れた。
眠っているジローのオデコをペチペチと叩いて起こしたは、
寝ぼけ眼の彼の手に残った最後のクジを押し付けて、箱をテーブルの上に戻しに行く。
「あれ?」
一番に配り終わった為テーブルの周りには誰もいないのだが、ぽつんと二つ折りたたまれた紙が転がっている。
どこのクジだろう?と小首を傾げた時、青学のメンバーにクジを配っていたが「あ」と声を上げた。
「ねぇちゃん。そっちにクジない?こっち二枚足りない」
「丁度二個あるよ。青学の分だったんだ」
「それ、ちゃんとリョーマ君の分ね」
その時丁度箱を返しに来たリョーマに差し出すと、リョーマは無言で紙を取って、もクジを開く。
クジには極太のマジックで、でかでかと“3”と書かれてあって、
誰がペアだろうと辺りを見渡していたは、たまたま視界に入ったリョーマの紙にぎょっと目を見開いた。
よくよく自分とリョーマの分を凝視してみても、どう見たって同じ数字が書いてあるようにしか見えない――リョーマがペア!?
ちょっと待って!ただでさえ気まずいこの空気の中で十分間も暗闇を歩く訳ですか!?ムリ無理むり無理!
ひぃと恐怖に息を呑んだは、不意にあれ?と思って瞬くと、眉を潜める。
全部で七校、アシスタントは八人なのに、何故わざわざカチローと堀尾がペアでクジを配り、リョーマが借り出されたのか。
そして考えれば不自然なほどに、何故かこんな所に忘れられた二個のクジはとリョーマのもので、
たまたま同じ数字が書いてあるなんて話しが上手すぎるにも程がある。
まさか、と思ったは口端を引きつらせると
「じゃぁ順番に並んで下さい」と声をかけているにツカツカと歩み寄り、思い切り腕を引っ張ると口元を耳に寄せた。
「ちょっと、どう言うつもりよ!アンタ細工したでしょ!何で私とリョーマがペアなのよ!」
「いいじゃん。ひと夏の思い出と思えば」
良くない!
クジに細工したことを認める所か、開き直ってあっけらかんと事もなさ気に言ったの頭を、は容赦なく引っぱたいた。
「今リョーマと気まずいの!リョーマ私に怒ってるの!」
選手一同、コソコソと何やらもめているらしいとを見ていて、
は三番目にリョーマが並んでいるのを見ると、眩暈を抑えるようにこめかみに手をそえてを引っ張り、少し離れた場所まで移動する。
まくしたてるようにそこまで言って、はようやく事の次第に気付いたように「マジ?」と言うと「何で?」と尋ねて来た。
何でと尋ねられても、未だに何でリョーマが怒っているか分からないは、跡部との会話をそのまま伝えるしか術がない。
「嫌、それがよく分かんないんだけど。跡部君が言うには、私がリョーマの事を弟と言ったのがまずかったらしい」
「…それって、理由として十分なんじゃないの?」
「アンタまで分かる訳!?何よ!私が鈍いみたいじゃん!」
鈍いと言う訳ではなくて、多分その言葉の裏に隠れている事実は、にとって想像出来る範疇を超えているのだろうな
とが冷静に考えていた時、は「とにかく!」と言うと、「無理ったら無理!」と断言した。
「無理って言ったって、今更クジ引きなおすなんて出来ない訳だしさ。
もしかしたらリョーマと仲直り出来るかも知れないじゃん」
となると、一見失敗に見えたクジ作戦はある意味成功とも言えるかも知れない、
我ながら作戦に感動していた時、は「俺のペアは居ないの?」と言う千石の声に振り返る。
「最後の人はあたしです」
がそう言った瞬間、は「バカ――ッ!」と叫んで、軽く涙目でを睨みつけた。
「アンタと私のクジを交換すれば平和にすんだのに…ッ!」
「だって、ここであたしとリョーマが組んだとしたら、姉ちゃんリョーマとの仲直りの機会をなくす訳だよ?家に帰って気まずいままは嫌でしょ?」
もっともらしい事を言っているように見えるが、そもそものお前が仕組まなければよかった事を誰か言ってやってくれ…!
が切実にそう思っていると、は「ハイさっさと並ぶ」との背中を押して半ば強制的に並ばせ、
さり気なくとリョーマペアには他のメンバーと違う地図を配った上で自分は最前列に並んで、出発した。
「ちゃん、(リョーマとの仲直り)頑張ってね」
「あ、うん。も(せいぜい夜道に気をつけやがれ)」
【肝試し】
「…」
「……」
嫌――ッ!沈黙が怖い!と、は前を歩くリョーマの後ろでムンクの叫びのように両手で顔を押さえて歪ませた。
出発して早五分、最初の分かれ道を右に進むと、そこから先は見事に暗闇で、
リョーマの持っている懐中電灯が足元だけを照らしている中、二人分の足音だけが響いている。
だけどは心霊に対する恐怖よりもリョーマとの沈黙の方が怖いと思っていたのだが、
耳に入って来た低い小さな声の正体が分かった途端、声にならない悲鳴を上げて耳を塞いだ。
お経はやりすぎだろうがお前――!!
ありがちだが、基本に忠実なもの程怖いものはない。
オマケに今の時代にはありえない、カセットテープのようで、お経の中に僅かに入って居る雑音が恐怖を更に煽らせる。
道は狭く、肩寄せて歩いてようやく二人歩ける程度だろうか、鬱蒼と多い茂った木が星や月の灯りを遮っていて、吹いてくる風を冷たくした。
本物じゃないんだから、幽霊なんて出てこないって
幽霊なんて出てきても見えないんだから居ても居なくても関係ない。
ようするに幽霊が出て来そうな雰囲気がダメなんだ…ッ!
このまま引き換えそうか…一瞬邪な考えで意識が逸れたのがまずかったのか、
頬に当たった冷たいものに、は「ギャァアア!」と叫んでしゃがみ込んだ。
「もうだめだ!帰る!お家に帰る――!」
「…。それ、こんにゃく」
呆れたようなリョーマの声に、ゆっくりと顔を上げると、リョーマが持っている懐中電灯が照らしている先には、枝にぶら下がっているこんにゃく。
なんて古典的な…そしてそれに引っかかる私って…
が自分の情けなさに言葉をなくしていると、リョーマはこんにゃくを照らしていた光をに当てて、手を差し伸べた。
「ご丁寧に俺の身長じゃ触らないように吊ってある。だけ狙ってるんじゃない?」
「何で?皆通るじゃん、この道」
「…気付いてなかったんだ。制限時間二十分って事は、少なくとも片道十分って所でしょ。
俺達もう十五分は歩いてる。目的地に着かない上に、誰も俺達を追い越さないって事は他の人と道が違うって考えるのが一番だよね」
リョーマの手を取って立ち上がり、ようするに道に迷った?とが尋ねると、
彼は首を横に振って、にも見えるような位置に持ってきた地図を照らす。
「この地図、多分他の人と違う」
「…は?」
「この道、切原先輩が俺達の為に用意した道って事」
「が…?」
「クジだけじゃなくて、地図にも細工したんじゃない?」
あのガキ…ッ!
この場にが居れば、こんにゃくを投げつけてやるのに、とはわきわきと片手を動かして、はたと気付いた。
「リョーマ、クジに細工してある事気付いてたの?」
「クジを配るように言われた時から」
初っ端から気付いてたと言う事ですか、と口端を引きつらせるを見て、
リョーマは口元を緩めるように笑うと、地図を折りたたんでポケットの中にしまう。
「怖いなら言えばいいのに」
「だって、謝るにもリョーマ怒ってる原因も分からないし。原因も分からないのに謝るのは卑怯でしょ」
「…そう言う言い方も卑怯。ここで俺が怒ったままだったら、本当にただの弟じゃん」
この口ぶりはやはり“弟”発言を怒っていたと言う感じだが、どうしてそこまで固執するのかが未だによく分からない。
でも、そんな事さえどうでも良くなるほどリョーマと話せた事が嬉しくて、
目頭が熱くなるのを感じながら「卑怯でゴメン」と言って微笑むと、リョーマは「ん」と目を細めて懐中電灯を持ってない方の手を差し出した。
「?」
「手、俺から逃げないようにしっかり掴んでた方がよさそうだからね」
あえて言うなら、立海の幸村君と、氷帝の鳳君、山吹の南君に、六角の佐伯君かな
リョーマの脳裏に昨日のの言葉が過ぎっている等とは露とも知らず、
先ほど逃げ出そうとしていたのもバレてたのか、とが居心地悪そうに視線を逸らして、
「引き返そうとしてたのバレてたんだ」と正直に言うと、リョーマは大きな猫目で瞬いて小さく笑う――「そう言う事にしといてあげる」
手を重ねたら、リョーマの大きな手がの手を包んで、ぎゅっと指が絡まった。
とくん、とくん、と心臓が鳴って、泣きそうな位の幸せが胸に込み上げてくるのを噛み締める。
照れ隠しに「地図見なくていいの?」と言えば、「後は一本道みたいだから」と言葉が返って来て、
何気ないこの会話さえ、宝物のようにはそっと瞳を伏せた。
帰ったら、を一発殴るだけで勘弁してやろう

|