昔から、くさい台詞として、「僕が恋しいときは空を見上げて。僕も空を見上げているから」なんてのがあったけど。
あたしはあの言葉が嫌いだった。
君が恋しくて、空を見上げても、君はこの空の下にいないから。
どんなに空へ手を伸ばしても、例え空を飛べたとしても、あたしは君の元へ行けないから。
その言葉を聞くたび、胸がぎしりと軋む音が聞こえた。
まるで、同じ世界に――同じ空の下にいないことを、再確認させられているようで。
まるで、君と別の世界に生まれてきた自分。何も出来ない、無力な自分を思い知らされるようで。
でもね、今は。
「俺、空好きなんだ。どんなに遠く離れても、空を見上げればどっか通じてる気がしない?」
この空の下に存在できることが、とても嬉しい。
別々の道を歩いているとしても、同じ空の下に君がいるということが、とてつもなく嬉しい。
その嬉しさを感じている今が、とても愛おしい。
その日、廊下を歩く(ほぼスキップ状態)を見た人全員が、おかしいと思った。
ある人物は、「どうかしたのか」と聞いた。
「悪戯と賭と悪巧みってすごく素敵ですよね」
嬉々に満ちた笑顔を向けて、それだけ言って去っていったという。
「何か嬉しいことでもあったのか、」
それは、真田や立海のメンバーも同じだった。
普段からきゃっきゃとうるさいだが、今日は異様である。
スキップ+満面の笑み+テンションが高いときた。(いつもと同じように思えるが、違う)
「みんな、練習終わって合宿終わりじゃないから!忘れないでよ!」
「当たり前だろ、なんてったってバーベキューだぜ!?」
「その前に肝試しがあるでしょうが!あと、花火も!!」
肉食動物の多い立海レギュラーには、 バーベキュー>肝試し らしい。
「いっやぁ。楽しみ楽しみ」
語尾に音符つきで、今にも小躍りを始めそうな勢いだ。
「ほどほどにしておけ」
の悪巧みを察知したのか、柳が言うと、は笑顔のまま「だぁいじょうぶ」と言ってみせる。
「それが心配なんだ」
が去った後、真田が柳に続いてそう零した。
各校とアシスタントだけが集まった夜の空き地。
一番前には跡部とが立っており、樺地が準備をしてくれいる。
「詳しい話始めます!よく聞いてないと迷子になるよ!
肝試しのルールは超簡単!あたしが見つけたこの辺で一番電灯の少ない空き地を、制限時間20分内に通過して下さい。
多分思っているより長い道なので、ペアに一枚地図を配るんで、それ見て下さいね。
道は長いうえに入り組んでるので、絶対に地図を無くしたり、見ないで歩いたりとかしたら遭難しますから。
あ、言い忘れてた。森っぽい場所あるんで、特にその辺気を付けてください。
道を通過すると、目の前に階段があって、その上に鳥居があるんで、その階段を上って鳥居にある札を取ってきて下さい。
この時、札は地面においてあるので、踏まないように気を付けて。
その先はお寺とかないけど、森がありますから、絶対入らないようにしてください。
札を取ったら階段を下りて左に進んでいくと、拠点があるんで、そこで先生方に札を渡してください。
全員が集まったらバーベキュー、その後花火で写真撮影になります。
地図には拠点に行くまでの道をちゃんと書いてるので、地図見れば鳥居の場所も拠点の場所もわかると思います。
もちろん、トラップをいくつか仕掛けているので、気を付けてくださいね。
では、各校一列にならんでくじを引いてください」
跡部・樺地にも入ってもらって、全員が引き終わる。
1から順番に並んでもらって、20まで並び終えると、最後尾に千石が一人ぽつんと立っていた。
「俺ペアいないの?」
「最後の人はあたしです」
ラッキー!とガッツポーズを決める千石に苦笑してから、最前列に歩いていく。
「じゃあ、スタートしてください」
行く途中、リョーマとのペアを横目で見つけた。
二人に渡したのは、予定していたとおり、他の地図とは違うもの。
「ちゃん、頑張ってね」
「あ、うん。も」
は、もちろん何も気付いていなかった。
19組目のペアが出発してから、ストップウォッチでちょうど五分を測り、たちも出発する。
「行きましょうか」と歩き出したに、千石がストップをかける。
「待って、ちゃん。はい」
差し出された手を見つめたまま、は思考を巡らす。
あたしは企画者な訳だし、きちんと下見もして、もちろん夜も跡部とだけどちゃんと一回行ってみたし。
会議の時に”みんなでセットする”って言ったものの、結局はあたしと樺地君だけでセットして、
だから、トラップがどこにあるのかも知ってるし・・・
でもこのムードで「ごめんなさい、あたし別に怖くないから」とも言えないし。
それに、まったく怖くないわけでもないから・・・
千石の手を取る。
そういえば、確か先日もこんなことがあったな、と記憶が蘇る。
――「俺、ちゃんと話せてよかったよ」
あの時千石がどんな心境でそう言ったのかはわからなかったが、それでも、その言葉はの胸を嬉しさでいっぱいにした。
「千石さん、実は怖かったりしますか」
「なッ、そんなことは!ないこともないけど・・・」
頭を掻きながら、「困ったなぁ」と続けてそっぽを向く。
元の世界にいたとき、ちらりとでも見れるだけでいいと思っていたのに、こんなに近くにいることができて。
話して、また好きになって。なんて贅沢なんだろう、と後ろめたくなってくる。
「大丈夫。俺、ちゃんを護ってみせるからさ」
だけど、あなたがそう言ってくれるから、後でバチが来てもいいかな、って思えるんだよ。
「ちゃんの好きなタイプは?」
「ないですね」
切り出した質問を即答で答えられ、少し戸惑ったものの「どう言う意味?」と話を続けた。
「ないです。好きな物は好きですね。今まで好きになった人とか、共通点全くないですもん。
けど、あえて言うなら・・・ヘタレかな。ちゃんによくいわれます。ヘラヘラでへなへなでなよなよが好きだ、お前はって」
具体的な返答が返ってこず、焦ってしまう。
そんな自分がもどかしく、そして苛つく。
「この間さ、不二君――弟君に”好き”って言ってたけど、あれは?」
「友達の好きですよ。裕太からかうと面白いし」
安堵の溜息を吐く。
あの夜から、その言葉が脳裏をかすめて、心のもやが消えなかったのが、今解消された。
「そうだ、もう一つ。タイプって言うより、そういう人だといいな、って感じなんですけど。
”あたしに深く干渉してこない人”ですかね」
「干渉、しない?」
「干渉っていうか・・・何て言うんだろう?理解してくれてて、ちゃんと”あたし”をわかってて。
だからこそ、深入りしなくても、相手を活かせるっていうのかなぁ。」
そうこうしているうちに、鳥居の前まで着く。
階段から町を見下ろすと、東京にしては田舎の方なので、街灯がそこまで目立っていない。
けれど真っ暗ではなく、星明かりが町を照らしていた。
「俺、空好きなんだ。どんなに遠く離れても、空を見上げればどっか通じてる気がしない?」
唐突に千石にそう問いかけられ、は答えることを躊躇した。
はい、と答えるか、否か。結論に辿り着くと、口を開く。
「”昔”は、嫌いでした。だって、想っている人はこの空の下にいないかも知れない。
それに、勇気付けはその場しのぎみたいで、格好悪いから。」
元の世界で、どんなにあなたを想って空を見上げても、あなたは同じ空の下にはいなかった。
どんなに手を伸ばしても、あなたはこの世界にいない。
たとえあたしが空を飛べたとしても、あなたの元へ飛んでいくことはできない。
「だけど、今は好きです。”今”、この空の下で、あたしの大事な人たちがたくさん生活してるから。
もちろん、嫌いな人だっていますけど」
この空の下に、あなたはいる。
あたしにとって、大事な――立海のメンバーや、氷帝や。他のみんなだって――大事な人たちがいる。
この空の下に存在できることが、とても嬉しい。
別々の道を歩いているとしても、同じ空の下に君がいるということが、とてつもなく嬉しい。
その嬉しさを感じている今が、とても愛おしい。
拠点に着いた途端、赤也とブン太が寄ってきて手を掴み「待ちくたびれたぜ。さっさと飯食うぞ」とだけ言うと、
を引っ張って千石から遠ざける。
そのせいで、千石に何も言えずに離れてしまった。
「ほら、肉食え、肉」
どんどん皿に山盛りされていく肉(本当に肉しかない)と千石とをちらちら見ていると、赤也が頭を掴んでくる。
うぐっと変な声を出してみせれば、「肉食えって言ってんだろ」と不機嫌そうな顔をした。
え、何?ヤキモチ?ツンデレ風ヤキモチですか?!
「飯持ってきてやったぞ」
気を遣ってくれたのか、ブン太がご飯をよそってくれた。
ぞくぞくと立海メンバーが集まってきて、にちょっかいをかけながら、肉をかっさらっていく。
「、楽しみにしとったじゃろ、爆竹」
「ロケット花火だから!爆竹とかできないから!!!」
のツッコミをスルーして、ポケットからロケット花火を取り出す。
それに続いて、柳生もどこから持ってきたのか数本の線香花火を出して、に渡した。
「それと、線香花火も持ってきましたよ。乙女は好きですからね」
「え、なんで乙女って言ったの?別にそこ女性でいいよね?紳士だから女性でいいよね?!」
「・・・、少し落ち着け」
だんだんきついツッコミになっていくを、柳が止める。
「花火のセットが一応は各校に一セット配られたが、いくつかあまりが出たので、早い者勝ちということになった。
真田が配られるセットをもらいに行って、丸井と赤也がお前を出迎えに行っている間、俺たちで出来るだけ量を取ってきた。
お前がすごく楽しみにしていたからな。」
朝から機嫌がよかったのは、もちろんとリョーマの事もあったが、一番は花火だった。
きゃーきゃーいいながら、みんなと花火ができるのを、とても楽しみにしていた。
「よくわかったね」
関心したように言えば、「お前はわかりやすいようで、わかりにくいから困る」と顔をしかめられる。
ジャッカルは蛇花火を二個ほど。(蛇花火をしたことがなかったので、すごく嬉しい)
柳は、癇癪玉を取ってきてくれた。(癇癪玉は踏んだり物をあてたりすると音がなるそうだ。)
ボスッ、と頭の上に重力がかかったかと思えば、真田が花火セットを持ってきてくれたようだ。
「うっし!まず最初にこのミニダイナマイトして、そのあと蛇花火して、他の小さい花火するでしょ。
それで、連続でロケット花火した後に、癇癪玉で遊んで、最後に線香花火で誰が一番長く保てるか競争ね!」
の線香花火の火がぽとり、と落ちて、全員終了した。
最後まで勝ち残ったのはやはりで、ほとんどが十秒もせずに落としてしまっていた。
花火のカスでいっぱいの水入りバケツを持って、集合場所へ向かう。
もうそろそろ、集合時間だ。
「集合写真は後でちゃんと各校に配る予定じゃ。ほれ、さっさとならばんか」
スミレが写真を撮ってくれて、三枚程度で写真撮影は終わる。
は焦げ臭いバケツを、大事そうに抱えた。
――花火一つひとつが、あたしの大切な思い出。あたしがここにいた証し。
いつこの世界を去るか、わからない。
だからといって手がかりを掴もうとは全く思わないし、知らない方がいいとも思う。
いつでも精一杯楽しんで、帰るとき、やっぱり来てよかったと、そう思いたい。
初めてこの世界に来たときのこと、赤也と喧嘩したこと、みんなにバレてしまったこと。
亜久津や、他の人たちとの出会い。
千石との会話、みんなで食べたバーベキュー――そして、花火。
全部、ぜんぶ。
一つも忘れずに、あたしの心の中に残り、元の世界で思い出せますように
