閉会式も終わり、各個人で挨拶に回っていると、がカツカツとこちらに歩み寄ってくる。
軽く片手を挙げるが、は眉間に皺を寄せたまま押し寄せ、ガツン、と鉄拳が落ちてきた。

「あんたどういうこと!?」
「あれ、リョーマ君と仲直りできなかった?」

「いや、それは・・・できた、けど・・・」
「ならいいじゃん。結果よければすべてよし、っつぅことで。
今度は関東大会だね。ちゃんはマネジじゃないから来ないの?」

「そう、ね・・・幸村君の手術に立ち会おうかなって思ってる」

の言葉に、はきょとんと瞬く。
「リョーマの応援に行かないで、ユッキーの所に行くの?」


意外そうなの言葉では苦笑を零して、
玄関先で荷物を背負っているリョーマを尻目に瞳を伏せた。
「リョーマには、青学のみんなが居るでしょ?
でも、幸村君の手術には真田君達は間に合わないから、一人にしたくないの。あの人を」

「そっか・・・ちゃんの分までちゃんとリョーマの試合みとくよ。また連絡するわ。じゃ、また」

一方的に話を進めていき、結局最初の質問には答えなかったことを不満に思っているのか、
戸惑いながらも、の差し出した手を取り、は「うん、また」と返事をする。

「肝試しの事は、あたしの勝手なおせっかい。”姉ちゃん”ってばいっつも引目だからさ」

わざと姉ちゃんを強調して、悪戯っぽい笑みを見せる。
は驚いた顔をしたが、すぐに困ったように微笑し、「今回のことは許してあげるよ」との頭を撫でた。



「裕太!」
周助にちょっかいをかけられていたのか、珍しく二人で話している最中だった。
名前を呼べば、気付いたのか、周助は「じゃあ」と裕太に言うと去っていく。

「よ、
「おっす、裕太」

実際のところ、合宿中は赤也といることより、裕太といることの方が多かった。
今度会うのはいつだろう。ルドルフは都大会落ちで関東大会には出場していない。

「裕太。」
「なんだ?」

「今度会うときは――」

言葉を探している。関東大会で、とも言えないし、練習頑張って強くなって、とも言えない。
あたしは、いつ帰るかもわからないし、余計なおせっかいを言っていい立場でもない。

「・・・今度会うときは、ちゃんと”新たな萌と言う名の欲求を満たすもの”になっててよね。
会ったとき、あたしがつまんなかったら、裕太いじりまわしてあげるから」
「はッ!?」

「なぁんてね。また、会おうね」
「あ、あぁ」

――また、会おうね


今は、それだけしか言えなかった。
何か言おうと口を開いた裕太と、真田の「、もうそろそろバスにのるぞ」と言う声が重なり、続きが聞けなかった。

「じゃあね」
「おう」

くしゃり、と髪を撫でられ、その手の温かさに心が温もった。






















二勝二敗。
関東大会決勝戦の立海大付属中対青春学園の今のところの試合結果である。

勝ちにこだわることは知っていた。
部内での練習試合や、トーナメント戦でも、特にレギュラーは勝ちに固執しているのを知っている。

けれど、こんなやりかたいいのか。

くっと、出かけた言葉を必死に押し込め、ブン太にすがりついた。


同情は、逆に人を傷つける。
だから、ダブルス1と2が勝ったとき、あえてよろこんだ。
には申し訳ないが、ここで「ごめんね、青学のみんな」なんて言えば、もっとは怒るだろうから。


こんなの、ないよ。

「こんなのッ」



柳が乾に負けたとき、真田は柳をビンタしようとした。
赤也が止めたが、あの時止めなかったら、真田は躊躇せずにしていただろうと思う。

元の世界でも、真田のビンタは好評だったけど、目の前でされるとそれは違う。

真田は――立海は、勝ちに固執してる。
それは、幸村がいるからかもしれないけど、やっぱり固執してることに変わりはない。

そんなに勝ちはいいものなのか。そんなに優勝はあなたたちのためになるのか。



赤也は、不二の目を狙った。
脳しんとうを起こした不二は、一時的に視力を失い、勝った。

視力を失ったが、極限状態に達したため、神経が研ぎ澄まされ、勝つことができた。
無我の境地で集中力をすべて使い果たした赤也は、今だベンチで寝ている。


赤也の試合は、知っていた。
赤也のプレイスタイルや、性格や、好きな物や嫌いな物、すべて知っているつもりだった。

だからこそ、不二戦を見るのは辛かった。
いつも近くにいるみんなが、今日は別人のように感じる。



ぎゅっとブン太の袖を握ると、その手の上にブン太が手を重ねる。
勝ち・優勝への固執、わかっているつもりだったからこそ、苦しくて押しつぶされそうな心、いつもとは違うという違和感。

「し、試合は・・・試合はどうなった?!」

飛び起きた赤也にレギュラーが駆け寄って、まだ寝ているように指示するが聞こうとしない。

「お前の負けだ、赤也」

振り向きもせずに、いつも通りの低い低音で告げられた言葉を、飲み込めていない赤也に
「結果は5-7」
と続けた。

ベンチを押して柵を越え、真田の前に立つ。

「真田副部長ッ!俺を・・・俺を殴っ・・・」
「座っていろ」

殴るのは、どちらも痛い。だからこそ、真田は殴っていたのかもしれない。
それならば、殴ってももらえなかった赤也は、どれだけ辛いのだろう。

握っていた裾を、もっと強く握った。

泣くな、まだ泣くな。

彼らは、負けてしまう。
関東大会準優勝という肩書きが与えられ、結局全国三連覇は果たされないことを、知っている。

まるで魂が抜けたように、ただ立ち尽くしている赤也の元へ走って、赤也の手を引く。



、俺・・・俺、また負けちまった」

ベンチに座らせると、俯いたままそう言っての手を強く握る。
握られた手はすごく痛くて、折れてしまいそうだった。

なのに、今この手を離してしまえば赤也が壊れてしまいそうな気がして、痛みを耐える。

大丈夫、真田は勝つから。

そんなこと、言えない。
後の結末を知っているから、だから、言えない。

くっと下唇を噛んで、赤也の背中に腕を回した。




















二勝、三敗。
最後のリョーマのCoolドライブが見事決まり、青学は関東大会優勝を果たした。


立海大付属中は、再び挑戦者として全国優勝を勝ち取ることを決意し、準優勝の賞状をもらわなかった。
「優勝以外に価値はない」と切り捨てた真田のせいで、が後でもらいに行くはめになってしまった。


遅い!」
「お前何持ってんだよ・・・ってお前コレ賞状じゃん!?真田に見つかったら怒られるぞ!?」

「いいんだよ。怒られても」

だって、みんな頑張ったじゃん。
悔しかった柳や赤也や真田も、最後まで粘って勝った四人も、優勝だけを求め、勝ちに固執したみんなも。
全部、この賞状が思い出させてくれるから。

「だからあたしがずっと持ってるっ」

ため込んでいた涙と悔しさとが、すべて溢れ出してくる。

何泣いてんだよ」

優しく撫でてくれる手は、いつもと同じだった。
いつものみんなの表情で、いつものみんなの雰囲気だった。

「だってみんなが負けたのに泣かないから、あたしが泣いてやってるんでしょッ」

ごしごしと袖で目を擦って涙を拭くが、一向に止まる気配はない。
ハンカチを出して、優しく目元を拭いてくれた紳士が、この時だけはすごく格好良く見えた。


「泣くなバカモン!」

聞き慣れた声が聞こえて、鼻をすすりながら見上げると、真田が目の前で仁王立ちしている。

「俺たちは負けたんだ。次の試合まで強くなる意外することはない!」

だから、泣くな


やっと止まりかけていた涙が、また溢れ出した。
不意打ちなんて、ずるい。

「真田の馬鹿ッ!ばかばかばかばかばーか!!ばかちん!」
「!?」

「真田なんか嫌い!せっかく人が真田が落ち込んでるんじゃないかって心配してやってたのに!」
「俺が落ち込むはずがないだろう!」

「そーですねッ!真田は心がないもんね!あんたなんか馬に蹴られて豆腐の角に頭ぶつけて死んじゃえ!」
「幼稚なことを言うな!」
「幼稚じゃないもん!馬鹿侍!」

周りを囲んでいるレギュラーは笑っているし、誰もこの二人の争いを止めることはできそうにない。

くすくす、と笑い声が聞こえてそちらを見れば、カメラを持った女の人が立っていた。
「あぁ、ごめんなさい。おかしくて。
立海大附属中の生徒さんよね。取材を申し込んでもいいかしら?」

艶やかに微笑んだ女性に、ほとんどは顔を背けて照れてるようだ。
やばい、今の顔のまま写真なんか撮れないよ!

「可愛い女の子ね。マネージャーかしら?」

に近寄って、真っ赤になった目を優しく撫でる。
なるほど、この人年下キラーなんだ!!

「いえ」

はい、と答えると思っていたので(というか、そう答えてもらわないと困る)、ビックリして真田を見上げる。
困ったようにを見ながら、の頭に手を置く。

「こいつはうちのペットです」

はぁあああ!?!?

「何言ってんの真田!あたし立派なマネージャーでしょ!?」
「お前みたいなのがマネージャーだと知られたら、他校になめられるだろう」

「あたしのどこが不満なのよ!!」
「幼稚なトコだ」

「幼稚言うな馬鹿侍!」
「侍いうな!」


ムッキー!と地団駄を踏んでいるを見て、再び女性が笑う。
まだ赤い目でキッっと睨み上げると、さすが元(本人曰く現在進行形らしいが)喧嘩女だけあって、さすがの真田もたじろぐ。

「ふんだ!真田がそういう言い分なら、あたしにだって考えがあるもんね!
この賞状あたしがもらうから!
それに、あたしもうマネージャーやめる!引き留めても絶対撤回しないから!!に二言はないよ!!


ッ真田なんか大ッ嫌いだぁぁああ!!」

誰にも止める隙を与えず、脱兎の如く駆け出す。
一方いい逃げされた真田は、唖然としたまま立ち尽くしており、女記者は笑いのつぼに入ったという。