合宿最後の夜はてんやわんやと過ぎて、結局が起きている間には帰ってこず(何せ立海の盛り上がりようは凄かった)、
朝起きればもう部屋から居なくなっていたに文句が言えたのは、閉会式が終わって各個人が挨拶まわりしていた時だった。
「あんたどう言う事!?」
しっかりと拳骨を落とす事も忘れずに詰め寄ると、は殴られた頭を摩りながら唇を尖らせる。
「あれ、リョーマ君と仲直りしなかった?」
そう言われると立場が弱く、「嫌、それは出来たけど…」と言うと、「ならいいじゃん」とあっけらかんと言われ、
何だか怒る気も失せてくると言うか、怒ってる自分が情けなくなると言うか――結局は諦めたように深いため息をついた。
「結果よければ全てよし、っつぅ事で。
今度は関東大会だね。ちゃんマネジじゃないから来ないの?」
元々正規のマネージャーではなく、合宿でのアシスタントと言う事だったので、
個人として大会を見に行く事は出来るのだが、は静かに首を横に振って行かない事を暗に示した。
「そう、ね…幸村君の手術に立ち会おうかなって思ってる」
きょとんと瞬いたは、「リョーマの所に行かないで、ユッキーの所に行くの?」
と心底意外そうに尋ねて来、は苦笑を零して、玄関先で荷物を背負ってるリョーマを尻目に瞳を伏せた。
「リョーマには、青学の皆が居るでしょ?でも、幸村君の手術には真田君達は間に合わないから」
暖かく微笑む儚い人
自分がここに居る事を始めて認めてくれた、大切な人
「一人にしたくないの、あの人を」
傍に居る事しか出来ないのは歯がゆいけど、傍に居る事しか出来ないのが現実で、
そんな中真田達が傍に居れないなら、自分が傍についていてあげたいとは切実に思う。
あったかいだろ?君は確かにここに居て、俺は確かに、ここに生きてる…ッ!
はそんなの表情を見て、「そっか」と目を細めた。
「ちゃんの分までちゃんとリョーマの試合を見とくよ。また連絡するわ。じゃ、また」
態よくあしらわれて、結局どう言うつもりであんな細工をしたのか聞き出せなかったが、
の事だからきっと何か理由があるのだろう、と思うことにしよう――半ば強制的に思考を中断させて、差し出されたの手を取る。
「うん、また」
そのまま去っていくかと思ったのだが、はニヤリと口端を持ち上げた。
「肝試しの事は、あたしの勝手なお節介。“姉ちゃん”ってばいっつも引け目だからさ」
“姉ちゃん”発言にドキッと心臓を高鳴らせたは、きょろきょろと回りに誰も居ないか確認して、ほっと安堵の息を吐く。
引け目と言う言葉に少し驚いて、眉尻を下げて笑ったはの頭を撫でた。
「今回の事は許してあげるよ」
方法は何にしろ、リョーマと仲直り出来たのはのお陰だと言う位、だって理解している。
手を振って別れると、は不二と裕太の所へ向かい、は荷物をバスに積んでいる観月の所へ向かった。
「観月さん」
「ああ越前さん、貴方ですか」
「おはようございます」と言うと、「おはようございます」と昨日とは打って変わった穏やかな声で挨拶を返され、
は緩やかに微笑むと「昨日は偉そうな事言ってスミマセンでした」と頭を下げる。
「いいえ、僕の方こそ失礼な物言いを」
「お節介ついでに、もう一つ言わせて貰っていいですか?」
観月は少し目を見開いたものの、「構いませんよ」と微笑んだ。
「データは、日々進化するものだと思います。
昨日1だった人が、10とまではいかなくても、1.5位は成長して、
成長したと思ったらちょっと立ち止まったり戻ったりして、それでも後で振り返ったら成長したてたんだなって思うんです。
私、落ち込んでいた時に母の友達に言われた事があります。
“未来”の為に“今”があるんじゃなくて、“今”の為に“未来”があるんだって――でも、正直その意味って今でもよく分からないんです。
だから私なりの解釈をしました。
もうこの日を越せないかも知れないと思う位死にたい夜があっても、
歯を食いしばってその日を乗り越えたら“明日”が来るから、ただ“今”を生きる事でも“未来”に繋がるんだろうなって。
頑張って生きていけば、もしかしたらこれから先過去を振り返った時に、
成長したんだなって思う時が来るかも知れない、そう思った時、過去の私は救われるかも知れない、そう思って私は今を乗り越えてます。
観月さん、“今”が全てじゃないんです。
“今”は“未来”に繋がる…人生だけじゃなくて、選手生命にも“未来”はあるんです」
ただ黙って聞いている観月の機嫌を今更うかがうのも変だな、と開き直ったは、言葉を続けた。
「選手の可能性を、決め付けないで、未来を見てみるのも新しい視点なんじゃないでしょうか?
それを考慮してみたら、もしかしたらもっと凄いシナリオが書けると思いません?観月さんのシナリオだって、まだまだ進化するんですよ!」
実はこれは跡部の受け売りでもある。
学園祭の王子様の観月EDで、樺地を褒めた観月に跡部は言っていた。
「そこだな、お前の悪い所は」
「え?」
「可能性を決め付けるな。人は成長する」
この世界で跡部が観月に言うかは分からないから、言わない時の保険として、伝えておきたかったのだ。
あえて茶目っ気をきかせて微笑んだは、
想像以上の無言の観月の圧力にうっと表情を固まらせる――全然笑い事じゃないのかも、怒られたらどうしよう
しかし観月は僅かに口元を緩ませると、「変な人ですね貴方は」と糸が切れたように上品に笑い出した。
「貴方とはこの合宿で初めてあったのに、まるで僕の事をずっと知ってたみたいだ」
嫌、実は知ってたんですけどね、とは言えず「あはは」と笑ったに、観月は肩をすくめる。
「貴方の第一印象は最悪でした。でも、貴方の言う通り確かにデータは進化していると言う事ですね。今の貴方の印象は風のようです」
「…風、ですか」
思ってもみなかった言葉にきょとんと瞬くと、観月は「ええ」と言って宙を仰いだ。
「古いものを流し去って、新しいものを運んできてくれる。
だからこそ、捕まえようと思っても無理なのでしょうね。捕まえてしまえば、それはもう風じゃない」
感傷的になってくれているのは嬉しいが、
さっぱり意味が分からないんですけど観月さん
とりあえず褒められているのかなぁと思ったが「ありがとうございます」と言うと、
事実褒められていたようで、観月は「いいえ」と微笑み返す。
「貴方とは今回の合宿で終わってしまうのが惜しいですね。是非また色々と話したいです」
「あ、押し付けがましいですけど、よければ携帯番号教えてくれませんか?私も観月さんとお話したいです」
「んふ、僕の声が好きだから、ですか?」
デタ――((゜∀゜;;))――ッ!!生“んふ”(使い回し)
「そうです、観月さんの声大好きです…ッ!」
是非今度賛美歌の方を聞かせて頂きたいんですけど、とか言ったら絶対怪しまれると思い、それは寸での所で言い留まった。
(観月の声優、石田○さんは歌を歌わない事で有名な声優さんなのだ!)
「好きと言われて悪い気はしませんね。声だけでなく僕自身も見「やぁ観月、いい天気だね」」
突然後ろからかかった声にびくぅっと体を揺らして首を巡らせると、佐伯が満面の笑みで立っていて、
観月が「え、ええ。いい天気ですね」と言うと、佐伯はにこにことに視線を向ける。
「そうだ。越前さん、よかったら携帯番号を教えてくれないかい?」
まるで朝の挨拶を交わすように簡単に言われ、が「え?」と尋ね返すと、佐伯はポケットから携帯を取り出した。
「よければ俺も越前さんとは色々話してみたいんだけど…俺の声は嫌いかな?」
「い、いいえ!大好きです…ッ!」
いつから話し聞いてたんだろう、と内心冷や汗交じりに思っているを他所に、
「よかった」と言うと、佐伯は「赤外線あるかい?」と尋ねてきて、何故か観月より先にアドレスを交換するハメになり、
あれよあれよと流されていると、「サエさん!出発だよ!」と言う剣太郎の声が響いて、佐伯は「じゃぁ」と片手を挙げた。
爽やかに去っていく佐伯を見て、「あれこそ風みたいって言うんじゃないですか?」とが観月に言うと、
「ある意味そうですね」と引きつった返事が返って来る。
「観月さん、そろそろウチも出るそうッスよ」
その衝撃で二人はしばらく固まっていたのだが、何時の間にバスに乗り込んだのか、
入り口から顔を出して言った裕太の声で我に返り、二人はいそいそと携帯番号を交換して別れた。
【帰宅】
バスに戻ると、どうやらが一番最後だったようで、
そろいもそろった面子に「スイマセン」と頭を下げてバスに乗り込んだは、目の前の光景にうんざりと頭を抱える。
「リョーマ様!帰りこそ隣に座っていいですか?」
「朋ちゃん、そろそろ座らないと先輩も来たし、出発…」
「あ。先輩」
まるで青学レギュラーに言うように視線を向けられたは、そのあまりの自然さに、我が目を疑うように瞬いた。
「今度は抜け駆けナシですよ。正々堂々ジャンケンで勝負しましょう」
さぁしましょう、今しましょう、と差し出された手に瞬き二回。
全然現状についていけないんですけど…と助けを求めるようにリョーマを見ると、
ニヤリと口端を持ち上げて笑ってから、窓の外に視線を移された――だから結局私にどうしろと?
「いきますよ――!出さんが負け文句なしッ!」
釣られて出すと、がグー、朋香がチョキ。
朋香は「あぁあ」と至極残念そうな顔をすると、気を取り直したようにびしっとに指を突きつけた。
「次は絶対負けませんから!」
「あ、うん…」
流されるままに頷いたは、朋香に背中を押されるようにリョーマの隣に座って、通路に荷物を置き、
スミレはそんな二人を見て口端を引っ掛けたように笑うと、「出発するよ」と言って自分の席についた。
バスが動き出すと、「酔い止め飲んだ?」とリョーマに聞かれて、はっとは目を見開く。
朝からをさがすのに忙しかったせいですっかり飲むのを忘れていることを思い出して、
が荷物を取ろうとした時、「あの」と控えめな声が聞こえて首を巡らせた。
「よかったらこれ飲みませんか?私には凄くよく効くんですけど…」
酔い止めを差し出しているのは咲乃で、「ありがとう」と受け取ると「どういたしまして」とふわり微笑みを返される。
水を取ろうとすると、リョーマが自分の水を差し出してくれて、貰おうとしたに「待ったぁ!」と朋香の声がかかった。
「リョーマ様の水はダメ!こっち飲んで下さい!」
「あ、スイマセン…」
何で謝ってるんだ私は?
その時携帯の着メロが鳴って、見ると、何故か同じバスに乗ってるはずの不二。
Form:周助君
件名:なし
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ライバルとして認識されたみたいだね
進歩したんじゃない? |
あ、そう言う事だったのか、とはその時やっと理解が追いつき、朋香から水を貰うと酔い止めを飲んだ。
(ライバル、か…)
好きな気持ちをなくすまで傍にいさせて欲しいと言うの気持ちが伝わったと言う事実に、心が温かくなる反面、
ぎゅっと心臓を掴まれたような痛みに気付かないふりをして、朋香に向き直る。
「ありがとう」
色んな気持ちをこめて言ったその言葉に、朋香が「どういたしまして」と答えてくれて、は微笑した。

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