ファミレスでメニューを開いたは、何を食べようかペラペラとページをめくりながら
「お好きなもの頼んで下さいね」と裕次郎に言うと、自分も真剣に目を走らせる。
ここは景気付けに豪華なものを食べるか、それとも安いのを食べて食後にデザートを食べるか。
真剣な表情をお金の心配をしていると勘違いしたのか、裕次郎はメニューに落としていた視線を持ち上げた。
「でも中学生のお小遣いなんてたかが知れてるだろ?」
「あ、その点は心配しないで下さい。自分で稼いだ金ですから!」
「やーが稼いだって…中学生でバイトか?」
「違うんです。夏休み始まってすぐ友達と大阪に旅行に行ったんですけどね、
その時ちょっとご飯豪華なもの食べたいねって言う事になって町内お祭りの喉自慢に出て賞金貰っちゃったんです。
パ――ッと遊んで、残りは山分けして、
それからは交通費とかでちょこちょこ使ったんですけど、合宿とかで遊ぶ暇もなかったんで、まだちょっと残ってるんですよ
だから、全然気にしなくて大丈夫です。私はデザートまで食べようと目論んでますから!裕次郎君もどうぞどうぞ」
じゃぁ遠慮なく、と裕次郎はメニューにしばらく向き合いハンバーグセットを、はオムライスと食後にコーヒーゼリーを頼んだ。
ウエイトレスさんが厨房に下がっていくと、裕次郎は「やーって変やっし」と笑う。
「変、ですか?」
まぁいきなり男相手に飛び蹴り食らわすのを目撃し(男は当然地面に沈んだ)、
部活でも飛び蹴りをしているのを見られ、不二のパニックに半泣き状態で「もう帰る」と叫んでいたのだ。変な女以外に何者でもない。
「わんらの試合。ラフゲームばっかやっし、普通嫌な試合だと思うだろ?」
「思いませんよ」
あっさりと返したに裕次郎は瞬いて、は「そうですね」と言うと、尋ねる。
「裕次郎君ってテニス好きですか?」
脈絡のない問いに裕次郎は一瞬黙り込むと「どうやんやー(どうだろう)」と答えて、パタパタと動き回っているウエイトレスへ視線を向けた。
「最初は木手の話しに興味があって入部しただけばぁよ。
そしたら早乙女…監督はスパルタやっし、ラフゲームの仕方ばっか覚えるやっし、でもやめようと思わんのはしちゅんぬかな(好きなのかな)」
「好きなものの勝ちにこだわりたいのって、当然なんじゃないですか?
でも、もし裕次郎君が自分のやり方で勝ちたいんなら、高校生になってからそのやり方を見つければいいですよ。
この前も、観月さんって言う聖ルドルフの選手と話したんですけど、選手生命って今が全てじゃないでしょ?
裕次郎君がテニスを好きなら、これから先いくらだって変われます」
ね?と言うと、裕次郎は「そんな事考えたくとぅなかったな」とポツリ零して、
丁度運ばれて来たハンバーグセットとオムレツを二人の前に前に並べたウエイトレスさんが去っていくと、
はフォークとナイフを裕次郎に手渡した。
「中学生って子どもだと思ってる大人って一杯居ますし、自分の考えを押し付けようとするものなんですよ。
自分の方が長く生きてきてるから、こうしてきた事が正しいんだって勝手に決め付けて、無理強いする人だって中には居るのが当然です。
だけど、他人の考え方は所詮他人の考え方じゃないですか。
百聞は一見にしかずじゃないですけど、他人の一言より、短い人生でも自分が経験してきた事の方がずっと価値がある事ですよ。
けど子どもなのには変わりないから、大人に反抗できないのは当然でしょ?
だから、ハイハイ分かりましたよーって聞いておいて、大人が口出し出来ないようになったら自分のしたい事をすればいいんです。
好きな事はそれまで続けられるから」
オムライスを口に入れると、ファミレスにしては中々美味しくて、
は裕次郎がこちらを見ているのにも気付かずにスプーンでオムライスをつつく。
「偉そうな事言ってるけど、私夢中になれるものって何にもなくてこの歳まで生きてきました。
部活にもこれといって入ってなかったですし、勉強もそんなに真剣にはやってませんし、恋とかも玉砕ばっかりでしたし
絵を描くとか、文章を書くとか好きな事はあるんですけど、何もかも中途半端で
だからこそ何かを好きって言えて、スパルタでもラフプレーでも、歯を食いしばって頑張れるのは、私から見るとキラキラ光ってますよ」
そこまで言って顔を上げて、一口食べただけでぼうとを見ている裕次郎に気付くと、
「美味しくなかったですか?」とてんで的外れな質問をした。
「やー、凄いな」
「へ?」
「わんとやー、今日初めて会ったハズなのに、全然そんな気がせんやっし」
裕次郎の言葉でまたやってしまったぜ、と我に返ったは背中に冷や汗が流れるのを感じる。
しかも思い切り年上だと推察出来る言葉を言ってしまった――聞き流してくれるといいけど
「やー、でーじ(マジで)わんと同じ歳あらに(だよな)?」
「あぁ…色々と事情がありまして、同じ歳なのは同じ歳です(身体は)」
これ以上触れてくれるなと言う意味合いをこめて言ったのが通じたのか、裕次郎は相槌を打つだけですましてくれて、
はやっと食事を再開した裕次郎を見てほっと息をつくと、オムライスに向き直って思いついたようにはっと顔を上げる。
「もし、もしですけど…裕次郎君がラフプレーなしで試合してみたいなら、一度してみませんか?
あ、私はテニスとか全然出来ないので、レギュラーで話が通る人になりますけど…」
とは言っても、こちらの事情を理解してくれて、尚且つ話を聞いてくれそうな人は一人しか思い浮かばない――怪しい賭けだ。
「でも全国大会前やっし。あったー(あいつら)も手の内を見せる訳にはいかんあんに」
「それはお互い様じゃないですか。純粋に試合を楽しむも、偵察するも裕次郎君次第です」
敵情視察のついでやっし、気にすんな
「そう言う言い方は卑怯やっし。ここでわんが偵察したら完璧悪役あんに」
「言い方が卑怯ってこの前弟にも言われました。でもまーそう言う事になりますね」
カラリと笑ったに、裕次郎も釣られるように口端を緩めた。
二人でひとしきり笑うと、「やってみるか」と晴れ晴れとした表情で言い、
は「じゃぁ選手確保してきます」と言って携帯を持ち立ち上がる。
「食べ途中にスミマセン」と言いながらいそいそとトイレに向かったの姿を視線で追いかけて、裕次郎は目を細めた。
「恋するのに時間は関係ない、なんてじゅん(本当)にあるんだな」
最初の飛び蹴りを見た時、呆気に取られ、どんな人物なのか興味が湧いて拾った生徒手帳は、たまたま自分の目的地だった。
そこに行くと、部員に飛び蹴りをかますわ、別の部員が暑さでおかしくなったのを見て半泣き状態で叫ぶわ、
面白そうなヤツだな程度にしか思わなかったが、誘われるままに何となく夕食を一緒に食べる事をOKして。
裕次郎君って、テニス好きですか?
スパルタでもラフプレーでも、歯を食いしばって頑張れるのは、私から見るとキラキラ光ってますよ
恋をするのに時間なんて関係ない、と言う言葉は大人が夢見た綺麗事だと思ってたのに、実際になってみると不思議と感覚は悪い気はしない。
もっと色んな顔を見てみたいなと、色んな事を話してみたいなと思う気持ちは早まるばかりで、
彼女が憂鬱顔で戻ってくるまで、裕次郎は気を紛らわすようにハンバーグをかきこんだ。
「お待たせしました。明日は部活がないそうなので、お昼二時位にコートに来ていいそうです。
副部長にも許可取りましたんで、伸び伸びプレーできますよ」
「やーも来るあんに?」
「もちろんですよ。私が提案者ですし、不二君と二人きりなんて、わが子を地獄に落とすようなものですから」
「…やー、苦労人だな」
「うわ!考えてたら寒気して来た!食べましょ」
【伝えたい、気持ち】
パクパクとオムライスを口に入れるを見ながら、裕次郎もハンバーグセットを平らげて、
二人して外に出るともう夜闇が深くなっている。
それを見て「遅くまで引き止めてスイマセン」と謝ったに、裕次郎は言葉を必死に探した挙句、「なあ」と切り出した。
「何ですか?」
「やーの歌、聴きたい」
「今からですか?」
「お、おう」
引き止める理由にはいささか弱かったか、と裕次郎が苦虫を噛むような表情をする中、
は時計を見ると「カラオケは無理ですけど、アカペラで一曲ぐらいなら…言っておきますけど、あんまり期待しないで下さいね」と笑った。
「ここじゃぁ目立ちますし、ちょっと歩いた所に公園があるのでそこに行きましょう」
七時を少し回った位の時間なので、今から公園に言って家に帰っても門限の八時には間に合う。
他愛ない会話をしながら公園に着くと、昼間の賑わっている雰囲気とは一変した、寂しい場所だった。
裕次郎はブランコ前にある柵に腰を下ろして、は「何を歌おうかな」と宙を見上げてしばらくすると、パチンと両手を叩く。
「私の凄く好きな歌でいいですか?沖縄の歌なんです」
「うちなーの歌?」
「はい。太陽(てぃーだ)の島って言う歌です」
「聞いたくとぅねーらんな(聞いた事ないな)、聞いてみたい」
それもそうだろう。
この歌は達の世界で裕次郎が歌っている歌だ――裕次郎の言葉には瞳を伏せて、口を開く
どくん、どくん、と裕次郎の心臓がいつもより高く鳴って、瞳に映る彼女が揺れた。
「お粗末様でした」と、歌い終わった彼女が頭を下げて、裕次郎ははっと我に返ると手を叩いた。
その様子をくすぐったそうに笑って見て、は呟くように言う。
「元気かい?無性に君に会いたくてって歌詞が凄く好きなんです。私も、会いたくてたまらなかったから」
夜寝る前に「会いたい」と願って、朝起きたら「会えなかった」とがっかりして、
日常生活のほんの一コマでも会いたいと思う気持ちは溢れた。
「会いたい気持ちに理由はないんです。
ただ、私が生きてるように、“貴方達”も生きてるんだって事を考えるのが救いだった」
ぽろりと涙が零れる。
言ってはダメだと思う気持ちと、それでも伝えたい気持ちがせめぎあって、はぎゅっと右手を胸の前で手を握る。
「貴方達がテニスが大好きなように、私はテニスをしてる貴方達が大好きなんです」
突然左腕を引かれたは、とんっと音をたてて裕次郎の胸に頬をぶつけた。
「泣くな」と言われて抱きしめられる。
「笑った所も、怒った所も、泣いた所も見たいと思った。でも、実際に泣くのを見ると嬉しくないあんに。
やーが泣く理由、わんには意味が分からん。やしが(だけど)、わんはやーに会えてよかった。
テニスを好きかと聞かれたのも、今は出来んくても、未来で好きにすればいいって言われたのも初めてやっし。
スパルタでもラフプレーでも歯を食いしばって頑張れるのはキラキラしてるなんて、考えた事もなかったあんに。
だから、わんはやーに会えてよかった。
やーもわんに会えてよかったって思ってくれるんなら、それだけで十分だ」
会いたくて会えた
偶然か必然かが重なって会えた
ああ――会えたんだ
暖かいのは傍に居る証、心臓の音は生きてる証
「私、貴方達に会えて嬉しいです」
「わんも、今は会えてたった半日やしが、やーに会えて嬉しい」
裕次郎は不思議と、普段の自分なら恥ずかしくて絶対に言えない言葉が、何故だか口から滑り出る。
今まで会えなかった時間を埋めたくて、今から会えない時間の分を大事にしたいからだろうか
どっちでもいい
後で思い出せば恥ずかしくなるだろうけれど、伝えたいと言う気持ちを大事にしたいから
君に一つでもいいから多くの思いを伝えよう
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