「全国って広いな」
「そうですね」

テニスバッグをかるった裕次郎と、少し腫れた頬を摩りながら二人は大通りを歩いていた。

休みの日に制服姿の二人はあまり街に馴染んではいないが、二人なのでとりたてて気にもせずにすみ、
ちょっと赤くなった頬を摩ったり突いて顔を歪めるを横目で見て、裕次郎は「やー、大丈夫か?」と尋ねて来た。


「平気です。周助君の少し過剰な愛情表現だと思えばこれ位…」
「部室でぬーがあったさ」



→回想
「休日出勤させて申し訳ありません」
「まったくだよ。今日はサボテンと一緒にゆっくり過ごす予定だったのに、お陰でアンニュイだな」

「嫌、アンニュイって何か周助君に似合わな…プッ…ってかサボテンと戯れる周助君ッい、
いひゃい(痛い)です、スイマセンッ!もうマジで絵になるって言うか、
最高ッスよサボテンと周助君!
「…分かればいいんだよ、分かれば」

回想終了



「思わず笑ってしまった私が悪いんです…でも、今からもう一度やり直せても私はきっと笑います
不二がアンニュイって――懲りずにどこか遠い目で空を見たに、裕次郎は苦笑を零す。


大体アンニュイはこっちだ、と内心ため息をつく

昨日は幸せな気分で帰って、夕食はいらないと言っておいた倫子さんには笑顔で迎えられた。

だが事南次郎氏は唾がかかる程詰め寄った挙句、「どこの男だ!俺より強いやつしか認めねーぞッ!」と大騒ぎをし、
(大体テニスでアンタに適うヤツはいないだろうと言ってやりたかった)しれっととチクッたリョーマは知らんふりだ。

普段はまったくお互いに干渉し合わないくせにこんな時だけ共同戦線とは、卑怯にも程がある。


まぁ、口には出せない苦労は色々あったが、

「裕次郎君が楽しそうにテニスしてたのを見れただけで、私は幸せでしたよ」
「でも、負けた」

「裕次郎君にとってラフゲームで勝った一勝よりも、楽しんで負けた事の方が価値があるならいいんじゃないですか?
それに、周助君も最初は機嫌悪さがありありと出てたのに、最後は楽しそうでしたよ…多分…」

到着時は絶対零度並みの猛吹雪だったのに、帰りはあっさりと引き上げていったのがその証拠だろう。
でも周助君が考えてる事って人間には理解不能だしな、
が性懲りもなく考えていた時、すれ違った人の携帯が鳴ってびくぅっと身体を浮かした。

「び、びっくりした…(周助君からメールが来たかと思った)」
「わんもやーで驚いた」

突然驚いた二人を道行く人は怪しい目で見、二人はドキドキと心臓付近を押さえたものの、顔を見合わせると噴出すように笑いあう。
「じゅん(本当)にいいぬか?買い物つき合わせて」
「全然構いませんよ。だけどあんまり出歩かないから、あまりいい店知らなくてスイマセン」

「わんはやーと居るだけでしに(とっても)嬉しいさー、それだけでいいあんに」


裕次郎のイメージとして、何か不器用そうと言うか、異性があまり得意そうではないイメージが大きかったけど、
こうやって一緒に話していると自然だし、一言一言も凄く優しい――跡部の時も思ったけど、会わなくちゃ分からない事ってたくさんあるんだな

そう思っていたは「あ」と声を上げると、鞄から携帯を取り出す。
「神奈川の友達なんですけど、しょっちゅう東京に遊びに来てるからいいお土産屋さん知ってるかも知れません」

「やーの友達?神奈川に居るぬか?」
「ハイ。トラブルメーカーなのがたまに傷なんですけど「なッ、真田と同じ事言うなぁあああ!!」そうそうこんな風に…え?」

声が聞こえた先を向いたは、何事かと視線が集中している先を見ると「ゲゲッ」と顔を歪める。
「凛」
「…と、跡部君に樺地君」


何ゆえと凛が一緒に居るのか、そして何故そこに跡部がプラスされているのか。
頭で考えるよりも先に、習慣と言うか癖と言うかつい身体が動いてしまい、
「暑苦しいんだよアホベ!」の部分で駆け出したは、が何か言い終わったと同時に後頭部にとび蹴りをかました。

「ぐっはッ!!」

突然身に起きた現象に驚き後頭部を押さえたは振り返り、怒りに身体を震わせているを見て瞬きを二回。
悪びれもなく「噂をすれば影が差す…」と言ったは怒鳴りつけた。

「また跡部君に絡んで!アンタいい加減学びなさいよ!ゴメンね、跡部君」


いつもだったらが止めに入っても、何故か更に激化する二人の論争が、今日に限って跡部は何も言い返さない。
それ所かの後ろを凝視したままピクリとも動かないので、どうかしたのかと首を巡らせたは、
後ろに裕次郎が立ってるのを見て彼が居た事を思いだすと、恥ずかしさに苦笑を零した。

「えっと、甲斐裕次郎君。裕次郎君、氷帝学園の跡部君」

お互い全国大会に出る事だし、と思い紹介したは、跡部が「裕次郎、君…」と呟いたのを見ると小首を傾げる。
何がおかしいのかがブッと噴出すと、跡部は「随分仲がよさそうじゃねぇか」と頬を引きつらせた。


「それはどうも」と言おうと思ったのだが、
跡部のただならぬ雰囲気になんと言葉を返せばいいのか分からなくなったに、はほくそ笑んで告げ口する。
「男連れとはなかなかの青春送ってるじゃねーか、アーン?って、アホベ様が言ってた」


それは跡部がに言った嫌味なのだが、そんないきさつを知らないはまともに受け取り、耳が熱くなるのを感じると、慌てて両手を振った。
「な・・・ッ!お、男連れって。裕次郎君とはそんなんじゃ・・・」


跡部の心境など露とも知らないは、その反応が返って跡部に矢を放っているとも知らないのとは反面、
矢が的確に跡部を射抜いている事を知っているはニヤリと微笑んだ。
「ゴメンね、アホベ様。あたしとちゃん今からダブルデートだから」



ダブルデート!?ぎょっと目を見開いたが否定をするよりも先に、跡部が倒れる。



「あたしに勝てるとでも思ったの?」と鼻高々に言うを他所に、は跡部に駆け寄ると「何で跡部君倒れたの?」とに尋ねた。
今日は昨日程暑くはないが、何せテニス部三人を壊れさせた猛暑なので、油断は出来ない。

だがはカラリと笑いながら、「ちゃんが裕次郎君と付き合ってると思ったんじゃない?」とあっさりと言い、
ようやく状況を飲み込めたは何故そんな事で跡部が倒れるのか理解できないまま「は?」と言うと
「ち、違うよ!」と跡部に伝えたが、生憎跡部は意識を失っていた――私と裕次郎君が付き合ってるなんて恐れ多い!


とりあえず跡部を抱えている樺地に「樺地君!跡部君が起きたら違うよって伝えておいてね!」と頼んだのだが、
しかしそれだけじゃ心配なので、一応樺地に跡部の携帯番号を聞くと、帰ってちゃんとメールしておこうと携帯を握り締める。


まぁこれが結果として跡部にとってラッキーな方向に進んだのだが、彼がそれに気付くのは意識を取り戻した後だ。


「さあ、中ボス・アホーベも倒したことだし、早速ダブルデートに…」
アホーベって何!?それにデートじゃないし!」

思いっきり否定するの後ろ姿を見て、顔を歪める裕次郎のわき腹を凛は突く。
「否定されとるあんに」
「うっせ、わじる(怒る)ぞ」

「やーが怒っても全然怖くないばぁよ」

クククと笑う凛を横目で睨みつけた裕次郎がテニスバッグを持っているのを見て、
樺地と彼に抱えられた跡部と別れて歩き出したの後ろを歩きながら、凛は「ぬーんち(何で)テニスバッグ持っとるんばぁよ」と尋ねた。


まさか凛と会うと思ってなかったと裕次郎はお互い顔を見合わせて、
は「裕次郎君にテニス教えてもらったの!」ととっさに嘘をつくと、が訝しげな顔で「ちゃんがテニス?」と眉根を寄せる。

いくら他人の身体とは言え、運動神経皆無ながテニスなんて教わるか?


「ぬーんち(何で)やまとんちゅ(本土)の人間にやーがテニス教えるばぁよ?大体、そいつ青学の生徒あんに」
「そう言うやーだって、立海の生徒連れてるだろ」

ピリピリっと走る電気に、はどうしたものかと肩をすくめた――お互い偵察先の生徒を連れてる事実には変わりない。


「わんがたー(誰)を連れててもやーには関係ないあんに」
「わんもたーにテニス教えようとやーには関係ない」


結局お互い深くは追求しないと言う方向に勝手に話しが進んだようで、ほっと安堵の息を吐いたは「あ、そうだ」と話題を逸らす。
「裕次郎君がね、お土産買いたいらしいんだけど、私あんまり店知らなくて…教えて貰える?」
「全然OK。残念だねぇ、早く合流してたら美味しいケーキ屋に行ってたのに」

「ケーキ!?いいなぁ、今度教えてよ」
「いいよ。ブンちゃんお勧めのケーキ屋だし、安いし、あたしのお気に入りだからね!」


裕次郎は少し羨ましい気持ちで凛を見た。
自分は彼女の好意に乗ったとは言え、野郎とテニスしていたと言うのに、女の子とケーキ屋だなんて

明日沖縄に帰る身としては、もう少しいい思い出を彼女と作りたかったなぁと思うのは年頃の男の子としてしょうがない事なのか

裕次郎がため息をついたとき、は首を巡らせて裕次郎を見ると、目を細めて笑った。
「迷惑じゃなかったら、ケーキ屋さんは裕次郎君が次来た時まで私も楽しみにしてますから、一緒に行きましょう?」


「おう」と裕次郎が驚きつつ返事を返すと、凛は呆気に取られたように口をパカリと開けて、裕次郎に耳打ちする。
「やー、昨日と今日でやるあんに」

凛の言葉に、のんきにこれ可愛いーと言いながら店の前でブレスレットを見ているを見た裕次郎は
「いんや」と言って首を横に振ると、がっくりと肩を落とす。
「多分、あぬひゃー(あいつ)たーにでもあんなんばぁよ」

「しんけん(マジ)?」
「しんけん。跡部ってヤツ見ただろ。あぬひゃーもしちゅん(好き)あんに」

「よくぞお分かりで」

突然会話に加わったに凛と裕次郎が驚くと、は「アホベ様は分かりやすいけどね」と言いチッチッチと指を横に振った。
「しかもアホベ様だけじゃないんだなぁコレが。私が知ってるだけでも後二人と、微妙なのが一人居るよ。
ウチの部長様と、氷帝のジローちゃんでしょ。微妙なのは諸事情により言えませんが」


どこぞの生意気ルーキーを思い出しながら言ったは、
くるりと踵を返すと去っていくと思われたのだが、「あ、もう一つ」と言うと凛と裕次郎を振り返る。


ちゃんは鈍い訳じゃなくて、そもそも自分が誰かに好かれてると言う事自体がありえないと思ってるからね、
気付いて貰うのは大変だよ〜、アホベ様見てたら分かると思うけど。ま、頑張って」

今度こそ去って行ってと一緒に店の品物を見だしたに、凛と裕次郎はほっとため息を零した。
「やーも前途多難そうだな。ちばれよ(頑張れよ)」
「…おう」

なにやら固い決意を決めたような凛の脇で、裕次郎は鞄をあさって財布を取り出すと、
の見ているブレスレットを手に取って会計へ行き、「わわ」と慌てたがその後を追いかける。


「そんなつもりで言ったんじゃないんですよッ!」
「気にすんな。わんがしたいだけばぁよ」


会計を済ませて渡した裕次郎を見て、はブレスレットを胸の前でぎゅっと握ると、泣きそうな顔で微笑んだ。
「一生の宝物にします」




【太陽のような人】




空港に見送りに来たは、木手と知念を見ると「おお」と思わず感嘆の声をあげて、を突いた――「何か迫力あるねぇ」
知念の背の高さと、木手の意味不明なリーゼントは想像していたよりはるかに印象深い。

「何で君達が見送りに来るんですか」
「…何か思い切り嫌そうな顔されてるんですけど、

「照れ隠しだって!」


何の根拠に基づいての発言なのかさっぱり分からない
プラス思考にも程があるだろ、とが思っていると「無駄にプラス思考ですね」と木手がの心境を代弁してくれた。

「あっはは、人生多少はプラス思考じゃないとやっていけませんって」
「本当に変な人だ」

うわー、木手って笑うんだ。手塚と真田の次位に笑顔が想像し難い男だったんだけど、と思ったは、木手の後ろに立っている知念を見上げる。

無駄にでかいな。

首痛くなるし、と後ろ首に手を添えたは「どうも」と言うと、
頭をペコリと下げられた――ターミネーターかお前はッ!(意味不明)

「あの、“I’ll be back”って言ってみてくれませんか?」
何言ってるのちゃん


真顔で突っ込まれたは「あ、嫌。ターミネーターみたいだなぁって思って」と言うと、あからさまに呆れた顔をされた。
「無意識に地雷踏む癖やめた方がいいよ。まぁ、故意に踏む私が言うなって話しだけど」

「どっちもどっちですよ」

更に真顔で木手に突っ込まれ、は「あはは」と乾いた笑みを浮かたのを見ると、木手はやれやれと言わんばかりに首を横に振る。
「類は友を呼ぶとはまさにこの事ですか。まるで姉妹みたいですね」

ぎくぅっと肩を浮かしたが「何言ってるんですか」と冗談交じりに肩を叩くと、軽く手があたった位の衝撃じゃない痛みに木手の表情が歪んだ。
「スミマセン…(この身体に)あまり慣れてないもので…」
「いえ、本土の人間のような軟弱な鍛え方は生憎してないものでしてね。狐につままれたようなものですよ」

ふ、と木手は笑ってみせるが、肩を摩りながらは説得力がない
が「木手、可愛い…」と怪しげな発言をポツリと零した時、仏頂面の凛と裕次郎が歩いて来て、べりっと木手から二人を引き離した。


「ぬーがしよると」
「別に何も。甲斐君も平古場君も本来の目的忘れてるんじゃないでしょうね。本土の人間と馴れ合いに来たんじゃないですよ」

木手の容赦ない言葉に、凛と裕次郎は顔を歪める――正論を言われたんじゃ勝ち目がない
しかし裕次郎はを見ると、目があって、口元を緩めた。

「成果はあった――わん、テニスしちゅん(好き)ばぁよ。だからこそ、やまとんちゅには負けん。
わん自身のテニスが出来るまで、テニス続ける。くにひゃー(こいつ)に教えてもらったばぁよ」


ちゃんと伝わったんだ、とも微笑かえす隣で、凛はに向き直る。
「わんはやーに会えてよかった。にふぇーでーびる(ありがとう)」
「私こそ、にふぇーでーびる」

凛のマネをしてつたないうちなーぐちで返したと凛、そして裕次郎とを見て、木手は「勝手にして下さい」と踵を返した。
「あの、あたし木手さんとも仲良くなりたいです!」
「俺は彼らみたいに甘くないですよ。本土の人間と馴れ合うつもりは更々ありません」

知念も木手に続いて、少し淋しそうな顔をしたの頭に凛は手を乗せて、不器用な笑みを浮かべる。
「メールする。またな」
「うん、あたしもするね」



は手につけたブレスレットを裕次郎に見せると、「ホントにありがとう」と緩やかに微笑んで、裕次郎の脳裏に昨夜の光景が過ぎった。


元気かい?無性に君に会いたくてって歌詞が凄く好きなんです。私も、会いたくてたまらなかったから

会いたい気持ちに理由はないんです。
ただ、私が生きてるように、“貴方達”も生きてるんだって事を考えるのが救いだった



歳の割りに言う事は凄く大人びてて、ふと見せる表情は裕次郎の胸を切なくさせる。
色々と事情があると言っていたが、その事情が何なのかはまったく想像できない裕次郎には何一つしてやる事が出来ないけれど、
何故だろうか、不意に彼女が消えてしまいそうな気がして、裕次郎は手繰り寄せようとした手を寸での所で止めた。

「やーがブレスレットが宝物って言ったあんに、わんはやーの言葉が宝物ばぁよ。
もし今度やーに会えた時、わんはやーに言いたい事がある。だから、かなんじ(絶対)また会える。

やーがわんと会えて満足しても、今度はわんが会いたいばぁよ」


笑った裕次郎の言葉に、は息を呑んで、ゆっくりと涙を流す。
「それまでにやー、その泣き虫なの治せ」
「…はい」

「電話もメールも、たくさんする。敬語や(は)なし。それから――」

何か言おうとした裕次郎の言葉を遮って、「そろそろ行きますよ!」と木手が向こうのロビーから声を上げると、
裕次郎は「コレやる」と自分の頭に被っていた帽子をの頭に乗せた。

「でも、これ裕次郎君の大切なものなんじゃ…ッ!」
「帽子なんかいくらでもあるばぁよ」

ひらひらと手を振った二人は木手の方に走っていく最中、裕次郎は振り返って口元に手をあて叫んだ。

「祐ちゃんって呼べ!」


祐ちゃんって呼んでもいいですか…ッ!


ロビー中の注目を集めて、うわぁっとが帽子を押さえて頬を朱に染める。


そう言う言い方卑怯やっし
そんな去り方卑怯だよ


「またね!祐ちゃん!」


負けない位大きな声で叫んだは涙を拭うと、彼の背中が見えなくなるまでと一緒に手を振った。


私はこの出会いをずっと忘れない。
沖縄から来た人は、まるで太陽のように私の心を照らす、眩しくて、温かい人でした。