――「俺、のこと好きだ」
朝目覚めて思い出したのは、赤也のあの苦しそうな言葉。
まだ熱が残っている感覚する唇を、指でなぞり、もう一度瞳を閉じた。
――『俺は赤也の妹じゃなくて、“”に言ってんだ』
――「大丈夫。俺、ちゃんを護ってみせるからさ」
思い浮かぶのは、ブン太と千石の声。
赤也に告白された時、妹さんにいっているんじゃないか、と思った。
けれど、赤也はあたしだってことをしっているし、それは絶対に有り得ないこともわかっていた。
自分は異世界から来た。
どんなことがあっても、この世界の人に恋をしてはならない。
だって、あたしはいずれこの世界を去る者だから。あたしは、ずっとこの世界にいてはならないから。
そう思っていたから、ブン太や千石が何を言っても自惚れせずにすんだのに。
赤也、アンタは。
――「俺、のこと好きだ」
赤也は大好き。
あの声も、あのうねった髪も、子供みたいな所も。
だからこそ、あたしは赤也に返事を返しちゃいけない。
返事を返してしまえば、それだけに束縛されて、したいことができなくなってしまうから。
あたしは、まだ――
「え、平古場さんだけ?」
「あぁ。なんか裕次郎は青学の子と用事があるって、知念と永四郎は他の学校の偵察に行ったばぁよ」
なんか不満か、と顔をしかめた凛は、昨日とは態度が違う気がする。
「平古場さんケーキ好きですか?」
「嫌いじゃないさぁ」(嫌いじゃない)
「じゃあケーキ屋さん行きましょう!東京にめっちゃくちゃおいしいとこあるんですよ!!」
思い立ったらすぐ行動!
凛の腕を引きながら、以前亜久津と行ったケーキ屋さんへと向かった。
凛はショートケーキ(かわいいッ)、はチョコレートケーキ(定番)を買って、店内で食べることにする。
安い割においしくて、以来のお気に入りのお店の一つだ。
「やー、下の名前ぬーんでぃあびんだ」(お前、下の名前何て言うんだ)
「です」
「・・・」
「はい」
「わん、これからやーのこと下の名前で呼ぶ」
語尾の方は殆ど何て言っているのかわからないので、ほぼ勘で解釈して返答している。
下の名前で呼ぶ、と言われ、はきらきらと目を輝かせた。
「じゃっ、じゃあ!あたしもリンリンって呼んでいいですか?!」
「リンリン!?・・・ヘンナー呼び方やっさ。初めて言われた」(リンリン!?・・・変な呼び方だな。初めて言われた)
「じゃあ、凛さんは?」
「別に。いいやっし。」
は、くぅっと幸せを噛みしめ、ケーキを頬張る。
「そうだ!メアド教えて下さい!」
「おう」
もぐもぐしながら、携帯を取り出して、赤外線で連絡先を交換した。
ペアのネックレス(凛が買いたいと騒ぎ出した)と、おそろいのシャーペン(が買いたいと提案した)を買い、
あとは凛の家族へのおみあげを買うだけだった。
「凛さんの髪って綺麗ですねぇ」
「やーだけぞ。じちぇー、メーナチ酢で洗っちょるんだ」(お前だけだぞ。実は、毎日酢で洗ってるんだ)
「え!?うっそお!!」
「ゆくし」(嘘)
にっしっし、と笑う凛の横で、はがくりと肩を落とす。
すると突然目の前に影が現れ、上を向くとそこには――
「げッ!アホベ!!」
「よぉ。男連れとはなかなかの青春送ってんじゃねーか」
「凛さんは彼氏じゃないの!だいだい、あんたも樺地君連れとはなかなかの青春送ってんじゃん!」
「・・・お前相変わらずのいい度胸だな、アーン?」
「何、喧嘩売る気?」
「お前が先に売ってきてるんだろーが」
跡部を睨みながら、凛に忠告(?)する。
「凛さん!こいつに近寄ったら泣きボクロができてナルシストになっちゃうから近寄らないで!」
しかし、当の凛は二人の会話に爆笑していて、まったく聞いていない。
「アホベ!今日こそ決着つけたる!!」
「ふん。俺に勝てるとでも思ってんのか?」
「あったりまえじゃん!あんたなんかぼっこぼこのぎったんぎったんにしてやるんだから!!」
「お前・・・幼稚って言われたことないか?」
「なッ!真田とおんなじ事言うなぁああ!!」
ぎゃあぎゃあと騒がしいの発言と、跡部のナルシストな発言、どちらもつぼに入って、凛は笑いすぎでひぃひぃ言っている。
「暑苦しいんだよアホベ!アンタなんかッ・・・ちゃんに嫌われちゃえ!!」
「ッ!」
「ぐっはッ!!」
跡部がひるんだ瞬間、更なる攻撃をしかけようとしたに容赦ない跳び蹴りが襲う。
蹴られた後頭部を押さえて首を巡らせると、わなわなと怒りで震えてるを瞳に映した。
「噂をすれば影が差す・・・」
「また跡部君に絡んで!アンタいい加減学びなさいよ!ごめんね、跡部君」
謝ったは跡部が自分の後ろを凝視して動かない事に気付くと、
跡部の視線の先を追って「ああ」と一歩下がって裕次郎の隣に並び、(跡部から見て)幸せそうに微笑んだ。
「えっと、甲斐裕次郎君。裕次郎君、氷帝学園の跡部君」
裕次郎
がブッと吹き出して、跡部はピシィっと固まり「随分仲が良さそうじゃねぇか」と口端を引きつらせる。
「男連れとはなかなかの青春送ってるじゃねーか、アーン?って、アホベ様が言ってた」
「な・・・ッ!お、男連れって。裕次郎君とはそんなんじゃ・・・」
かぁぁっと頬を染めたの反応が、
跡部の心臓を矢のように射抜いたのをは横目で見、ニヤリと口端を上げる。
「ごめんね、アホベ様。あたしとちゃん今からダブルデートだから」
の言葉を理解するまでに十秒、そして倒れるまでに五秒かかった。
倒れた跡部にきゃっはっはと指さして笑い、「あたしに勝てるとでも思ったの?」と先程言われた言葉をそっくりそのまま返す。
「跡部君何で倒れたの?」
「ちゃんが裕次郎君と付き合ってるって思ったんじゃない?」
「ちッ、違うよ!樺地君!跡部君が起きたら違うよってちゃんと伝えておいてね!」
「・・・ウス」
「さあ。中ボス・アホーベも倒したことだし、早速ダブルデートに・・・」
「アホーベってなに!?それにデートじゃないし!」
のツッコミは意図的に無視して、さっさとその場を離れることにした。
楽しい楽しいダブルデートを終え(は最後までデートじゃないと言い張った)、
はしなければならないことをするため、赤也の部屋をノックする。
返事も待たずに部屋の中に入って、驚いている赤也の元にスタスタと歩いていく。
「赤也のこと、好きだよ。
でも、彼女になろうとかそういうことはまったくない。
あたしはこの世界でしたいことがいっぱいあるから、彼氏彼女って言う束縛に縛られたくないの。
だって、あたしが彼女になったら、赤也はいっつも嫉妬することになるでしょ?それって疲れない?
あたしは前にも言ったように干渉されたり束縛されるの嫌いだから、そういうこと考えずにみんなと接する。
そうなったとき、赤也はあたしを恨むでしょ?あたしは、それが嫌なの。
だからっていって、あたしは赤也を遠ざけたりしない。赤也のこと好きだもん。
今まで通り接するから、赤也も今まで通り接して。
あたしが言いたいのは、それだけ」
言いたいことは言い切った。
あとは赤也の返事を待つだけ。
「そっか」
顔を上げた赤也は、いつもと同じ笑顔でを見る。
「わかった。
けど、俺は諦めないから。今さら諦めろとか、もう遅いぜ。
お前が俺と付き合ってくれるまで、どんだけでもアピールする。
今んところはそれで収めとく。だから、お前も”諦めろ”とか言うなよ」
ニヤッと笑った赤也に、も笑った。

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