「ねぇ、さっきから怪しいんだけど」
リョーマの言葉にびくぅっと身体を浮かせたは背中に荷物を隠して「あはは」と笑うと、後ろ足に一歩、二歩と階段を上って行く。
やがてリョーマからの姿が見えなくなった途端、
廊下をダダダと駆ける音が聞こえて来たかと思うと、弾けるようにドアが閉まり、その音が聞こえた南次郎がひょこっと顔を出した。
「学校から帰ってずっとあの調子だろ?どうしたんだ」
「さぁ・・・?」
一方リョーマと南次郎がそろって首を傾げて居る等とは知りもしないは、
ドアを閉めた後ズルズルとしゃがみ込むと頭を抑え、まるでこの世の終わりのように呟く――「も、もうダメだ」
→回想
「氷帝学園の創立祭?それはめでたいですね」
「ええ、所で大阪ののど自慢に出場された際、たまたま出張で通りかかってですね、
是非とも貴方方に我が創立祭に出ていただきたいと、とても感動したのですが・・・」
「お断り致します。大体、どうして私がここの生徒って分かったんですか?」
「のど自慢の書類を見せて頂いたのですよ、ご丁寧に住所から何までビッシリと書いてありましたね。
私は是非とも貴方方に創立祭を彩ってもらいたい、学校で頼んでも無理なら家でご両親にお願いしてでも「分かりました」」
回想終了
拝啓、のど自慢実行委員の皆さま、プライバシーの侵害と言う言葉をご存じでしょうか?
そして氷帝よ、生徒会長が生徒会長なら理事長も理事長だなぁオイ。
お前ン所の学校はアレか?「他人の意見を聞く」とか「自重する」とかそう言う言葉は無いのか?校訓にしろよ校訓。
「でも自宅に尋ねられたりしてみろ。歌嫌いの越前さんが何でのど自慢?って話になるだろ。
だからと言ってひょこひょこステージに出たりしてみろ、とんださらし者だぜ」(混乱中)
ブツブツと呟いたは、ポケット電話から携帯電話を取り出すと、
の電話番号を引っ張り出して通話ボタンに手をかけたまま動きを止める。
横目で荷物を見ると、覚悟を決めたように通話ボタンを押した。
【伝えられない言葉】
「いいねぇこう言うの!一回してみたかったんだよ、ねぇねぇ似合う?」
くるりと回って両手を広げたは、真っ黒なスカートの裾を握ると、挨拶を交わすレディーのようにおしとやかに足を曲げた。
その服がゴシック系でなければさぞ絵画の一枚になっていた事だろう――こんな格好をしている自分を見たら、切原さん卒倒するだろうな
前髪にスプレーで軽く青のメッシュなんて入れてるは、もう完璧にバンド「Gather」の一員になりきっていて、
部活生の視線など気にもとめずにウキウキと門をくぐっていく。
今日は打ち合わせと言えど、気は抜けないと言う事で変装をしたのだが、
理事長にはくれぐれも実名を公表しないようにきつく念を押してあるし、変装も完璧だがやはり気が乗らない。
「アンタはいいね、お気楽で」
傍らでポツリとが呟く言葉にも気付かないで、は自分の格好念入りにチェックを入れていた。
お祭り事とトラブルどんと来いなは、今回の件を電話した時もこれ以上ない程のテンションの上がりようを見せて、
両手離しで「部員のみんなに教えよう」と一人で盛り上がるのをが必死で止めたのだ。
説得して説得した挙げ句、「変装等どうですか?」と提案し、
「変装するなら隠し通さなくちゃね!」と、「アンタがしたがってたメッシュとか入れてさ!ゴシック系着て!」
の二言で何とか口止めの方向に持っていたは、浮かない気分の中でもほっと胸を撫でる。
越前さんのタンスの中には、ジーパンを初めとするズボンと、Tシャツと言うラフな格好のものしかなかったので、
淡い色の組み合わせで、丈の長いスカート、髪には気持ちアイロンを通して巻き髪にしてみた。
これならば絶対にバレないだろう、元よりこの姿のを見て自分たち二人だと気付く人間はまずいまい。
テニス部のメンバーに会ってもボロを出さなければ赤の他人で通せる、
と自分を励ますように意気込んだは、肝心な事を思い出さずに理事長室を向かった。
「ああ、跡部君。彼女たちが今回のバンドの子達だよ」
そうだ、コイツ生徒会長だったんだ・・・ッ!
くるりと振り返った跡部がを見、そしてを見て、理事長に視線を戻す――よかったバレてない
安堵の息をついたは、理事長に向き直った跡部の頬が真っ赤に染まっている事など気づきもせずに、「選曲の事ですが」と話題を切り出した。
「選曲は私達に任せてもらう、と言う方向で構いませんか?」
「もちろん、貴方達の歌はとても素晴らしかった。何故誰も知らないのかが疑問でたまりません」
理事長の言葉にとは顔を見合わせて苦笑を零す。
誰の歌ですか?等と聞かれた日にはどうしよう
自分たちが作りましたなんて口が裂けても言えないし、誤魔化す言葉が浮かばない。
が、理事長も深くは追求してこず、二三質問を交わした後席を立ち上がる。
「場所は体育館で今からご案内致します。実行委員が何名か待機しておりますので、そこで顔あわせを。持ち時間は三十分でいいでしょうか?」
「構いません」
「ではご案内致します」と理事長が部屋の外を促し、
がその後に続いて部屋を出ていくと、残されたもその背中を追おうと足を踏み出した。
その時、ぎゅっと手首を掴まれて、は首を巡らせる。
自分だけ呼び止められた事をさして不審にも思わず「皆さん行かれてますけど」と口を開いたは、跡部の次の言葉に飛び跳ねた。
「てめぇ、何て言う格好してんだよ。」
ギャァアアと悲鳴が上がりそうなのを寸での所で飲み込んで、は「うふふ」と笑うと、あからさまに不自然に視線を泳がせる。
「他人のそら似と言うヤツじゃないですか?私はなんて言う名前じゃありません」
時に口で言うよりも、態度で物事が分かる人間が居ると言うが、は確実にその部類だった。どこからどう見ても嘘だと分かる。
跡部は呆れたような顔をしたものの、ふ、と口端を持ち上げて笑うと「だったらてめぇの名前は何だ」と尋ねてきた。
ぎょっと目を剥いたは考える事数秒、唇を引きつらせると「りょ、リョーコです」と名乗り、
予想外と言えば予想外だが、もう少し捻った名前を考える事は出来なかったのかと跡部は吹き出す。
笑う跡部を見てかぁっと頬が熱くなるのを感じて、は頬を抑えた――今ので完璧に言い逃れが出来なくなってしまったじゃん。
諦めたは肩を落とすと「何でバレたんですか」と眉根を寄せる。
自慢じゃないが、自分もの変装も完璧だったつもりだし、大穴を突いたと思っていたのだけど。
「切原は分からなかった。けど、お前見て気付いた」
「・・・結構頑張ったつもりなんだけどな」
自分の格好を見る為に身体をよじると、ふわりとスカートが浮いて輪を描き、「バレバレですかね」と言ったの言葉に重ねて跡部が呟く。
「好きなヤツがどんな格好してても気付くに決まってんだろ」
「え?何か言いました?」
すっかり服装に意識が向いていたに、またしても跡部は見事な空振りをし、
跡部は目眩を抑えるようにこめかみに手を添えると「なんでもねぇ」と不機嫌ありありに言葉を返した。
「越前さんが絶対しないような格好してみたんですけどねぇ」
「バーカ、本当の越前を知ってる青学の生徒はともかく、お前から知ってる他校のヤツらならそれが普通の格好かと思うだろ」
「あ、そうか」
盲点だった、とが言うと、正体がバレる事が嫌な気持ちをくんでくれたのだろう、跡部は「眼鏡と帽子でも買ってみたらどうだ?」と提案した。
「顔が半分くらい隠れれば分かんねぇだろ」
それもそうですねぇと言ったは、「あ」と思い出したように言うと苦笑いを零す。
「元の世界で買い物とかあまり行った事がないので、勝手がよく分からないんですよね。
帽子とかもかぶった事がないので、適当に家にあるので間に合わせます」
色気もへったくれもないの言葉に、跡部は眉根を寄せると、
「せっかくそれなりの格好してるんだ、帽子と眼鏡も合わせろ」と言って、毛先だけカールしている彼女の髪を人差し指ですくった。
素直に「似合ってる」と言えない自分の性格が恨めしいと跡部は顔を歪め、そんな事を知らないは「はぁ」と生返事を返す。
「ここら辺にいい店ありますか?は食べ物屋とかお土産屋とかには詳しいんですけど、多分ショッピングは全部神奈川だと思うんですよ」
「ああ、それなら」
あの店、と言おうとした跡部は寸での所で言葉を変えた――「俺様が案内してやろうか」
「は?」と言ったがどうしたものかと言葉を選んでいる間に、跡部は先手を打つ。
「今から体育館に向かって十五分後だ」
有無を言わさないその自分中心な言葉にが瞬く暇もあたえず、
跡部は「十五分後だ」と念を押すと、何事もなかったかのように体育館へ案内した。
□
跡部の事は嫌いではないし、以前のように引け目を感じる事も、少し距離を取りたいと思う事もなくなった。
だけど、跡部のファンはやっぱり怖くて、跡部の少し後ろを歩こうとするのだが、跡部はそれを許してくれず歩幅をあわせてくれる。
こんな時だけ他人にあわすんじゃねぇよ!
と全身全霊でツッコミたいが、自分は店を案内してもらう身、下手なマネは出来ない。
仕方なく見えようにしては他人に見えるように距離を開けて歩いていると、跡部は横目で見たものの、譲歩してくれたように何も言わなかった。
二人で店に入ると、さすが跡部のオススメの店だけあって品もよく、また同様に値段も張るものばかりで、
が「財布に相談しながら買わなくちゃいけませんねぇ」としみじみと言うと、跡部は聞きもせず高いニットの帽子を取る。
「これなんてどうだ。色が淡いから、白いニットがよく映える」
「・・・みんなが跡部君みたいに裕福だと思わないでください。そんなの買ったら眼鏡が買えません」
キッパリと断ると、跡部みたいな裕福な人ばかり来て買う人が居ないのだろう、
店の隅に追いやられた値引き品の所に行って物色し始めた。こう言うの好きだな、でも服には合わないし
先程より少し品は落ちるが、妥協できる値段の帽子を見つけたは
「跡部君、これどうですか」と尋ねようと首を巡らせ、「ギャ」と悲鳴を上げると、跡部がレジに持っていこうとしていた帽子を取り上げた。
「何すんだ」
「何すんだはこっちの台詞ですよ!跡部君にお金出して貰う為に一緒に来たんじゃありません!」
ニット帽を元の場所に戻していると、跡部が「この値段位たいした買い物じゃねぇよ」と言うのを聞いては眉根をつり上げて振り返る。
「いいですか、よく聞いて下さい。跡部君が今までどんな女性関係を送ってきたかは知りませんけど、私はその人達と同等になるつもりはありません。
体調を悪くしてからずっと学校にもバイトにも行かずに家に引きこもって親のスネかじってたんで人の事は言えませんけど、
跡部君の持っているお金はご両親の物です。そのお金を持ってたって、跡部君がすごい訳じゃないんです。
私は跡部君が親のお金でいい品を私に買ってくれるよりも、ファンの人は怖いけど、こうやって店を案内してくれて、一緒に品を見る方が嬉しいです。
先程も言ったように、私は跡部君の彼女だった人と同等で居るのではなくて、跡部君自身と同等の立場で居たいです」
跡部だけじゃなくて、店の店長さんと思われる女の人も、
買い物をしていた客の視線もすべて一身に集めている事に気が付いたは、「わ」と頬を朱に染めると、各々に頭を下げた。
「騒いでスミマセン、どうぞお買い物を続けてください」
頼むからこっちを見るな!と言うの心の叫びも届かず、
店の人間は跡部の次の言葉に注目しているようで、跡部は赤くなった頬を隠すように口元に手をあてて視線を逸らすと、ニット帽を取り上げる。
「跡部君、人の話を」
「俺の小遣いなら別に問題ねぇんだろ」
「だったら!私はニット帽より眼鏡がいいです!眼鏡買ってください!」
ポンポンとニット帽が手から手に移るのを店長さんは苦笑して見ていて、はやっとこさ取り返したニット帽をぎゅっと握りしめた。
「私、本当はすごく太ってるから、帽子とか顔のラインが出て嫌いなんです。
だから持って帰っても多分かぶらないと思うし、でも眼鏡ならかけますから、そっちの方がいいです」
そうしましょう、と勝手に終了させたは眼鏡を売ってるスペースまで半ば跡部を引きずっていくと、眼鏡の品定めにかかる。
最初は跡部も納得のいかない表情をしていたが、様々な眼鏡をとって付けてみるを見てると、口端を緩めて笑い、呟いた。
「初めてお前を見た日から・・・お前をそこら辺の女と一緒に考えた事なんかねぇよ」
真剣に眼鏡を見ている彼女には聞こえなかっただろうが、跡部は初めて伝わらなくても満足する事が出来る自分に驚く。
跡部君自身と同等の立場で居たいです
跡部が他の誰と居て嫉妬をしたとしても、少し高級な物をちらつかせれば機嫌が直る女ばかりで、跡部もそれを当然だと思っていたし、
テニス部部長、眉目秀麗、生徒会長と跡部財閥と言う肩書き目当てでも、別にこれと言って頓着する事はなかった。
だけど
実力の裏に努力があるから強いんだわ!
努力してるかしてないかなんて、この人たちにしか分からないじゃないですか。
それを、知りもしないのに氷帝が努力してて君達はしてないみたいな言い方しちゃいましたし。ソレの仕打ちと思ったらいっか、と
だから、今の位置に居れるだけで私救われてるって思う。
竜崎さんや小坂田さんみたいに、リョーマに恋する権利も、異性として傍に居る権利も、想いあう権利もないけど、幸せなの
彼女はモノクロで、それで構わないと思っていた跡部の世界に勝手に絵の具とパレットを持ち込んで好き勝手に色を塗り始めた。
気が付いたら色が塗られていた世界に跡部が驚くと、彼女は「それでいい」と笑って。
何もかもが初めて気付くばかりの世界で戸惑うけれど、跡部も不思議と居心地がいいのはきっと気のせいじゃない。
こんな気持ち初めてだ。
テニス部部長、眉目秀麗、生徒会長と跡部財閥と言う鎧をまとった跡部じゃなくて、
色々な自分――例え、跡部にとって少し情けない自分を見せたとしても、きっと彼女なら笑顔で受け止めてくれる。
それが跡部君でしょ、と何のためらいもなく言ってくれるだろう。
ああ、こんな気持ち初めてだ
「跡部君、これ結構似合いませんか?買い物とかしないんでなれてないんですけど、こう見えても結構センスはいいと思ってるんです」
今こうやって笑ってる、コイツの幸せを護ってやりたいだなんて
欲しいものは手に入れてきた、手に入らないものなんてなかった
なのに
手に入らなくても欲しいものが出来るなんて、少し前の跡部には想像もつかなかったんだ
そう思ったとき、あれだけ出てこなかった言葉は、いとも簡単に口から滑り出る。
「ああ、よく似合ってる」
ニット帽と眼鏡をレジに持っていくと、の所持金ではニット帽が買えない事が判明し、結局足りない分は跡部が支払うことになって、
店を出たが顔を真っ赤にしながら謝るのを、跡部は少し眩しいものを見るような目で見た。
「今度会った時にお金返しますね」
「ああ。別に慌てなくていい」
そんな金出してやる、と言っても彼女は絶対に喜ばない。
現に、ニット帽を買ってやるといった時よりも嬉しそうな顔で微笑んだから、跡部もその笑顔が嬉しかったから
すれ違った女の子達がくすくすと笑うのを見て、彼女の嬉しそうな表情は一変、曇ってしまった。
だけどそんな表情でも「ごめんね、跡部君に迷惑かけちゃったね」と苦笑を零す彼女は、優しいのか弱いのか、おそらく両方だけど
跡部はそんな所も愛おしくてたまらない
「何謝ってんだよ」
私は、リョーマの事弟だって思わなくちゃいけないの。どんなに好きでも、その気持ちを捨てなくちゃいけないの
何で俺じゃねぇんだよ
「てめぇは自分に自信がなさ過ぎなんだよ」
な ん で お れ じ ゃ な く て 、 あ い つ な ん だ
「この俺様が一緒に歩いてやってんだ。例え元の姿だったとしたって、俺は何も恥ずかしくなく連れて歩くぜ?自信持て、お前は充分いい女だよ」
「・・・ありがと。跡部君ってやっぱり優しいね」
なぁ、俺だけを見てれば、他のヤツの視線なんて気になんねぇだろうが。
俺だけを好きで居れば、傷つく事もねぇだろうが。誰よりも幸せにしてやるよ。
何一つ言葉に出来ない想いを噛みしめて、跡部は彼女の言葉に、少しでも傲慢に見えるような笑みを浮かべる。
この世にたった一つの彼女の為の言葉なのに
何故、伝える事は許されないんだろう
お前が、好きだ

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