今日も今日とてはテニス部のマネージャー仕事に追われ、校内を駆け回っていた。
ポケットの中に入れたまま、一回も見ていなかった携帯は、もちろんバイブにしていたのでから電話がきたことに気付かなかった。

気が付いたのは部活が終わってからで、別段慌てることもなく、折り返ししたのは夜頃だった。

「え?今なんて?」
『だぁから、大阪ののど自慢の時に氷帝の理事長が来てて、創立記念祭で歌ってくれって脅されたの!』

わかる!?と耳が痛くなるほど大きい声で言われ(叫ばれ)、「あー、わかったわかった」と適当にあしらう。
電話越しに溜息が聞こえ、あれだけ人前に出ることを嫌うが納得したのだから、相当にとってキツイ脅しだったのだろうか。

「ねぇ、それってお祭りなの?」
「創立記念祭って言うほどだからね。それに氷帝だし」

「やったー!お祭り?!ちょっ、赤也!赤也!!あたし『馬鹿!何言ってんの!』・・・」

赤也への報告はの喝によって妨げられ、「なんでよ」とわかりやすく理解できない、という態度をとる。

「だってお祭りだよ?記念祭なんだよ?んでもって氷帝だよ?どんだけ豪華だと思ってんのさ。
ここはやっぱりみんなに伝えなきゃ面白くないでしょ」

何が面白くないのかを切実に教えて欲しいのは私だけか
が心の中で、誰に言っているのかわからない問いかけをしていることも知らずに、「だからね!やっぱ伝えるべきだよ!」とは力説している。

『へ・・・、変装等どうですか』

え、と言葉が詰まり、が考えを改め始め、はほっと安堵の溜息を吐く。

「変装するなら隠し通さなくちゃね!」
「アンタがしたがってたメッシュとか入れてさ!ゴシック系着て!」

メッシュ、ゴシック系の単語に心が大きく揺らぎ、渋々と「わかった。黙っておく」と了解する。
が先程より、深く長く安堵の溜息を吐き、「よかった・・・」と小さく呟いたのが聞こえた。

「打ち合わせいつ?」
『明日の昼から』

「それなら、朝神奈川駅集合ね。で、あたしの服を買いに洋服店に行こう」
『わかった。打ち合わせは1時だから、10時ぐらいで間に合うでしょ』

「姉ちゃんわかってないなぁ。女の子のショッピングは長いんだよ?」
『・・・じゃあ9時ね。それ以上早くしてもアンタ起きれないでしょう』
「そうだね!決定!んじゃおやすみ」

電話を切ったところで、ちょうど赤也が「どうしたんだ」と部屋を開け、言いたい衝動にかられたが、「うぅん。何にもない」と平然と返す。
少し怪訝な顔をしたものの、納得してくれて部屋を出ていく。

携帯をちらりと横目で見れば、やはりみんなに伝えたいと思ったが、ゴシック系の服を着る方が大事だ。


明日はどんな服を買おうか。
































「いいねぇこう言うの!一回してみたかったんだよ、ねぇねぇ似合う?」

買ったゴシック服は何枚だろうか。
できるだけ買わないように、とが言ったが、は衝動に勝てるほどの理性を持っているのか、と聞かれればそれで最後。

あたしがそんなこと出来ると思う?

と真顔で質問を返されるのが最後だから、はあえて何も言わなかった。

もわかっているようで、彼女なりに買う量を制限しようとはしていたが、あまり実行は出来ていなかった。


洗えば落ちるヘアーカラー用のスプレーを何本か買って、今は前髪に青いメッシュを入れている。
バンド名はデパートに着くまでに二人で決め、「Gather」になった。

ついで、ということで雑貨屋に行って、は眼鏡を二、三個買った。
はどんなにすすめても、「金がない」の一言で終わり、結局買ったのはだけだった。


氷帝に到着して、まず自分の格好を念入りにチェックする。
隣でが「アンタはいいね、お気楽で」と呟いて、これまでの事を思い出していることもしらず、一番お気に入りの前髪を横に流す。

そういえば、大事なことを忘れてる気がする。

思ったが、その大事なことを思い出せなかったので、には言わなかった。
それが、間違っていたのだろうか。そこできちんと思い出しておくべきだったのだ、絶対に。

「ああ、跡部君。彼女たちが今回のバンドの子達だよ」

跡部、貴様ッ!先に自分は生徒会長だって言っておけよ!(責任押しつけ)
振り返り、跡部がを見、その後を見る。

眼鏡+メッシュ+ゴシック服で気付かないだろ、普通。
心配なのはだが、跡部のことだ。気付いても自分にはちょっかいかけてこないだろ、とそっぽを向く。

跡部が何も言わないので、すっかりは安心して「選曲の話ですが」と話を切り出す。
は、が言うときは何も言わないようにしているので、今回の打ち合わせでも、一言も喋らない予定にしていた。

「選曲は私達に任せてもらう、と言う方向で構いませんか?」
「もちろん、貴方達の歌はとても素晴らしかった。何故誰も知らないのかが疑問でたまりません」

「場所は体育館で今からご案内致します。実行委員が何名か待機しておりますので、そこで顔あわせを。持ち時間は三十分でいいでしょうか?」
「構いません」


では、案内します。
理事長が席を立ち、はそれに続く。

跡部とが来ていないことには部屋を出てすぐに気付いたが、あえて気付かない振りをして理事長の後ろを歩いていた。

















理事長と話をつけてから、は跡部と買い物に行くそうなので(やっぱりバレてた)、は気にしなくていい、と二人を見送った。
したいことがあるわけではなかったが、体育館にいた実行委員の中に宍戸がいたことを発見したので、からかってやろう、とその場で決める。

「あの、」

宍戸が振り返ったところで眼鏡を外し(伊達眼鏡)、腰を曲げる。

「実行委員の皆さんって、ここにいる人数だけなんですか?
氷帝学園の創立祭、っていうものだから、もっと壮大にやってそうだな、って思ってたんです」

「いや、今日は四分の一程度しか集まってねぇんだ。
創立祭、って言っても文化祭みたいなもんだぞ。・・・まぁ、文化祭よりすげーけど」


やっぱり、宍戸さんって鈍感だな
いくら丁寧に、お嬢様っぽく話しても、声とかでわかんないもんなのかな。

「・・・その格好・・・」

ゴシック系のワイシャツに、黒チェックのネクタイ。ワイシャツの下の方には、蜘蛛が描いてある。
スカートはひらひら・真っ黒で、足は長めの黒ブーツ、それに前髪メッシュ、眼鏡ときたもんだ。しりゃ常人はおかしいとおもうだろう。

・・・もちろん自分が常人じゃないとかそういう意味じゃありませんことよ?

「あぁ、趣味なんです。もちろん、普通の格好もするんですけど、今回は特に事情があって」

その事情はあなたたちにバレないためです、なんて口が裂けても言えない。
もし言ってみようもんなら、の鉄拳を何発くらうことになるだろう。

「いや、やっぱ似合うヤツには似合うんだな、と思っただけだ」

そこは恥ずかしそうに言って下さい!真顔で言わないで!!
萌が足りん!相手を萌えさせる修行がまだまだ足りんぞ宍戸さん!!

「ありがとうございます」

さて、どうしようか。
からかう、とか言ったものの、具体的に何するか決めてなかったよ、そういえば。

相手にはばれてないからなぁ。


「何しよるん、宍戸。・・・その子は?」


不意に現れた忍足にビックリしながら、「こんにちは」と挨拶してみる。
その隣にはジローと岳人がいて、ジローは立ち寝してるように見えるのは気のせいだろうか。

「今度創立祭で歌うたうらしいぜ。名前は・・・」
「あ、もうこんな時間!早く帰らなきゃ魔法が解けちゃうわ!」

え、何言ってんの自分

名前を聞かれる前に逃げなければ、と咄嗟に思いついた理由がこれかよ。

時計がちょうど12時前を指していたのをいい事に、シンデレラネタで慌てて体育館を走り去った。









ゴシック少女が去っていく背中を唖然と見ながら、ひらひらとスカートがめくれるのを見て忍足は「あ、」と声をあげる。

「宍戸、あれちゃんやで」
「・・・ッは?!」

思わぬ報告に宍戸が体育館中に響き渡る程大きな声を出と、
”の単語を聞いてジローが起き、「どれがどれが?」と忍足を叩く。

「あれや」

小さいが、まだ見える少女を指せば「え〜」とジローは目を凝らして見たものの、小首を傾げた。
「人違いじゃないの〜?」

疑ったジローの言葉に忍足は「間違いあらへん」と無駄に自信満々で言葉を返し、宍戸は「何の根拠があってなんだよ」と眉をひそめた。
そう言われれば確かに声は似ていた気がするが、話した自分が気付かなかったのだ、何故忍足に一発で分かると言うのだろう。


「足や足、今スカートがめくれて見えたやろ?あの足は間違いなくちゃんや

忍足だから分かったと言う事か

宍戸と岳人の間に沈黙が走り、岳人が「俺、侑士のパートナー辞めたい」とこの先を悩ませる発言をする傍らで、
ジローは「すっげぇ忍足!」と言うと、ポケットから携帯を取り出してキラキラと瞳を輝かせた。


「丸井君と不二君知ってるのかなー?」


電話かける気満々で、宍戸が「おい」と止める間もなく走り去っていくジロー。
事情があって、と言うのはおそらくテニス部にバレないで居たいと言う事なのだろうが、ジローが居なくなった今では時すでに遅し、

伸ばしかけた行き場のない手を下ろした宍戸は、ふ、と視線を逸らすと「喋ったのは忍足だからな」と釘を指した。

「何でやねん!がっくんからも言ってやってや!俺はただ足を・・・ッ!」


何で俺こんなヤツとパートナーなんだろう、と岳人が遠い目で仰ぎ、
本人達のまったく知らない場所で、創立祭の事がテニス部に広まっていく事を知らないなのであった。