「・・・」
「おや。全然手をつけてないようですが、どうかなさいましたか?」
何とも言えない表情で紅茶を見つめるの前で、観月は優雅にカップに手を絡ませるとまた一口紅茶を飲んだ。
「茶葉としては一級品のようですね。
入れる方の技術にまで手が届かなかったのが残念ですが、まぁ模擬店の紅茶にしては出来が良い方でしょう」
批評をする観月の言葉に「はあ」と生返事を返したは、苦笑いを零すとようやく紅茶に手を伸ばす。
コーヒーが飲めない身としては、紅茶は人並み以上に飲む方だと思うが、
講釈を垂れる程こだわりはない上に、せいぜいTパック止まりなので茶葉を使っている時点で、模擬店の紅茶とは思えない程品がいいと思うのだが。
「貴方を見つけたのがそんなに意外でしたか?」
上品に笑う観月の言葉に、が「はい」と素直に頷くと、彼は更に笑みを深めた。
それもそのはず、観月がを見つけたのは漫研のアニメ上映室と言う、
にしてみれば趣味を兼ねて、完璧に面々の裏を欠いたつもりの場所だったからだ。
「ガン○ムSEED全話上映と書いてあったので、最初から貴方はあそこに現れるだろうと踏んでいたんですよ。シナリオ通りです」
「観月君、SEED知ってるんですか?」
まさか観月の口から「SEED」なんて言う単語が出てくるとは思わなかったが驚くと、
観月は「貴方の事が知りたくて色々調べてみたんですよ」と瞳を伏せて微笑む。
「アスランとキラ言う単語だけが頼りでしたのでいささか不安でしたが、調べるとあっさり出てきましてね。
まさかアニメのキャラクターだとは思いませんでしたよ」
夢の共演に感動が有り余り興奮し過ぎて、岳人と観月に「キラ」「アスラン」と呼ばせたのはまだ記憶に新しい。
とはいえ冷静になって考えてみると初対面で何て失礼な事をしたのだろうと思ったは、居心地悪そうにお尻を動かした。
せめて二三回会ったあたりで頼めばよかったのだろうか(そう言う問題でもない)と思いつつ、まずは謝ってみる。
「その節は考え無しな行動をしてホントにスミマセンでした」
「いいんですよ。あの時は確かに少し気分を害しましたが、今考えてみると貴方を調べる良いきっかけが手に入ったようなものです」
「そんな調べる程価値ないと思うんですけど」
が言うと、観月は呆れたような顔をして「何とでもいいなさい。僕は自分の目を一番信用してますからね」と紅茶を喉に通した。
買い被り過ぎだと思うけどなぁとは言えず、クッキーを頬張ったは紅茶を飲むと「でも」と言って首を傾げる。
「私観月君と話せる共通の話題って思い浮かびませんよ。何で私を探してたんですか?」
正直利己的遺伝子とか興味ないし
(学園祭の王子様で観月は利己的遺伝子を主人公に語ると言うなんとも色気のないデートをかましたのだ!
そして主人公は進化論に興味があると言う特殊設定で、「こんな女の子今時いないよ」みたいな空気になったのである。
まぁ観月らしくて萌えましたけど!でも、そんな特殊設定を私に求められても困ります)
「理由なんて必要ありませんよ。ただ僕は貴方と話したかったから探した、それだけの事です。
それに、共通の話題ならキチンと作ってきました。SEED、なかなか興味深い話しでしたよ」
「見たんですか!?」
「ええ。ああ言ったアニメは初めてみましたが、なかなか有意義な時間を過ごせました」
観月がアニメ・・・まったく想像出来ない光景だが、何だかくすぐったくて笑ったを見て、観月も口元に緩やかな弧を描いた。
「アスラン、でしたね。確かに彼の声は非常に僕に似てました」
似てるって言うか一緒なんですよ、とは言えず、は「そうでしょ」と言うと、肩を揺らして笑う。
「でも、観月君が私との話題の為にSEED見てくれたなんて少し意外でした。
ルドルフのテニス部はいいマネージャーに恵まれてますね、私も少し見習ってみんなの趣味を勉強してみようかな。
ああ、でも手塚君の登山からして私の理解の範疇を越えてるしな・・・」
ボソボソと言葉を濁すの姿を観月は目を細めて見て、紅茶を飲むと「僕も驚きましたよ」と言い、
てっきり手塚の趣味の話題に相づちを打ってくれたのだと思ったは「ですよねぇ」と言って肩をすくめた。
「釣りは私も好きなんですよ。でも登山にはさすがに無理です・・・私なら三十分歩いただけで諦めます。登っても達成感より疲労が勝ちますし」
あははと笑うは観月の心中等知る由もない
他人の趣味を理解しようと言う以前に自分に興味のない物を理解しようと思う事に、観月は自分自身に驚きを隠せなかった。
他人に理解して貰えずとも構わないと思っていたし、ましてや他人を理解しようなんて考えた事もなかったのに。
貴方は不思議な人だ
「今度観月君オススメの本でも貸してください。私も話題作りますから。あ、でも簡単なのにして下さいね」
「ええ、探しておきます」
貴方のことを理解したいと思わせるだけじゃなく、僕を理解して欲しいと思うんですよ
こんな気持ちは初めてなのに、不思議と悪い気はしない
「先程貴方は、自分は調べる程の価値がないとおっしゃったでしょう。
ですが、貴方を調べると不思議と僕自身の事で驚かされるばかりなんですよ。それだけで僕にとっては充分に価値があります。
一番驚いたのは・・・そうですね・・・今は秘密にしておきましょうか」
「言いかけて止めるのは後味悪いですよ」
紅茶の最後の一口を飲んで立ち上がった観月を訝しげな目で見ながらが立ち上がると、
「ここは僕が出しますよ」と言って会計に向かった観月はふ、と微笑んだ。
一番驚いたのは
「いいですよ観月君、そもそも財布とかそう言うつもりありませんし・・・」
「僕は財布でも構いませんよ。貴方と過ごせる時間をとれるなら、いくら払っても構いませんから」
貴方と居ると驚く程優しくなれる自分が居るような気がした事、ですかね
【財布選手権=観月・ジロー編】
「ここはどこだ?」
きょとんと瞬いたは、自分の置かれている状況を整理しようと頭を働かせた。
確か喫茶店を観月と一緒に出た後、跡部と会って「お仕事ご苦労様」と言って別れた途端跡部を追う女の子の軍団が押し寄せて来て、
ぎょっと目を見開いている間に波にのまれた観月とはぐれた挙げ句、人の少ない方に逃げて来たら分からない場所に来た、と。
ようするに迷子ですかね?
人が少ない方向に来た所か人っ子一人居いない。
長々と整理したにも関わらず辿り着いた「迷子」と言うたった二文字に口端を引きつらせ、
とりあえず元来た道に戻るか、とが踵を返そうとした時、
少し離れた場所にある一本だけ大きく育った木の根本で眠っている見知った姿が見えた。
歩み寄ると、爽やかな夏の風に金色のくせっ毛が揺れているのが見えて、は傍らにしゃがみ込むと「ジロー君だ」と微笑む。
「ホントによく寝てるなぁ・・・」
初めて氷帝に来た時も、眠っていたジローに躓いて発見したし、
合宿での買い出しの時も樺地を頼らない宣言をした跡部が、眠っているジローを蹴って起こして買い物に付き合わせたんだっけ。
俺、本物のちゃん見ても絶対綺麗だなって思うよ。だって、見てくれは違ってもちゃんはちゃんだもん
「私ね、元の世界の自分って凄く嫌いなんだ。
太ってるし、可愛くないし、そんな自分が嫌いだって卑屈になってる自分も嫌い。
でもね、ジロー君が私は私だって言ってくれたから、今みんなと笑顔で居るのは越前さんじゃなくて私なんだって思ったら少し自分が好きになったの。
ありがとう、ジロー君」
そう言って立ち上がろうとしたの腕をジローが掴んで、驚いたが目を開けたジローの瞳に映ると、彼は「えへへ」と笑った。
「どういたしまして」
「ジロー君、狸寝入り好きだよね・・・」
一番最初に会った時も、乙女な独り言を聞かれてしまったんだっけ、と苦い記憶が蘇りるの傍で、
ジローは屈託のない笑顔で笑うと「俺、昼寝好きなの」と脈略のない話題を切り出し、「うん、見てたら分かる」と言われると、彼は瞳を閉じる。
「こうやってね、横になってると色んな音が聞こえてくるんだよ。
風で木が揺れる音とか、草が揺れる音とか、飛んでる虫の音とかね、そう言うの聞いてると心が温かくなるんだ」
そう言うの聞いてたら気が付いたら寝てるんだよねぇ
と言うのんびりな声音には笑って、「ジロー君らしいね」と言うと、ジローはパチッと目を開ける。
「それにね、こうやってたまに大好きなちゃんの独り言が聞けたりするから、俺昼寝好きなの」
寝てると思って無防備に話しかけていたが、案外この男は油断ならないかも知れない。
どことなく感じるしたたかさに舌を巻きながら「ジロー君は好きな物が多いね」と言うと、ジローは「そう?」と首を傾げた。
「うん。何かジロー君が“好き”って言ってるのいっぱい聞く気がするもの」
「俺・・・」
ジローが何かを言いかけた時、話しに気を取られていた二人の傍から「あの」と言う声があがって、
首を巡らせると、そこには他校の女の子が顔を真っ赤にしていて立っていた。
「あの、芥川君に聞いて欲しい事があるんですけど」
どことなく吹く季節外れな春の風に、が「じゃぁ私席外すね」と言って立ち上がると、ジローは「何で?」と瞬く。
「何でって・・・」
この反応は今から彼女が何を打ち明けようとしているか分かっていないに違いない。
でもそれをの口から言うのははばかられて、助けを求めるように少女を見ると、
彼女は「いいんです」と苦笑を零し、身を起こしたジローに向き直った。
「あの、私芥川君の事好きです」
「うん。ありがと」
さらりと返したジローにが目を剥いている間に、彼女は「じゃぁ」と言って去っていく。
「え、ちょ・・・ッ!」
告白とは思えない淡泊な光景に
待ってと伸ばしかけたの手をジローが止めて、彼は再び草の上に寝転がると、唖然としているに「どうしたの」と尋ねてきた。
「どうしたもこうしたも・・・」
「中途半端なフォローしたら、あの子が可哀想でしょ?諦めが早い方が、次の好きな人が早く見つかるかも知れないし」
どこか遠い目で空を仰ぐジローは、なぜだかいつもの彼と違って見えて、瞬きを繰り返すをジローは真面目な顔で見つめる。
「俺テニス好きだし、昼寝好きだし、跡部達も好きだし、
確かに好きな物っていっぱいあるけど、ホントに好きなものしか好きって言わないよ」
ちゃん、俺が何にでも好きって言うって勘違いしてたでしょ?と言われて正直に頷くと、ジローは言葉を続けた。
「ちゃんはさ、前俺がちゃんの事大好きだって言ったら、ありがとって言ったよね」
うん。俺、ちゃん大好きだから!跡部には絶対負けない!
あはは。ありがと。でも何でそこで跡部君が出て来るの?
「うん」
「何でありがとって言ったの?」
が戸惑いながらも「嬉しかったから」と言うと、いつもはふにゃりと笑うジローが、とても寂しそうな笑顔を浮かべたのを瞳に映す。
「俺もそれと一緒だよ。好きって言われたのは嬉しかったから、ありがとって言っただけ」
きっとね
今俺が「ちゃんは俺の事好き?」って聞いたら、君は「うん、好きだよ」って何のためらいもなく返してくれると思うんだ
でもそれは、俺の欲しい「好き」の形じゃないんだよ
伝えられた君には嬉しい好きでも、伝えた俺はドキドキする好きなんだ
手を握ったり、キスしたり、君に触れたいけど、きっと触れたら心臓が破裂しちゃうくらいドキドキするだろうなって思う好きなんだ
「好きって色んな形があるよね」
「・・・ジロー君?」
テニスを、昼寝を、跡部達を好きだと言う気持ちとは違う「好き」だけど、本当の気持ちを伝えたらきっと君は悲しそうな顔で「ありがと」って言うから、
君が本当の好きの形じゃない好きだと思って笑顔で「ありがと」って言ってくれるなら、俺はそれでいいかなって思う
「こんな時まで昼寝かジロー。のん気なもんだな、あーん?」
「あ、跡部君」
仕事はどうしたの、とが尋ねると「追っかけ引き離すだけで仕事になんねぇんだよ」
と眉根を寄せた跡部は、ジローを挟んで彼女の反対側に腰を下ろした。
「お疲れ様。そうだ、お茶買ってくるよ。跡部君もジロー君もお茶でいい?」
「ああ」
「うん〜」
先程の真面目な表情などみじんにも見せないジローに、はほっと安堵したように立ち上がって校舎の方へと去っていき、
跡部は彼女の姿が見えなくなると、ジローに首を巡らせた。
「何情けない顔してんだ」
「やっぱ跡部には分かっちゃうんだ。結構いつも通りの顔してるつもりなんだけどなぁ」
「心配すんな。アイツは気付いてねぇよ」
何があったとは尋ねないのが跡部の優しさで、それが身に染みたジローは目元を腕で覆うと、ぎゅっと眉根を寄せる。
「俺の欲しい好きは別の誰かが持ってっちゃってて、もうちゃんの中にないんだなぁって思って」
越前君が好きって、兄弟でしょ?
「跡部になら負けないのに」
「バーカ。俺様とお前じゃ最初から、俺様の必勝が目に見えてんだよ」
くしゃりと顔を歪めた跡部は、吐き捨てるように言った。
「その俺様が勝てねぇんだ。てめぇじゃ話しになんねぇんだよ。だから、へこむな」
「跡部って慰めてるのかそうじゃないのか分からないC〜」
でもね、ちゃん
それでいいかなって思うけど、同じくらい君の好きが欲しいんだ
ドキドキするような好きが

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