「お。、日曜の朝からそんな荷物持ってどこ行くんだ?」
玄関で靴を履いていたは、リビングから顔を出した南次郎の言葉にびくぅっと肩を浮かせると、愛想笑いを貼り付けて振り返った。
「ちょっと友達と出かける約束があって・・・ホラ、女の子の荷物はいろいろあって大変なんだよ!」
とは言ってみたものの、さすがに両手で抱える程の荷物は怪しいか、と荷物に視線を落としたは、
逃げるが勝ちと言わんばかりに「いってきます!」というと、バタバタと足音をたてて家から出て行く。
明らかに挙動不審な彼女に南次郎が小首をかしげていると、
二階からリョーマがむっすりとした顔のまま降りてきて、南次郎の視線はそちらへと移った。
「何なんだアイツ。お、リョーマ、相変わらず朝は機嫌悪ぃな」
「別に。俺が機嫌良かろうが良くなかろうが関係ないじゃん」
寝癖のついた髪をかいた手を止めて、が出て行った玄関を見つめるリョーマを見た南次郎は、
一瞬何かを考えるように天井に視線を走らせたものの、にやりと口を持ち上げる。
「姉が弟離れ出来たと思いきや、今度は弟がシスコンか?いいかリョーマ、男ってのは多少懐が大きくねぇと・・・」
「あなた、冷蔵庫触りました?」
キッチンの方から倫子の声が響き、南次郎は「あぁ?」と言うと顔を引っ込めると、キッチンの方へと声を上げる。
「触ってねぇぞ。なんだ?食材が減ったか?育ち盛りが居るんだ、つまみ食いぐらいするだろう」
「いいえ、逆です。食材が増えてるんですよ、卵にウインナー、あら、ミニトマトまであるわ。奈々子さんがお弁当でも作ったのかしら」
弁当?と眉根を寄せた南次郎は何かを思い至ったようにピクリと動くと、ぐしゃりと音をたてて新聞が握り締められた。
「・・・あの大荷物、弁当じゃねぇだろうな・・・だがあのが弁当?・・・まさか男か!?」
ガタガタと椅子が倒れる音が倒れ、南次郎は転がるようにしてリビングから出てくると、
リョーマを押しのけて玄関を開き、が消えていったと思われる方向に向かって叫んだ。
「!戻って来い!荷物点検だ――ッ!」
とは言え駆け足で出て行った彼女が声の聞こえる場所に居るわけもなく、
「この間のファミレス野郎かッ」と張本人のが居ないにも関わらず一人で取り乱して騒ぎ出した南次郎に、
リョーマは「ねぇ」と言うと、言葉を続ける。
「男は懐が大きくないと駄目なんじゃなかったの?」
「馬鹿野郎、男と親父じゃ話が別なんだよ!おい、――ッ!」
南次郎の近所迷惑な大声をよそに、踵を返してリビングに向かう途中で、リョーマは一瞬足を止めて眉根を寄せた。
姉が弟離れ出来たと思いきや、今度は弟がシスコンか?
「そう言う嫉妬なら苦労はしないけどね」
【君みたい】
「幸村君もう来てたの?まだ十五分前なのに」
神奈川駅に着いたは、待ち合わせの場所に幸村が立っているのを見ると、ぎょっと目を見開いて小走りに駆け寄ってくる。
「待たせてごめんね」と慌てる彼女に、幸村は穏やかな笑みを向けると「気にしなくていいんだ」と片手を挙げた。
「俺が早く来すぎただけだからね」
「早くって・・・どれ位前に来てたの?」
「三十分位前かな」
三十分!?と駅に響く声を上げたは、口を押さえて恥ずかしそうにうつむくと、幸村にかろうじて聞こえる程の声で言葉を続ける。
「メールしてくれたら、一本前の電車に乗ったのに」
「いいんだ。君が着くまで今日のことを色々考えられたしね」
それに、と幸村は走ったため乱れた彼女の髪に手を伸ばし、笑みを深めた。
「想像してた、期待通りの可愛い反応が見れたから満足してるんだ。俺は」
可愛いと言う慣れない単語に真っ赤になったは、口をパクパクさせながら赤くなった頬を隠すために俯くと、
「はは」と笑った後「行こうか」と歩き出した幸村の背を追って、隣に並ぶ。
「でも良かったね。お医者さんが思ってたよりずっと早く歩けるようになったんでしょ?」
「ああ。全国まで日がないのももちろんだけど、リハビリを口実に今日のデートをこじつけたからね、
医者としては早かったかも知れないけど、俺は今日が待ち遠しくて、随分遅く感じたよ」
さらりと大した事もなさ気に言われる言葉の数々に、が「幸村君、絶好調だね」と言葉を濁すと、幸村は「そうかな」と眩しい笑みを浮かべた。
「少しでも多く伝わって欲しいと思ってるから、俺の気持ち」
「・・・またそう言う事をあっさりと・・・」
不意打ちの幸村の言葉にだいぶ心臓が慣れてきたが呆れた顔でそう言ったにも関わらず、痛くも痒くもない顔で幸村は空を見上げる。
「手段を選んでる暇はなさそうだからね」
別にたいした事は言ってないんだ“自慢の弟だね”ってそれだけ。
跡部君はそれが問題なんだろうって言ってたけど・・・それがどうかした?
「こっちの話だよ」
意味が分からずに首を傾げた彼女に幸村はそう言うと、「どこか行きたい所はあるかい?」とあからさまに話を逸らした。
「そうですね・・・私はあまり外に出歩く事がないから、ピンとこないかな。幸村君のきつくない場所がいいです」
「そうか。じゃぁ付近に花が綺麗に咲いてる公園があってね、そこはどうかな?」
「はい」
他愛ない話をしながら公園までたどり着くと、爽やかな風に揺られる木々に囲まれ、
公園の中心にある大きな噴水が水を噴き上げて、一面に花が咲いている景色に、は「凄い」と感嘆の声を上げる。
まるで絵画の一部が抜き出たような美しい景色に見惚れていると、幸村は「こういう所にはあまり興味ない?」と尋ねた。
「花を見るのは好きですよ。でも、こっちの世界に来てからはバタバタしてましたし、元の世界に居る時は花を見る余裕なんてなかったから」
苦笑を零したが「この花はなんていうの?」としゃがみこんで青い花を指差すと、幸村腰をかがめる。
「これは花菖蒲(はなしょうぶ)、緑とのコントラストが綺麗だろ?」
「ホントに綺麗。花って損ですよね。こんなに綺麗なのに“見て”っていえないから、忙しい人は通り過ぎちゃう」
傷つけないように花びらを触りながら瞳を揺らしたの横顔を見て、幸村は瞳を伏せて微笑んだ。
「そうかな、俺はそう言う所が魅力だと思うよ。
確かに派手じゃない花は、パッと見で人の視線は集めないかも知れないけれど、
余裕のない人間が呼び寄せられる訳ではなくて、たまたまその花に気づくから、初めてその花の魅力に気づいて癒されるんだ。
“この花綺麗だな”と一瞬思わせるだけの魅力じゃなくて、ずっと見ていたい、知りたいって思わせる魅力があると思う。
だから気づいた人間だけの特権なんだ。気づかない人間は気づかなくていいと思うし、ましてや無理に理解されようとしなくていい」
「幸村君って、花が大好きなんですね」
のほほんと返ってきた言葉に、幸村は彼女を見て瞬くと、噴出した。
「なるほど。跡部みたいに変化球を投げるタイプは苦戦するだろうな」
「何が?」
「俺みたいに直球で、その花は君みたいだって言わないから」
幸村の言葉に一瞬意味が分からないような顔をしたも、
首から頭にかけて熱くなって行くのを感じると「ぎゃ」と悲鳴を上げて、頬に手を添えるとぷぃっとあさっての方向を向く。
「幸村君を時々本当に中学三年生が疑いたくなる時があるよ」
「君につりあえるように必死で背伸びしてるとは思ってくれないのかい?」
「・・・あー言えばこう言う・・・」
横目で幸村を見たが、もう知らないと拗ねたような素振りを見せると、幸村は「ごめんゴメン」と笑いながら謝って時計を見上げた。
「もう昼だな」
何かを期待するような幸村の瞳に、はため息をひとつつくと「お弁当食べる?」と荷物を抱え、二人は公園が見渡せる木陰に腰を下ろす。
「先に言っとくけど、あんまり期待しないでね」といいながら開けられた弁当を見て、幸村は「なかなかの力作だな」と嬉しそうに微笑んだ。
「越前さん料理が苦手だったらしくて、みんなが寝静まってる時間に作ったの。だから冷めてるけど・・・」
「そうなのか。苦労をかけたね」
「うんうん。約束だったから」
それに料理作るの好きだし、と水筒を取り出したは、コップを取り出してお茶を注ぐと幸村に渡す。
「いただきます」と両手を合わせた幸村は箸を持つと、弁当に手を伸ばして一口めを頬張り、
伺うような目で反応を見てるに「おいしい」と言えば、彼女はほっと安堵するように胸を撫で「私もいただきます」と手を合わせた。
景色を見ながらお弁当を食べると言うゆったりとした時間は久しぶりで、二人は一時間位時間をかけてのんびりとした時間を過ごす。
デザートまで食べ終わって「ごちそうさまでした」と箸を置いた幸村に、「おそまつさまでした」と言ったは小さく頭を下げた。
弁当を片付けていたは、パタパタと駆けてくる足音が聞こえて顔を上げると、
小さな男の子達が追いかけっこをしているのを瞳に映して、「あ」と声を上げる。
ちょうど達の傍を通り過ぎようとした鬼と思われる男の子が、スライディングするように派手に転んだのだ。
わーんと声を上げて泣き出した男の子を見て、立ち上がろうとした幸村より早くに動いたは、
その男の子に駆け寄ると、服についた砂をはたいてその子の頭に手を乗せる。
「泣いてたら皆と楽しく遊べないよ?」
しゃくりあげた男の子が、ぐぃっと涙を拭って駆け出すのを見送ったの名前を呼んで、
首を巡らせた彼女を真っ直ぐと幸村は見つめると、いとおしそうに口を開いた。
「君の写真、見せてもらってもいいかな?」

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