木を隠すなら森の中、と言う事で人の波に流されるように武道場に向かったは、待ち伏せしていたリョーマにあっさりと捕まった。
何かのイベントに参加する列に紛れていたのがまずかったのか、気付いた後で人混みをかき分けて逃げるにはあまりに人が多すぎた為である。
「何で私がここに来るって分かったの?」と尋ねると、リョーマはちらりとを横目で見て、
待っている間飲んでいたと思われるポンタの最後の一口を喉に流し込み、少し離れた場所にある空き缶入れに投げ入れた。
「の事だから、多分一番人が多い所に逃げようとするだろうなと思っただけ。
探し回るより、一個所で待つ方が効率いいでしょ。すれ違う心配もないし」
ようするに私が単純と言いたい訳ですか?とが言うと、リョーマはニヤリと口端を持ち上げて「さぁね」と生意気に言葉を返し、
結局列から出る事が出来なかったとリョーマは、何のイベントか分からないまま先頭に来ると、受付の生徒に笑顔で向かえられた。
「さぁ、貴方への恋人の愛を確かめましょう」
脈略のない言葉に、「誰が誰の恋人?」とが尋ねると、このイベントに来る客にそんな事を聞く人間はいなかったのであろう。
受付の生徒がきょとんと瞬きするした後、とリョーマを代わる代わるに見る視線に、は「ぎゃ」と叫ぶ。
「ちょ、待った!私とリョーマは恋人なんかじゃ――」
「ねぇ、このイベントってどんなイベントなの」
の言葉を遮って尋ねたリョーマに、受付のお姉さんは後ろからピンク色の広告用紙を取り出すと、リョーマに差し出した。
「ルールは簡単です。先に彼女の方に入場して頂き、中で変装していただきます。
彼氏の方は更に二十分後に入場し、制限時間三十分で上手く変装している彼女様を見つける事がイベントのクリア条件です」
「へぇ・・・だから恋人への愛を確かめるって宣伝文句なんだ」
しかしよくこんな企画が生徒会を通ったな、とは苦笑して辺りを見回す――参加する奴も参加する奴だよ
入り口だけでもこんなに混みあっている事から、中はすし詰め状態に違いない。
想像しただけでも気分悪くなったが「リョーマ、別の所に行こう」と言う前に、彼女の手を取った彼は、唖然とするを受付に差し出した。
「はい」
「では彼氏の方はあちらでお待ち下さい」
「ちょ、待って」
スタスタと男ばかりの長蛇の列に向かうリョーマの背中に手を伸ばしただったが、
「照れ屋なんですね。大丈夫ですよ、見つけて貰えますから」
と何とも的はずれな事を言う受付の生徒に引きずられて、有無を言わさず中へ押し込まれたのだった。
【財布選手権=リョーマ編=】
「凄くお似合いですよ、綺麗です」
マニュアル通りの台詞に、「どうも」と適当に言葉を返すと、鏡に映った自分が苦笑いを零す――確かにこりゃ別人だわ
何が凄いと言えば各種様々に取りそろえされた衣装もそうなのだが、何故本物のメイクアップアーティストが居るのか。
ホントマジで氷帝さん、その有り余った金を別の所に回せよと言いたくなる位大がかりである。
「制服ですので、ナチュラルメイクにしてみました」
氷帝の制服に身を包んで、跡部に買って貰った物とは違ういかにも真面目そうな眼鏡に、
栗色で地毛より長いウィッグを付けられ、オプションにファイルなんざ持たされると、完璧に氷帝の生徒になって、越前さんの面影もない。
頭の重さにフラフラしながら武道場の中に足を踏み入れると、ムッとむせ返るように充満した臭いに思わず口と鼻を押さえた。
香水と化粧の臭いが微妙なハーモニーを奏で鼻孔をつんと突く――こんな所三十分も持たないって!
こうなったらこっちから話しかけてでもリョーマに見つけだして貰って、早々にこの場を後にしようとが意気込んだ時、
近くで感動の再会を果たしたカップルが現れたのか、波紋が広がるように拍手の波が広がった。
「よかったね!」とか「凄い!」等の言葉が飛び交う異様な空気に、ポツンとだけが取り残されて唇を引きつらせる。
待て。見つかったらこんな手厚いお祝いを受けなければならないのか?そっとしてあげようよ!
もはや創立祭のイベントとは思えない状況に、呆然と事の成り行きを見ていると、
拍手の中カップルが前方にロープで仕切ってある場所に促され、彼女にマイクが差し出されるのを瞳に映した。何故カラオケの機械が?
「それでは、見つけてくれた彼氏への今の気持ちを、一曲に込めて下さい。どうぞ!」
ピューと口笛が鳴って、彼女は何の躊躇もなくデンモクで曲を入れると、ノリノリで歌い出す
そのあまりのベタベタな歌詞に、は完全に退いて一歩、二歩と後退り、逃げの体勢に入った。
待て待て!見つかったら見つかったでこんな羞恥プレイ!?そんなのゴメンだ!
だてに彼氏居ない歴19年を過ごして来た訳じゃない。
ここがお互いしか見えていないカップル達の巣窟といえども、やっていい事と悪い事の区別ぐらいつく。
あんな所で堂々とイチャついて愛を語らうくらいなら舌噛んで死んでやる!
「制限時間は三十分。その間リョーマから逃げ切ればあんな羞恥プレイをせずにすむ・・・やってやろうじゃないかッ!」
この場の空気とは微妙にズレたやる気を出したは、先程のリョーマの台詞を思い出した。
探し回るより、一個所で待つ方が効率いいでしょ。すれ違う心配もないし
つまり見つからない最善の方法は、動いて動いて動きまくると言う事である。
足早に人混みの中に飛び込んだは、揉みくちゃにされながらも、いかにも彼氏を探してますと言う態度で足を進めた。
そのまま歩き続けて二十分程たったのを時計で確認すると、残り十分だからこそ気を引き締めて慎重に歩き、
誰が見ても見かけは越前さんとは思えないから、自身が堂々と歩いていればまずバレる事はないだろうと自分を慰める。
「私は違う、私は違う」と呪文のように唱えていると、がここに入って二度目の再会現場を目撃する事となった。
歓喜余って抱きついた彼女を受け止めた彼氏に、近くに居た男が「どうして分かるんだよ」とブーイングを上げて、
「彼女がまったくの別人になったって事だろ?」と続けた言葉に、心底どうでもよさ気に見ていたはハッと目を開く。
彼女がまったくの別人になったって事だろ?
このイベントのコンセプトは、変装した彼女を見つけだすと言う所にある。
けれど、これだけ力の入ったメイクと服だから、探す方の身にしてみれば別人を探すのと大差ない。
それに気付いた時、浮かんできた“願い”には自分が情けなくてたまらなくなった。
はこの世界を去るまでリョーマに自分が越前さんではないと言う事を打ち明けるつもりはないから、
リョーマがそれを知る日が来たとしても、それはがこの世界から去った後に違いない。
この1ヶ月とちょっと、リョーマと過ごした時間は、間違いなくのものなのに
リョーマがそれを知る時にはもう自分は居ないんだ
温い涙が頬を伝うのを感じると、は思わずしゃくりあげる――こんな事願うのは間違ってる
もし神様の気まぐれが起きて、ある日突然身体まで入れ替わってしまったら、元の姿でこの世界の地を踏む事になったら
その時は
「見つけて、くれますか?」
貴方と過ごした“私”を、見つけてくれますか?
あ あ 、 何 て 馬 鹿 げ た 願 い な ん だ ろ う
他人に無関心なリョーマが、越前さんと言う事を知らないとは言え、
性格も、ましてや見かけも全然違うのを自分自身が一番よく分かっているのに、優しくしてくれるから勘違いしてしまうんだ。
元の姿に戻っても、リョーマは変わらない態度で接してくれるんじゃないか、と。
リョーマにとって例え1ヶ月以上過ごした相手でも、姉でなくなったらただの他人で、見つけてあげる義理なんてどこにもないのに。
自分に魅力がない事なんて、自分が一番分かってるのに
「バカだ、私。見つけてくれる訳ないのに・・・ッ!」
「見つけるに決まってるじゃん」
そっちこそ何バカな事言ってるの、と言う声が聞こえた方角に視線を向けると、
瞳に映ったリョーマの姿に、完璧に自分の世界に入っていたは一瞬思考がついてこなくて瞬いた。
「・・・リョーマ」
「やっと追いついた。ウロウロしないでよね、これだけ人が多いと追い掛けるの大変なんだからさ」
手を握られたと同時に、ぎゅっと胸を鷲掴みにされたような感覚が沸き上がって、は下唇を噛みしめる。
「なんで?」
なんで見つけるの
諦めさせてよ、早く諦めた方が傷つかずにすむでしょ
「分かり切った事聞くの止めてよね。
俺はがどんな姿でも絶対に見つけだすに決まってるじゃん」
リョーマが優しくするから、いつまで経っても諦めがつかないのよ
違う、違う。そんなの言い訳だ
越前さんの気持ちを知りながら、自分が「好き」で居れるようにリョーマの優しさに甘えていただけ
何も知らないリョーマに、自分の気持ちを預けるなんてそんなの卑怯だよ
彼が知らないからこそ、自分で線を引いて、気持ちに終止符を打つのはじゃないとダメだから
私が、リョーマを諦めるきっかけを自分で作らなくちゃいけない
「おめでとうございます!よかったですね見つけて貰って!では、曲をどうぞ」
渡されたデンモクを見つめて、覚悟を決めたは曲を選ぶとマイクを握り締める。
俺はがどんな姿でも絶対に見つけだすに決まってるじゃん
「見つけてくれて、ありがとう」
イントロの間に、マイクに向かってポツリと呟いた言葉は気を抜いたら裏返ってしまいそうで、
は悟られないよう精一杯の強がりで笑って歌った。
照りつけるような暑いコート、他愛ない話をしながら取る食事の時、部員のみんなが集まってる時
周助君にはバレバレって言われたけど、時にはみんなを見てるふりをして、時には景色を見てるふりをしながらホントはリョーマだけを見てました
私の瞳には、いつだってリョーマしか映ってなかったんだよ
ねぇ好きになれないとか言いながら好きでいたり
いっそ開き直って好きになればいいのに、それも出来なくて、結局こんな情けない終止符を打つ事にした弱い私だけれど
この世界に来て貴方と過ごした一分、一秒を刻んだこの好きと言う気持ちは本物だから、愛だったと言っていいですか?
さっきは本物の姿に戻ってしまったとしても気づいて欲しいなんて欲張った馬鹿げた事を思ってしまったけど
例え越前さんの体でも見つけて、「どんな姿でも見つけ出す」なんて言ってくれただけでも、私は十分幸せ者だと言う事を思い出しました
その言葉だけで十分です
これ以上ない程いい思い出とそして諦めるきっかけだと思えます
これからは貴方のことをちゃんと弟として、家族として、違う形の愛し方をするけれど
貴方を
貴方を愛してよかった
だから、最後に一粒涙を流すことを許してください
あふれるほどの愛しさは、その一粒で全部流してしまうから
ベタベタな恋愛ソングで彩られていた会場を一気に冷ますだけの迫力があったのか、シンと静まった参加者には頭を下げて、
何かを断ち切ったように清清しい顔をして「帰ろう、リョーマ」と笑って歩き出した彼女の背中を、リョーマは見つめる。
「変わらない愛だとか、恋だとか。変われない愛だとか恋だとか、そういうの俺はあると思うけど」
ねぇあの子今朝唄ってた子じゃない?
打って変わってざわめいた会場がリョーマの言葉をかき消して、聞こえる事のない彼女の背中に向かってリョーマは続けた。
「信じられないなら、俺が証明してあげるよ」
俺は
諦めるとかそう言う選択肢が浮かぶほど
半端な惚れ方してないからさ
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イメージ→GARNET CROW 「忘れ咲き」

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