「待たんか――ッ!」 真田の声に廊下を行く人々が何事かとこちらを見、は「ギャァアア」と悲鳴を上げると全力疾走で廊下を駆け抜けていた。 普段ならもうとっくの昔にバテて白旗を振っている頃だろうが・・・ 後ろを振り向いたは、般若(のように見える)顔で追い掛けてくる真田を見ると、更にスピードを上げる。怖い!怖いよ――ッ! 止まれば食われる! 野生の本能が告げるがままに疾走していたは、角を曲がると、女子トイレの中に駆け込んだ。 ドタドタと真田が前を走り去っていく音が聞こえ、はほっと息をつくと、胸を撫で下ろす。 よかった単純思考の真田で・・・これが柳なら女子トイレに逃げ込んだ確率何%とか言って、さり気なく待ち伏せしているに決まってる。 とにもかくにも一難去ったは、トイレから出ると、のろのろと行くあてもなく彷徨いだした。 さすがに後半日女子トイレの中と言うのは勘弁だ。 別に幸村と一緒に回るのが嫌な訳じゃない、むしろ気持ち的にはバッチコイ!(古い)と言う感じなのだが 本当の君を見た上で、君に告白するチャンスをくれないか? あんな告白(紛い)な事を言われて平然と会える人が居るなら見てみたい は火照った頬を抑えると、「うー」と小さくうめき声を上げた――ダメだ、とてもじゃないが顔なんて見れない。 前方を見ていなかったは、「こんな所に居たのか」と言う柳の声にハッと顔を上げて、 即座に逃げる体勢を取ったのだが、柳が眉根を寄せると「俺はお前を追い掛けてないだろう」と呆れたように言うのを聞いて立ち止まる。 「そっか、追い掛けてきてるのは真田君だもんね」 の言葉に、柳は近づいて来ながら「お前も大変だな」と言うと、何を考えたのかの腕を掴んだ。 「柳君?一体この手は何なんでしょうか」 「俺は追い掛けてはないと言ったが、探してないとは言ってない」 あっさりと言う柳の手を振りほどこうと躍起になるが、日頃の練習の賜か柳の腕はピクリとも動かず、 は「卑怯者!」と言うと、半泣きで「そう言うの何て言うか知ってる!?」と柳に尋ねる。 彼女の問いに柳ははて、としばし考えると、答えた――「正論か?」 「違う!屁理屈じゃ――ッ!」 ガシャーンとちゃぶ台をひっくり返さん勢いでツッコンだは、刹那に「無理ムリむり無理!」と風を切るように首を横に振る。 「今は恥ずかしくて幸村君の顔が見れないの!」 「そうか、やはり精市はお前に好きだと言ったのか」 平然と言った柳に、が「皆まで言うな!」と言葉を被せると、かぁああと赤くなる頬を隠して俯き、 「よっぽど会いづらいのか」と言う柳の言葉に素直に無言で頷いた所、柳は神妙な声で「そうか」と相づちを打った。 さすが柳!話しが通る男じゃないか! が輝いた顔で面を上げた途端、柳は「諦めろ」といとも簡単に切り捨てて腕を引っ張り始める。 「俺もまだ命が惜しい。お前を差し出せばすむ話しだ、ここは一つ人助けだと思って「私は人柱かァアッ!」」 全身の体重をかけて引きずられないようにするのだが、柳は余裕の表情で引きずっていき、 この時ばかりはも元の世界の体重が恋しくなった――前の私なら引きずられないのに!(それもどうかと思う) 「幸村君にはさ、女子トイレに逃げ込まれたと言えばいいじゃん!」 「先程真田をその手でまいただろう。 何故そんな手に引っかかったと精市は随分とご立腹でな。おそらく真田は今頃お前を捜しに女子トイレの中だ」 「ちょ、私を捕まえる前に真田君助けてあげようよ!早まらないで真田君、私はここだよ――ッ!」 ごめんね!さっきは逃げてゴメンね!と叫んでいる間にも、着々とどこかへ連れて行かれていくは、 以前迷い込んだ中庭まで連れ込まれると、日陰で空を仰いでいる幸村を瞳に映した。 木漏れ日が彼の顔に降りそそぎ、髪の毛は風に靡いて揺れている――何て絵になるんだこの人は が見惚れていると、柳が容赦なく「連れてきたぞ」と言って、幸村は今にも悲鳴を上げそうなを見るとふわりと微笑んだ。 「さすが蓮二だね。やぁ、」 「ご機嫌、麗しゅう・・・ございます」 静まれ心臓、平常心だ平常心 必死にそう言い聞かせるのに、心臓はスピーカーのように高鳴るわ、声は裏返るわ、視線は泳ぐやらでこれ以上の動揺はないだろう。 幸村はそんなを見て「ふふ」と笑うと、「助かったよ蓮二」と柳に向き直り、「ついでに真田の回収をお願いできるかな?」と頼んだ。 回収呼ばわりされた挙げ句、ついでと言う表現はあまりにも残酷だ。 今頃生徒会室で不審者扱いを受けているであろう(あくまで妄想)真田が哀れでたまらない。 「分かった。久しぶりに会えたんだ、ゆっくりとするといい」 「ああ。お言葉に甘えるよ」 ちょ、勝手に話し進めないで! 肩の荷物が降りたような表情で去っていく柳の背中に手を伸ばし、 「一人にしないで柳君!」と言えば、反対側の腕を掴まれて、眩しい程の笑顔で「俺がいるじゃないか」と言われた。 それが問題なんですよ? 完全に柳に見捨てられたが脱力したように肩を落とすと、幸村は彼女の腕からそっと手を離し、苦笑を零す。 「そんなに緊張しないで。俺は別に今告白しようとか、答えを貰おうとかそう言う事は考えてないんだ。ただ、今日と言う日を君と楽しみたい」 再び空を仰いだ幸村は、眩しそうに目を細めると太陽の光に手をかざした。 「死を間近で感じた時に思ったんだ。 健康な時はその日したい事でも明日すればいいって繰り越して来たけど、それは当然じゃないんだなって。 もしかしたら明日死ぬかも知れない。 だから俺は、自分の気持ちを誤魔化したり、明日に引き延ばしたりするのを止める事にした。 さすがに告白は雰囲気とかがあるからね、今すぐにって訳には行かないけど。 もし明日死ぬ事になっても、俺は君と今日を過ごせたら満足だと思えると思うんだ」 に視線を戻した幸村は、改めて手を差しのべると綺麗な顔で微笑んだ。 「だから、今日と言う君の時間を、俺にくれないか?」 幸村の腕には、が全国大会祈願に編んだミサンガがかかっていて、 それを見てくすぐったそうに微笑んだは、ゆっくりとその手を握りしめる――「はい」 【財布選手権=幸村編=】 「ホントに車椅子押さなくて大丈夫?」 隣に居る幸村に尋ねると、彼は自分で車椅子を動かしながら「ああ」と言って「腕の筋トレにもなるからね」と続けた。 「退院早々に無理しちゃダメだよ」 いくら手術に成功したとは言え、今からこそ自分の身体を大事にしないといけないんだから、と言うの言葉に、 幸村はしばらく考える素振りを見せると、「実を言うと、いつもは真田に押して貰ってるんだ」と白状するように両手を挙げる。 「わ」と驚いたが車椅子の後ろに回ろうとする手を取って止めると、幸村は静かに首を横に振って、暗に押さなくていいと言う事を示した。 「俺が君の隣に居たいんだ。車椅子を押して貰うのも熟年夫婦みたいで捨てがたいけど、初々しさも大事だからね」 くすくすと笑う幸村の言葉に、熟年夫婦ってとが苦笑すると、無理をしないスピードで二人は進み始めた。 無駄に広い校舎は廊下も広く、幸村と並んで歩いても通行の妨げになることはない。 「きつくなったら遠慮しないで言ってね、休むなり押すなりするから」とが言うと、幸村は「ああ」と頷いて、思い出したように話題を切り出した。 「そう言えば、合宿で肝試しがあったらしいね」 幸村の言葉に、嫌な事を思い出したはあからさまに溜息をつくと肩をすくめる。 「真田君に自分の所のマネージャーにはちゃんと首輪繋いで置いてって伝えて」 「と言う事は、は肝試しが苦手なのかい?」 「苦手って言えば苦手なんだけど、興味はあるからついつい夏の特集とか、ホラー映画とか見ちゃうのよね。 それで夜怖くてトイレに行けなくなったりしてね、見えないし別に居ても分からないとは思うんだけど、 居そうな雰囲気がダメって言うのかな、多分あの事件がトラウマになってるんだと思う」 くしゃりと顔を歪めたは、「昔ね」としみじみ天井を仰いだ。 「ウチのトイレって廊下の真ん中にあるんだけど、 夜中トイレに行って出てきた時にね、リビングに女の人が立ってたのよ、いかにもオバケっぽく。 結果的に言えばそれはお母さんの悪戯でね。 ちょっと驚かしてやろうみたいなつもりだったらしいし、私もそれがお母さんだって言うのは頭では分かってたんだけど、 「ウワァアアア」って言いながら、リビングからいきなりこっちに向かって走ってきたのに驚いて、 家中に聞こえる悲鳴を上げた結果、暗い所とかいかにも出そうな所とかが苦手になっちゃったの」 耐えきれずに吹き出した幸村に、「笑い事じゃないよ!」とは言うと、 「は間違いなくお母さんの血を引いてると思うのよね」と溜息混じりに呟いた。 「その日からしばらく驚かさないように念を押してたし、向こうもチャンスを狙ってたんだろうけど何事もなくて。 ウチの家ってお母さんとと私で寝ててね、トイレから戻って寝ぼけ眼でお布団に入ろうとした時、 いきなりお母さんが起きあがって「うわぁ!」って驚かしてきたのさ。 後で怒ればけろっとした顔で言う訳よ“本当はかかとを軸に立ち上がりたかったんだけどね、人間の構造上無理だったわ”って。 当たり前でしょ、って感じだよね。そんな事出来るのはそれこそ幽霊だよ! そう言うくだらない事に情熱を注げて、尚かつ反省しないのは絶対お母さんの血だわ・・・」 げんなりとした表情のとは対照的に、幸村は立ち止まった挙げ句お腹を押さえて笑い出して、 「それで怖いのがダメになったんだ」と言う言葉には神妙に頷き返す。 「肝試しの日はまさに水を得た魚って感じだったよ。 テープに録画したお経が流れるやら、こんにゃくは吊してあるわ、地図は違うの渡されてるやら・・・」 思い出したが背筋を震わせると、幸村は「地図が違う?」と首を傾げた。 「そう。私とリョーマのだけ地図がすり替えられてたの。 お陰で他の人より長い時間暗い道を歩かされてね、リョーマと仲直り出来たのは結果オーライだったけど、もうちょい手がなかったのかなぁ」 「喧嘩したのかい?越前と?」 驚いたような幸村の言葉に、「うん」とは苦笑を零す。 「未だに私はなんでリョーマが怒ったか理解出来ないんだけどね。と跡部君は気付いてるみたいだったよ」 「が何か言ったって言う事?」 「別にたいした事は言ってないんだ”自慢の弟だね”ってそれだけ。 跡部君はそれが問題なんだろうって言ってたけど・・・それがどうかした?」 笑い声を引っ込めて急に難しい顔をした幸村を見ると、彼は思いだしたように笑顔を浮かべて「何でもない」と首を横に振る。 違和感を残す幸村の表情に首を傾げたは、「あの子のいたずらにも困ったものだよ」と呆れたように話を戻した。 「地図だけならまだしも、リョーマとペアになるようにくじにまで細工しててね。 本人は私とリョーマが気まずくなってるなんて知らないからさ、“いいじゃん。ひと夏の思い出と思えば”だよ?」 「・・・へぇ、とはちょっと話す必要がありそうだね」 突然声色が変わった幸村に、が「へ?」と言って彼を見た時、 噂をすれば影が差すと言うか、ピンポンハンポンと鳴った後響き渡った声にギャァアアとは悲鳴を上げる。 『ハローハロー!放送部は今から三分だけあたしがジャックしまぁす! 自己紹介しまーす!あたしは名もないちゃんです!短い三分間だけど、宜しくね! えっと、立海大附属中の丸井ブン太くん。至急校舎内の三階の3-3の教室に来て下さい! じゃないと、君の命が危ないぞ☆ 来ると君が欲しい物が手に入ったり手に入らなかったり・・・ま、なんくるないさぁ! っげ!三分経った?あ、ごめんなさい、騒がせちゃって。 つーことで丸井君、頑張るがヨロシ!んじゃ!!』 「なにやってんの――ッ!!」 頼むから私に平穏な一日を過ごさせてくれッ!の心の叫びが当然に届くはずもなく、 「行ってみる?」と言う幸村の言葉に、は目眩を抑えるようにこめかみに手をそえて頷いた。
|