「気やがったな、怪獣財布マン!」
人混みの向こうからの声が聞こえて、姿こそ見えないものの大体どんなポーズを取ってるかはゆうに想像出来た。
仁王立ちでブン太を指さしていると言った所か――溜息をついた等知る由もなく、は言葉を続ける。
「勝負は簡単!このカラオケバトルでどっちが勝つか競う。
ブンちゃん・・・じゃなかった、怪獣財布マンが勝ったら、 と模擬店回ってみようチケットが手に入るぞ☆
あたしが勝ったら、また逃げるから、捕まえてね☆」
ブン太は完璧にのペースに乗っているようだが、彼もまんざら悪い気はしていないらしく、
とブン太が教室に入った後に続いて人波も教室の方に流れて行った。みんな暇人と言うか、野次馬根性があると言うか・・・。
と幸村もはぐれないように廊下から教室を見ると、人の頭の間からおそらくがこのために作ったのであろう、
彼女の特別ステージが設置されており、どこから引っ張り込んできたのか司会者らしき人物まで居るのが遠目に見えた。
司会者はマイクを握ると「それでは、選曲なさって下さい!」と二人にデンモクを渡し、受け取ったは余裕の笑みを浮かべる。
「ブンちゃん、あたし後でいいから」
「ふぅん。余裕じゃねーか、負けても知らねーぜ」
「余裕よゆー」
それから選曲しているのか、しばし沈黙が訪れて、幸村はに首を巡らせると「は歌が上手いの?」と尋ねた。
「上手いよ。はピアノが出来るから伴奏してて、私が楽器出来ないから歌ってるだけだし」
「へぇ。じゃぁいい勝負になりそうだな」
幸村の言葉に被るように、ブン太が「俺コレ!」と言うと、は後に続くように「んじゃあたしコレ!」と声を上げた。
画面に曲が出ると、は背伸びをして目を凝らす。
「怪獣財布マン・・・無敵なsmile、名もないちゃん・・・Lost my music・・・無敵なsmile!?」
狙ってるのかなブンちゃん!?すっごい生歌みたいなものじゃん!
(ブン太の声優である高○直純さんは歌手でもあるのだ。ちなみに無敵なsmileは高橋さんの曲だよ)
ぎょっと目を見開いて驚いたが、ギャイギャイ騒いでるブン太との会話を余所に、
「うわー、聞けるとは思わなかったなぁ!」とテンションを上げると、幸村は「好きな歌なんだ」と言ってふわり微笑んだ。
「うん。私はが聞かせてくれてから知ったんだけど、結構頻繁に聞いてるよ。
特ににとっては思い入れの深い曲なんじゃないのかな。落ち込んでた時によく聞いてたみたいだから」
眉尻を下げて笑ったは、イントロが流れ出すとパチパチとまばらに鳴る拍手に便乗して手を叩く。
夕日の中駆けてく君は 前だけしか見えていなくて
風になって過ぎて行くから きっと僕は目を離せない
他人目なんか気にしない 曲がったことも大嫌い
駆け抜けた君の後ろには 笑顔の風が吹く
無敵で元気 本気が素敵
不器用でウソが下手 それでもね君が好き
わかっちゃいるけど 振り回されちゃうんだよなぁ
でも、でもさ 笑っていて欲しくて・・・
「初めて聞いたな、ブン太に似合う歌だね」
「私はこの曲聞くとジャッカル君と丸井君を思い出すよ」
「確かにあの二人にも当てはまるかも知れない。けど、俺はブン太のに対する気持ちが凄く歌に出てるなと思うよ。
が笑ってる所を見るブン太の目は凄く優しいから」
幸村と真田、柳は何かと話す機会があるが、赤也やブン太、その他のレギュラー陣とはあまり面識がない。
合宿の時に事務的な用事で二三会話を交わした位で、仕事も忙しかった為、
がレギュラー陣の輪の中に居る所も見た事がなかったは、「そうなんだ」と嬉しそうに微笑んだ。
「立海の、特に事情を知ってる人達には本当に感謝してもしたりない位だよ。
元の世界では頑ななほどに人を信用出来ない子だったから、完全に治ってはないけど、あの頃より随分素直に笑うもの」
「ありがとう」と言うの言葉に、幸村は少し考え込むような素振りを見ると、彼女を見上げる。
「お礼を言うのは俺たちの方だ。
立海大だけでも、君達が来た事でいい方向に変わった事はいくつもある。
赤也が妹をちゃんと見直す機会が出来た事、真田が少し人間的に丸くなった事、
あれだけ自己中心的だったブン太が“誰かの為”を思って感情を見せるようになった事――俺が病気と真っ正面に向き合えた事」
…君がここに来たのは、俺達の為でもあるのかも知れない
「君達がこの世界に来たのは、俺達の為でもあるんだ」
あの時胸に過ぎった思いは、今となっては確信として感じる事が出来る。
が少し驚いた顔をして、「そうかな?」と苦笑すると、恥ずかしさ故話題を変えるようにステージを見た。
「あ、そろそろが歌うみたいだよ」
ブン太からマイクを受け取ったは、アップテンポなリズムに身体を揺らすと、大きく口を開く。
星空見上げ私だけのヒカリ教えて
貴方は今どこで 誰といるのでしょう
楽しくしてること思うと 寂しくなって
一緒に見たシネマ 一人きりで流す
大好きな人が遠い 遠すぎて泣きたくなるの
明日目が覚めたら ほら 希望が生まれるかも Good Night!
大好きな人よいつも いつまでも探してしまう
きっと目が覚めても まだ 幻を感じたい Morning
勝負の結果は僅かな差でが勝利したものの、ブン太は「ちゃんと模擬店を回ってみようチケット」を手に入れたらしく、
まぁ生で無敵なsmileが聞けたのだからも満足出来たのだろうな、と廊下に出てきた二人を、は満面の笑みで出迎えた。
ブンちゃんの無敵なsmileを生で聞けたのはとしても嬉しいが、事あの放送に関してはまったく別の話である。
「?さっきの放送、凄く面白かった」
「えっと・・・ちゃん、それはもしかしなくても嫌味?」
「うっわー、姉ちゃん嬉しいなぁ。はそんなことがわかるようになったんだ」
怒っても反省などしないのだから、ちくちくと嫌味を言って撃沈させた方が効率がいいと判断をしたが小言を並べていると、
隣で車椅子に座っている幸村がより更に深い笑みで話題を切り出した。
「聞いたよ。合宿の時に肝試しをして、は随分とに協力的だったんだね。
くじや地図に細工したり・・・恋のキューピットかい?可愛いな、ふふふふふふふ」
腐腐腐腐腐腐腐!?(再び)
ピシィっとが固まったのを見て、
怒っていたはずのは申し訳ないながらも、助けを求めるようなから視線を逸らす――ごめん!墓には極細のポッキー添えるから!
合宿に行く前までの幸村は淡い風景の似合う儚いイメージだったはずなのに、
どうして今背後に見えるのは地獄絵図なのだろうか、とは苦笑いを零した。
話の流れとは言え、リョーマとの仲を取り持った話しをしたのがまずかったらしい。
生憎今まで好意と言うものを寄せられた事がなかったから、こういう言葉が逆鱗に触れるんだなとに無駄な知識が増える。
そんな彼女の前で、が「ち、違うんだよ!」と慌てて訂正すると、幸村は「何が嘘なんだい?」と尋ねて言葉を続けた。
「俺は嘘つくような子に育てた覚えはないんだけどな」
真田だろうが跡部だろうが誰だろうが自分にたてつく人間は、三枚目キャラに落とししめた挙げ句、
ギャグの道に引っ張り込むのが大得意なも、幸村に関しては相手が悪かったようで、すっかり主従関係が出来上がっているようだ。
怯えたが「ご、ごめんなさい」と小さな声で言うと、幸村は可愛らしく「ん?」と小首を傾げる。
「聞こえないな」
「謝ったんだし、いいだろぃ?」
口出さない方が身のためだと、当本人のでさえ口を挟まないのにを弁護したブン太は、その身一身にブリザードを受けるハメとなった。
「俺、きちんと謝ってもらわないと気がすまないんだ」
「ご、ごめんなさい!すいませんでした!もう二度とこんなことしません!
たとえ真田が鼻から牛乳吹くからしろって言われてもしません!
柳が開眼しながら「んふっ」って言うって言われてもしません!!」
「うん。それでいいんだよ」
満足気な幸村が頷く傍で「そんな事二人はしないだろう」とは小さくツッコミを入れて、今が潮時だろうと穏便に幸村を促した。
「幸村君、ホラ、そろそろ模擬店閉まっちゃうし、回ろうよ!」
助けるのが遅いよ、との冷たい視線を受けたが、しょうがなだろうとは心の中で呟く――私だって命は惜しいもの。
今ならなんとなく柳の気持ちも分かる気がして、は呆然としているをブン太に任せてその場を離れた。
もしかしたら私、凄い人に好かれたのかも知れない。
しみじみと自分の立場を実感するの横で、幸村はそんな彼女を見た。
そして、恐らくそれは期限付きです。私達は元の世界に戻り、彼女達も戻ってくると思います
いくら君達がこちらに来たいと願っていたとしても、来てしまったのは不可抗力で、帰りたいと願ったって帰れない。
ぎゅっと胸を締め付けるこの思い。
ああ
君達が帰りたいと願っても帰れないように、君達にどれだけ帰って欲しくないと願っても帰ってしまう日は来るのだろう
俺達が・・・俺が、どんなに君を必要としていても
「あ、幸村君。喉乾かない?お茶売ってるから買おう」
幸村の思考を遮ったの言葉に、「そうだな」と言えば、彼女は緩やかな笑みで答えてくれる。
その笑みが胸を焦がして、たまらなくなった幸村は、背中を向けた彼女にすがるようにその名を呼んだ。
「」
「何?」
足を止めたが振り返って「お茶嫌?」と言う問いに答えもせず、幸村は溢れ出す感情のまま、彼女の名前を呼ぶ。
「・・・ッ!」
「・・・幸村君、もしかして具合悪いの?」
顔を曇らせて駆け寄って来た彼女に手を伸ばしかけたものの、
幸村は唇を噛みしめるとゆっくりと手を車椅子の上に戻し、「違う」と首を横に振った。
か え ら な い で
お れ の そ ば に い て く れ
「何でもないんだ。少し、名前を呼びたくなって」
「変な幸村君。名前なんていくらでも呼んでいいよ、タダだもの」
誤魔化して曖昧に笑った幸村を見て、にっこりと笑う彼女に言えばきっと困るだろう。
自分にもいつ連れ戻されるか分からないのに、幸村の言おうとしていた言葉はそんな彼女を困らせる言葉だ。
でも、この手を今手繰り寄せて彼女の身体を抱きしめ、「俺には君が必要なんだ」と言えれば、
「帰らないでくれ」と言えれば、この想いは僅かにでも救われるのに。
名前を呼べば当然のように振り返ってくれる彼女は、いつまで手の届く距離に居てくれるか分からない
「君を連れてきてくれた神様には申し訳ないけど」
帰らないで とか 俺を好きになって とか そばに居て欲しい とか、そんな事は言わない。
でもこれだけは言わせて欲しい
「神様にも手の届かない所に攫って、君を閉じこめられればいいのにって思うんだ」
指先が、驚いている彼女の頬に触れる。
髪が手に絡まって
彼女の唇が「幸村君?」と言う言葉を紡ぎ出す
「、越前さんの身体でよかったね」
今目の前に居る君が本当の姿なら、例え君の心が誰を映していても
俺は君にキスしただろうから

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