財布はいらなかったな、とイカ焼きを頬張りながら呟く。
道を歩けば「感動しました!」
模擬店を回れば「あの、これ持っていってください!」と無料で食べ物を貰い(イカ焼きもその一つ)。
ある者は「サイン下さい!」とか言い出すし、しまいにゃ「CDとかありますか?」とまで言われた。
あるわけねーだろ、おい
キョロキョロと回りを見渡していると、目立つ真っ赤な髪の少年が目に映る。
あの見慣れた制服、噛んでるガム。
「、見つけたぜ!」
ブン太もに気付いたようで、満面の笑みを浮かべながら全速力で突進してくるのが見えた。
はブン太に笑顔を見せると、その顔のまま右手を振る――「バイバイ、ブンちゃん」
「え、ちょい待て!」
「捕まえてみそぉ!」
お互い猛ダッシュで人の波をくぐり抜け、一定の距離を保つ。
「ほーらほら!早くしないと逃げちゃうよぉ!」
この人混みでは、体力のあるブン太でも、さすがに追いつけないことを知っていて、は挑発する。
しばらく二人は走っていたが、ふとブン太の視界からが消えた。
「クッソ。こうなったら負けらんねぇ!!」
逆に、ブン太のテンションを上げてしまったことを、は知らない。
□
ピーンポーンパーンポーン
『ハローハロー!放送部は今から三分だけあたしがジャックしまぁす!
自己紹介しまーす!あたしは名もないちゃんです!短い三分間だけど、宜しくね!
えっと、立海大附属中の丸井ブン太くん。至急校舎内の三階の3-3の教室に来て下さい!
じゃないと、君の命が危ないぞ☆
来ると君が欲しい物が手に入ったり手に入らなかったり・・・ま、なんくるないさぁ!
っげ!三分経った?あ、ごめんなさい、騒がせちゃって。
つーことで丸井君、頑張るがヨロシ!んじゃ!!』
どこかで、「何やってんの――ッ!!」という叫び声が聞こえたが、きっと自身には届いていない。
姉も苦労するな、と哀れに思いながら「しゃーねー、行くか」と校舎へと向かった。
□
「来やがったな、怪獣財布マン!」
3-3の教室の前で仁王立ちしていたは、ブン太を指さし叫んだ。
先程の放送を聞いて何事だ、と集まった人だかりが廊下を埋め尽くし、やっと来られたらこれだ。
「勝負は簡単!このカラオケバトルでどっちが勝つか競う。
ブンちゃん・・・じゃなかった、怪獣財布マンが勝ったら、ちゃんと模擬店回ってみようチケットが手に入るぞ☆
あたしが勝ったら、また逃げるから、捕まえてね☆」
お前少しは姉の事を考えてやれ。そのうちハゲるぞ?(ハゲネタ禁止!by姉)
仕方ない、と半ば諦めて了承し教室の中に入ると、そこは既に用のステージになっており、廊下にたまっていた見物人達もぞくぞくと入ってくる。
司会(っぽいヤツ)がマイクを握ると、「それでは、選曲なさって下さい!」と2つのデンモクを渡す。
「ブンちゃん、あたし後でいいから」
「ふぅん。余裕じゃねーか、負けてもしらねーぜ」
ニヤリと笑うブン太に、も同じように笑い返し、「余裕よゆー」と嘲笑って見せた。
「俺コレ!」
「んじゃあたしコレ!」
二人が曲を選曲すると、誰もが息をのんで、何を入れたのかを目を凝らして見る。
周りのテンションも一気に上がって、刻々とせまってくる二人の勝負を待ち望むように、教室は沈黙が流れていた。
怪獣財布マン→”無敵なsmile”
名もないちゃん→”Lost My Music”
「お前何で俺の名前が怪獣財布マンになってんだよ!お前ネーミングセンスって言葉知ってるか!?
つーか名もないって名前入ってんじゃねーか!!」
「いーじゃん!別にぃ!ブンちゃんがブンちゃんって名前で登録してあっても面白味ないじゃん!!」
言い争いしてる間に、ブン太の曲の前奏が流れ始める。
ブン太が立ち上がると、司会からマイクを受け取り、ステージに乗った。
帰ってきたブン太に「なんでコレなの?」と聞けば、「俺と声が似てるから?」と普通に返された。
たまに誰かの温もりが欲しくなったとき、この曲を聴いた。
ブン太が歌っているような気がして、自分の事を歌ってくれてるように思えて、すごく安心できた。
「そっか」と平然を装ったが、内心心臓バクバクで今にも破裂しそうだ。
この選曲はなしだろ。
「今さら緊張してきたのかよ」
「んなわけないでしょ!」
ぷぅっと頬を膨らませて、ブン太からマイクを受け取る。
――「ちゃんの事好きになってよかったって思う」
――「俺、今までフラフラしてたけど、ちゃんの笑顔の為ならちゃんと彼女を見るよ。
丸井君にも、他の誰にも・・・彼女の本当の笑顔は渡さない」
の声と、千石の言葉が重なって聞こえて、ブン太は思わず耳をふさぎたくなる。
自分が入る隙がないのはわかっていて、それでものことを追うのはすごくつらい。
好きだ でも、自分が入る隙はない。
じゃあ、どうすればいい。
返ってきて欲しい返事は、決して返ってこずに、思考だけが空回る。
それでも、
「どーよブンちゃん!あたしってば最高くない!?」
けどよ、千石。
俺もお前に負けないぐらい、コイツの笑顔が見たいから。
結果は少しの差でが勝利したが、「ブンちゃんの歌聞けたから」という理由でブン太は”ちゃんと模擬店回ってみようチケット”を手に入れ、
教室を出ると、そこには満面の笑みのと幸村が居た。
「?さっきの放送、すごく面白かった」
「えっと・・・ちゃん、それはもしかしなくても嫌味?」
「うっわー、姉ちゃん嬉しいなぁ。はそんなことがわかるようになったんだ」
ちくちくと嫌味がを串刺しにして、は今にも沈没しそうだ。
そして、今まで黙って笑っていた幸村が、もっと笑みを濃くして言った。
「聞いたよ。合宿の時に肝試しをして、は随分とに協力的だったんだね。
くじや地図に細工したり・・・恋のキューピットかい?可愛いな、ふふふふふふふ」
腐腐腐腐腐腐腐!?(再び)
ブン太は何のことかわからない、という顔をしているし、は申し訳なさそうな顔をしたものの、
助けを求めるようなから視線を外す――ごめん!墓には極細のポッキー添えるから!(そんなんで納得出来るか!by)
「ち、違うんだよ!」
「何が違うんだい?俺は嘘つくような子に育てた覚えはないんだけどな」
うっ、と言葉が詰まって、何も言えなくなったは顔を青くして、怯えたように幸村を見ながら「ご、ごめんなさい」と呟く。
「ん?聞こえないな」
「ひぃっ!!」
既に半泣きのの肩を持ちながら、ブン太が「謝ったんだし、いいだろぃ」と幸村に弁護するが、まったく聞いていない。
「俺、きちんと謝ってもらわないと気がすまないんだ」
「ご、ごめんなさい!すいませんでした!もう二度とこんなことしません!
たとえ真田が鼻から牛乳吹くからしろって言われてもしません!
柳が開眼しながら「んふっ」って言うって言われてもしません!!」
「うん。それでいいんだよ」
納得するように頷いて見せた幸村は笑顔のままで、ブン太は想像したのか腹を抱えながら笑っていた。
「幸村君、ホラ、そろそろ模擬店閉まっちゃうし、回ろうよ!」
頃合いを見てが救いの手を差しのべたが、遅い。
呆然としているを横目に、が幸村の背中を押すようにして去っていくと、取り残されたのはショックの抜けないとまだ笑ってるブン太。
ぐすっと言う音が廊下に響いて、やっと顔を上げたブン太が、目元の涙を拭いながら「大丈夫か?」と肩を叩く。
「怖かったぁ!もう、部長には逆らわないようにしないと、あたしの命が危ないッ!」
柳に「彼女にとっては冗談でも立海テニス部にとっては死活問題だ」と言われた程の愛の大きさだ。
いくらテンションとマイペースでどこまでも突っ走るでもさすがに勝ち目がない。
「今日はもう模擬店回れねーな」
「・・・そうだね」
まだフリーズしたままのは、ボソボソと小さい声でしか喋ることができなかった。
それを苦笑しながら横目で見、ブン太はの頭に手を置く。
「始めに会ったとき俺が言ったこと、覚えてるか?」
――「今度よ、一緒にモンブラン食べにいかねーか?」
「モンブラン食べに行こうってヤツ?」
「おう。今度二人でデートしようぜ!もちろん、俺の奢りで」
嬉しそうに笑ったが「うん!」と、廊下に響きすぎる程大きい声で返事をし、校門へ向かいながら予定を決めた。
拝啓 ちゃん!
やっぱり、幸村部長は怖いけど、あたしはリョーマ×ちゃんを応援します!
だから、今度は部長にばれないようにしてね!一応押しつけがましいけど、あたしからちゃんへの愛だから!
ちゃんに幸せが降りそそぎますよぉに!
拝啓 千石
――俺は を振り向かせる。お前にアイツを渡したら、アイツが傷つくのが目に見えてるんだよ。
もうアイツが傷つく顔は、見たくない
の歌を聞いたとき、やっぱりあの言葉を撤回しようと思った。
けど、無理!俺のこと想いすぎて、今さら諦めるなんて無理ってことに気付いた。
だから、どんなことがあっても、お前にだけは負けられねぇ
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イメージ→高橋直純さん 「無敵なsmile」
涼宮ハルヒ 「Lost My Music」

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