朝からお着替え大会で、部屋の中には先日買った服が何着も散らかっていた。
ゴシック系、お嬢様系、カジュアル系にセクシー系。いくつも並べられた服を、鏡で見ては放り投げ、また別の服を見て、の繰り返しだった。
見かねた赤也が「俺が選んでやろうか?」と提案したが、は断固拒否して部屋から赤也を追い出す。
ブン太の好みが、赤也の好みとは限らない。
デートと名づけられたお出かけである限り、何をするにもその人のことだけを考えることは暗黙の了解だとは思っている。
ことの始まりは、昨日の夜のことだった。
→回想
「え、明日?」
「おう!」
明るいブン太の声とは打って変わって、は何度も「明日?明日なの?」と繰り返し質問する。
特に予定は入ってないが、服を選んだりとかそりゃいろいろとすることがあるわけで、突然言われても困るわけですよ。
とはさすがに本人には言えず、流れでOKしてしまったことは、もう元に戻らない。
仕方なく服を入れてるたんすを開けてみたが、気分がのらなかったので明日にしよう、とその日は寝た。
→回想終了
そして、朝早くおきて風呂に入り、ばたばたと服を選んでいるわけである。
約束の時間まであと三十分で、待ち合わせの場所までは十分でつくけど、早めについておいたほうがいいし・・・
あまり長い時間悩んでいれば、またバタバタ家を出ないといけなくなる。
ぱっぱと決めてしまおうと、とりあえず種類別に服を並べてみた。
「ブンちゃんといえば甘え上手。甘え上手ってことは、お姉さん系が好きなのかな?じゃあ、セクシー系?
よかった、さんが何でも似合う人で。でもなんかこれ、ギャルゲーみたいで楽しいなぁ」
爆弾発言は、生憎誰も聞いておらずツッコム者もいなかった。
面倒くさいことは適当にする性格のせいか、セクシー系の服の中から夏っぽいやつを選んで他の服を片付ける。
「うん。似合うにあう!・・・早いけど、もう出ようかな」
□
「おう。今度二人でデートしよう!もちろん、俺の奢りで」
最初に提案したのはブン太で、だからデートの誘いも入れるのも自分の役目だろうと昨日電話をかけた。
電話をかけるまでに、何度の電話番号を呼び出し、そして何度通話ボタンを押せずに躊躇っていたことか。
やっとのことで電話して、明日と告げればは躊躇していたが結局のところ了解してくれた。
待ち合わせの場所でそわそわしながら、挙動不審な行動をいろいろとってみる。
自分の服装を確認して、汗臭くないかとか(朝風呂に入ったのに)確認して、髪を触ってみたり。
向こうから走ってくるが見えて、のほうに歩み寄る。
のほうは長い髪をアップにして、割と露出度の高い服装。
真っ赤になりそうな顔を手で隠しながら、「これは赤也の妹の身体であって、のじゃなくて・・・」と何度も繰り返し呟く。
「どうかした?」と聞いてきたは、ブン太の服装を上から下へ目を通して、「すっごい似合ってる」と微笑して見せた。
「も、すっげー似合ってる」
「あ、ホント?朝からずぅっと悩んでたから、嬉しいな」
やめろよ、勘違いするだろ。が俺の為に悩むとか、マジで心臓破裂しそうだから!
「どこいくの?」
「ケーキ屋、だろぃ」
そういえばそうだね、とブン太を見上げたの顔を直視してしまい、恥ずかしさでそっぽを向く。
だから、の顔は赤也の妹の顔であって、の顔じゃなくて・・・
どくどくと脈打つ心臓を押さえるように胸に手を当て、落ち着けるように深呼吸を繰り返した。
「うわぁ、久しぶりだ」と零したに、「亜久津と来たのが最後か?」ときけば、首を横に振った。
「凛さんとも来たよ。あの・・・沖縄の人だよ、金髪の。」
あぁ、あいつか。と返ってきたことに安心したのか、笑いながら「そうそう」とは続けるが、ブン太の心中は荒れ始めている。
なんでお前があいつとこの店に来なきゃいけないんだ。
「あたしこれ!」
「それだけでいいのかよ。まだ頼んでいいぜ?」
「んじゃぁ、これも」
「だから、遠慮しなくてもいいぞ?十個ぐらい・・・」
当たり前のように言うブン太に、「あたし、あんま甘いもの食べれないから」と言って見せれば、ブン太は面食らった顔をした。
「ケーキ屋なんか聞いてきたから、てっきり甘い物好きかと思ったぜ」と驚いた顔をしたまま言われ、そういえば言ってなかったかなと思う。
「ブンちゃんいっぱい食べるでしょ?それに、食べられても最高三個だし」
「その・・・悪かったな。あんまり楽しくねぇだろぃ?」
「そんなことないよ。甘いものって食べれないだけで、嫌いじゃないから」
それに、ブンちゃんとデートだから嬉しいし。とは、反則である。
店員に「お持ち帰りしますか?」と聞かれ、「どうする、ここで食べるか」とに振れば、首を横に振った。
「持ち帰ります」
かしこまりました、と奥へ戻っていった店員を横目に、「どこに行くんだよ」と言えば、は悪巧みが成功した子供のようににししと笑う。
「ブンちゃん、弟君が二人もいるんでしょ?弟君見たいし、ブンちゃんの部屋を抜き打ち検査したいし」
お前、それはもしかして?
よく意味がわからない、という顔をしていたブン太に、「だから、ブンちゃんちで食べよ!」とがはっきり言い放つ。
ブン太がピシィっと固まった隙に、は店員からケーキの入った箱を受け取って、ブン太が断る隙も無くブン太の家へと向かうことになった。
【弟’sの逆襲】
「いいか、ちょっとここで待ってろ?ほら、こいつら囮にやるから、な?」
と、弟君二人をおいて自分の部屋を片付けに行って、既に三十分はたっており、だんだんすることもなくなってきた。
ブンちゃんの弟はやっぱり二人ともやんちゃ坊主で、それでも可愛いから許せるかなって思わせるような弟君達だった。
囮として連れてこられた弟’sは最初は訳もわからず、もだえているを見て「兄ちゃんこの人何?」と動物扱いしなかった。
ブン太が部屋へ上っていった後に、うきうきと瞳を輝かせて「姉ちゃん兄ちゃんの彼女?」と聞いてきたのは、さすが中三の弟で、ませている。
「違うよ。部活のマネージャーしてるの」と答えると、面白くなさそうに顔を歪めた。
しばらく遊んでいるうちに、可愛くて抱きしめたくて仕方なくなったので、とりあえず次男を抱きしめてみた。
「姉ちゃん暑いよぉ」と言ったが、何も抵抗はしなかったので、そのまま抱きしめていると末っ子が擦り寄ってきて、にぎゅぅっと抱きつく。
そのまま引っ付きあいしていると、ブン太が帰ってきて「お前ら何してんだよ」と呆れたようにでこを抑える。
「弟君と戯れてたの。ね?」
「うん、姉ちゃんすっごいベタベタしてきた。赤也兄ちゃんとこのお姉ちゃんみたい」
「ねえちゃん、俺もぎゅってして〜」
赤也兄ちゃんとこのお姉ちゃんみたい、とはきっとお姉さんのことで、あの人ならしかねないな、と苦笑。
後でブン太から聞けば、前に一度弟二人を連れて家に来たことがあったらしい。もちろん、その時はまださんだった。
末っ子を望みどおり抱きしめると、ブン太がの首根っこを引っ張って「さっさと行くぞ」と階段を目指す。
を気に入ったのか、弟’sが「兄ちゃんのやきもちやき!」とか「兄ちゃんの意地悪!」とか叫んでいたがブン太はまったく聞く耳を持たなかった。
紅茶を持って上ってきたブン太に、「弟君達可愛かった」と少し危ない目をしながら言ったに、ブン太は「そうか?」と怪訝な顔をする。
「さっきね、弟君達が姉ちゃん兄ちゃんの彼女なの?って聞いてきたよ」と笑みで報告すると、ブン太は喉に紅茶をつっかえさせた。
げほげほと咳をするブン太の背中をさすってやると、ドアの辺りから「あぁ!」という叫び声が聴こえる。
幼いその声の持ち主はもちろん弟’sで、階段をバタバタと駆け下りながら「母さん!兄ちゃんがいちゃいちゃしてるぅ!」と大声で報告した。
「いちゃいちゃさせときなさい!お菓子あるからさっさと降りておいで!」という、フォローなのかフォローじゃないのかわからない叫びが返ってくる。
「あんの馬鹿家族はッ!」と隣でブン太が拳を握る姿を見ながら、ケラケラと笑いながら「面白い家族だね」とがブン太の肩を叩く。
「は、帰りたいとか思わなねーのか」
真顔に戻ったが、当然な顔をして「思うに決まってるじゃん」と返す。
「でもさ、帰りたいと思っても帰れないし、それにまだ帰りたくないって思う気持ちのほうが大きいしね。
それに、せっかくきたんだからしたいことしたいし、もともとこっちに来る前は、この世界を捨ててでも行きたい、って思ってたから」
微笑した顔は、一瞬で苦笑に変り、「でもね」と付け足した。
「どんなに帰りたくても、いつかは帰れるけど。
どんなに帰りたくなくても、いつかは帰らなきゃいけないから。くいが残らないようにしなきゃ、っていつも思うんだ」
「本当のあたしの姿何て、誰も知らないわけだし」
あのときの苦しそうな顔が、不意に脳裏をかすめてブン太の胸を締め付ける。
「誰かに本当の姿を知ってほしいとか思わないのかよ」
一瞬ブン太を見て、はいつものようにへらっと笑うと「別に」と返す。
「誰に興味持ってほしいわけでもないし、知って得する事なんてないと思うし。
それに知ったからっていまさら態度変えられたりしたら嫌だしねー。まあそんなことないとおもうんだけどさー」
そんな言葉を笑いながらいうな、とブン太が痛そうに顔を歪め、それを見たが「あ、でも、絶対知られたくないってわけじゃないし!」と付け足す。
手が勝手にの頬をつたって、の背中へ回る。
前のような押し付けるような強さは無く、優しく包むように抱きしめたブン太の横顔を見ながら、がくすくすと笑う。
「ブンちゃんってぎゅぅってするの好きなんだねぇ。あたしも好きだよ。一人じゃないって感じで安心するよね」
ここで好きだと言えば、お前は態度を変えてくれるのか?
面白がってブン太の背中に手を回し、「ブンちゃんって、意外とがっしりしてるよね」とは微笑したまま言った。
「他の子にしちゃダメだよー。あたしはブンちゃん甘えんぼさんだなって知ってるからいいけどさー。他の子は甘えられたらすぐ落ちちゃうだろうから」
も、勘違いしろよ。
勘違いして、俺のこと意識して、そのまま俺のこと好きになれ。
下唇を噛んで、腕の力を強くすると、「痛いよ、しかも暑い」とが抗議するが聞く気は無かった。
「ねえブンちゃんってば」とがもう一度抗議しようとしたとき、ガチャッと部屋のドアが開けられ、見れば弟’sがこちらを見たまま固まっている。
数秒固まったままだったが、意識が戻ったのか顔を真っ赤にしながら「うわあああ!」とブン太に突進し始めた。
すると二人でを守るようにブン太の前に立ちはだかり、大声を張り上げる。
「母さん!兄ちゃんが部屋で姉ちゃんにエッチなことしてるぅうう!!」
叫んだのは次男で、末っ子はの手を引っ張りながら「大丈夫だよ、俺達がついてるから!」と自信満々に胸を張る。
バタバタと階段を駆け上ってくる音が聞こえかと思うと、お母さんと思われし人が部屋に入ってきて、ブン太に鉄拳を食らわせた。
「教育に悪いもの見せるんじゃありません!」
「イッテェ!何すんだよッ!」
ブン太とブン太のお母さんの口げんかを他所に、が可愛いなぁと心の中でもだえながら弟達を抱きしめていた。
そういえば、デートって言いながらケーキ食べて弟君達抱きしめてただけだな、今日。あ、ブンちゃんもぎゅってしたけど・・・ま、楽しかったし、いっか。

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