片手に焼き鳥、もう片方にたこ焼きのパックで、その上に焼きそばのパックを持って人混みを歩く。
我慢しよう、とは思ったものの、いつの間にか買ってしまうのが人間ってものでありまして。

「あ、」

遠くの方に、緑のバンダナをつけた白ランの男の子を見つけ、パタパタとそちらへ駆け寄る。

「壇ちゃん、さっきはどこに行ってたの?」
「!先輩!」

うぅ、とを見た瞬間、半泣き状態に入った壇に、「どうしたの!?」ととりあえず焼きそばパックを渡してみた。
お腹が減ったら悲しくなるよね、という思考はきっとだけなのだが、
の中ではそれが通常の思考なので、きっとそうだと勝手に決め込む。

「お腹すいてるんでしょ?悲しくなるよねぇ。大丈夫、ほらあたしの焼きそばあげるから」

焼きそばを受け取った壇を引きつれ、とりあえずベンチがある場所へと急ぐ。
泣きだされると困る。どう対処して良いのかわからないので(特に小さい子)、早めに何か食べ物を食べさせてあげないといけない。

先輩と越前先輩の歌を聞いてるときに、人の波にのまれて外に押し出されちゃって。
でも、千石先輩も気付いてくれなくて、いつの間にかライブは終わってるし・・・」

「なるほど。お腹が減ってるんじゃなくて、寂しくて泣いたんだ」
「泣いてません!」


かわいいねぇ、とシミジミと呟きながら壇の頭をなでると、恥ずかしそうに顔を赤らめながら眉尻を吊り上げ「男にかわいいは禁止です!」と半ば叫ぶ。
だって壇ちゃんから可愛いとったら何が残るの?
バンダナぐらいじゃん?
(酷)


本人に言ってしまうと、きっとまた泣き出してしまうのでやめるが、心底そう思ってしまう。
壇ちゃんの顔のままで、背が大きくて、男っぽいしゃべり方で、男前で、仁さんより喧嘩強かったりすると、あたしが泣くよ?

「ラッキー」

聴き慣れた口癖が聞こえ、振り向けば千石が後ろに立っていた。
「あれ、檀君もいたんだ」とさりげなく酷いことを言ったあとに、壇とは反対側のの隣に座る。

「千石さんも焼きそば食べます?」
「ありがとー」

壇と二人でつついていた焼きそばのパックを千石に渡し、はたこ焼きパックを開けた。

先輩、それも食べるんですか?さっき僕とあったときは焼き鳥食べてたですよね
・・・え?普通じゃない?

「すごいですね、先輩の胃袋の大きさを見てみたいです」と言った壇は大物である。
「そう?普通だけど」とはの言い分で、元の世界にいたときから好きなものだけはよく食べていたし、切原家はよく食べるからなぁ。

「これ、おいしいね」
「そうですよねぇ。なんか飲み物飲みたいな」

「俺買ってくるよ」


空のパックも捨てなきゃいけないし、と立ち上がった千石に「そういう意味で言ったんじゃないです!」とが止めに入るが、千石は立ち止まらない。
くるっと振り返って、「財布として見つけるのが遅かったお詫びだよ」と笑って見せた。






なかなか帰ってこない千石を待ちながら、壇と対談していると複数の人影がさす。
千石さんが誰か連れてきたのかな、と見上げれば、いかつい(つーかキモイ)男たちがにたにたと笑っている。

「この間はお世話になったな」

え、誰?
あからさまに表情にそれを出したに、男が不機嫌そうに「覚えてないのかよ」と呟くが、まったく覚えてない。

「あの、どちらさまでしょうか」
「テメー、山吹の亜久津とつるんで俺らぼこぼこにしたろーが」(第四話:妹は不良!?参照)

・・・え?
とりあえず、「亜久津先輩が?!」と叫ぼうとしていた壇の口を塞ぎ、「あ、あぁ・・・」と曖昧に反応してみる。

「お礼がしたかったとこなんだよ」

にやっと笑った男を、いかにも気持ち悪いんで近寄らないで下さい、と言う目で見る。
それで気分を害したのか、はたまた今までのの行動にイラついたのか、男が何も予告せず拳を揮う。

「うわ!」

壇を後ろに隠し、拳を避けると、男は「その小さいやつ庇ってどれぐらいもつだろうなあ?」とあざ笑い、二発目を振り下ろそうとする。
今度はそれを避けようともせず、は口元だけ笑いながら男を見た。

「今ので合計百点減点。はい、君地獄行き」










帰ってきた千石が見た光景は、が壇を庇いながら男の拳を避けるところ。
その後ろで二、三人の男たちもにたにたしながら、その光景を見ている。

止めなければ、と思ったと同時に、男が壇を馬鹿にして再び拳を振り上げた。
は何の反応もせずにそこに立っており、彼女を助けなければと足が動いた瞬間、が笑う。


「今ので合計百点減点。はい、君地獄行き」


笑う、否。口元は、まるで糸で引いたように深い弧を描き、目元はまったく笑っておらず、声は押し殺したように低い。
走り出した足は、その笑みとは呼べぬ笑みを見たことで動きを止め、今まで見たこともないの顔に、ただ呆然と立ち尽くす。

「まずネチネチ気にしてるのウザイ、減点10点。声が駄目、減点20点。笑い方気持ち悪い、減点5点。影が薄い、減点5点。
んで、壇ちゃん馬鹿にした、減点60点。合計百点おめでとう」

今度はふわりと優しく笑い、ぱちぱちと拍手を零す。
次の瞬間、のストレートパンチがその男に炸裂して、回りの男たちがうろたえる。

「こいつ連れてさっさと消えて。今あたしすごく機嫌悪いよ。可愛い子馬鹿にするなら、自分が同等に可愛くなってみせなさいよ。
それが無理なら、二度とあたしに近寄らないで。それとも・・・

あたしに相手して欲しいの?」


して欲しいならしてあげるよ?ともう一度彼らに言い放ち、
腰を抜かして半ば這い蹲りながら逃げていく彼らを、はただただ顔色一つ変えずに見ていた。
やっと意識を取り戻した千石が、二人のもとへ駆け寄ると、「あ、千石さん。おかえりなさい」といつもと変わりなくが笑う。



ちゃん、なんであんなことしたの」

ねえ、あんな顔しないで。
人の心の中をすべて見透かしたような、心のない人形みたいに笑わないで。



「え?あんなことって?あ、殴ったことですか?あれは正当防衛で・・・」

「それもだよ。もし手を怪我でもしたらどうするつもり?ピアノ弾けなくなるかも知れないよ?」
「そんな大げさなぁ」

ケラケラ笑いながら千石の肩を軽く叩くが、千石は真剣な顔をしたまま「真面目な話」との両肩を持つ。

「それに、どうしてあんな笑い方するんだい?」
「ああいう笑顔を見せたほうが、相手はうろたえるでしょ?あれじゃないですか、あの・・・そう!戦略ってやつ、で・・・」

また笑いながら千石を見上げるが、気まずさのあまり、が再び俯く。
壇も、何も言えずにの服のすそをつかみ、自分の足元を見つめたまま。



「あんな笑い方しないで欲しい。俺は、いつも君の笑顔を見ていたいと思うけど、あんな笑い方するちゃんは見たくないよ」

君を護りたい。
君はいつも笑ってるけど、時にはつらいときだってあるんだよね。それを、俺に分けて欲しいんだ。
ちゃんのためなら。ちゃんの笑顔のためなら、俺はなんだって我慢するから。

だから。だから、あんな笑い方しないで?



目をまん丸に開いてそのまま動かなくなったを、今だ真剣な顔つきで千石は見つめ、われに返ったが目を合わせないようにうつむく。
段々顔を赤くしていくの横顔を見て、泣かせたのではないかと千石が顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」
「・・・あの、千石さん。それ、聞き間違えると告白に聞こえます、よ?」

「・・・へ?」と間抜けな声を出した千石も、の言葉を聴いた瞬間に顔を真っ赤にして口元を片手で覆う。
「ほら、あの!そういうことは、あんまり言わないほうがいいですよ。勘違いしちゃいますから」

ね、壇ちゃん。ととりあえず壇に話を振ってみるが、「え、え!?」と思った通りの反応が返ってきて、こりゃ駄目だと三人の間に沈黙が走る。

『六時を過ぎました。模擬店を閉めてください。まもなく学校の門がしまりますので、まだご来場されている方は出られてください』

神の助けのような救いの声が入り、それを合図にが「帰りましょうか!」と声を上げた。
「そうだね」と千石も笑って見せ、壇も二、三回うなづき、三人並んで校門へ目指す。

校門のところに赤也とブン太が不機嫌そうに門にもたれかかり、出てきた達三人を横目でにらむ。

、帰るぞ」
「さっさと来い」

明らかに不機嫌ムードむんむんの二人のもとに気まずそうに駆け寄りながら、が千石と壇のほうへ振り向く。
「今日はありがとうございました!また遊びに行きますね!壇ちゃん今度また二人でお話しよーね!バイバイ!!」




「千石先輩、ライバル多いみたいですね」
「うぅん。そうなんだよねぇ。アンラッキー、かな?ねぇ檀君、今日のあの告白紛いな告白、早すぎたと思うかい?」

「僕にはわかりません。でも、千石先輩の想いは伝わったと思うです」
「うん、そうだね」


彼女には、伝わったろうか。
君を護りたい、っていうことを。君の笑顔がみたい、っていうことを。君には伝わったろうか。

ちゃんの事好きになってよかったって思う

君を好きになってよかった。
もし君に出逢ってなかったら、俺はまだフラフラしていろんな人を傷つけていたのかもしれないから。

俺、今までフラフラしてたけど、ちゃんの笑顔の為ならちゃんと彼女を見るよ。
丸井君にも、他の誰にも・・・彼女の本当の笑顔は渡さない


あんなことを言えたのは、心の底からそう思えたから。だからね、君にはいつも笑って欲しい。
本当は、他の誰にもちゃんの笑顔を見せたくないけど、君はいつも、誰にでも微笑んでるからきっとそれは無理だけど。

大丈夫。俺、ちゃんを護ってみせるからさ

大丈夫。俺がちゃんを護るから。