「納豆入りたこ焼きいかがッスかぁ!」

大きく声を張り上げた声が耳に届き、パタパタとそちらへ駆ける。
「ねえお兄さん、納豆入りたこ焼き一パック頂戴な」

あいよ!と上機嫌でたこ焼きを焼きだした赤いオカッパ少年を見ながら、は帽子の下で微笑した。

財布は欲しいが当ても無くフラフラ歩き回りたいな、という思考に辿り着いたは、走り出したあとすぐにそこらへんの模擬店で帽子を買った。
メッシュが隠れるように深く被れば、案外ばれないものだ。

「がっくん、納豆入りするときはマヨネーズ入れてみるとおいしいんじゃない?」
「を!いい案ゲット!・・・って?!」

片手を挙げて見せれば、「あっちぃ!」とヘマしたのか岳人が叫ぶ。

「大丈夫?っていうか暑くない?こんな真夏に小さな屋台の中でたこ焼き焼いてるとさぁ」
「おぅ!侑士がスタミナつくし、たこ焼きやと言ったら小さな屋台や!って言って聞かねーからよ。
仕方なく付き合ってやることにしたんだけど・・・やっぱ暑いもんは暑いよな!しかも肝心の侑士はどっか行くし。くそくそ侑士!」

おのれ忍足め。あたしの可愛いキャワイイがっくんをパシッて
自分は一人女遊びなんてしやがって!
(←の勝手な決め付けです。)
女のケツ追っかけては殴られてるくせに!(←の勝手な決め付けです。

「おーい、?」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと忍足に怨念送ってただけだから気にしないで」

微笑すれば、岳人は顔を真っ青にして「そ、そうか」とまたたこ焼きを焼き始めた。何かいけないこと言ったかな?
「ほらよ」と焼きたてのたこ焼きを受け取って、もその屋台の中に入ることにした。

「狭いんだから幅とるなよ?」
「あれ、がっくん。そんなこと言うのはどの口?あたしに制裁を与えて欲しいの?いいよ、してあげ・・・「すいませんでした!」・・・よろしい。」

はむ、っと一つ目を頬張って、口の中でとけるたこ焼きに感動しながら頬に手を当てる。
「あたし、一回でいいからがっくんの作った納豆たこ焼き食べてみたかったんだよねぇ」

明日の方向を見ながら呟いたに、「俺納豆たこ焼き今日発明したんだけど?」と岳人が返し、今度はが顔を真っ青にした。

「いや、ね!友達から聞いたんだ!

言い訳にしては苦しいが、単純な岳人は「そーか!俺の納豆たこ焼きはそんなに人気なんだな!」と嬉しそうに微笑む。
あなたのそんな可愛さがあたしを萌え死にさせるんです!

パクパクと納豆たこ焼きを口に放り込んで、全部食べ終わるとすぐに席を立つ。

「もう行くのかよ」
「うん。ちょっと寄りたいところがあるからさ」

じゃあ、と立ち去ろうとしたに「待てよ」と声がかかり、しばらく待っていると「ん」と差し出されたのはたこ焼きのパックだった。
「しゃーねーから、金はとらねーよ」

萌え死にしてもいいですか?
保志さんボイスでそんなこと言われて、可愛い可愛い岳人がツンデレなんてあたしを萌え死にさせたいんでしょ?そうだよね?

「ありがとう、がっくん!一生大事にするね!
一生大事にするもんじゃねーし。つーか腐るぞ

「行ってくるね、がっくん!」と背中に叫ぶと、「帰ってくんな」と言われる始末だったが、が愛だと受け取った。



とすれ違いで帰ってきた忍足が、「さっきとすれ違ったで」との報告をすると、「ここにいたぜ」と振り向きもせず岳人が言う。
「そうなん?岳人なんか機嫌悪う無い?」
「悪くねーよ。ただ・・・ピアノ上手かった、ってに言えなかっただけだ」

ぷぷ、と笑った忍足を振り向いて、「笑うな!」と真っ赤な顔で叫ぶが、忍足は腹を抱えて笑い出す。
歩み寄って来て岳人の肩に手を置き、「ま、大丈夫やって。みんなと同じこと言うんも嫌やろ?」ととりあえずフォローを入れた。

「あ、そういえばよ。さっきが忍足に怨念送ってたけど大丈夫だったのかよ」
「ッ!看板が落ちてきたのも、ペンキ被りそうになったり、挙句の果てに車にひかれそうになったのはそのせいか!」

恐ろしきの怨念、と二人は顔を真っ青にして呟いた。











校舎をパタパタと駆け回り、やっと見つけた後姿目掛けてダイブすると、「うわッ!」と予想通りの悲鳴をあげた。
振り向いた宍戸に「お久しぶり!」と手を挙げれば、「さっき会ったろーが」と真顔で返された挙句「早くどけ」とまで言われてしまう。

「酷いッ!宍戸さんに会うためにあたしがどれだけ頑張ったか!
がっくんと悲しい別れをしたり、アホベに宍戸さんの模擬店のヒント教えてっていう嫌味まじえたメール送ったり、忍足に怨念送ったり!

「最後の関係ないよな?」


話題には関係ないけど、宍戸さんのウエイトレス姿はエロイです。
胸元のボタンはアホベじゃないんだからちゃんと閉めましょう!乙女がもだえます!

「とりあえず紅茶下さい」
「アイスティー、レモンティー、アールグレイ、ピーチ、ストロベ「ピーチお願いします。」・・・かしこまりました」

放っておけば延々と続きそうな紅茶のメニューにいらだって、言葉をかぶせて注文すれば無表情のまま宍戸が奥へと戻っていく。
その後姿を見ながら、自分の携帯をいじっていると後ろから「ねぇ」と声をかけられた――これは、もしや。

「あなたね、宍戸君のなんなわけ?」
「じゃあ君は宍戸さんのなんなわけ?」

売られた喧嘩は絶対買う!これ鉄則!
まさかそうくるとは思っていなかったのか、氷帝の女子生徒が怯んだのが目に見えてわかった。

「だいたい、あなた何処の生徒よ!宍戸君のべたべたし「あ、お茶来た」・・・」

まったく話を聞いていないことを主張するように、あからさまに言葉をかぶせて紅茶を受け取る。
「ッち」という舌打ちがきこえたが、舌打ちしたいのはこっちだ。

なんであたしの宍戸さんに抱きついて萌えただけで喧嘩売られなきゃいけないのさ。

「君は、宍戸さんの周囲の人間関係に口出しできるほど宍戸さんの中で大きな存在なのかな?
あたしには、そうは見えないけど。」

くっと怒りと嫉妬で下唇をかんだ彼女から目を離さずに、さして間もおかずはまくしたてるように言葉を並べていく。

「あたしには宍戸さんのすることに口出しする権利はないし、でも君にもない、それはわかってるんでしょ?
嫉妬とか怒りとか誰にでもあると思うけど、それをちゃんとわきまえとかないと好きな人にも好かれないよ?

でも宍戸さん鈍ちんだから、ファンとしては女が近づくと危ないッ!って思っちゃうよね。あたしもわかるよ、その気持ち。
なんたって、今頃気がつけばまだ恋したことがないぃ♪とか歌ってる人だし。」


ね!と後押しすると、あまりの言葉の多さに脳が追いつけなかったのか「え、あ、そうね」と女子生徒はこぼした。
そんな歌誰がいつ歌った

え、と冷や汗をかきながら振り向けば、「クッキーやろうと思ったけど・・・やめとく」と宍戸が踵を返す。

「待った!嘘うそ!今のなし!宍戸さんはいっぱい鯉・・・あ、間違えた。恋したことあるもんね!」
「一応つっこんどくがわざとだろ、お前

こちらをちらりと向いて、わかりやすく嫌そうな顔でため息を吐いた宍戸に「いやー!行かないであたしのクッキー!」と叫ぶ。
後ろにいた女子生徒は目を剥いて二人を見ていた。

「宍戸さんの馬鹿ッ!ファンの人に嫌われたってしらないから!でもあたしは宍戸さん好きだよ!」
「バッ!お前それ前に不二弟にも言ってただろ!」

「だって裕太可愛いもん!がっくんも可愛いけどね!宍戸さんは・・・ツッコミがするどいから、なの?
「俺に聞くな」

はぁ、ともう一度ため息を吐いた宍戸と、まだ考え込んでいるのコンビを見ながら女子生徒がくすくすと笑う。
さすが氷帝生徒というか、笑い方から笑顔からしぐさから、すべてが上品である。には到底真似できない。(←うるさい!by

「あなた、最初はファンクラブでもないのに宍戸君にくっついてたからむかついたけど、子供みたいね」
「そうなんだよな。子供過ぎて・・・」

「子供子供言うな!子供禁止!身体は立派に大人なんだい!今すぐ脱いで見せたろか?!

ぶほッ!と噴出し、宍戸が「そういうところが子供なんだろ」と仏頂面になる。
の隣に立っていた女子生徒は「ほらまた」と肩を揺らして笑う。

二人の反応を見て、むっと眉根を寄せたは、宍戸の持っていたクッキーのバスケットを取り上げる。
二、三個同時に口に入れて、宍戸に舌を出す――「もー怒ったもんね!真田の鉄拳が飛んでくるんだから!今に見てやがれコノヤロー」

「甘ッ!これ無駄に甘くない?!」
「女子が作ってるから、そりゃ甘いだろ。第一ここは甘い物好きの女子のために作られたような模擬店だしな」

「その女子達に言っておいて!世の中甘いもの好きの女子ばっかじゃないよ、って!」
それならお前が来るなよ

「だって宍戸さんの侑士・・・じゃない、雄姿を見たかったんだもん!ついでにいうと胸元のボタン開けたエロイ宍戸さん見たかったんだもん!」
「だからわざとだろ、お前。それに、このボタンは・・・その・・・女子が・・・」

もごもごと聞き取りづらい言葉を、は目ざとく聞き取っていた。
女子生徒も目を丸くして宍戸を凝視したまま、白くなって動かなくなってしまった。

「他の女に触られた身体であたしに触らないでよ!」
いい加減にしろ、お前。ツッコミするこっちの身になれ

宍戸のツッコミが入ってきたところで、は「おし。」と区切りをつけたように呟く。

「宍戸さんとも戯れたことだし、今日は満足まんぞく。財布は見つけてくれなかったけど、もう今日は帰ろうかな!」

何か言おうとする宍戸に気付いたのか気付いていないのか、は「そうだ」と言って振り返った。
「ねえ宍戸さん。今度また遊びに来てもいい?」
「・・・ああ」








後日、が氷帝へ遊びに来て、この間の女子生徒を探したいと騒ぎ出し、跡部の権力を使って放送部をジャックした挙句、
跡部に叱られ「宍戸さんが来ていいって言ったもん」と言ったせいで、跡部の怒りが宍戸へ向いた。

宍戸は、今度から場の空気に流されないようにしよう、と決意したことは言うまでもない。