「でも、裕太のことも好きだからね」

思い出したの言葉を、紅茶と一緒に飲み込んだ。
「なんなんだよ、あいつは」と呟きながら、皿に盛ってあるショートケーキを一口頬張った。


好き、とか普通に言うし。もし勘違いしてとる男がいたらどうするんだ?
いつもへらへらしてるし。もっと弱音吐けよ。
訳わかんないことばっかりするし。突っ走ってると転ぶぞ?


重たいため息を吐くと、後ろから「財布見っけ!」と聞きなれた声がして後ろを振り向くと、満面の笑みのがこちらへ走りよって来ている。
噂はしていないものの、噂をすれば、と言ったところか。

「すいません、チョコケーキ一つ」

さり気に店員に注文しながら、裕太の向かい側に座ると「さっきぶり!」と片手を挙げた。
「お前を捕まえたやつが財布じゃなかったのか?」と言えば、不快そうに両眉を寄せ、「むぅ」と唸ったかと思うと、ぱっと顔を明るくする。

自分ルール発動!今からあたしが捕まえた人も財布!んで、裕太捕獲ってこと。はい、裕太財布ね
はッ?!

いいタイミングで運ばれてきたケーキを嬉しそうに見つめながら、「ありがと、裕太」とがフォークを持ち直す。

「んぅ!えくすたしー!」

ちゃんのチョコケーキも最高だけど、ここもおいしいなぁ。
嬉しそうにそう零しながら、裕太のイチゴを奪ってパクリと口にして「イチゴもおいしい」とへらっと笑う。

俺のイチゴ!最後までとっておこうって思ってたのに何すんだよ!」
自分ルール発動!裕太のものはあたしのもの。あたしのものはあたしのもの。」

「るっせー!お前返せぇ!」
「いやーだよぉ」

「返せ」といつまでも食い下がる裕太をちらりと横目で見て、「仕方ないなぁ」とチョコレートケーキを半分に切る。
「これあげる」とその片方を裕太の皿に置いた。


ほら、またお前はそうやって笑いながら俺の心の中を荒らして行く。
自分勝手に見えて、そのくせどっかちゃんと考えてるところとか。


チョコレートを一口食べた裕太に「おいしいでしょぉ」と自慢するように微笑した。
何故お前が自慢する?と聞きたいところだったが、おいしかったのでとりあえず「・・・まあ」と返しておく。

「食べたら模擬店回ろうっか!校舎内の模擬店もいいけど、
外の模擬店に手作りベアー売ってるところあってね、そこのぬいぐるみがメチャクチャ可愛くてさ!」

まあ捕まってしまったものは仕方ないか、と腹を括って「今日だけな」と返せば、は満面の笑みを見せた。



















は・ぐ・れ・た
さっきまで裕太前にいたのに!瞬間移動したよ、裕太。一瞬で消えちゃったんだよ、マジック?

「えっと、どうしよ!放送部?やっぱ迷子のお知らせ入れたほうがいいのかな!?
でも、どっちが迷子って言えばいいんだろ。裕太が迷子って言ったらきっと怒るから・・・それにあたしが裕太見失ったわけだし・・・」

どうすんのあたし?!
え、え?!本当にどうしよ、どうしたらいいの?!迷子になったことなんてないんだけど!
探す?裕太探す?でもこの人混みの中で?無理・・・無理だよね!?

「わーん!ゆーた!あたしここだよぉ!ゆーたぁ!!」

とりあえず、叫んでみた。










同時刻、不意に後ろを振り向いた裕太はがいないことに気付いた。
「・・・?」と、名前を呼んでみるが返事は無く、きょろきょろと辺りを見渡すが青のメッシュにゴシック系の服を着た少女はいない。

「やばい」

アイツを放っておくと周りにいるヤツが危ない。
早く探さなければとおどおどし始めるが、うまく行動できずにそのまま立ち尽くす。


「いらっしゃいませ!手作りベアーはいかがですか?」

外の模擬店に手作りベアー売ってるところあってね、そこのぬいぐるみがメチャクチャ可愛くてさ!

もしやと思ってテントの中に入ると、ずらりとテディベアのぬいぐるみが並んで客を出迎えていた。
うさぎやキリン、ぞうもあって、どれがの好みかわからなかったので、とりあえず目に付いたぬいぐるみをレジへ持っていく。

「500円になります」

そして、を探すべくそのテントを出た。






















「どこ行ってたのさ!」
最終的にメールでお互いの場所を確認しあって、場所を決めて落ち合った。

ベンチに座っていたが半泣きで叫び、自分の隣を叩きながら「ここ座る!」と指示する。
がまくしたてる中、裕太は黙っていつ渡すかを考えこんで、の話など聞いていなかった。

「だからね!今度からは・・・「、お前手作りベアーのぬいぐるみ欲しいって言ってただろ」・・・うん・・・?」

結局考えがまとまらず、の話に言葉をかぶせる結果となったが、裕太は恥ずかしさと気まずさで一杯でそれどころじゃない。
ぬいぐるみの入った袋をぎゅっと握って、の前に押し出すようにして出す。


「これ、やる」


「ふぇ?」と間抜けな声をあげたに、袋を押し付けて「開けろ」と恥ずかしさで命令口調になってしまう。
ガサガサと音をたてながら袋の中からぬいぐるみを取り出したが、「かわいい」とうっとりとした目でぬいぐるみに見とれた。

「お前が好きそうだな、って思って」

手のひらより少し大きいぐらいのクマとうさぎのぬいぐるみの手に、赤い糸が繋がっていた。
しばらくそれに見とれていると、は独り言のように「あたし、ぬいぐるみ好きなんだ」と呟く。


「ぬいぐるみはね、人間みたいに感情を持たないから。動物みたいに生きてないから、安心して一緒にいられるんだ。
可愛がっても何の反応もしないけど、でも裏切られるよりマシ。

大切にしてれば、いつか心が生まれるかもしれない。大切にしてれば、どんなときも一人じゃない気がする。
だから、ぬいぐるみって好きなんだ」


誇らしげに並べられた言葉は、いつものが言っているとは思えない。
何を言っていいかわからなくなった裕太が黙り込んで、沈黙が二人の間を駆け抜ける。

「ピアノ・・・」
「ん?」

「ピアノ、上手かった。また聞きたい」

一瞬にして顔をゆでだこのように真っ赤にしたが、「駄目!駄目だめ!」と胸の前で手を交差させた。
「あたしピアノすっごくへたくそだし!今日もメチャクチャ間違えてッ!もう、マジでホントに駄目なの!」

そこまで否定しなくていいだろ、と言えば「ホントにそうなんだって!」と切羽詰った表情で半ば叫ぶように言う。


「あ、でも!あたしと裕太が会うところは殆どルドルフだし、うちのピアノも調律してないから音あってないし。大丈夫か」

安心したように手を叩いたにイラッとして「ルドルフの音楽室ってすげー綺麗なの知ってるか?」と遠まわしな変化球を投げてみる。
は見事にそれをキャッチしたようで、「あたし、今度からルドルフに行くの控えよ・・・」と呟いたのが聴こえた。

もらったぬいぐるみをぎゅっと抱いて、が笑みを零す。

「これ、大事にするから」
「当たり前だろ」