久しぶりの父のいる五人揃った夜ご飯で、今母の提案した言葉に、は箸を落とした。
「え、もう一回言って?なんて言ったの、今」と理解できない顔で何度も瞬きを繰り返し、もう一度真剣に聞こうと口を開いた母の声に耳を傾ける。

「ピアノの調律師さんを呼ぼうと思うの」

平然に、にこにこと笑いながら言う赤也ママに、「何で?」とが聞けば、「のピアノを聴きたいからかしら?」と小首を傾げる。
「赤也に聞いたんだけどね。この間東京の学校の創立際で、
理事長直々に頼まれてピアノで出演したんですって?何でお母さんに言ってくれなかったの?」

何でと聞かれても、ちゃんが黙ってなさいって言ったし。とは言い訳できず、八つ当たりとして赤也を睨む。
「うっそぉ!ピアノ弾けたの?!姉ちゃん知らなかったんだけど!調律師呼ぶべきよ!呼んで私に聞かせて!ね、

お姉さんの後押しと、お母さんの言い分でお父さんまでも納得してしまい、
しまいにゃ「俺も聞きたい!明日は早く帰ろうか!」などと言い出す始末だった。

ちょっと待って、と言える隙を見つけられず、
最終的にお母さんに「いいでしょ?」と可愛らしく言われたからには断れず「・・・はい・・・」と頷いてしまった。






【明日へ】






部活を休んで、昼に来た調律師さんの話をお母さんと一緒に聴き、帰った後ピアノを弾いていた。
昔の姉の教材が残っていたので、今までしたことあるやつをいくつかかっさらって、けれどずっと指慣らしの教材ばかりしている。

ピアノを弾くには不慣れなさんの身体では、どれだけ指慣らしをしてもつっかえるところが多い。

「たっだいまぁ!が帰ってきたぜ!」
「お邪魔します」

今赤也以外の声がすごく多い数聞こえたのは気のせいだろうか。
嘘でしょ、嘘だよね。と心中で願いながら玄関を見ると、立海レギュラー全員が靴を脱いで家に上ってきていた。

、この間はお前の雄姿を見れんかったけー。今日は聞きに来たぜよ」
いや、真面目に来なくていいですから。どうぞお引取り下さい

「もう、照れ屋だなぁ、は。ま、そんなところも可愛いよ」
「ははは。今の状況で可愛いとか言われても嬉しくないんで、さ、どうぞうお引取り下さい

のピアノを聴きたいから、と早く帰ってきた赤也にとってその間も惜しむ場面で、痺れを切らして「なあ早くリビング行こうぜ」と眉を寄せる。
一人リビングへ進もうとする赤也の腕を取って、はにこりと笑う。

何でこうなったのかな、赤也?

うっと言葉に詰まった赤也を見て、軽くため息を吐きながらことのいきさつを柳が話し出した。







→回想


部活が終わって部室で着替えていると、いつもだらだらとだべっている赤也が早々に帰ろうとしたので、幸村が「ちょっと待って赤也」と制止する。
「何スか」と首だけ巡らせてこちらを向いた赤也に、真田が「今日は何か用事があるのか」と問いただすが、赤也は一向に口を割らない。

もちろん、に誰にも言うなよ、と釘を刺されていたからである。

「何にもないッスよ!今日は好きなドラマの再放送があるんで、早く帰らないとにテレビ占領されるんッス!」
「今放送されてるのって・・・古畑任三郎だろ?お前推理物とか刑事物は頭使うから無理とか言ってなかったっけか?」

え゛?あからさまに固まった赤也の首根っこをつかんで、幸村が微笑して見せた――「何かあるんだね?」
ヒィッと声をあげた赤也が決め手となって、結果的に「今日家にピアノの調律師が来てて、それがのためで・・・」ともごもごと白状した。

説明になっていない説明を聞き終わった後に、「さあ、赤也の家に行こうか」という幸村の提案に誰も異議を唱えず――


→回想終了






「んで来たわけね」
「ああ。理解が早くて助かるな」

そんなこと理解したくなかったです。

力いっぱいため息を吐いたに、「ドンマイ☆」っと親指を立てたのは幸村で、それをちらりと見たが「ッち」と舌打ちをする。
無言のままリビングへ向かうの背中を、赤也が追い、その後ろをレギュラー陣がぞろぞろと連れて歩いた。





ピアノの椅子に座ったまま動かないを見かね、「さん、弾かないんですか?」と柳生が促す。
は顔を真っ青にして振り向く――「あたし、ピアノすっごいへたくそだし、人に聞かせられるような大それたことをできないといいますか・・・」

「創立際のとき、すっげぇ上手かったぜ!」
「そんな怯えなくてもいいだろぃ。誰も馬鹿にしたりしねーよ」
、弾いて見せて?」

創立際メンバーの真田と柳も後押しするが、は一向に弾こうとしない。
「あのよ・・・」とジャッカルがひきめがちに手を挙げ、のほうを向くと「お前伴奏とか弾けんのか?」と聞く。

「うん、まぁ」
「なるほど。みんなで歌ってが弾くのか」

「ああ」

「それはいいね」と幸村がのって、「じゃあ何歌う?」という話になった。
は何が弾ける」と真田に聞かれて、「学校のだったら、旅立ちの日にとかマイバラードとか明日へとか・・・」と指折り数える。

「明日へだったら、毎年二年で習うからいいんじゃないか?」
「俺ももう習ったッスよ!」

「でも、明日へだったら練習したばっかりだから弾けるかわかんないし、楽譜が・・・」

仁王がにやりと笑って、「そういうときの赤也じゃろ」と、赤也を音楽の楽譜を取りに行かせた。
戻ってくる前に、全員がピアノの周りに固まったので「どうしたの?」と聞けば、「だって楽譜一個しかないだろ?」と幸村が言う。

バタバタと戻ってきた赤也もその輪の中に入って、の指先が前奏を奏で始め、
ピアノの音が消えるのではないかと言うほど大きな声で、みんなで歌った。








――俺が生きてるって言う証拠を、誰かの手助けになる事で欲しいだけだから

に始めてあったとき、俺は闇の中で一人立ち尽くしているような、そんな感覚で毎日過ごしていた。
今、こうやってみんなとここにたって、こうやって歌っていられるのは彼女のおかげかな。




――、俺・・・俺、また負けちまった

対不二戦で、負けてしまった俺をどうして真田副部長は殴らなかったのだろう。
殴って欲しいときに、どうして殴ってくれなかった?自分一人で背負おうとしているのがみえみえで、もっと信じて欲しかった。





――俺たちは負けたんだ。次の試合まで強くなる以外することはない!

そういえるのはきっと、羽を持ってるからでしょう?きっとね、真田。あたし思うんだけど、そういえることってすごいことだと思うんだ。
だってね、飛ぶための羽や勇気を持っていない人は、絶対そんなこと言えないから。あたしは、そんなみんなが羨ましいんだよ。
あたしは自信もなければ勇気もなくて、ついてる羽はただの飾りみたいで。だから、みんなはあたしの誇りなの。




――どんなに帰りたくても、いつかは帰れるけど。
   どんなに帰りたくなくても、いつかは帰らなきゃいけないから。くいが残らないようにしなきゃ、っていつも思うんだ

いつか踏ん切りをつけてお前を諦めなきゃいけないのかと思うと、すっげー苦しくて。
お前が千石を好きなことを知ってるから、お前が帰ることを知ってるから、だから諦めなきゃいけない。
それでも、お前が帰るまで、精一杯のことを想っていてもいいですか?





――みんなは大会の時、普段とは比べ物にならないくらい、すっごい強くなるんだから。
   真面目に練習して、それだけが勝ちにつながるとは限らないでしょ。
   みんなのコンビネーションと繋がってる心があるから、高みまで目指して、そこに達することができるんじゃないの?

あたしね、いつか帰るってわかってるから、みんなと楽しく過ごせるんだよ。みんなを信用しようとしてるんだよ。
みんなと一緒に笑ってるだけで、みんなの試合を見てるだけで、あたしはそれだけで心が暖かくなって、嬉しくなる。
だから、これからも、あたしが帰るまでずっとずっと、一緒にいてくれますか?



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イメージ→富岡博志さん「明日へ」

*歌のとき誰が誰だかわからなかった人のために

一人目:幸村「に始めてあったとき」っていうのがキーワードです
二人目:赤也「対不二戦で真田副部長は俺を殴ってくれなかった」っていうのがキーワードです
三人目:「あたし」っていう一人称がキーワードです
四人目:ブン太「お前が千石を好きなことを知ってるから、お前が帰ることを知ってるから」っていうのがキーワードです
五人目:(再び)「あたし」っていう一人称がキーワードです(これも再び)