立海付属中の校門で、千石は手に握っていた遊園地のチケットをちらりと見た。
が出てくるのを待って、小一時間が経つ。

「あっれ?千石さんじゃないですか」

待ち人が現れ、千石はビクリと肩を浮かすと「や、やあ」とどもりながら片手を挙げる。
は「こんにちは」と微笑すると、千石の握っていたチケットを覗き込んで「誰か誘うんですか?」と小首を傾げた。

「いや、あの・・・」
「あ、でも。今日はテニス部以外全部の部活休みですよ?」

「違うんだ。えっと・・・ちゃん、あのさ」
「はい?」

ここは腹を括るしかない、と千石は下唇をくっと噛み締め顔を上げ、今だ小首をかしげているに瞳を合わせる。

「俺と明日デートしてください」
「それは残念だったね。俺らは明日も部活だから」

割って入ったのは幸村で、にこりといつも通りの笑顔を見せながら、ちゃっかりと千石の間に入った。
まさかここで入ってくるとは思っていなかった千石が固まっているうちに、ぞくぞくとレギュラー陣が参戦してを囲むように立つ。

「え?幸村先輩明日は部活休みなんじゃなかったんですか?」
今決めた。テニス部は俺の権限で動くんだから、誰も文句言えないよ」

「それって、宣戦布告と思ってもいいかい?」

千石も幸村も、笑いあいながらお互いの距離にブリザードを巻き起こし、まったく意味のわかってないが二人の間に割り込む。

「宣戦布告って何のこと?」
「テニス部とコレと、がどっちを取るかの勝負だよ。
俺は将来の兄になる存在だから、虫けらをつけるわけにはいかないからな」

「今何気に幸村君ってば俺のことコレとか虫けら扱いしたよね?」という千石の抗議を無視して、幸村は「どっちをとる?」と笑う。
「え゛?」と固まったを、幸村は楽しそうに見物する。

ここで千石を取れば、幸村の後からの仕返しが怖いし、けれど千石の誘いを断るほどの勇気もない。
二択に迫られ、頭が破裂しそうなほど考え込んでいたの元に、助け舟が到着した。

「幸村。明日は全ての部活が中止だろう。さすがのお前もそれは変えられないぞ」
「あ、そっか。・・・すごく残念だけど、明日はコレにを託すしかないか・・・」

悔しそうに顔を歪め、かと思うとクスっと口元を隠しながら悪魔のような笑いを見せ、「ま、いいか」と宣言する。
その言葉に恐怖を感じて、は隣にいた真田の服の裾を掴むと
「ねえ、怖いんだけど真田」と訴えたが、真田から反応が返ってこない。
変だと思って上を見上げれば、頭を抑えて「こりゃもう止められない」と考えているのが目に見えてわかった。

「俺が宣戦布告したこと、忘れちゃだめだよ」
「ははは、怖いなぁ」

苦笑いを零しながら頭を掻く千石を横目でにらんで、幸村はレギュラーを連れて去っていく。
その後姿を見送りながら、声が聞こえないぐらいの距離を行ったところで千石がチケットを見せる。

「昨日福引で遊園地のチケットもらって、ちゃんと行こうと思ってここで待ってたんだ」
「あたしで、いいんですか?・・・嬉しいですよ!嬉しいですけど、千石さん他にも誘える子いっぱいいるでしょ?」

俯いたに困ったように微笑んで、「君がいいんだ」と千石は言った。













家に帰ったときの赤也の機嫌の悪さといったら、もう手のつけようがなかった。
「ただいま」と言っても返事もせずに部屋にこもったかと思うと、いきなり部屋にやってきての腕を掴み、
、俺がお前好きなこと、知ってるよな?」と低い声で聞かれ、「う、うん」と返せばまた黙って部屋に戻って行く。

何がしたいんだと眉を寄せながら、気にしないでおこうと決めて、明日着ていく服を選び出す。
やっぱり可愛らしい女の子っぽい服がいいよねぇ。

さんに一番似合って、可愛い感じの服を机の上にたたんでおいて、明日すぐ着れるようにしておく。
もし寝坊したときの対策として、学校のときは毎日そうしていた。

「うっわぁ、なんか今さらになって緊張してきたッ!・・・寝よ」




















案の定十分程度だが寝坊して、バタバタと用意して家を出るときに赤也が玄関に来て、昨日の幸村のような笑みを見せた。
「ま、安心してデートに行ってこいよ」

その時は急いでいたので「あー、はいはい」と適当に返したが、きっと何かが起こるだろうとは思っていた。

定番のお化け屋敷からジェットコースター各種を乗り終え、もう夕方になっていて、
千石と二人でベンチに座ってジュースを飲んでいたときにそれは見つけた。

まさか、と思ったがあの目立つ三色は間違いない。

草むらの影から除く、赤と銀の髪茶色い肌。(皆さん誰だかわかりますよね?)
いつも見ているからわかる、その髪と肌の持ち主を思い浮かべて、「やっぱり」と呟く。

ちゃん、どうかした?」
「いえ、ちょっと面白いものを見つけたんで・・・ちょっとごめんなさい」

携帯を取り出して、立海全員宛に送ったメールは「帰レ。サモナイト警察ヘ通報スル」
嫌がらせで全部漢字と半角カタカナで送ってやると、きっと指令長なのだろう幸村から返事が返ってきた。


Form:幸村先輩

件名:バレた?(笑)
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何処でバレたかなぁ?
結構今回の作戦には自信があったんだけど

まあいいや。
帰るときは、遊園地の前のデパートに俺ら
いるから、メールして。
そいつが一緒に帰ろうって言っても
断るんだぞ?


バレた?(笑)じゃねーよコノヤロー!
ッちっと舌打ちしながら携帯を閉じると、千石に「あのさ、ちゃん」と話しかけられて横を向く。


「この前の氷帝の創立際のとき、俺が言ったこと覚えてる?」

あんな笑い方しないで欲しい。俺は、いつも君の笑顔を見ていたいと思うけど、あんな笑い方するちゃんは見たくないよ

「はい、覚えてます」

忘れるはずないじゃないですか、と続けると千石は笑ったが、
大好きなキャラクターに言われた告白紛いな台詞を忘れるわけがないと思う。

「もう一回、ちゃんと言うよ。
俺はちゃんの笑顔をいつも見ていたい。君が好きだ」

「それは・・・」

それは、どっちのですか
とは聞けなかった。

笑顔が好き?それならさんが好きなんでしょ?
けど、千石さんと過ごした日々はあたしのものなのに、さんの笑顔が好きなの?


「でもあの人、女の子大好きだし、あたしのことまともに見ちゃくれないから」
「愛してくれたとしても、それはこっちの“さん”であって、あたしじゃないわけだし」


千石さんは、あたしが好きなの?さんが好きなの?

「考えさせてください。あの、今日はもう帰ります、送ってもらわなくていいですから。失礼します」





が去った後、一人ベンチに座っていた千石が、苦笑しながら片手で目元を隠す。

「焦りすぎだよ、俺」

早くしないと、ブン太に。あるいは他にちゃんを狙っているヤツに取られてしまうかもしれない、と焦っていた。
気持ちが先走って、暴走した結果がコレだ。

「ねえちゃん。俺を好きになって、くれますか?」

が帰った今、その問いは空気中にまぎれて消えてしまう他なかった。




















デパートに向けて歩いている最中に、悔しくて悲しくて下唇を強く噛んだときに、初めて自分が泣いていることに気付く。
それに気付くとまた泣けてきて、声を漏らしながら必死に足だけは動かした。

デパートの入り口で、見張り番だったのか真田が立っていて、真田を見つけた途端膝から崩れ落ちる。
駆け寄ってきた真田におんぶされながら、「帰りたいよ」と嗚咽を漏らす。

「帰りたいッ、あたし来ちゃだめだったんだ。
世界の原理に逆らっちゃいけないんだよ、あたし来ちゃだめだったんだよッ!帰りたいよぉ」

「たるんどるッ!馬鹿か貴様は!少しは落ち着けッ!」

真田の喝にビクリと肩を浮かせて、今度は大きな声を上げながら泣き始める。
「真田、真田ッ!」と呼ぶ声全部に「なんだ」と返す真田の肩に顔を埋め、「ごめんなさい」と何度も繰り返した。






レギュラーで集まっていた休憩所に着くと、雰囲気で察したのか柳生と仁王、ジャッカルが席をはずす。
ベンチに腰を下ろしたの肩を持ち、幸村は微笑んで「何があったんだ?」と聞く。

「誰かがあたしを愛してくれてもッ」
「愛してくれたとしても、それはこっちの“さん”であって、あたしじゃないわけだし」

「愛してくれたとしても、それは”さん”であって、あたしじゃないんだよッ!」

治まっていた涙がまた溢れ出して、ぽろぽろと頬から零れ落ちる。
肩に伸ばしていた手をの頬に移して、その涙を拭いながら、幸村は「それは違う」と幾度か繰り返した。


「さしずめ千石に告白でもされたんだろ?は、赤也の妹とどっちが好きなのか混乱して泣いてる。そうじゃないか?
俺は本当のが写った写真を見せてもらって、それで改めて告白した。

その時も見たけど、今と変らない笑顔だった。笑い顔っていうのは、一人ひとり違うから、わかるんだよ。
それに、千石と知り合ったのはと入れ替わってからなんだろ?」


二人のやりとりを周りの四人が見守り、幸村は瞳を閉じる。

「俺は今のが大切だよ。別に赤也の妹が嫌いとかそういうわけじゃなくて、は危なっかしいから守らなくちゃっていうか。
俺達は今のしか知らないしマネージャーをしてるのもだ。

少なくとも立海レギュラーはに何かあったとき、絶対に駆けつけるし、のことを一番に心配するよ。
それは、ルドルフの不二弟も、山吹の亜久津も、それに氷帝の跡部だって。あと、千石も。みんなおんなじだと思う。
には敵わないだろうけど」


「こっちの世界に来たって、みんながみんな、あたしのこと好きなってなんかくれないよ。」
「みんなのことが大切で、好きなんだ」


ね、真田。といきなり振られた真田は「いや、その・・・」とどもったが、すぐに「当たり前だろう」とそっぽを向きながら言った。
黙って聞いていたがぐすっと鼻をすする。

「あたしもね、あたしも!ゆっきーも、真田も、柳も、ブンちゃんも赤也もみんな、みーんな、大好きだよ」

鼻をすすりながら、目を擦りながら言うの頭をなでながら、幸村は言った。

「それにね、が来たから変ったこともあるんだ。」


「お礼を言うのは俺たちの方だ。
立海大だけでも、君達が来た事でいい方向に変わった事はいくつもある。

赤也が妹をちゃんと見直す機会が出来た事、真田が少し人間的に丸くなった事、
あれだけ自己中心的だったブン太が“誰かの為”を思って感情を見せるようになった事――俺が病気と真っ正面に向き合えた事」


赤也は妹のことをちゃんと見直すことができたし、あの頑固で融通の利かなかった真田は丸くなった。
ブン太も、視野が広がったみたいだから。

だからもう、誰も自分を見てないみたいなこと、言わないでくれ」















「みんなでゲームセンターで遊ぼうか」
幸村の提案にまずのったのは無論赤也で、真田はしぶしぶと言った感じで着いてきた。

もベンチを立つと同時に、幸村が後ろを振り向く。


「ゆっきーって言われたのは初めてだ。これからもそう呼んでくれないか?

弦一郎は真田で、蓮二は柳なのに、俺は幸村先輩で結構傷ついてたんだ。
一歩近づいてくれた気がして、そっちのほうが嬉しいから、ゆっきーって呼んでくれ」


しばらくぽかんとしていたは、満面の笑みを見せて「まかせてよ!」と幸村達の背中を追った。


次回の話で立海レギュラーゲーセンで大暴れします☆