夕暮れの町並みに二人の足音が響く。

俯いて歩くを見たリョーマは、ぎゅっと胸を掴まれた衝動に駆られると、
帰る間際に先に彼女を送り出し、リョーマを呼び止めたの言葉を思い出した。



妹のあたしが断言できる位、姉ちゃんはリョーマが大好きだよ
姉ちゃん口で言うより態度でバレバレだから、自分の事を好きだって言うのリョーマは気づいてたんでしょ?



「今になって考えてみるとさ」

ポツリと零すように話し始めたは、自分の足元を見ている瞳を揺らし苦笑を零す。
「リョーマ、最初から気づいてたんだよね。
初めて私がこっちに来た日、越前さんの学年が分からなくて適当に話し合わせてた時も助けてくれたでしょう?」


うん、楽しかった「生徒会の雑務に追われて大変だったんでしょ?」


「古武術の練習があった時もさり気なく教えてくれて、それから日吉の家にも迎えに来てくれたし・・・」

越前さんが料理が出来ないと知らずにご飯を用意していた時も、リョーマが居るとしらずに花子とアニメの話に夢中になった時も、
越前さんとかけ離れた行動をしたにも関わらず、深く追求してきた事はなかった――リョーマが知らないと何の疑問も無く思っていたのが不思議な位に。





「私の知らない所で、いつも助けてくれてたんだね」


身に染みてそれを感じたがそう言うと、リョーマは零すように口を開く。


「・・・姉貴は壊れ物を触るみたいに俺に優しくて、俺もそれが当たり前だったのに、ある日突然人が変わったみたいに距離を取るようになった。
それでも姉貴が俺を見る目は優しかったけど、いつも痛みを堪えた瞳で、
見ているこっちが辛くなる程悲しそうな目だったから、俺も自然と姉貴から離れるようになって・・・。


だけどある日叫び声をあげた後風呂場から出てきた姉貴は、優しい目だったけど、大切なものを見るような暖かい目だったから
それを見た時、ああ姉貴はホントに逃げたのかも知れないってなんとなく思った。

と姉貴が別人だって確信したのは、帰ったら料理が出来てた時だったけど」


ホントに逃げたのかも知れない

もうこの世界に居たくない。彼の傍に居たくない。居れば、もっと醜い自分を知ってしまう
神様、お願いです。本当に神様が居るのなら、この世界から連れ出して



リョーマの言葉と、越前さんの手紙が重なって顔を上げたは、唖然とした顔でリョーマを見る。

例えどんなに越前さんとの目が違ったって、突然料理が出来るようになっていたって、
別人としか見えない行動を見たとしても、普通は精神が入れ替わってる等とは思わない。

なんで、と問う前に答えは見つかり、は声を震わせた。


「越前さんの、手紙・・・見たの?」
「辞書借りに行った時、隣の教科書が落ちてきて・・・その時姉貴が冷たくなった理由も、いつも追い詰められたような顔をしていた理由も・・・分かった」


私を家族だと思ってくれてる人と、違う形の好きを私は持ってるから


「姉貴の気持ちは嬉しい。
でも、俺は姉貴と同じ好きは持ってなくて、どうしたらいいかも分からなくなった時、が姉貴と入れ替わった事に気づいて」

顔を見なくて気まずい思いをしなくてすんだ事にほっとした自分と、
すべて投げ出して逃げた姉に対する怒りが入り混じった複雑な気持ちをもてあましていた時、
風呂が沸いた事を伝えに言ったリョーマは、姉の手紙を見て泣いているの涙見て、そんな自分が酷く小さく感じた。


「姉貴が隠れて試合を見に来てた事、姉貴の気持ちに気づいてた事も知らないフリをしてた俺も、この世界から逃げた姉貴と変わらない。
姉貴の気持ちに向き合うきっかけをくれたのは、

手紙を見て泣いていた彼女に伝えられなかった事が、ようやく伝えられる。
リョーマは瞳を伏せると、ぎこちない笑みを浮かべた。




「        、     」
「泣いてくれて、ありがと」


姉貴の為に泣いてくれてありがとう







でも



だけどね姉ちゃんは越前さんの気持ちと、ユッキーの気持ちを差し置いて自分の気持ちを通そうと思える程、強い人間じゃない



「ねぇ、


立ち止まったリョーマに釣られて足を止めたは、向かい直って真っ直ぐと射抜いてきたリョーマの視線から逃げるように顔を背ける。
「今目の前の人が好きって言う事以外に、何考えてるの?」



ハッと目を見開いてリョーマを見た彼女の瞳に、意思の強いリョーマが映った。



が姉貴の気持ちを大切にしてくれるのは嬉しいし、俺も姉貴の気持ちは大切にしたいと思ってる。
でも、だからってを他の誰かに譲るつもりはないよ。だって、他人の気持ちよりも何よりも大切なのは、俺達自身の気持ちでしょ?

俺がを好きで、が俺を好き。他に必要なものはないじゃん」



夢小説を見ない限り、恋焦がれた人が自分を好きだと言ってくれるなんて事はありえなくて、
色々な人の書いた文章にリョーマが好きだと言ってくれる事を夢見ていた。

でも自分なんかがこの世界に来てもリョーマの特別な人になれる訳がないから、姉と言う立場でもリョーマの一番で居たくて、その夢は叶って。

だけど越前さんがリョーマを好きだと言う事を知って、その気持ちを考えたらリョーマの事を隠れて好きで居る事も申し訳ないと思うまま
リョーマを好きだと言う気持ちを切り捨てられなくて、ずるずると引きずっていた想いを、あの創立際の日に断ち切った。

やっとリョーマの事を弟だと思って踏み出そうとした矢先に、リョーマが本当は自分の事を好きでいてくれたなんて。



リョーマが、私を好き・・・生きる事を苦しんでいたあの頃の自分が想像し得なかった現実に、涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。



「私いつも人に流されてばっかりで、自分の言いたい事も以外に言える人ってあまり居なくて。
一生会えない人でも、私にとってリョーマは憧れだった。

真っ直ぐ頂点を見て、その為には努力を惜しまなくて、自分に自信があって・・・私に無いものを、リョーマはたくさん持ってる。


この世界に来れてリョーマに会えて、実際に生きてるリョーマと居るのは凄く不思議な感じだったけど、地に足がついてない感じっていうのかな?
いとしくて、ふわふわしたとっても素敵な気持ちを、リョーマは私にくれたの。

それを持って帰る事が出来るだけでも、私は幸せ。

もちろん、私の事を好きって言ってくれたのは、生きててよかったって思える位幸せだよ。でも、私はこの世界の人間じゃないから。
必要なものがないなんていわないで。この世界に来れて、会った事のない越前さんの気持ちも、幸村君の気持ちも全部、私がここに居た証だもの」



だから、ごめんなさい
変わらない彼女の答えに、リョーマは帽子のつばを引くと、歩き始めた。

「前から思ってたけど、って意外と頑固だよね」
「そうかな?」

「ん。普段はへらへらしてるし、人が言う事にもあんまり嫌とか言わないからさ、一見流されやすく見えるけど。
でも芯はしっかりしてて、自分が譲れないものちゃんと持ってるでしょ」


自分の姉ではないと気づいてから過ごした彼女との時間の中で、リョーマは生まれて初めて抱いた自分の気持ちに気が付いた。
それと同時に「姉と弟」と言う枠にはまっている限り、この気持ちは異端だと思い知らされて、その時初めて姉の行き場の無い気持ちが理解出来て。

だけど一定の想いを突き抜けた時、姉だとか弟だとかそんな事はどうでもよくなった――だって、好きなものは好きでしょ


「言っとくけど俺も頑固だから。我慢比べは嫌いじゃないしね」
「・・・うん」


気まずそうにしていたは鞄から携帯を取り出すと「あ」と声を上げて、仰々しくリョーマに首を巡らせる。
「ごめんリョーマ、部活の書類私が持ったままだった。ちょっと周助君に届けて来るね!夕食までには帰るから!」

パタパタと足音を立てて去っていった彼女の背中を見て、リョーマはため息をつくと「逃げてるのバレバレ」と彼女に聞こえない小さな声で呟いた。
そもそも部活の書類を何で手塚じゃなく不二に届けるのか、気持ちが先走ってそこまで配慮が回らなかったのだろう――そう言う所が彼女らしい。




ニヤリと口角を持ち上げたリョーマは、「まだまだだね」と届かない彼女に言い、言葉を続ける。
「これぐらいで逃げるようじゃ、俺の勝ちは見えてるかな」



逃がさないから、覚悟しといた方がいいんじゃない?




【友達】




「突然人を呼び出したかと思えば、理由も言わずに泣き続けられる方の身にもなってよ」
「ごめ、んなさッい」

ブランコに座って泣きじゃくるを横目で見た不二は、「まぁ理由の大方は予想ついてるけど」と言って遠くの景色を見る。


なんとなくリョーマが彼女は姉ではないと気づいて居るのではないかと思っていたし、
彼がを見る目は、越前さんを見る時の目とは微妙に違って、その瞳が意味する気持ちと同じ感情を知っている不二にはゆうに推察出来た。


青学テニス部の中では一応知ってるのは僕だけかな


「深くは聞かないけど」
の頭の上に、大きな手の平が乗って、顔を上げたの瞳に優しく微笑む不二の笑顔が映る。


「君は一人じゃないんだから、溜め込まないで吐き出しつつ。出来るだけ我慢して、出来なくなったら爆発しちゃえばいいんじゃないかい?
妹も、君を大切だと言ってくれる人も、認めてくれる人も居る事だし」

「・・・周助君・・・」


その笑顔があまりにも綺麗で、思わず見惚れてしまっただったが、
「周助君もその中に入ってますか?」と勇気を出して聞くと、不二はその問いに答えず立ち上がって背中を向けた。

「僕はちょっと違うかな」


きっぱりといわれたその言葉が胸に刺さったような顔をしたを、彼は振り返る。
「僕は君の友達だからね」


君友達少なそうだし、しょうがないからなってあげただけだけど、と付け足すように言われたが、
友達と言う言葉の嬉しさのあまり「周助君には言われたくないです」と思わず頬を緩ませて笑うと、不二は容赦なくの頬をつねりあげた。
「い、いひゃいです。もうマジすいませんッ!友達百人出来てるッスよね!もう人類皆兄弟ですもん!

「・・・分かればいいんだよ、分かれば」


確か前にもこんな事があったぞ、と赤くなった頬を摩っただったが、その時初めて緊張の糸が切れたようにぷ、と噴出して肩を揺らすように笑う。


君は一人じゃないんだから溜め込まないで吐き出しつつ。出来るだけ我慢して、出来なくなったら爆発しちゃえばいいんじゃないかい?


頑張れと言われた事はあっても、出来なくなったら爆発しちゃえばいいなんていってくれる人は居なかったから、
その響きが凄く新鮮で、心強く感じて、思えば不二と話した後はいつだってもう少し頑張れると言う気持ちになれるような気がする。

「ありがとう、周助君」



友達になろうなんて口約束はなくても、気が付いたらそばに居て、手を差し伸べてくれる人が友達なら
きっと私たちは、とっくの昔に友達になっていたと思う。




「周助君が困った時は、いつでも助けに行きますから」

「猫の手も借りたくなった時はお願いするよ」


正反対の性格だけど、だからこそ上手く行く友人関係ってあるよね
どこまでも素直じゃない不二の言葉に、は「うん!」と言って心からの笑みを浮かべた。


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実は第三話手料理と手紙を反転するとリョーマの心情が出てきたりします(?)